原発報道の教育効果 - 岡田克敏

岡田 克敏

 原子力発電ほど、その重要性に見合った評価がされて来なかったものはないと思います。日本の電力供給の約3割占め、CO2排出がほとんどないため温暖化の防止にも有効であることが再評価されていますが、原発に対する国内世論は必ずしも好意的とは言えません。


 このたび与党となった社民党は今も「脱原発」を掲げています。同時に2020年にCO2排出を90年比で30%減を主張していますが、はたして両立できるのでしょうか。長い野党時代に染みついた「非現実性」が通用するかが試されることになりそうです。

 過去の原発に関する報道は事故や危険性に関するネガティブなものがほとんどであり、その多くが過大であったと思われます。柏崎刈羽原発の中越沖地震での報道は、変圧器から煙の出る映像が執拗に流され、ラドン温泉の約30立方cmに相当する微弱な放射能漏れが大きく報道されました。そのため風評被害が生じ、イタリアのサッカーチームが来日を中止するというおまけまでつきました。

 一方、原発の意義や有用性が報道されることはあまり記憶がありません。原発は電力の安定供給と価格の安定に大きく寄与していますが、われわれはそれに感謝することはほとんどないと言えるでしょう。

 そのような報道の結果、原発は重要な役割を担うものというより、危険で迷惑なものとみなされる傾向が強くなりました。原発の新規設置は困難になり、原子力学科を志望する学生数は大きく減少しました。僅かな放射能漏れで日本中が大騒ぎするようなところで働きたくないのは当然です。

 経産省の調査によると、1994年度に1739人と最多を数えた国立大学の原子力関係学科の学生数は、2006年度に137人と、10分の1以下にまで落ち込みました。学科再編で学科名から「原子力」が消えて統計から抜け落ちた影響もあるものの、人材供給の先細り傾向は既に「危機的な状況」とされています。

 すべての原因がマスコミにあるとまでは言えませんが、マスコミが作り出したイメージは若者に原子力の夢ではなく、悪夢の方を与えてしまったようです。志望者の減少は理系全体でも起きていて理系離れと呼ばれ、また学力の低下も明らかになりました。

 以前紹介したように、ある高校のクラスの半数が「科学技術は役に立っていない」と認識し、全員が「科学技術が環境を壊している」と考えている、という例がありました。このような、科学技術に対するネガティブな認識はマスコミとマスコミに影響された教育の産物と考えられます。また日教組と社民党は多くの点で共通の認識をもっており、その影響も否定できないでしょう。

 マスコミはほぼ文系出身者で占められます。履修している筈の高校レベルの理科をほぼ理解している人はどれだけいるでしょうか。紙面を見る限り、彼らが科学技術に対して十分な認識をもっているという印象は残念ながらありません。

 原発だけでなく科学技術全体にとっても優れた人材が不足する事態は長期的には大変深刻な問題です。マスコミや教育がその遠因になっていることは十分考えられることであり、それらが徐々に日本の基盤を蝕んでいくことを憂慮します。将来、科学技術の優位性なしに日本が食っていく方法があれば別ですが。

コメント

  1. hiroeabe より:

    社民党の施策云々は別として、原発に関してマスコミが否定的であるとは決して思えません。
    むしろ、真実を伝えていないところがあるのではないでしょうか。
    原発の廃棄物の処理法は確立していないことはご存知でしょうか。にも関わらず、半永久的に管理しなければなりません。その上放射能について学んだり、研究する者が減れば、この先、一体どうなるのでしょう?
    原発は先の見通しの無い見切り発車の産物です。
    稼動時にCO2を排出しないからといって、原発が環境に負荷をかけない物であるとは言えません。

    そして原発を否定することと科学を否定することは違います。正しくバランスの取れた科学の知識や技術によって、これからの社会がどうあるべきか、方向を見出して行かなければならないと思います。

  2. courante1 より:

    ダイオキシン、環境ホルモン、食品の安全性、このような問題全般に関してですが、危険性を訴える報道が過剰になるという傾向が見られます。その方が売れるわけです。本屋へ行くと危険を訴える本が並んでいます。そしてもし危険性の報道が誤りであっても責任を追及されることはまずありません。

    私達が手にする原発に関する情報にも同じ可能性があると思います。
    また原発の是非は安全性などに左右されるわけですが、その判断は素人には難しいもので、私もわかりません。

    世界で数百基の原発が数十年の運転実績をもつ事実を評価することも必要ではないかと思います。

    ご指摘のように、恐ろしいのは原発技術者の質が確保できずに、事故につながることですね。

  3. tokin2007 より:

    プルサーマルによる再利用計画があるにしても、核廃棄物の処理には細心の注意が必要でしょう。道州制導入によって、労働人口の移動と集中が起こり、現在の過疎地域が無人の自然地域になり、そこに廃棄施設を作れるようになれば、地層処分がより安全になるのではないでしょうか。

