デモの混乱を抑えても国民の不満は収まらない
フランスでは、10月17日に高校生たちの抗議運動を発端として、公共サービスや物価高への不満を訴える計55万人(内務省発表)のデモが行われ、一部が暴徒化し、パリの中心部のほか、マルセイユなどで大きな被害が出た。また、左派の白人運動家がリモージュの市庁舎に放火して全焼させた。
このデモについては、内務省が規模などの見通しを誤ったことも混乱の原因だった。そこで、24日のデモについては、ルートも中心部から外れた下町に限らせたり、都市によっては集会を禁止したりし、警察も大動員をかけたので、混乱はあまりなかった。
そもそも、デモの過激化の一方、警察の実力行使も過剰なものになってきており、必ずしもデモ側にだけ批判が集中しているわけではなく、今回、混乱がなかったことがマクロン大統領側の得点になるとも思えない。
フランス人の不満を生み出した6つの問題
フランス人たちの不満がどこからきているかは、あらためて論じたいが、いくつかの論点を挙げておく。
- 外国人の受け入れ増加は労働力不足への対処としても必要だが、難民や不法移民などの人権ばかり尊重し、受け入れるフランス側の都合での選別が不足してきた。
- 国際金融資本やGAFAなどに対して国際的な規制を強化すべきなのに、米国やヨーロッパ内でも低い税率を餌に企業誘致をしている国の反対でできず、貧富の差が拡大している。彼らが十分な税金を払わないので公共サービスが維持できなくなっている。
- ドイツの野望に付き合ってNATOやEUの東方拡大などをしたために、ロシアと無用な対立を生み、結果として、軍事費の増大、徴兵制の復活、エネルギー価格の高騰、サイバーテロなどの横行を生んだ。
- 環境・LGBT・人種差別・脱宗教など多くの問題で、方向性は正しい場合でも、十分に吟味せずに過激な政策が導入され、混乱を招いている。
- 長年のユダヤ人差別やナチスによるホロコーストへの償いを、イスラエル国家樹立という間違った形で行ったためにパレスティナ問題が生じた。パレスティナ側の要求は100%正しいが、最低限実現すべきパレスティナ国家の樹立すら約束に反して実現できていない。
- 日本では議論が避けられているが、急速な平均寿命の伸びが、社会保障制度の維持を困難にしている(フランスは安楽死の導入に踏み切った)。
マクロン政権の中途半端な政策が招いた混乱
以上のような問題にマクロン大統領は少なくとも正しい意識を持って取り組んできたが、フランスだけでどうにかなるものではなく、また、ウクライナ問題などでも英独およびバイデン政権の米国に追随したので、国際秩序を変える努力は歴代フランス政権より希薄だった。
おまけに、極右RNの政権奪取や参加を許さないために、中途半端な政策を採り続けた。これでは、ある種の革命騒ぎが起きるのは当たり前で、今回の騒動も政治の覚醒のためにはよいことだと思う。
社会変革は、学生運動、労働運動、農民運動、下級兵士の不満爆発といったところからしばしば起きており、少々の混乱が故にそれらを全否定するのは間違っている。
そのあたりは、また別途取り上げたいが、今回は来年の大統領選挙の状況と、今回の騒動の影響を簡単に解説しておく。

マクロン氏とルペン氏 Wikipediaより
大統領選で優勢なルペンと中道・左派の苦境
候補者はまだ出るかもしれないが、第1回の投票で10%以上を取り得るのは、以下の表の6人にほぼ確定した。

世論調査では、そのうちルペンが35%程度で、残りが10%台である。そして、上位2人の決選投票では、ルペンがフィリップ元首相なら数パーセント以内の僅差で、メランションなら60%以上の票を集めて圧勝すると予想されている。
今回の騒動では、ルペンは穏健路線に徹したので、中道に支持を広げたとみられる。一方、ルタイヨ、フィリップ、アタルは影の薄さがますます目立った。
左派ではメランションがデモを支持して支持を広げ、第1回投票で2位になるチャンスを拡大した。グリュックスマンは社会党そのものでなく友好勢力だったが、中道左派の候補一本化で勝利した。印象はよいのだが、これまでと変わらないリベラル路線では、その路線で全欧州がまとまって行動しない限り、問題が解決しそうもない。
中道からのルタイヨ、アタル、フィリップ、さらにはグリュックスマンを一本化できたらルペンに勝利できるかもしれないが、そういう動きはない。
本当はマクロンがフィリップでまとめられたらいちばんいいのだが、そんな政治力があったら、マクロン自身が名大統領になっていただろうから、ないものねだりだ。
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