故江沢民国家主席は中国の「反日」の起点

中国の故江沢民国家出席の生誕100年を迎えて、北京の人民大会堂で追悼大会が挙行された。共同通信は北京発で以下のように報じている。

「中国は17日、改革・開放路線の下で大国化を推進した故江沢民元国家主席(共産党元総書記)の生誕100年の記念大会を北京の人民大会堂で開いた。習近平国家主席が演説し、改革・開放政策を推進し「国家富強」の実現に力を尽くしたと江氏を称賛。1989年の天安門事件の際、上海市のトップとして「安定を守った」とも述べた。習指導部は来年の党大会をにらみ、先の指導者の歴史的功績をたたえることで、習氏の権威と党内の士気を高める構えだ。江氏は、中国当局が民主化運動を武力弾圧した天安門事件後、最高実力者だった故トウ小平氏によって上海市トップから党総書記に抜てきされた」

法輪功迫害の張本人、中国第5代国家主席江沢民 Wikipediaより

中国第5代国家主席の江沢民(在任1993年3月~2003年3月)の生前の功績について、習近平国家主席は「改革・開放政策を推進し、国家富強の実現に力を尽くした」と評していた。それは事実だろう、中国を世界第2位の経済大国へと導いた功績は否定できない。世界貿易機関(WTO)への加盟(2001年)や北京オリンピックの誘致(2008年開催決定)を成功させ、外資を呼び込んで中国を「世界の工場」へと押し上げた。同時に、江沢民は今日の中国共産党政権の反日路線のパイオニアという側面が強い。共同通信は江沢民の生前の肯定的な側面を紹介する一方、肝心の対日関係では反日の旗振り的な存在であったという点をなぜか無視している。

江沢民は上海市長、上海市党書記などを経て、1989年6月4日の天安門事件の後、鄧小平の推挙により、失脚した趙紫陽に代わって党総書記および中央政治局常務委員に就く。天安門事件(1989年)後に低下した共産党の求心力を補うため、学校教育で徹底的な「抗日戦争(愛国主義)教育」を導入した。1997年2月に鄧小平が死去。後ろ盾を失った江沢民は以後、自身を支える政治集団「江沢民派」(上海閥)を構築して独裁政治を続けていった。 1998年8月、江沢民は外交当局に対し「日本に対しては歴史問題を永遠に言い続けなければならない」と指示していたことが後に判明している。すなわち、江沢民は根っからの反日思想の持主だったわけだ。

そのことは、江沢民の日本訪問でも明らかになっている。1998年11月に中国の国家元首として初来日した際、宮中晩餐会に平服(中山服・人民服風のスーツ)で出席し、日本の国会演説などで歴史問題を執拗に批判し続けたことで、日本国民にも不快感を与えた。

また、江沢民の生前の歩みを振り返る時、徹底した法輪功弾圧政策を挙げざるを得ない。1990年代後半に入ると、李洪志氏が創設した中国伝統修練法の気功集団「法輪功」の会員が中国国内で急増し、1999年の段階で1億人を超え、その数は共産党員数を上回った。法輪功は宗教ではない。心と体のバランスを維持する上で役立つ修練法だ。貧しい国民だけではない。共産党幹部たちも法輪功に惹かれ、トレーニングする者が出てきた。

法輪功の増加を恐れた江沢民国家主席(当時)は1999年、法輪功を壊滅する目的で「610公室」を創設した。「610」という数字は同公室が1999年6月10日に設立された日付から由来する。旧ソ連時代のKGB(国家保安委員会)のような組織だ。法輪功メンバーの取締りを目的とした専門機関だ(「中国の610公室」2006年12月19日参考)。

「610公室」は現存の法体制に縛られない超法規的権限を有し、法輪功の根絶を最終目標としている。中国当局は拘束した法輪功メンバーから生きたままで臓器を摘出し、それを業者などを通じて売買している。西暦2000年から08年の間で法輪功メンバー約6万人が臓器を摘出された後、放り出されて死去したというデータがある。

中国の不法臓器摘出の実態を報告したカナダ元国会議員のデビッド・キルガ―氏は、「臓器摘出は中国で大きなビジネスだ。政府関係者はそれに関与している。法輪功メンバーの家族が遺体を引き取った際、遺体には腎臓などの臓器が欠けていたという証言がある」と報じている。法輪功メンバーにとって「江沢民」という名前は悪魔を意味する。

ちなみに、江沢民の業績を評価する習近平国家主席はここにきて政権維持のために江沢民の政策、反日カードを利用し、「民族団結進歩促進法」(2026年3月)を施行し、法輪功や少数派民族、グループに対して監視統治を強化させている。

なお、「大紀元」によると、江沢民の生誕100周年を記念する追悼式には、退任する共産党高官では、温家宝(元首相)らが出席し、その中には噂される元中央懲戒委員会書記で軟禁中の王岐山も含まれていたが、胡錦濤(第6代国家主席)、李瑞環(第6代中国人民政治協商会議主席)らは欠席したという。「大紀元」は17日、「独立系の評論家蔡申昆は以前、江沢民生誕100周年の祝賀は政治的バロメーターであり、慣例として胡錦濤は出席しなければならず、王岐山の出席が許されるかどうかも関心事であると指摘していた」と報じた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年8月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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