アゴラ 言論プラットフォーム http://agora-web.jp 経済、ビジネス、情報通信、メディアなどをテーマに、専門家が実名で発言することで政策担当者、ジャーナリスト、一般市民との交流をはかる言論プラットフォーム ja Wed, 17 Jan 2018 05:01:22 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html 鰻の蒲焼は今のうちに食べておいた方が良い http://agora-web.jp/archives/2030575.html

季節に関係なく、毎月のようにうなぎ重を食べるくらいのうなぎ好きですが、うなぎはこれからさらに贅沢品となって滅多に食べられないものになりそうです。

日本ではうなぎは冬から春にかけて収穫した天然の稚魚を育てて、夏の土用の丑の日を中心とする需要期に出荷しています。日本経済新聞の報道によると、シラスウナギの国内漁獲量は、1963年度には232トンもあったのに、2013年度は5.2トンと過去最低まで落ち込み、2018年度はそれをさらに下回る1トンにも満たない深刻な漁獲不漁になってきているそうです。

供給が減れば、価格は上昇します。シラスウナギの稚魚の取引価格は1キロ当たり360万円と1年前の2倍近くに跳ね上がっています。過去最低の収穫量だった2013年度と比べても1.5倍の価格です。これは、5センチの小さな稚魚1匹が600円前後に相当する高値ということです。こんな高い稚魚を育てて出荷すると、お店で食べるうな重は果たしていくらになるのでしょうか。

稚魚の価格が高騰していることで、食べられるサイズの親うなぎの価格も既に1年前より2割ほど上昇しているそうです。これから夏にかけて価格上昇はこの程度では収まらないと思います。

とすれば、私のようにうなぎ好きな人は、値上がりする前に、とにかくたくさんうなぎを食べておくべきです。そのうちに上質なうな重を食べようとすると、1人前1万円といった未来も充分ありえます。

将来うなぎは、トリュフやキャビアと同じような希少性の高い高級珍味になってしまうのでしょうか。そうなれば、街中にあるうなぎ店の多くは経営が成り立たなくなり、廃業してしまうことでしょう。

この深刻な状況を打開するには稚魚の安定供給が必須です。うなぎの稚魚の養殖技術はまだ無いようですが、クロマグロの完全養殖技術が確立されたのと同じように、うなぎも何とか早く安定供給できる新しい技術が生まれて欲しいと強く期待しています。

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編集部より:このブログは「内藤忍の公式ブログ」2018年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は内藤忍の公式ブログをご覧ください。

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Wed, 17 Jan 2018 02:30:53 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:30:53 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html http://agora-web.jp/archives/2030573.html
http://agora-web.jp/archives/2030574.html 日銀の金融政策の修正の難しさ http://agora-web.jp/archives/2030574.html 1月15日に日銀の支店長会議が開催された。日銀のサイトには黒田総裁の挨拶がアップされている。これを前回の昨年10月の挨拶分と比較してみたところ、昨年10月の挨拶分と今回の挨拶分の違いはわずか1か所だけとなっていた。

「物価面をみると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、0%台後半となっている。」2017年10月の支店長会議挨拶

「物価面をみると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、1%程度となっている。」2018年1月の支店長会議挨拶

つまり消費者物価(除く生鮮食品)の前年比の居所だけが、ここにきての前年比での上昇を受けて「0%台後半」から「1%程度」にやや上方修正されていた。

これ以外の挨拶分には変更はない。景気に関しては昨年10月も今回も下記の通りとなっている。

「わが国の景気は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している。先行きについては、緩やかな拡大を続けると考えられる。」

この部分は昨年7月には下記のようになっていた。景気についてはより強気の姿勢を維持した格好となった。

「わが国の景気は、緩やかな拡大に転じつつある。先行きについては、緩やかな拡大を続けると考えられる。」

最も注目すべき部分となるのは、「金融政策運営について」であろうが。その文面は下記のように全く変更されていない。もちろん金融政策そのものが現状維持となっていることで当然と言えば当然ではある。

「金融政策運営については、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する。今後とも、経済・物価・金融情勢を踏まえ、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う。」

この金融政策運営はこの5年近い経験則なども踏まえ、より柔軟なものに修正すべきものであることは確かである。しかし、そもそも物価目標が達成されていないこと、また外為市場などへの影響、政府との関係等々を配慮すると、現在の日銀としてはこの頑なな姿勢を維持せざるをえないのも確かである。それではこの姿勢を修正せざるを得なくなるとすれば、それは何が原因となるのか。

