
4月の記事「声は誰のものか:ELVIS法が開いた新しい法の領域」で世界で初めて声の権利を認めた米テネシー州エルビス法を紹介した。

8月には法務省がパブリシティ権等についての解釈指針を出したので、近刊の『AI 時代と著作権 なぜ日本は、創っても儲からないのか―国破れて著作権法あり2―』の「声は誰のものか:エルビス法が開いた新しい法の領域」でエルビス法と比較しながら紹介した。

その後、9月には東京地方裁判所が声優・津田健次郎氏の声に関する事件で判断を示したので、本稿で三者を比較する。結論から言うと、日本は既存の法理をAI時代に適用する方向、米国はAIを念頭に権利を立法で明確化する方向を採っている。
2026年8月の法務省解釈指針
法務省は2026年8月、「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」の取りまとめ報告書を公表した。これは、生成AIの普及を背景に、肖像や声の無断利用について現行法・判例法理を整理したものである。
重要なのは、法務省が新たな「声の権利」を創設したわけではない点である。日本のパブリシティ権は、著名人の氏名・肖像等が持つ顧客吸引力を利用する利益を保護する判例法理として発展してきた。今回の整理は、その保護対象に声も含み得ることを、生成AIという新たな技術環境の下で具体化したものといえる。
したがって、単に「本人に似た声」を生成しただけで直ちに違法となるわけではない。問題となるのは、その声が特定の人物を想起させるだけでなく、本人の顧客吸引力を利用するものと評価できるかどうかである。これは、AIだから特別なルールを適用するのではなく、既存のパブリシティ権法理をAIによる声の利用にも適用するという、技術中立的なアプローチである。
2026年9月の東京地裁判決
この指針の公表後、東京地裁は2026年9月30日、津田健次郎氏が動画サイト上のナレーションについて削除を求めた事件で判決を言い渡した。裁判所は、人の声についても人格の象徴としての性質を認め、声が顧客吸引力を有し、その利用が専らその顧客吸引力を利用する目的で行われる場合には、パブリシティ権侵害となり得るとの考え方を示した。
もっとも、この判決は「津田氏の声の利用について損害賠償責任を認めた」というものではない。対象となった動画等はすでに削除されていたため、削除請求については認める必要がないとして、原告の請求は棄却された。したがって、判決の意義は具体的なAI音声利用について侵害を確定したことよりも、声がパブリシティ権の保護対象となり得るという法理を裁判所が明確に示したことにある。
この意味で、8月の法務省指針と9月の東京地裁判決は、いずれも日本において「声」を既存のパブリシティ権の枠内で保護する方向を示したものと評価できる。
テネシー州エルビス法との違い
これに対してテネシー州は、より直接的な立法措置を採った。2024年に成立したELVIS Act(Ensuring Likeness Voice and Image Security Act)は、従来の氏名・肖像等に加えて、個人の「voice」を明文上の財産権の対象に加えた。
音楽の都ナッシュビルを擁し、エルビス・プレスリーゆかりの地でもあるテネシー州らしい名称だが、その内容は決して象徴的なものではない。州法なので、テネシー州にしか適用されないが、エルビス・プレスリーを含む実演家の氏名・肖像・声などのパブリシティ価値を、生成AIによる音声・肖像の複製まで意識して保護する法律である。
さらに同法の特徴は、本人の声を無断利用する者だけでなく、特定可能な人物の声や肖像を生成することを目的・機能とするアルゴリズム、ソフトウェア、サービス等についても一定の場合に責任を問える点にある。つまり、エルビス法は、生成されたコンテンツだけでなく、AIによる音声クローンを可能にする技術・サービスそのものにも目を向けている。
ここが日本との大きな違いである。日本では、2026年の法務省指針も東京地裁判決も、基本的には既存のパブリシティ権・不法行為法を出発点としている。これに対しELVIS Actは、「声」を法律上明示的に保護するとともに、AIによる複製という新たな侵害態様を立法の射程に取り込んだ。
もっとも、エルビス法も声の利用を全面的に禁止するものではない。ニュース、批評、パロディ等の表現活動との調整が必要であり、これは日本でも同様である。著名人の声を保護するとしても、報道や創作、批評まで広く禁止すれば表現の自由との衝突が生じる。そのため、権利保護と自由な表現との境界設定が重要となる。
日米比較から見えるもの
三つの動きは、法務省指針=既存法の明確化、東京地裁判決=その法理の司法的確認、ELVIS Act=新しい権利の立法化と位置付けられる。日本では、声が人格と密接に結び付き、著名人の場合には顧客吸引力を持ち得ることを前提に、既存のパブリシティ権によって保護する方向が明確になった。一方で、AIサービス提供者の責任や、音声クローン技術そのものをどこまで規制できるかについては、今後の個別事例や立法に委ねられる部分が大きい。
これに対しエルビス法は、州法なのでテネシー州にしか適用されないが、声を明文の財産権として位置付け、AIによる複製技術まで視野に入れた点で、より積極的な立法モデルである。したがって、日本の2026年の動きを「エルビス法と同じ制度になった」と評価するのは適切ではない。むしろ、同じ生成AI時代の問題に対し、日本は既存のパブリシティ権を解釈・適用することで対応し始め、テネシー州は立法によって声の権利を明文化したと理解するのが妥当である(下図参照)。
| 法務省のガイドライン | 東京地裁判決 | 米テネシー州
エルビス法 |
|
| 期間 | 2026年8月 | 2026年9月 | 2024年 |
| 「声」を保護できるか | できる場合がある | できる場合がある | 明文で保護 |
| 法的根拠 | 既存のパブリシティ権・人格権等 | 判例法の原則 | 州法 |
| AI音声 | 想定して具体的に整理 | AI模倣音声が問題 | AIによるvoice cloningを念頭 |
| 商用利用 | 特に重要 | 特に重要 | 広告等の商業利用を明文規制 |
| 非営利のパフォーマンス活動 | 個別事情を総合判断 | 一律禁止ではない | 法律上の例外との関係が重要 |
| 死後 | パブリシティー権の相続性はなお確定せず遺族の敬愛・追慕の情等を検討 | 一定期間、財産権として承継 | |
| 新しい「声権」 | 創設していない | 創設していない | 声を財産権に追加 |
今後日本で制度整備を進める場合には、声を独立した権利として明文化するか、AIサービス提供者をどこまで責任主体とするか、さらに報道・批評・パロディ等の表現の自由とどのように調整するかが主要な論点となる。
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