なぜ福島県は地元企業に株式上場を勧めるのか

地方では、若者の流出が大きな問題になっている。

地方の大学を卒業した若者だけではない。高校卒業後に東京などの大学へ進学した若者が、そのまま大都市圏で就職し、故郷へ戻ってこない。

そこで多くの自治体は、「地元企業に就職しよう」「地元にも魅力的な企業がある」と若者に呼びかける。

しかし、私は以前から一つ疑問を持っている。若者は、その「魅力的な地元企業」がどんな会社なのか、どうやって知ればいいのだろうか。

就職する会社のことが分からない

私は大学で財務会計を専攻した。そのときに印象に残った言葉の一つが「アカウンタビリティ(accountability)」だった。日本語では一般に「説明責任」と訳される。

会計(accounting)とアカウンタビリティには深い関係がある。経営者は、自分に託された資本をどのように使い、どのような結果を出したのかを、株主をはじめとするステークホルダーに説明する責任がある。私は学生時代、この考え方を知って感銘を受けた。

会社とは単に利益を上げればいい存在ではない。社会から資本や人材を預かって活動している以上、自分たちが何をしているのかを社会に説明しなければならない。

ところが、日本の地方企業について調べようとすると、このアカウンタビリティが驚くほど乏しい。

上場企業なら、有価証券報告書、決算短信、適時開示資料、統合報告書、IR説明資料などを読むことができる。

売上高はいくらか。利益率はどの程度か。平均給与はいくらか。従業員は増えているのか。経営者はどんな人なのか。どのようなリスクを抱えているのか。どこへ投資しようとしているのか。かなりのことが分かる。

一方、地方の非上場企業の場合はどうだろう。

会社のウェブサイトと求人票くらいしか情報がない会社も珍しくない。信用調査会社の情報を入手できたとしても、それは社会に向けて企業自身が経営を説明するIRとは性格が異なる。

それでは、真面目に勉強してきた学生ほど困るのではないか。

自分がこれから何年も、場合によっては何十年も働く会社なのだから、その会社がどんな経営をしているのか知りたいと思うのは当然である。

しかし、情報がない。

結果として、「よく分からない地元企業に就職するくらいなら、東京の名前を知っている上場企業へ行こう」となっても不思議ではない。

地方からの若者流出を考えるうえで、この「企業情報の非対称性」はもっと注目されていい。

福島県の面白い政策

そんな中で、福島県のウェブサイトを見ていて、私は非常に興味深い政策を見つけた。福島県は、県内企業に株式上場を促しているのである。しかも単に「上場してください」と呼びかけているわけではない。

2026年度の「福島県中小企業等株式上場支援補助金」では、上場を目指す企業に対して、監査法人、公認会計士、証券会社、株式事務代行機関、IRコンサルティング会社などとの契約に必要な費用を支援している。補助率は2分の1以内で、1社当たり年間最大500万円である。

さらに、専門家による伴走支援も行う。そこでは経営計画だけでなく、「会計処理・決算体制の整備」「社内の管理体制・ガバナンス構築」「IR資料やディスクロージャー体制の構築支援」まで対象になっている。

つまり福島県は、企業に単に上場という「看板」を取得させようとしているのではない。パブリックカンパニーとして社会から評価されるための経営体制そのものを作ろうとしている。

ここが重要だと思う。

目的は「若者に帰ってきてもらうこと」

さらに興味深いのは、この政策の目的である。

福島県は2026年度の事業について、復興と地方創生を進めるには若手人材の確保が重要であり、そのためには県内大学生の地元就職や首都圏大学生などのUIJターン就職の受け皿となる「魅力ある県内企業」を増やす必要がある、と明記している。

そして、企業の魅力を測る一つの目安として「株式上場の有無」を挙げている。

これは最近思いついた政策でもない。

2016年2月の福島県議会ですでに、県は上場によって企業の「資金調達力や社会的信用」が高まり、首都圏へ進学した大学生などのUターン就職の受け皿にもなるとして、翌年度から金融機関と連携したセミナーや上場費用への補助を始める方針を示している。