そのひとつの可能性としては、日銀の本来の思惑通りの物価の上昇が挙げられる。日本の消費者物価指数(除く生鮮食品)が安定的に2%を超えて推移することは、まず考えにくいものの、瞬間的に2%を超えることはありうる。

それはあくまで外部環境がそうさせるものとなり、中央銀行の金融政策によるものではないことが、むしろこれで明らかとなることも予想される。そこにあって金利が超低位に押さえつけられている。つまり我々が本来もらえるはずの金利分がもらえていない実情に対して批判的な見方が強まることも考えられる。その際に日銀が柔軟な対応を示せるのか。外為市場への影響なども考慮するとなかなか難しい選択に迫られることになる。


編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2018年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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Wed, 17 Jan 2018 02:30:48 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:30:48 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html http://agora-web.jp/archives/2030573.html
http://agora-web.jp/archives/2030577.html またもや仮初めの笑顔で二階訪中団を歓迎した中国 --- 古森 義久 http://agora-web.jp/archives/2030577.html

「日中関係が改善」という観測が年明けの日本で広まった。2017年末に自民党幹事長の二階俊博氏が訪中し、習近平国家主席らに歓迎されたことからの期待のようだ。

では、中国側の対日政策は実際に変わったのだろうか。

答えは明確なノーだといえる。中国側は対日政策の根底は変えないまま、外交戦術として仮初めの微笑をみせているにすぎない。日本側は警戒を怠ってはならないのだ。

中国政府が友好行事を開くタイミングとは

「中国の対日政策の軟化」や「日中関係の改善」といった日本側の観測は、自民党幹事長の二階俊博氏が公明党幹事長の井上義久氏を伴って北京を訪れたことから広まった。2017年12月24日から29日までのこの“北京詣で”で、二階氏は習近平国家主席とも会談する誉れを得て、歓待を受けた。中国共産党の中央党校にも招かれて演説をした。中国版シルクロードとされる「一帯一路」構想への日本の参加も熱烈に要請された。そうした中国側の前向きにみえる態度が、「対日政策の雪解け」という推測を日本側に生み出した。

しかしちょっと待て、である。日中関係での二階氏の動きには気をつけねばならない歴史がある。

米中関係が険悪となり、日米同盟が強化されると、自民党の二階俊博氏が北京に姿をみせる。日米中三国関係のうねりを長年、観察していると、こんなパターンがあることに気づく。

「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざのような、一見、奇妙な因果関係にみえるが、よく観察するときちんとした理屈が通っていることが分かる。背後にあるのは、中国側の巧みな日本懐柔戦術である。

二階氏のこれまでの北京詣でを振り返ってみよう。

2000年5月、運輸大臣だった二階氏は約5000人もの日本からの訪中団を率いて北京を訪れた。旅行業界や観光業界を動員しての訪中である。人民大会堂での式典では江沢民、胡錦涛という正副の国家主席が登場して歓迎した。明らかに中国側の主導で開かれた友好行事だった。

その頃、産経新聞中国総局長として北京に駐在していた私は、この訪中団歓迎の儀式を目前にみて、それまでの中国側の日本への冷たい態度が急変したことに驚いた。

当時、米国のクリントン政権は、中国の台湾への軍事威嚇などを理由に対中姿勢を急速に硬化させていた。クリントン政権は日本に日米共同のミサイル防衛構想を呼びかけ、同盟強化を進めていた。

多数の関係者に聞くと、中国指導部はそんな状況下で日米両国と同時に敵対関係を深めるのは不利だと判断して、日本に仮初めの微笑をみせたのだという分析で一致していた。

続きはJBpressで

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Wed, 17 Jan 2018 02:30:37 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:30:37 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html http://agora-web.jp/archives/2030573.html
http://agora-web.jp/archives/2030579.html 仮想通貨が溶けた朝に 浜田省吾「マネー」の謎 http://agora-web.jp/archives/2030579.html 仮想通貨溶けた、日本死ね。