    電力会社のCMでもやってますが、地球温暖化が進むことを危惧する人々が多い一方で、原発に対する関心度が低いのが問題だと思います。

  4. susumu_2009 より:

    理系の者ですが、いつも「放射能漏れ」という用語には違和感を感じます。放射能は能力を表す用語なので厳密には「放射性物質漏れ」が正しく、「放射能漏れ」では得体のしれないものが漏れている印象を受けます。また、放射線の種類によっても危険性が異なりますが、そういう区別なくひとくくりに危険なものとして扱われていますね。

  5. courante1 より:

    確かに放射能漏れという言葉はおかしいですね。また放射線を放射能と表す誤用も昔から続いています。
    危険性を声高に叫ぶのが目的の報道は得体の知れないものにしておく方が都合が良いのかも知れません。
    ご指摘、ありがとうございました。岡田克敏

  6. espr より:

    さみだれにみだるるみどり原子力発電所は首都の中心に置け(塚本邦雄)

  7. hogeihantai より:

    今朝のCNNの報道によるとイタリアの産業廃棄物の違法投棄にかかわるマフィアが地中海に30箇所以上廃棄物の投棄を行い、イタリア南東部海岸からわずか30KMの海に放射性廃棄物を積んだ船を沈めたことも判明したそうです。これが原子力発電所から出た物かどうか未だ不明ですが、現地では大騒ぎになってます。

    産業廃棄物の暴力団による不法投棄は日本でも問題になってますが、原子炉の放射性廃棄物の投棄は少なくとも日本では考えられません。然し、後進国ではどうでしょう。今後、原子力発電は世界的に大増設されるようですが、放射性廃棄物の処理をどうするか今すぐ真剣に取り組まないと大変な事になりそうです。

  8. tokin2007 より:

    アメリカは広大な土地と、放射性物質を全国でまとめて、運送のルートまで決めて管理、廃棄する余裕があるのに対して、自称先進国の日本は廃棄施設を整備しても、地震列島であるために、放射能漏れなどの危険に対する不安があるのはやむを得ないでしょうね。計画では数万年単位で安全が考えられているので、柏崎のように原子力に対する恐怖だけを煽る報道は世論操作などの別の意図があると見るべきでしょう。
    太陽光、風力発電は広大な土地とコストがネックですが、火力に代替えして増やして行く計画を立てるべきでしょう。官だけでなく、エコ住宅に補助を出すなど、民の動きも活用すべきだと思います。

  9. ismaelx より:

    まったくもってお説の通りだと思います。
    マスコミ報道は、反原発運動=反核兵器運動でもやってるのかというような、悪意があるようにいつも思います。

  10. courante1 より:

    反原発運動が特定の政治勢力と結びついている、というか政治勢力に利用されている現状が問題ですね。
    そこから発信される情報は危険という情報が意図的に選ばれています。したがってそれらだけで判断するのは適切ではないと思います。

  11. dounikanarublog より:

    まったく、科学者というものは現実が見えてませんね。

    寿命を終えた原子炉を、誰がどうやって解体するのですか?
    使用済みの燃料を含め、ゴミを誰がどうやって管理するんですか?

    わずか数十年の人間の寿命を考えれば、最後まで見届ける事など不可能に等しい。「私が責任を持って」などと言えるはずが無い。誰にも責任のとりようのない事が、なぜ無責任のまま行われるのか私には一向に理解できません。

    どなたか分かる方がいらっしゃったら教えて頂けませんか?

    それと、原発がCO2を排出しないと仰りますが、ウランを濃縮する際に施設から排出されるCO2量がなぜ除外されているのでしょうか?

  12. wishborn2400 より:

    廃棄コストまで含めた費用から価格が算定されてはいないのに
    電力の価格の安定云々と言ってしまうのはいかがなものか。

    これから、以前の電力の廃棄物の処分コストが電気料金や
    下手をすれば税金にかかってくるということになるなら、
    価格の安定なんて話は出来ないでしょう。

    それで感謝を求められても、朝三暮四みたいな話なものです、
    人を馬鹿にしているのかなと。

    理系の人の理屈というのも、結構いいかげんなもので。

  13. akiteru2716 より:

    原子力のメリットとデメリットは十分すぎるほど議論されてきたと思います。
    50年代には夢のエネルギーで電力はやがて無料になると言われていたほど原子力バンザイだったわけですから、ネガティブな報道が中心になるのも致し方ない感。

    個人的には東海村やチャルノブイリみたいな事故を見ると、リスクの大きさは温暖化の比ではないよう思います。

    動燃の事故隠しや東海村の臨界事故のように事故の原因が技術的な問題よりも人的なミスでの事故が多いようにも感じられ、科学云々とはまた別の問題とも感じますがどうでしょう?

  14. dounikanarublog より:

    今回の事故で目が覚めた方も多いと思います。
    岡田先生、悪夢のようなこの現実をどう評価されますか?