「経常黒字なら円高」はもう古い:止まらない「安い日本」 --- Mimi Yamazaki(山崎 ミミ)

筆者提供

NYの日系スーパーにいわしがありました。日本の魚屋で見るのと同じ、細い銀色のいわしです。

値札を二度見しました。1尾6ドル50セント。8月16日のレートで、約1,035円です。

この夏、一時帰国した時の日本のスーパーの値札は120円でした。8.6倍。

もちろん、これを全部円安のせいにはできません。アメリカ人は生のいわしをほとんど食べないので、需要が薄く、流通も細い。8.6倍の大半は、為替ではなく食文化の差です。

だから、比べるべきはいわしではありません。ガソリンです。これは両国の誰もが、毎週同じものを買います。

同じ日に給油したガソリンは1ガロン4ドル24セント。1リットルあたり1ドル12セント、円換算で178円です。

日本の店頭は170円前後。米国のほうが8円高い。ここでも「日本は安い」が成り立っているように見えます。

順番が、逆でした。

日本の170円は、補助金を入れたあとの数字です。資源エネルギー庁が公表した8月6日から12日分の支給単価は、1リットル19.0円。

外すと189円になります。米国は178円。日本のほうが11円高いのです。

8円安いのではありません。11円高いものを、19円払って8円安く見せている。

給油1回で40リットル入れるなら、1回ごとに760円が国から出ています。値札には出ません。誰も自分が受け取ったと思っていない760円です。

現行の制度は緊急的な激変緩和措置で、170円を超えた分を全額補助します。2025年末に暫定税率が廃止されて補助も終わったのに、2026年2月末のイラン情勢の緊迫化で原油が急騰し、3月19日に再開されました。減税は3か月で原油に飲み込まれています。

規模はガソリンだけで年8,360億円ほど。19.0円に年間約440億リットルを掛けた概算です。報道によれば基金の残高は2,100億円で、ガソリン分だけで週161億円使っているので、単純に割れば13週分。軽油や灯油も同じ基金なので、実際はもっと短い。

9月から目安価格を170円から175円へ引き上げる案が検討されていると報じられています。実施されれば店頭価格は5円上がり、40リットルなら1回200円の負担増です。

「日本は安い」という感覚の一部は、価格ではなく財政でできていて、その財政には期限が見えています。

ここまでが、値札の話です。

「日本は経常黒字国だから、いずれ円高になる」

そう思っているなら、次の数字は不気味です。

ここから、裏返ります。

2026年上半期の経常黒字は17兆4,292億円。過去最大です。ところが同じ期間のドル円は平均158.24円。前年同期の148.54円から、6.5%も円安に進みました。稼ぎが最高で、通貨が最安という組み合わせです。

黒字の大半を生んだのは輸出ではありません。海外の株や企業から受け取る利子・配当などの第一次所得で、20兆4,914億円に達しました。

海外で得たドルを、そのまま海外で再投資すれば、円を買う必要はありません。日本の統計には利益として載りますが、為替市場に円買い注文は出ないのです。

経常黒字は、円に帰ってくるお金ではなく、海外に置いたままの残高でした。

補足すると、黒字の水準を支えているのは第一次所得ですが、前年から黒字が増えた主因は貿易収支の改善です。輸出も効いている。

ただ、その中身は見ておく必要があります。上半期の輸出額は19.3%増。数量はわずか0.2%増です。見た目ほど、モノが売れたわけではない。

6月単月では、経常収支が923億円の赤字に転落しました。原油はドル建てで66.6%上がり、円換算では84.7%上昇しています。

この約18ポイントの差が、ガソリン、電気、物流費、そして棚に並ぶ商品として家計に届きます。19円は、その入口にあるだけです。

7月31日、日米は協調して円を買いました。協調介入としては東日本大震災直後の2011年以来15年ぶり、円買いでの協調としては1998年6月以来28年ぶりです。米財務省はニューヨーク連銀を通じ、ユーロを売って円を買いました。

それでも164円に迫った円は、8月3日の共同声明で157円台まで戻り、そこから足元では再び159円台まで円安が進んでいます。

日銀が利上げすれば戻る、という声はあります。ただ、市場は2027年6月までに72bp、約3回分の利上げを織り込んでいます。実質金利はまだマイナスです。

ここから先は、投資として何が起きるか。

上半期、海外投資家は日本の中長期債を13兆5,193億円買い、日本の投資家は外債を4兆2,343億円売り越しました。一見、円高材料。ただし、ヘッジや円転の有無は統計から読めません。円買いを伴わないフローは、額が大きくても相場を動かしません。