まあ、もともと投機だしね。冷静に考えると、まだ損はしていないので、ヨシとする。

これを機会に、浜田省吾の「マネー」を思い出した。初めて聴いたのは1984年。当時、小学校四年生だった。スキー場でかかっていた。ラジオでも聴いた。

いきなり小学生で聴くには酷な内容だった。そう、聴きたいと思ったわけでもないのに、聴こえてくるのだ。

詞の世界観で言うと、今で言う人口流出の止まらない自治体での出来事のようで。そうか、兄は親父の代わりに働いてくれたのかとか、工場で肉体労働なんだとか。特に二番目の歌詞では、唐突にカーセックスが出てきて。それ以来、支笏湖にドライブするたび、そういう奴がいないか考えてしまった。

で、当時から不可解だったのが、三番に出てくる「純白のメルセデス」「プール付きのマンション」「ベッドでドンペリニオン」だった。ベンツっていえよ、と。プール付きのマンションは、雪国札幌にはほぼなかったのではないか、と。ドンペリニオンて、なんだ、と。今どきの港区おじさんなら「泡」と言うのではないか、と。

さらに、マネー自体、Suicaもあれば、ビットコインもあるよね、と。将来、足元に仮想通貨を叩きつける奴はいるのだろうか。

仮想通貨溶けたのは、まじめに働けってことなんだろう。頑張る。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2018年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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Wed, 17 Jan 2018 02:30:36 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:30:36 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html http://agora-web.jp/archives/2030573.html
http://agora-web.jp/archives/2030572.html サンマーメン(ご存知?)=もやしラーメン:迫りくる危機! http://agora-web.jp/archives/2030572.html 昔はひょろひょろっとした子を”もやしっ子”などと言ったもので、それだけもやしは私たちの生活に馴染み深い食材です。

一人暮らしの頃は安上がりなので毎日のようにもやし炒めを作ってご飯のおかずで食べていたのが思い出深く、今でも麺と一緒にもやしを食べた時の「シャキシャキ」の食感が大好きです。

そのもやしの生産者が
「窮状にご理解を!」
と危機を訴えています。

上がり続ける“生産コスト”上がらない“販売価格”減り続けるもやし“生産者”が現状で、工業組合もやし生産者協会の資料によると、平成21(2009)年には全国で230社以上あった生産者の100社以上が廃業して現時点では130社を切っています。

もやし生産関連価格動向
http://www.moyashi.or.jp/wp/wp-content/uploads/kyujo.pdf
(工業組合もやし生産者協会資料「もやしの生産関連価格動向」より)

もやしの販売価格は上がらない一方で人件費が上がり、何よりももやしのタネ(中国産緑豆)の値段がどんどん上がっていることがわかります。

あるもやし生産者に直接、話を聞くと、平成10(1998)年に1キロ当たり150円だったもやしの販売価格が今では100円と33%も下がっているにもかかわらず原材料(タネ)の価格は2.5倍も高くなっているとのことでした。
もやしの価格は20年どころではなく40年前と比べても安いそうです。
私が一人暮らしをしていた30年前よりも当然、安くなっていて、現在の日本のもやしは世界一、安価です。

その事業者の話ではもやしの1日の消費量は人口の100分の1パックで、その1パックあたりの利益は1円あるかどうかですから本当に儲けが少ない食材です。

スーパーなどでは特売にして仕入れ価格より安く売られていることもありますが、いずれにしても儲けが出ない、社員の給料も上げられないから廃業に至り、10年前は従業員5人ほどの小規模の会社の廃業が多かったのに対して最近では30人規模の会社も出ているそうです。

もやし栽培のサラダコスモ(本社・岐阜県中津川市)にお話を聞くと、
「オーガニック認証や機能性食品の認証を受けるなどして付加価値を高める努力をしている」
とのことで、確かに昔と比べると最近のもやしは格段に衛生的で異物混入などもまずないので付加価値は十分に上がっていると思います。
子供の頃、母親のお手伝いで新聞紙の上にもやしを広げてもやしの皮を取ったものですが、今では機械で取り除かれたものが販売されているので調理も格段に楽になっています。

何でも安ければいいってものではありません。


編集部より:この記事は、前横浜市長、前衆議院議員の中田宏氏の公式ブログ 2018年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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Wed, 17 Jan 2018 02:30:27 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:30:27 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030573.html
http://agora-web.jp/archives/2030573.html 見直される“ノルウェー人”の価値? http://agora-web.jp/archives/2030573.html ドナルド・トランプ米大統領は11日、移民問題を巡る超党派会合でアフリカやハイチなど南米出身国を「価値のない場所」(英Shit hole,独Drecksloch)と指摘し、物議をかもした。米大統領から侮辱された関係国ばかりか、世界各地から「人種差別発言だ」といった最高レベルの批判の声が挙がっている。当然の反応だろう。

