トランプ政権の対中政策は「融和」なのか?:政権内でせめぎ合う3つの対中路線

トランプ政権の対中政策をめぐって、米国では一見すると矛盾したメッセージが発信されている。

トランプ大統領自身は習近平国家主席との取引を重視し、関税を交渉材料として使いながら、中国との経済関係を安定させようとしている。一方、国防総省や米軍は、中国を最大の軍事的競争相手と位置づけ、インド太平洋での抑止力強化を進めている。

トランプ大統領と習近平国家主席 2026年5月14日 米中首脳会談 FOXニュースチャンネルより

さらに、ピーター・ナバロ氏やMAGA系の論客からは、中国に対してさらに強硬な姿勢を取るべきだとの声が上がる。

こうしてみると、トランプ政権の対中政策は大きく3つの勢力に分けて考えることができる。「対中交渉派」「対中リアリスト」「対中ナショナリスト」である。

現在は交渉派が比較的優位に立っているように見える。しかし、それはトランプ政権が中国に対して弱腰になったことを意味しない。むしろ、必要と判断すれば、交渉派が「関税」という巨大なカードを再び切る可能性がある。

第1のグループ――「中国とは取引できる」交渉派

現在、政権内で最も影響力を持っているのが対中交渉派である。

その中心にいるのがトランプ大統領自身と、財務長官スコット・ベッセント氏らだ。このグループにとって、中国は「封じ込めるべき敵」というよりも、「米国の経済的利益を最大化するために取引する相手」である。

ベッセント財務長官と赤沢経産大臣 同財務長官Xより

もちろん、中国に対して甘いわけではない。むしろトランプ流の交渉術では、相手に巨大な関税をちらつかせ、その圧力を利用して譲歩を引き出す。

重要なのは、関税そのものを目的とするのではなく、交渉のレバレッジとして使うことだ。

実際、2025年末には、米中交渉への影響を考慮してベッセント財務長官が国家安全保障戦略などの対中表現を軟化させるよう求めたと報じられた。国防総省が中国を最大の軍事的ライバルと見なす一方、経済担当者は中国との交渉余地を残そうとしていたのである。

つまり、トランプ政権においては、「中国を敵として扱う」よりも、「中国との競争を利用して、米国にとって有利な取引を成立させる」という考え方が強くなっている。

第2のグループ――中国を「軍事的脅威」と見るリアリスト

これに対して、国防総省や米軍を中心とする安全保障関係者は、中国を単なる経済交渉の相手とは見ていない。彼らが警戒しているのは、中国の軍事力拡大とインド太平洋における勢力拡大である。

国防総省 Phototreat/iStock

この立場からすれば、中国との貿易交渉がうまくいったとしても、それだけで中国の軍事的脅威が消えるわけではない。台湾海峡、南シナ海、フィリピン、そして日本周辺で中国の軍事的圧力が強まる以上、米国は抑止力を維持しなければならない。

ここで交渉派との緊張が生まれる。

トランプ大統領が「習近平との取引」を優先すれば、軍事面で中国への警戒を強める国防当局者からすれば、米国の抑止力に疑問符がつく可能性がある。

実際、2025年末の国家安全保障戦略をめぐる議論でも、財務省側が中国に対する表現の軟化を求めた一方、国防総省は中国を依然として最大の軍事的競争相手として扱っていた。

これは単なる省庁間対立ではない。米国が中国を「交渉相手」と見るのか、それとも「長期的な戦略的競争相手」と見るのか。トランプ政権が抱える根本的な問題である。

第3のグループ――「中国に勝つべきだ」というナショナリスト

そして第三の勢力が、ピーター・ナバロ氏やMAGA系の論客などに代表される対中ナショナリストである。彼らは、中国との取引そのものを否定しているわけではない。しかし、中国が米国の製造業を弱体化させ、サプライチェーンを支配し、米国市場を利用しているのであれば、より強力な対抗措置を取るべきだと考える。

ピーター・ナバロ氏 Wikipediaより

このグループにとって重要なのは、単なる貿易赤字の削減ではない。中国依存から米国を引き離し、米国の産業基盤そのものを再建することである。

そのため、関税、輸出規制、サプライチェーン規制、投資規制などを組み合わせた「経済安全保障」を重視する。

そして、この勢力が重視する政策の方向性を示しているのが、今回発表された「Great Transshipment Scam」をめぐる報告書である。

中国製品の「原産国ロンダリング」を狙う

問題になっているのは、中国からの製品が第三国を経由することで、米国の高い対中関税を回避する「transshipment(迂回輸出)」だ。

ニューヨーク・タイムズ』に発表されたナバロ氏の論考では、ベトナムの家具工場を例に挙げている。

工場そのものは実在し、実際にベトナムで家具を製造している。しかし、リクライニングチェアに組み込まれるモーターは中国から完成品として運ばれ、ベトナムで取り付けられる。そして米国には「ベトナム製」として輸出される。

こうした仕組みによって、中国製品に課されるはずだった高い関税を回避できる。

同様の問題はベトナムだけではない。中国製品をベトナム、マレーシア、タイ、メキシコなどを経由して米国に輸出することで、関税負担を大幅に軽減することが可能になるという。

トランプ政権が発表した報告書は、こうした「迂回輸出」を可能にしている40カ国以上のネットワークを問題視している。つまり、米国が問題にしているのは、中国から米国へ直接輸出される製品だけではない。

