反日ドラマへの意趣返しでは済まされない
TBSの人気ドラマ『VIVANT』に対して、中国の国営メディアや共産党系メディアが、残虐な拷問場面などを問題視して批判している。
これに対して日本では、「中国こそ反日ドラマをさんざん作ってきたではないか」という反応が少なくない。確かに中国の抗日ドラマには、歴史を極端に単純化し、日本軍を残虐非道な存在として描いたものも多い。なかには荒唐無稽なものもあり、日本人が不快感を覚えるのは当然だ。
しかし、それは今回の問題に対する反論にはならない。私は、中国側が『VIVANT』の描写を批判するのには、それなりの理由があり、TBSも放送を中止するかどうかは別として、行き過ぎた演出については率直に反省し、誠意ある対応をした方がよいと思う。また、放置しておくと、現代の日本の警察や自衛隊などを悪役にした同様のドラマなどの製作を誘発し、世界に流布され、国益を損なう危険性があると思う。

TBS VIVANT 公式サイトより
どこが無意味に日中の対立をエスカレートさせたのか
問題は、単に中国の情報機関を悪役にしたことではない。いくつもの条件が重なっていることである。
第一に、歴史上の出来事ではなく、現在の国際関係を舞台としている。
第二に、敵役を中国を連想させる架空の国の組織とせず、現実の中国政府と明確に結び付けている。
第三に、指を切断したり、刃物で身体を刺したりする、一般向けドラマとしては非常にサディスティックでえげつない拷問場面を描いている。
第四に、その残虐行為が、旧日本軍による中国人への拷問として語られてきた行為を連想させる。
第五に、主人公側の「別班」が、自衛隊を背景とした秘密情報組織と位置付けられ、日本の自衛隊がそのような活動をしているとの誤解を生む危険性がある。
そして第六に、こうした内容が、日曜日午後9時という、地上波テレビの看板ドラマ枠で放送されていることである。
この6つの条件が重なれば、単なるスパイ活劇の演出で片付けられない問題が生じる。
もちろん、外国の諜報機関を悪役にした映画やドラマは昔からあった。冷戦時代の『007』シリーズでは、ソ連の情報機関やそれに関係する人物が敵役として登場した。ただし、007では架空の犯罪組織を中心的な敵役に据えた作品も多い。
そもそも当時は、東西両陣営が軍事的に対峙し、互いを現実の敵として認識していた。そうした時代背景の中でのスパイ活劇と、現在の日中関係を背景とする作品を同列には論じられない。
現代劇でも、米国の『24』や『HOMELAND』など、実在する外国の情報機関を残虐な組織やテロ支援勢力として描いた先例はある。2014年には『HOMELAND』がパキスタンの情報機関をテロ組織と結び付けて描いたため、パキスタン側から抗議を受けた。したがって、今回の『VIVANT』が前例のない作品というわけではない。
しかし、前例があることと、適切な演出であることは別問題だ。
日中は現時点において敵国同士ではない
現在の日中関係は、確かにぎくしゃくしている。尖閣諸島周辺では中国公船による領海侵入が繰り返され、台湾海峡の緊張や中国の軍事力増強も懸念される。中国政府の人権侵害や情報活動についても、批判すべきことは批判しなければならない。
だが、日本と中国は戦争状態にあるわけでも、敵対国同士でもない。1972年の日中国交正常化、1978年の日中平和友好条約以来、さまざまな対立を抱えながらも、両国は友好と協力という基本的な外交方針を放棄していない。日米同盟と日中友好は日本外交の両輪だ。しかも、中国の世界における経済力も政治的発言力も重要性を増しているのが現実だ。
さらに、中国は日本にとって最大級の貿易相手国であり、経済的な結び付きは極めて深い。2024年の日中貿易総額は約44兆円に達し、中国は日本の最大の貿易相手国だった。観光客も2025年には年間約910万人が中国から訪日している。
もちろん、中国人による日本の不動産購入や、日本で働く中国人の増加などについて、経済安全保障や社会政策の観点から論じることは可能だ。しかし、そうした民間の経済活動や人的交流は、リスクヘッジとして歯止めが必要であるにせよ、基本的には歓迎すべきことだ。まして、国家による敵対行為などではない。
尖閣諸島の問題についても、中国だけを批判すれば済む話ではない。そもそも1970年代初頭に領有権の主張が表面化した際には、台湾の中華民国政府が北京政府に先行して公式声明を出している。現在も台湾は尖閣諸島の領有権を主張している。中国の主張を批判するのであれば、台湾についても同じ基準で論じる必要がある。
中国に対して厳しい姿勢を取ることと、日中両国民の間に不必要な敵意を広げないことは、矛盾しないのである。
現実の中国の機関を描いたものでないことをテロップで流すくらいは必須
中国の抗日ドラマが過度に日本軍を残虐に描くことには、私も批判的である。しかし、過去の日本軍の行動を描くことと、現代の日本政府や自衛隊が中国人を残虐に拷問しているという物語を制作することでは、意味が違ってくる。
仮に中国のテレビ局が、現代の日本の公安警察や自衛隊の秘密部隊を登場させ、中国人工作員の指を切り落とし、拷問で殺害する場面を日曜夜の看板ドラマで放映したとしたらどうだろう。日本人の多くが反発するだろうし、日本政府が懸念を表明しても不思議ではない。
相手が先に不愉快なドラマを制作したから、こちらも同じようなことをするという連鎖はいいことではない。しかも、現代の中国政府を登場させたこのドラマは、日本側から新たな対立感情を煽るものだ。
中国が反日歴史ドラマを制作したら、日本は問題によっては同じ土俵で反論ドラマを製作すればいい(満州事変以降のことについては、戦争責任を否定するようなところまでエスカレートするのはだめだが)。しかし、21世紀の現在を舞台にしたドラマで新たな対立を生むのは絶対によろしくないと思う。
10月28日の記者会見で、TBSの龍宝正峰社長は、特定の国を敵視したり貶めたりする意図はないと説明し、過度の恐怖を与える演出については今後も検討する課題だと述べた。一定の問題意識を示したことは評価できるが、私はさらに一歩踏み込んでもよかったと思う。
放送中止や場面の削除までせずとも、不適切だったことを認め、今後の放送にあたっては、例えば、作品の中で描かれる情報機関や事件が完全なフィクションであり、中国の現実の国家機関全般を描写するものではないことを、テロップや公式サイトなどで改めて明示する方法もある。演出が過剰だったと判断するなら、その点について率直に遺憾の意を示せばよい。さらに再放送などにおいては、中国の国名を架空の国名に改めることくらい可能であろう。
また、今回のドラマの製作と放送にあたり、日中両国の国民感情にどのような影響を及ぼし得るかについて、十分に検討したのかを説明することはできるはずだ。
今回、TBSが率直に謝らなかったのは、ある意味で、あまりにも問題が重大すぎて、責任問題に発展するのを恐れたからではないかという気もする。それは、同志社国際高校の事故処理での同志社大学の対応の遅さに似たものを感じる。日中両国民の不毛な対立感情を増大させないためにも、早々に対策をとったほうがいい。
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