ノルウェーの国旗(ウィキぺディアから)

ノルウェーの国旗(ウィキぺディアから)

トランプ氏の暴言には続きがある。「米国はノルウェーのような国から移民を受け入れるべきだ」と説明したと報じられると、トランプ氏から「移民として理想的」と評価された「ノルウェーとは」どんな国かといった質問が増えてきた。

ノルウェーはスカンジナビア半島の西岸に位置する細長い国だ。ゲルマン系ノルウェー人が全体の82%を占めている。教育水準が高く、社会福祉や生活水準など「人間開発指数」(HDI)でデンマークと共に常にトップを争っている。移民の受け入れを規制してからは移民の数も減少し、スウェーデンのように移民を受け入れ続けている北欧とは少し違う、同国は典型的な白色人種の国だ。そんな地上の楽園の国からわざわざ人種の渦が巻く米国に移民を希望するノルウェー人はいるだろうか。

ノルウェーの歴史を振り返ると、1882年、約2万9000人のノルウェー人が米国に移民した記録が残っている。最近のデータをみると、2016年には1114人のノルウェー人が米国に移民したが、1603人の米国人が同年、ノルウェーに移民している。移民の数では米国人の方が多いのだ。気候は別として、同国はある意味で理想的な国だ。トランプ氏が「米国にもっと移民を」と呼びかけても難しいだろう。

それでは、なぜトランプ氏はアフリカやハイチなどを侮辱する一方で突然、彼の口からノルウェーという国名が飛び出したのだろうか。理由は簡単だ。トランプ氏は前日(10日)、ノルウェーのエルナ・ソルベルグ首相と会談した。同首相からノルウエーが水力発電でほぼ全てのエネルギーを賄っていることを聞き、地球温暖化防止などで理想的な対応しているノルウェーという国に非常に感動を覚えたという。だから、11日の移民問題の会合でアフリカやハイチを侮辱する一方、米国に移民してくれたたらいい国として前日インプットした“ノルウェー”という国名が飛び出してきたのだろう。トランプ氏の記憶メカニズム(海馬)は非常にシンプルだが、明確だ。

トランプ氏の父方系はドイツ人だ。祖父フレデリック・トランプは1885年、ドイツから米国に移民した。トランプ氏は移民の子だ。その割には、過去、人種差別と受けとらえる発言を繰り返してきた。例えば、トランプ氏は2011年、オバマ大統領がハワイ生まれではなく、アフリカ生まれ(ケニア)だと指摘し、米大統領の資格がないと糾弾したことがあった。トランプ氏は当時、オバマ氏の出生問題で「人種差別者」という批判を受けている。「人種差別発言」は同氏にとって今回が初めてではないわけだ。

当方はスウエーデンやデンマークを訪問したが、ノルウェーはまだ訪れたことがない。ノルウェーといえば、あの歴代最悪の殺人事件の容疑者アンネシュ・ベーリング・ブレイビク受刑者の事件をどうしても思い出してしまう。彼は2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した(「ノルウェー国民を苦しめる『なぜ?』」2017年7月25日参考)。

トランプ氏はひょっとしたら知らないかもしれないが、「どうして多くの若者が犠牲となってしまったのか、わが国の社会で、なぜブレイビクのような人間が出てきたのか」等の疑問にノルウエー国民は今なお悩んでいるといわれる。どの国にも外からは理想的に見えてもその内を覗けば、国民がさまざまな苦悩や問題を抱えているケースが多いものだ。

いずれにしても、トランプ氏の暴言は、国際社会で余り報道されない北欧ノルウェーへの関心を高める契機となったことは間違いないだろう。
最後に、ノルウェー国民はトランプ氏の発言をどのように受け取っているだろうか。AP通信の配信記事を読むと、1人のノルウェー人が「米国で次期大統領が誕生したら、米国に移民を考えても……」と皮肉を込めて答えていた。

 

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Wed, 17 Jan 2018 02:30:10 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:30:10 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030576.html 小学生のやる気スイッチはどこにあったのだっけ… http://agora-web.jp/archives/2030576.html こんにちは、都議会議員(北区選出)のおときた駿です。

 