中国製品が第三国を経由して米国市場に入り込む「裏口」そのものを閉じようとしているのである。

これは単なる関税政策ではない

この問題が重要なのは、トランプ政権がこれを単なる関税収入の問題として扱っていないからだ。

ナバロ氏の論考では、中国からの迂回輸出による米国の損失について、複数の政府・民間機関による推計を紹介している。推計方法によって大きな幅があるものの、ゴールドマン・サックスは年間約400億ドル、米大統領経済諮問委員会(CEA)は約600億ドル、商務省は約670億ドル、民間企業エジジェは約750億ドルと推計している。

これらは定義や計算方法が異なるため単純に合計できる数字ではない。しかし、いずれも中国製品の迂回輸出が米国の製造業と関税収入に相当な影響を与えていることを示している。そして、トランプ政権が問題視しているのは経済だけではない。

モーター、スイッチ、ポンプ、変圧器、重要鉱物などの製造を外国に依存すれば、パンデミックや戦争などによってサプライチェーンが途絶した際、米国経済だけでなく防衛産業基盤まで脆弱になる。

関税政策が「国家安全保障政策」へと変化しているのである。

第三国にも圧力をかけるトランプ政権

ここで重要なのが、日本を含む同盟国への影響だ。

トランプ政権のメッセージは、高関税国と低関税国の双方に向けられている。

高関税国に対しては、第三国を経由して米国の関税を回避するのではなく、米国製品への貿易障壁を下げ、補助金による過剰生産をやめ、知的財産を尊重し、より「相互的」な貿易関係を構築するよう求める。

一方、低関税国に対しては、米国市場への優遇アクセスを得たからといって、第三国の製品を「洗浄」して輸出することは許さないというメッセージを送っている。

つまり、米国は中国に対してだけ圧力をかけるのではない。中国とつながるサプライチェーン全体に米国のルールを適用しようとしている。これは日本にとっても重要な問題だ。

日本企業が中国で生産した部品を東南アジアなど第三国で組み立て、米国へ輸出する場合、米国側からその原産地や付加価値について厳しいチェックを受ける可能性が高まる。

AIによる「国境管理」まで始まる

トランプ政権は、こうした取り締まりを強化するため、税関・国境警備局(CBP)によるAIを利用した新たな検査システム「Detective Border」の導入も進めている。

このシステムによって、米国向け貨物を積載した船舶について、港を出る段階から迂回輸出のリスクを評価することが可能になるという。

さらに、トランプ大統領の6月の大統領令では、ペーパーカンパニー、所有構造が不透明な企業、関税を十分に担保できない輸入業者、社名を変更して違反を繰り返す企業などが取り締まりの対象として挙げられている。

つまり、米国は単に「関税を上げる」のではない。

AI、税関、原産地規則、企業情報、保証金制度を組み合わせて、関税回避そのものを難しくしようとしている。

「対中融和」ではなく「交渉のための圧力」

ここから見えてくるのは、トランプ政権の対中政策を単純に「融和」と評価することの危うさである。確かに、現在はトランプ大統領とベッセント財務長官らの「交渉派」が優位に立っている。

しかし、交渉派が優先するのは、中国との対立そのものではない。中国から譲歩を引き出すために、どのような圧力をどのタイミングで使うかである。そのため、米中関係が安定している間は関税を抑制する一方、中国が米国の要求を拒否すれば、再び関税や輸出規制などを強化することが可能になる。

今回の迂回輸出対策も、そのための重要なカードになる。

しかも、その対象は中国だけではない。中国製品の迂回輸出を可能にする第三国、企業、物流網まで対象になるからだ。

日本は「米中交渉」の外側にはいられない

この問題は日本にとっても無関係ではない。

米国が中国との経済競争を続ける一方で、中国との取引を完全に断つことも望んでいない以上、日本企業には難しい対応が求められる。中国市場から撤退すれば済む問題でもない。

逆に、中国を含むアジアのサプライチェーンに深く組み込まれたまま米国市場へ輸出すれば、米国の原産地規則や関税回避対策に対応しなければならない。

つまり、日本企業はこれから、「中国とどの程度付き合うか」だけでなく、「中国との取引が米国からどう見られるか」まで考えなければならなくなる。

これは、米中対立が単なる二国間関係ではなく、世界のサプライチェーン全体を巻き込んだ競争になっていることを示している。

日米両首脳による米海軍横須賀基地訪問 2025年10月28日 首相官邸HPより

トランプ政権は本当に「対中融和」なのか

トランプ政権内では現在、三つの勢力がせめぎ合っている。中国との取引を重視する「対中交渉派」。中国を長期的な軍事的脅威として見る「対中リアリスト」。そして、中国への経済依存そのものを問題視する「対中ナショナリスト」である。

現状では交渉派が優位に立っている。しかし、それは対中圧力の終わりを意味しない。

むしろ、今回の迂回輸出対策が示すのは、「中国と交渉するために、中国を取り巻くサプライチェーンに圧力をかける」というトランプ流の政策である。

トランプ政権の対中政策を見るうえで重要なのは、「融和か強硬か」という二択ではない。いつ、どの勢力が、どのカードを切るのか。そして、そのカードは中国だけでなく、日本を含む第三国にも及ぶ。

米中交渉が続いているからといって、対中競争が終わったと考えるのは早すぎる。むしろ今のトランプ政権は、交渉と圧力を同時に進めながら、中国を取り巻く経済ネットワークそのものを再編しようとしているのである。

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