なぜ日本は中国と安全保障を競い合わざるを得ないのか:賢い大戦略の前提

中国が強大な大国となり、米国と肩を並べ、追い抜きそうな勢いで台頭するにつれて、日本では「隣国と仲良くやっていこうではないか」といった主張をよく聞くようになりました。確かに、そうできればどれほどよいことでしょう。しかし、それは「幻想」と言わざるを得ません。なぜなら、国際システムは「アナーキー(無政府状態)」だからです。つまり、国家に安全を保証してくれる世界政府が存在しない状況です。

この構造のもとでは、国家、とりわけ大国は、自らの生き残りを最大化するよう強いられます。米国にとって、強い中国より弱い中国の方が望ましい。中国にとっても、強い米国より弱い米国の方が望ましい。その結果、大国同士で安全保障を高める競争が起こります。これは国際政治において、残念ながら避けられないことです。

この仕組みは、日中関係でも働いています。日本にとっても、強い中国より弱い中国の方が安心です。逆に、中国にとって、強い日本より弱い日本の方が安全保障上の利益になります。こうして、東京や北京の指導者がどれだけ平和を望んでいても、日本と中国は、より安全になろうとするための競争を強いられるのです。

賢い国家戦略

国家が主権や独立を守って生き残るためには、このアナーキーという環境に適応しなければなりません。この適応に失敗すると、国際政治から退場することになります。すなわち、国家として「死ぬ」ということです。

最悪の場合、古代のカルタゴのように国家自体が消滅することもありますが、現代では、独力で政治的な意思決定ができなくなる「主権の喪失」が、国家としての「死」を意味します。太平洋戦争の敗戦からサンフランシスコ講和条約までの日本が、その例です。

国家の「大戦略(グランド・ストラテジー)」とは、そうならないための最高レベルの計画です。厳しい国際環境にうまく適応できる戦略を立てて実行できれば、その国家は生き残る確率を高められます。反対に、下手な戦略をつくり、それに従って行動する国家は、自らの生存を危うくするでしょう。大戦略は、国家の生殺与奪権を握っているのです。したがって、国家は「賢い戦略」で安全保障競争に臨まなければなりません。

たとえば、中国の台頭は「賢い権威主義」抜きには語れないでしょう。第四次産業革命の時代と呼ばれる現在、イノベーションは国力(パワー)を高める大きな要因です。これまでの常識では、アイデアを持つ「起業家」が自由に活動しやすい民主主義が、イノベーションの原動力だと言われてきました。

中国は、この通念を打ち破り、今ではAI大国です。これは、北京の指導者が、共産党一党独裁を守るための市民への政治統制を最小限に抑え、経済や産業の活動には自由度を与える戦略をとってきたからだと、政治学者のジェニファー・リンド氏(ダートマス大学)は指摘しています。

大戦略とバランス・オブ・パワー

大戦略とは、安全保障理論の応用にほかなりません。ここで最も重要になる理論が「バランス・オブ・パワー(勢力均衡)」です。これは、脅威となる強国に対して、国家が次の二つの方法で対抗することです。

内的バランシング:自らの国力を高めて対抗する
外的バランシング:同盟国や同志国との安全保障協力を強化・拡大して対抗する

無政府世界では、国家間の約束を守らせる強制力がないため、国家はまず①を優先すべきです。なぜなら、同盟や連携の約束が守られるとは限らないからです。ナチス・ドイツが不可侵条約を破ってソ連に侵攻したのは、その端的な例でしょう。

内的バランシングと外的バランシング

日本の場合、内的バランシング、すなわちパワー(経済力+軍事力)を単独で強化して中国に対抗することは、もはやほぼ不可能に近いでしょう。なぜなら、経済力の指標であるGDP(国内総生産)でも、軍事力の指標である防衛費でも、日本は中国の4〜5分の1程度に過ぎないからです。

もちろん、日本が国力を高める努力を怠れば、国際政治から退場させられる可能性が高まってしまうので、官民一体となって、イノベーションによる産業力の向上や防衛力の整備・強化に尽力すべきです。しかし、それだけでは日中間のパワーの差は埋められないでしょう。