今日は予定をやりくりして、長女の通う学習塾の保護者会に私が出席させていただきました。

私も中学校受験組でして、いま長女が通っているのと同レベルの進学塾に小3くらいから通っていたので、なんとも懐かしい気分に浸りながら説明を聞いてまして。

でも、こんなハードでしたっけ?!というほど内容が濃い。

小4からは高学年になるので通学は週二回、17時~20時の3hを60分×3コマで。

特に算数と国語のテキストはA/Bの2種類に加えて自習用の教材があって、普段の授業の予習復習に加えて週末を利用してやらないと到底、終わらない分量があることを説明され…。

ついていける気がしないっ!キリッ(長女が)(私も)

特に低年齢でのお受験はまさに「親子の二人三脚」と言われるように、これは相当に親が頑張らないとついていけないだろうなーと思い知りました。回りのママさん(たまにパパさん)は、熱心にペンを走らせていましたし。

思い返すと私もぜんっぜん積極的に勉強するタイプじゃなかった気がしますが、かなり母親がケツを叩いて、根気よく勉強に付き合ってくれてたなあ…としみじみ。

次女の育児だけでも大変なのに、ここに長女と一緒に勉強する時間まで捻出できるかと言われれば

(  ̄ - ̄)

みたいな感じにならざる得ないという。。

うちの長女はマイペースだし、そもそも中学から進学校へ行くことに強い意欲があるわけではないので、どうしようかなあと思案しているところでもあります。

加えて私の場合、7歳から長女の父親になっているので、あまり強く勉強しろとか何とか言いづらい面もありましてね…。

自主的にやってくれるのがもちろん一番良いのですが、何より友達と遊ぶんだりテレビを見るのが大好きな小学生を机に向かわせるのって至難の業ですよねえ。。

何より本人の意思が一番大事ということで、ハードな進学塾でこのまま突っ込んでいくのか、長女や妻とも相談しながら決めて行きたいと思います。

小学生の「やる気スイッチ」を押す方法を御存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひともご教示くださいませ。

それでは、また明日。


編集部より:この記事は東京都議会議員、おときた駿氏(北区選出、かがやけ Tokyo)のブログ2018年1月16日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はおときた駿ブログをご覧ください。

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Wed, 17 Jan 2018 02:30:04 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:30:04 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030571.html ウーマン村本が知らない沖縄と中国の本当の関係(特別寄稿) http://agora-web.jp/archives/2030571.html 守礼門は中国皇帝への忠誠のシンボル

ウーマンラッシュアワー村本大輔氏の“妄言”から沖縄と中国の関係について議論が盛んだが。こんなことが起こるのも日本の教育のなかで国の歴史をきちんと教えていないからだ。もう日本史は社会科から外して公民教育の一環にでもしてもらわないとどしようもない。

日本人は弥生人と縄文人という先祖をもっているが、本土では中国人や韓国人と共通性が高い弥生人が優勢だ。しかし、弥生人がやってくる前から日本列島に住んでいた縄文人らしい特質をもつ人たちは、北海道や東北と南九州や南西諸島に多い。そういう意味では、沖縄の人は日本人のなかでもっとも中国人と縁遠い存在だ。

沖縄は日本列島でもっとも早く人が住み始めたのだが、現在の住人の主流は平安時代以降に鹿児島など南九州から移ってきたのでないかという説が有力だ。

沖縄で農業が盛んになりクニが生まれ始めたのは、鎌倉時代から室町時代になってだが、彼らと日本のつながりは盛んだったが非公式のものにとどまり、明帝国から使いがやってきて朝貢を勧め、冊封国としての琉球王国が成立した。

二千円札の図柄になっている「守礼門」は、中国からの使節を迎えて琉球国王となるべき世子が三跪九叩頭して迎える施設であり、「守礼之邦」という扁額にある銘は、中国の皇帝に忠実であることを意味するもので、「礼節が重んじられる国」などいう意味はまったくない。

とはいっても、近隣の日本との人的な行き来が圧倒的に多かったわけだし、江戸時代のはじめからは薩摩の島津氏の支配下に置かれたのだが、中国との冊封関係は維持された。しかし、欧米諸国がやってくると、中途半端な形式は植民地化の危険を生じさえることとなったので、明治12年(1879)の琉球処分で日本が完全併合し、いろいろ問題はあったが、日清戦争の結果、追認された。

