黒坂岳央です。
現在、我が国では最低賃金を大幅に引き上げる議論が進んでいる。
労働組合などからは将来的に時給1700円を求める声があり、政府も最低賃金を2030年代半ばまでに全国平均1500円へ引き上げる目標を掲げている。
最低賃金の引き上げは、働く人にとって基本的には朗報である。時給が上がれば収入は増える。特に最低賃金に近い水準で働いている人にとって、生活を改善する大きな助けになる。その一方、企業にとっては人件費の上昇を意味する。特に飲食、小売、物流、サービス業など、人件費の割合が高い業種では大きな影響を受ける。
一般的には、「労働者にはメリット」「企業にはデメリット」という単純な構図で語られることが多いが本当にそれだけだろうか。
筆者は、最低賃金1700円時代にはメリットがある一方で、見過ごされがちな副作用も発生すると考えている。すぐさま、1700円ということは起こらないかもしれないが、最低時給の上昇は避けられないため、想定はムダではないはずだ。持論を述べたい。

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最低賃金を大幅に上げた韓国で起きたこと
韓国は日本にとって重要な先行事例である。
韓国政府は2018年、最低賃金を前年比16.4%引き上げた。さらに2019年も10.9%引き上げ、2年間で約29%という急激な上昇を実施した。
目的は明確だった。低所得層の所得を増やし、消費を活性化させることである。これは合理的な考え方である。所得が低い人ほど、増えたお金を生活費や消費に回しやすい。最低賃金の引き上げは、働く人の生活改善につながる。
実際、韓国でも最低賃金近辺で働く人の賃金は上昇した。しかし、問題はその裏側である。企業は人件費上昇をそのまま受け入れるわけではない。人件費が上がれば、企業は別の場所で調整される。
韓国で見られた代表的な対応の一つが、労働時間の調整だった。例えば、1人を長時間雇用するのではなく、短時間勤務の労働者を複数配置が起きた。企業側からすれば、賃金上昇に対応する合理的な行動である。これは働く側から見ると、「時給は上がったが、働ける時間が減った」という困ったことの1つである。
とはいえ、当時の韓国と今の日本はかなり状況が違う。働ける時間が短くなれば、タイミーやウーバー、副業、ギグワークなど選択肢は豊富にある。複数の仕事を組み合わせることで収入をむしろ増やす動きはあり得るだろう。
失業率が高まる
現在の日本では深刻な人手不足が続いている。そのため、「人が足りないなら、最低賃金を上げても企業は雇うしかない」という意見もある。
しかし、企業の選択肢は採用だけではない。人手不足だからこそ、省人化への投資が進む。セルフレジやAIによる業務効率化。そして無人店舗だ。
これらは以前なら高額すぎて導入メリットが小さかった。だが、人件費が上昇すると状況は変わる。時給1700円の従業員を長期間雇うより、一度設備投資をして機械に任せる方が合理的になる場面が増える。最低賃金の上昇は、人間の待遇を改善する政策である。
同時に、人間にしかできない仕事と、機械に置き換えられる仕事の境界を明確にする政策でもある。
数年前、米国では賃金インフレに対応するため、テキサスのマクドナルドが、「完全無人店舗」を出して話題になったことがある。お客さんは注文して、準備された商品を店舗に取りに行くだけ。受付や厨房も完全に無人だ。ここまでいかずとも、企業によっては省人化、無人化で対応を検討するところも出るかもしれない。
省力化自体は素晴らしいことであり、人手不足の今、進めること自体は歓迎されるべきだ。一方で行き過ぎた省力化は「省人化」にもなり得る。米国ではすでにSTEM分野の新卒採用を絞る動きが出ているが、そうなると失業以前に「そもそも仕事にたどり着けない人」も出てしまうリスクはある。
インフレする
最低時給が上がれば当然、企業の利益は圧迫され商品価格などに転嫁される。その結果、インフレが起きるのは明白である。
インフレは労働者や投資家は問題がない。一方で年金受給者や無職にとっては非常に厳しくなる。また、ギリギリ設計の貧乏FIREをする人にとっても強い逆風となるだろう。
インフレは格差を広げる。ある程度の格差は容認しなければならないが、治安の悪化などの副作用として覚悟する必要はある。
◇
時給アップは短期的には大きなふるい落としとなる。しかし、世界はインフレが既定路線であり日本だけが変わらないわけにはいかない。すでに円安やインフレという形で持続可能性は厳しいことが示されている。いきなり1700円といかずとも、ゆっくりと目指すメガトレンドであることは疑いようはないだろう。
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