ドローンをいくら開発して配備しても無理です。日中の国力の差がこれだけ開いた現状では、日本は外的バランシングに頼らざるを得ません。ここで重要なのは、次の二つです。

① 既存の同盟や戦略的連携を強化すること
② 敵対勢力を分断する戦略を実行すること

つまり、「味方との安全保障協力を深め、敵を弱める」というシンプルなことです。しかし、シンプルなことほど、実践は難しいものです。

①の中核になるのは、日米同盟とクアッド(日米豪印の枠組み)でしょう。前者には、すでに赤信号がともっています。米国はイラン情勢への対応のために、西太平洋に残っていた空母をペルシャ湾に派遣してしまいました。その結果、日本周辺には米空母がゼロになります。1996年の台湾海峡危機の際、ワシントンは中国を抑止するために米空母二隻を派遣し、北京は矛を収めざるを得なくなったと見られています。しかし、現時点では米空母が日本から離れるのです。

こうなってしまった元凶は、米国がイランと始めた戦争です。高市首相は、トランプ大統領をイランとの戦争から離脱するよう促し、ずっと実現しなかった米国の「アジアへの軸足移動」の実現にむけて注力すべきです。

東京は「弱者の恐喝」、すなわち日本国内で中国側につくべきだとの世論が勢いづきかねないから、それを避けるためにもっとアジアに集中してほしいと、ワシントンに訴えてよいかもしれません。日米同盟を骨抜きにしないことこそが最重要の安全保障政策です。

クアッドは、日本、米国、オーストラリア、インドが協力して、中国を事実上「封じ込める」戦略枠組みです。正式な軍事同盟ではありませんが、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」という名のもとでの、日本の中国に対する外的バランシング行動です。これにも黄色信号がともっていると私は見ています。

米国とインドの関係は、トランプ大統領がインド製品に高い関税をかけたことにモディ首相らから反発されたこともあり、冷却化したからです。その後、米国は関税を下げましたが、あるインドの研究者は、両国は南アジアでもはやライバル関係になってしまったと判断しています。日本政府には、米印関係を修復する外交努力が求められます。

NATOとの連携を強化すべきとの論調は、伝統的なメディアで目立ちますが、衰退するヨーロッパは頼りになりません。なぜならば、日本とあまりに離れているからです。チェコのシンクタンクの研究員によれば、ヨーロッパのNATO加盟国の政府はロシアの脅威に集中しなければならず、アジアまでは手が回らないということです。

分断戦略の不在

日本がとれる戦略には、結束する中国とロシアを分断することがあります。そのためには「アメ」がしばしば効果を発揮します。英国によるナチス・ドイツとスペインの分断などが、この戦略の成功例です。しかし、この数年の日本は、今年に入りロシアからの原油輸入の再開という、わずかな「アメ」を与えましたが、全体的には「ムチ」の行使が目立ちます。

もちろん、日本がロシアへの「ムチ」(経済制裁など)により中国から離脱させられるのならよいのですが、むしろ、中国の「アメ」(政治・経済・軍事面での支援)もあいまって、中ロは結束を強めています。その結果、日本の安全保障にとって、核大国である中国とロシアを同時に敵に回す悪夢のような状況になっています。

中国との二国間だけでも日本が圧倒的に劣勢のところ、さらにロシアが中国に加勢しているので、日本と中ロとのパワーの不均衡は絶望的なまでに広がっています。

この苦境を打開する分断戦略を取るべき岸田政権も高市政権も、逆に北京とモスクワをくっつける「接着剤」のようなものを提供してしまっています。

岸田総理はウクライナのゼレンスキー大統領に「必勝しゃもじ」を送りました。これはプーチン大統領を反発させることで、中国側にもっと追いやったでしょう。高市総理が、プーチン氏の択捉島上陸に対して抗議することは当然だとしても、「中長期的な(日ロ)関係回復を困難にした」とまで言い切りました。これでは、日本の安全保障は悪化するばかりです。