沖縄の人たちが話してきた琉球言葉は、日本語と同系統の言葉である。言語学者は、祖日本語というべき同じ言葉から、弥生時代から平安時代のあいだのどこかで分かれたといっている。方言なのか別の言語なのかといえば、独立した言語として成立するためには、文法がしっかり整備されたり、辞書が編纂されたりすることが決め手だが、そこまでに至らないまま、明治時代に完全に日本に併合され、本土の言葉が普及した。

書き言葉としては、鎌倉時代に日本の仮名を使っての表記が始まり文学作品も生まれた。また、室町時代には、日本の諸勢力との間では仮名書きの文書のやりとりが、明帝国とは中国語での文書がやりとりされていた。

沖縄の人と稲作はどこから来たか

沖縄では旧石器時代にすでに人が住んでおり、1967年に発見された港川原人は我が国で最初に完全な形で確認された旧石器人の遺骨で、一万八千年ほど前の人類だ。

沖縄では本土の縄文時代から平安時代までをまとめて貝塚時代という。縄文時代的な狩猟採集文化が長く続き、早期(紀元前4600~紀元前2000年)、前期(紀元前2000~紀元前800年)、中期(紀元前800~紀元前200年)、後期(紀元前200~1100年)に分ける。

早期には海辺で漁業をしていていただけで、前期には小高い琉球石灰岩の崖下の洞窟に住んで漁業や狩猟をし、中期には台地に上がって土器に採集した木の実を蓄えたり初歩的な農業をして暮らし、後期には海岸の砂丘で網を使ったりする高度な漁業をしていた。

稲作については、11世紀ごろ以前には発見されません。柳田国男は、「中国で貨幣とされた宝貝を中国南部から宮古に求めにきた人々が伝え、稲作栽培が島伝いに日本列島を北上し伝えられた」といいましたが虚説だ。沖縄は珊瑚礁の島なので水の確保が難しく、台風も来るので、稲作が伝わっても定着しなかったと思われる。だいたい、平安時代の後期である10世紀から12世紀に南九州から伝わった稲作が盛んになるなど、農業社会へ変貌し始め、弥生時代が到来し、古墳時代から平安時代までは飛ばして、中世でもある「グスク(城)時代」に入った。

また、貝塚時代の沖縄がどのくら日本国家に服属していたのか、詳しいことは分からない。「続日本紀」には、714年に、種子島、屋久島、奄美大島、久米島、石垣島とおぼしき島から入貢してきたとある。鑑真和上は日本にくるときに阿児奈波島に漂着してから日本にやってきたが、これが沖縄である可能性が高い。

このころ奄美まではそれなりに日本の支配が及んでいたようだが、沖縄本島は必要に応じて影響力を及ぼせるといった程度だったと思われる。というよりは、このころは、人口もごくわずかだったので、それで十分で、律令制のコストもかかる地方組織は、それだけの経済価値がある地域にしか置かれなかったのである。

源為朝の子といわれる舜天王

琉球王国の正史の「中山世鑑」は、ヤマトにおける「日本書紀」のようなものだが、源頼朝の叔父で保元の乱で敗れて伊豆大島に流された源為朝が、本島北部の運天港に漂着し、大里按司という沖縄の有力者の娘と結婚して生まれた子が、琉球王家の始祖である舜天王(在位:1187~1237年)になったとしている。

源為朝かどうかは別として、南九州たりから、農業についての知識を持ったり、武芸に優れた個人や集団がやってきて支配者となったことが多かったという歴史的な事実を示唆している。

また、「中山世鑑」では、舜天王以前に、阿摩美久という神が天帝の指示に従って、南九州からやってきて建国したと言うことになっている。その系統が25代の間、続いたという神話的時代のあとに、源為朝の子である舜天王が王国を建てたとされている。

しかし、舜天王統は三世代で終わり(1187~1259年)、英祖王統の時代となる(1260~1359年)。このころ、仏教がヤマトの禅鑑という僧によって伝わり、仮名も使い始められた。

そして、察度王(在位:1350~1395年)という人物が現れ、これが、中山王国を建国し、1368年に中国で成立した明帝国の勧めに応じて朝貢し冊封されることになる(1372年)。このころ、南部や北部でも有力な王国が現れ、糸満市の大里にあった南山王国は1380年、今帰仁の北山王国は1383年にそれぞれ明から冊封された。

世界遺産になったグスクの時代

三国鼎立時代を終わらせたのは、南山王国の有力者だった佐敷按司の尚巴志である。尚巴志は鉄を本土から仕入れ、鉄の農具を分け与えることで信望を得たという。もともとは、本島の北西にある伊平屋島の出身で、ルーツは熊本県八代ともいわれる。