企業には、燃料コストを価格に転嫁できる企業と、できない企業があります。転嫁できない側では利益が削れ、転嫁できる側では消費者が払う。補助が続く限り、コストは財政に積まれます。

もう一つ、より大きな分岐があります。20兆円を生んでいる海外資産を持つ側にいるか、円で受け取って円で払う側にいるか。前者は円安で資産が増え、後者は値札に出ない19円を負担します。実際、日本に住んでいる投資家の友人は、介入直後になんとドル建ての米国債に資産の大半を注ぎ込みました。

同じ国に住みながら、通貨に対する立場が正反対になります。

円を動かすのは、日本がいくら稼いだかではありません。その稼ぎを、最後に何通貨で持つかです。

私はこのいわしをドルで買っています。ガソリンも、補助のない値札で入れています。

見るべき日は二つあります。9月の目安価格の判断と、基金2,100億円が尽きる時期です。

介入から19日が経ちました。

【出典】

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Mimi Yamazaki(山崎 ミミ)
NY在住 連続起業家/エンジェル投資家/個人投資家。
米国在住20年以上。NYで創業した翻訳会社を2015年に売却、日米の不動産投資会社を2020年に譲渡。スタートアップ6社に出資し米国2社がIPO。日本の個人投資家に向け米国経済と市場を日々解説。
X:Mimi Yamazaki

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コメント

  1. yuzo.seo より:

    「(米国の生イワシ価格が日本の8.6倍もする理由は)為替ではなく食文化の差」というのは全くその通りです。日本では大量のイワシを捕獲して流通させているので一尾あたりのコストは非常に低いけれど、イワシを少量しか扱わない米国でそのコストが高くなるのは当然のことです。
     
    一方のガソリン価格は、これは少々特別で、日本のガソリン価格(1Lあたり)には、ガソリン税53.8円、石油石炭税2.8円、消費税10%がかかっている。昨年まではこのほかにガソリン税の上乗せ分25.1円がかかっておりました。税率はトータルで、昨年までが約42.4%、今年に入って約27.6%と、米国(連邦ガソリン税が約5円/L、州税はまちまち)に比べて相当高くなっております。https://hosoe-tax.com/news/column/column_zeimu/article/20260219/
     
    昨今の補助金は、イラン戦争に伴うガソリン価格の急騰が物価全般に与える影響に鑑みて行われているもので、これは円安円高とは性格の異なるものです。米国でもトランプ氏が連邦ガソリン税の凍結を主張しました。議会の承認が得られず実施には至っていないのですが、同様の考え方は米国にもあり、日本が特別ということではないのですね。
     
    一方、これまで円高が続いた理由ですが、これは、経常収支の黒字だけではないのですね。円に対する需要が一定程度存在したから円高が保たれた。その需要は、内需ということで、政府による公共投資が一つの大きな要素でした。なぜ政府がそうしたかといえば、「円高不況対策」がその目的で、結局のところ、円高不況対策が円高継続を招くという、皮肉な因果関係がそこにあったのですね。
     
    とはいえ、いつまでも国債発行残高を積み上げての公共投資は続けられない。そうなれば、この因果関係は逆転して、為替が円安方向に動き、円高不況も自動的に消滅した。これ自体は結構な話なのですが、同時に物価上昇も生じ、こちらに関しては、国民生活の困窮を避けるために、別途手を打たなければいけない。⇐イマココ、というわけです。
     
    人為的に為替を操作して円高にするという道は、確かに物価の抑制には役立つのですが、過去の通貨危機の多くがこのような政策の末に発生しており、やるなら相当な慎重さが要求されます。一つ間違えますと、一国の経済を破壊し、ハイパーインフレに陥ってしまいますので。
     
    基本的には、為替には手を付けないで成り行きに任せ、国内諸制度の合理化により、景気の上昇を図る、これが望ましい政策といえるでしょう。このためには、金利の過度な上昇を防ぎ、規制緩和により国内企業の活動を促進し、科学技術の振興と成長分野への集中的な投資など、地道な政策を積み重ねていかなければいけない。でもこれらは、過去の日本が行ってきたことであり、日本政府の十八番(おはこ)なのですね。
     
    センセーショナルな政策は、人気を博すかもしれないけれど、危険と隣合わせです。ここは、国民の痛みを緩和しつつ、地道な景気回復を狙うのが最善ではないかと思います。