日本の「固有の領土」とは?

ネット記事によると加藤登紀子さんがサンモニの番組に出演し、北方領土をロシアの領有と発言して番組のアナウンサーを慌てさせたという記事が出ていました。加藤さんはご自分で調べたと前置きして、趣旨として「ロシアの領有である北方領土にプーチン氏が行くのは止めようがないのでは」という発言をしました。その後、アナウンサーが「領土ではなく、実効支配ですね」と言葉の修正をし、番組にも多くのコメントが寄せられたようです。加藤さんが確信的に言ったのかどうかは判断できません。

では北方領土はなぜ日本のものか、と主張しているその論理の根源は皆様ご存じの通り「固有の領土」だからであります。何気で使っているこの言葉、よく考えると不思議な気もしませんか?固有の領土って何でしょうか?小学生に論理的に説明できますか?それではアメリカやカナダは誰のものですか?先住民の固有の領土ではないでしょうか?

実はこの「固有の領土」という言葉は日本が1950年代に当時のソ連と北方領土問題でやりとりする際につくりあげた造語です。時代背景は日ソ国交正常化条約交渉の最中。作ったのは外務条約局局長の西村熊雄。使ったのは当時の外相であった重光葵です。

当時、どういう形にしろ、北方領土をソ連に実行支配されてしまい、吉田茂も「半分返してもらえないか」という妥協案を考えていた頃です。そんな時、日本はアメリカから責められます。「日本が北方領土を2島で妥協するならアメリカは沖縄を返さないぞ」と。これが世に言う「ダレス恫喝」です。書き物によってはあたかもアメリカが日本に北方領土は日本の固有の領土だからあきらめるな、とし、アメリカがはじめに使ったとの指摘もありますが、実態はそうではありません。アメリカから責められて西村熊雄が苦渋の末に使った言葉です。「そうだ、北方領土だけは過去、外国に一度も取られたことがない日本に所属していた島だから『固有の領土』なんだよな」ということにしたわけです。

ただし、世界で初めてこの言葉、inherent territoryを使ったのは西村熊雄ではなく、坂東幸太郎という議員が1947年の第一回国会で北方領土を指して使ったのであります。

さて西村の話に戻ります。切り口としては面白かったのですが、正直、それでソ連を論破できなかったのです。その上、皮肉にもこの造語は中国と韓国に「面白いじゃないか」と利用されるようになったのです。つまり西村熊雄の発想は逆に竹島や尖閣の領有問題を生み出してしまうのです。

例えば台湾を例にとりましょう。台湾は誰のもの?という発想を展開するとアプローチとして①先住民 ②実効支配/統治支配 の2つが主流だと思います。台湾はかつて清朝が「化外の地」と称したところで中国(清)のものだけど特に統治はしてないというスタンスでした。しかし、今、台湾は誰のものといえば戦後に入ってきた国民党の人々たちが新移住者となり、かつ、何世代かすると思想が発展的になり、台湾は自分たちが作り上げたのだから自分たちのモノと変わってきます。そこには主権在民の考えもあるのでしょう。故に話がややっこしくなるのです。

では大陸的発想ならどうか、といえば歴史が物語るように原則としてはチカラが全てであります。ユーラシア大陸において領土と国家、国境が何度書き換えられ、どれだけの国家が滅亡し、新たに覇権国家が生まれてきたか、長い歴史からすればまるで呼吸するように国家のカタチは変わっていくのです。当然ながら「固有の領土」という発想はないと断言してもよいのです。

日本の発想は土着と神道由来の影響が強く、日本固有の国土は神から与えられた拝借物であるという思想が前提にあります。よって坂東幸太郎や西村熊雄がひねり出した妙案は北方領土を他国に取られてしまっては神様に顔向けできないという考えが背景にあったと想像しています。

当然、神道的なこの発想は日本人に絶対的に支持されます。故に加藤登紀子さんがロシア領有と言っただけで大騒ぎになるのです。それは日本人の土着発想を根本から否定することになり、加藤登紀子さんが意図していたのか、間違ったのかはともかく、非日本人的な発想は微塵たりとも許せん、ということなのでしょう。

ただ繰り返すようですが、地球レベルの領土の現実的発想は支配力主義に変わりはありません。北方領土に日本人が住んでおらず、主権在民の観点からも弱くなっている点からすると日本が固有の領土といくら主張しても相手は「はぁ?」にしか受け取らない、これが実情だと思います。

もしもカナダ式にするなら領土の領有は諦める代わりに先住民であったアイヌや日本人に一定の尊重と権利を認めさせる、というアプローチもあります。多分、これが国際世論的にはわかりやすい切り口かもしれません。例えば元島民のみならず、ノーパスポートで観光地として日本人へのアクセスを認めさせることと沿岸漁業権を確保するなどの合意可能な方法はあります。共同統治もあるでしょう。ただ、日本は土地の所有に異様にこだわるので、交渉の矢面に立つ政府としても実質的に「妥協できない」話になるわけです。つまり政治的声明として「絶対に譲れない」を言い続けるのが日本流なのでしょう。

確か安倍氏は妥協策に傾きつつあったのはプーチン氏との長いコミュニケーションを通じた現実的な落としどころだったのかもしれませんね。当然、吉田茂も長く、ロンドンや中国で外交官をしていたので国際世論はわかっていたうえでの一定の妥協案が腹案にあったものと思われます。

安倍首相とプーチン大統領 2014年 同首相Fbより

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年8月18日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。

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