つまり、約10年前からこの発想を持っていたのである。

成果も出ている。2021年度には5社へ計約1363万円を補助し、支援企業のうち1社が2022年2月に上場した。福島県内では10年ぶりの新規上場企業だったという。

上場の価値は資金調達だけではない

一般にIPOというと、「株式市場から資金を調達するため」と説明される。

もちろん、それは重要である。

しかし私は、地方企業にとってもう一つ重要な効果があると思っている。

会社が社会に対して説明責任を負うようになることだ。上場すれば、経営者は、自社のことを社会に説明しなければならない。決算を開示する。事業内容を説明する。リスクを説明する。経営戦略を説明する。そして投資家から質問を受ける。「うちは昔からこうやってきた」だけでは通用しなくなる。

もちろん、上場企業だから優良企業だというわけではない。粉飾決算をする上場企業もあれば、不祥事を起こす上場企業もある。反対に、非上場でも世界的な競争力を持ち、優れた経営をしている企業はいくらでもある。したがって、「上場企業=良い会社」という単純な話ではない。

それでも両者には大きな違いがある。上場企業は少なくとも、社会に向かって、「私たちはこういう会社です」と継続的に説明することを制度として求められる。

私はここに大きな意味があると思う。

若者に「地元に残れ」と言う前に

地方創生の議論では、ともすると若者の側に注文をつけてしまう。

「地元にも良い会社があります」
「地元に就職してください」
「Uターンしてください」

しかし順序が逆ではないだろうか。若者に地元へ帰ってきてもらいたいのであれば、まず企業の側が、「私たちはこういう会社です。これだけ稼ぎ、これだけ投資し、こういう未来を考えています」と説明できなければならない。

さらに、「社員にどれだけ還元しているのか」「人材をどのように育てるのか」「10年後に何を目指しているのか」まで説明できれば、若者は初めて地元企業と東京の上場企業を同じ土俵で比較できる。

若者が地方企業を選ばない原因の一つは、地方企業が劣っていることではなく、地方企業のことを判断するための情報が少なすぎることなのかもしれない。

これは人材獲得における重大なハンディキャップである。

IPO支援は地方の産業政策になり得る

その意味で、福島県の政策は非常に面白い。

従来の地方の中小企業政策というと、設備投資への補助金、低利融資、事業承継支援など、「今ある会社を支える政策」が中心だった。

もちろん、それらも必要だろう。

しかし福島県は一歩踏み込んでいる。企業を資本市場へ送り出そうとしているのである。

上場を目指せば、会計制度を整備しなければならない。内部統制を整えなければならない。ガバナンスを考えなければならない。そして自分たちの経営を外部に説明できなければならない。

IPO支援とは、単なる資金調達支援ではない。地方企業を「説明できる会社」に変えていく政策でもある。

さらに現在の制度では、福島県内に本社を置く企業だけでなく、県内へ本社を移転し、上場後も県内に本社を置く企業も対象になっている。

これは企業誘致政策としても興味深い。工場だけを誘致するのではない。成長企業の本社と経営機能を福島県へ呼び込む。地方創生の新しい形ではないだろうか。

全国の自治体が真似していい

私は、この政策を福島県だけのものにしておく必要はないと思う。全国の都道府県が真似すればいい。

もちろん、すべての中小企業が上場する必要はない。オーナー経営を維持する方が合理的な会社もあるし、上場コストに見合わない企業もある。

しかし、売上高数十億円、数百億円へ成長し、全国や海外を市場にしようという地方企業なら、IPOを経営の選択肢として考えてもいい。

地方自治体も、「企業を倒産させないために補助する」だけではなく、「世界や資本市場と戦える企業を地域から作るために支援する」という発想を持っていいはずだ。福島県が2016年度から続けてきた株式上場支援は、その一つのモデルになり得る。

地方から若者が流出することを嘆く前に、若者が働きたいと思える会社をつくる。そして、その会社が何を考え、どこへ向かおうとしているのかを社会に説明する。地方創生に必要なのは、企業への補助金だけではない。企業のアカウンタビリティではないだろうか。

私は福島県の取り組みに、その可能性を感じている。

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