もちろん、岸田氏や高市氏の対ロシア政策には、国民の一定の賛同が寄せられているのみならず、正義や道徳、法律を援用して、プーチン氏にもっと強く出ろという人もいます。それは私も十分に理解できます。しかし同時に、戦略と倫理のトレードオフ、すなわち日本の安全保障は自分たちが心の中で信じる倫理にそって懲罰的に行動すると、かえって悪化しかねないことも直視すべきでしょう。

批判と応答

ここで、読者が言いたくなりそうな批判に簡単にお答えします。

第1に、「日中の安全保障競争は危険な軍備拡張を招き、戦争を起こしやすくする」との反論です。これは軍拡の片面しか見ていません。軍備増強は戦争のコストを上げるので、戦争を抑制する効果も見込めます。「戦争があまりにも高くつくとき、わたしたちは妥協する道を探す」(ブルース・ブエノ・デ・メスキータ氏)ということです。冷戦期の米ソの激しい核軍拡競争は、「熱戦」にはなりませんでした。

第2に、「日本は中国に宥和すべき(中国側につくべき)」という代替案です。これは怯える弱者を安心させて「予防戦争」を防ぐ効果がありますが、強者には逆効果でしょう。なぜなら、宥和は強い敵をさらに強くする結果、自国の安全保障を自ら危うくするからです。宥和は強国と結束する国家を引き離すために使えるツールであっても、脅威の源泉となる大国には通用しないでしょう。

これに関連して、最も反発を受けそうな提言は、「中ロを分断する」戦略でしょう。ここで留意すべきは、中ロ関係は見た目ほど盤石ではない、ということです。ロシアからすれば、地理的に近い強大化する中国は、恐ろしい潜在的な隣国です。にもかかわらず、両国が「無制限のパートナーシップ」を宣言・確認するのは、米欧という強大な敵勢力に対する外的バランシングです。

しかし、米国とNATOの関係がギクシャクし、ウクライナ戦争も終われば、ロシアが中国につくインセンティブは低下します。モスクワの西側への脅威感は低下して、中国への警戒感が増すからです(ロシアより圧倒的に強い中国は、そうでもないでしょう)。

かつての中ソ同盟が中ソ対立へと悪化し、米中和解に至ったダイナミックな動きは、主に脅威となる大国の力関係の変化(米国=中+ソ→ソ連=米+中)によるものだったことを思い出しましょう。確かな予測はできませんが、こうなれば中ロ分断のチャンスが見込めますので、それを日本はどう活かすかです。

戦略と常識

大戦略というものは、一般市民に広く共有されている「常識」や「通念」に反することを、しばしば国家に求めます。そのため、戦略家は罵倒の対象となることが珍しくありません。ここまで読んでくださった少なからぬ方は、私に不快感を覚えたことでしょう。それは無理もないことであると同時に、私の主張を皆さんにごり押しするつもりもありません。私の提言に納得しない人がいるのは、多様な意見が許される民主主義では当然のことです。

ただ一つだけ、皆さんに理解していただきたいことがあります。人間の判断には、常に「社会的望ましさのバイアス」が付きまとうことです。「隣国と仲良くしよう」「悪者を非難しよう」「戦争を引き起こす軍備競争は避けよう」といった耳に心地よいスローガンは、すんなりと受け入れやすいのです。逆に、日中対立は不可避という分析は、あまり深く考えたくないでしょう。

しかしその代償は、頭が疲れる不快な議論について熟慮することを避ける結果、「賢い戦略」が見過ごされがちなことです。こうした由々しき言論空間をさらに悪化させる流行語が、理論的にも実証的にも疑わしい「認知戦」です。中ロ分断戦略を口にすれば、おそらくクレムリンのプロパガンダを鵜呑みにした「親露派」とレッテルを貼られ、「ロシアの思うツボだ」と非難されるでしょう。これで健全な戦略論議は阻まれてしまいます。

最後に、私は上記の戦略が賢いものだと断言するつもりはありません。日本の安全を願う国民の一人として、また、この分野を学んできた「リアリスト」の一人として、この小論は一つの大戦略を提案したものと解釈していただければ幸いです。

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