尚巴志は1406年に中山王武寧を滅ぼして父の尚思紹を王とし、1416年には北山王国を、自分が王となったあと1429年には南山王国を滅ぼして統一王国を実現した。これを第一尚氏の王統と言う。

しかし、内訌が絶えず、七代目の尚徳王を最後に金丸(尚円王)の第二尚氏王統にとってかわられた(1462年)。金丸は伊平屋島と同じく本島北西に浮かぶ伊是名島の出身である。

沖縄の歴史では、農耕社会が確立した12世紀ごろから島津に制圧された17世紀初めまでを古琉球時代、あるいはグスク時代という。グスクとは軍事的な城でもありますが、宗教的な御嶽(うたき=聖地、拝所)であり、人も住んでいた。

中国が船まで用意して琉球に朝貢させる

明帝国はその初期に積極的な海洋政策をとって、その一環として、中山、南山、北山の三国鼎立時代の沖縄にも入貢を進める使いがやってきた。船もすべて用意してくれるという結構な話だったのでこれに乗り、明帝国からの冊封と琉球王国からの朝貢という関係が始まった。

琉球側からも贈り物をもっていくが、その何倍もの価値の物をくれた。さらに、外交や行政の専門家がいないだろうと福建省人を350家族下賜した。彼らの子弟が北京に留学して官僚を独占していたのだが、のちには、不満が高まって土着の上流階級にも門戸が開かれた。いずれにせよ、明は官僚機構を福建人や留学組を通じてコントロールしていた。

琉球王国は、明帝国から厚遇され、非常にたくさんの朝貢船の派遣を特権的に許され、日本や東南アジア各地と中継貿易をして莫大な利益を上げた。

「万国津梁(世界の架け橋)」の時代といわれる琉球王国の全盛期だが、倭寇の跋扈で朝貢貿易の枠外の自由貿易が盛んとなり、また、倭寇をビジネスパートナーとする南蛮船が到来してより本格的な中継貿易を始めるに至って下火になっていった。

なお、中国人の地理観として琉球は福建省の先にあった。浙江省や江蘇省から東シナ海を横切る航海は常に危険が高いものだったからで、福建省からが安全だった。

古琉球時代のヤマトとの交流

ヤマトと琉球王国との関係は、室町幕府とも島津氏などとも書状や使節のやりとりはあったものの、インフォーマルなものだった。幕府では使節は朝貢使節として扱っていました。書状は仮名で書かれていたので、中国系の官僚たちは外交文書として扱わず、琉球側できちんと保存されることもなかった。

室町時代から戦国時代における中国の影響と日本の影響はまったく違う形で及ぼされたので、比較しようがない。
しかし、民衆レベルでの交流は圧倒的に日本、とくに南九州との方が分厚く、人の行き来も中国などとは比較にならないほど頻繁で、言葉もなんとか通じるわけであった。そもそも、日本の室町時代というのは、ヨーロッパの中世などと同じで、権力機構が多元的な時代だった。

この時期、薩摩の島津氏は徐々に日本と沖縄との交易権の独占を図った。
そして、1471年になると、幕府は島津氏の許可なく琉球と交易することを禁じている。幕府としても琉球は島津の勢力圏といった認識はあった。

また、貿易についても、琉球と中国の貿易といっても、琉球は仲介するだけで、日本の日本刀、漆、扇、漆器、屏風、銅などを中国に渡し、中国産の生糸、絹織物、薬などを日本側に輸出した。

琉球王朝の王城「首里城」(写真AC:編集部)

時代を読み誤った留学組中国人官僚の裏切り

関ヶ原の戦いから10年もたたない1609年に琉球王国は薩摩の島津氏に出兵され、なすところなく制圧され、以降、その支配下に置かれた。

島津氏は応仁の乱のころから沖縄を自分たちの勢力圏とみなしていたが、ほかの守護大名と同じく、薩摩・大隅・日向の三州では一族や地頭たちが群雄割拠で、それほど強い統一権力にはなっていなかった。

彼らが、ようやく、薩摩を統一できたのはザビエルがやってきた1549年のころで、このときの当主は島津貴久。大隅を制圧したのは、1572年の木崎原の戦いの勝利によってである。しかし、豊臣秀吉の攻撃を受けて1587年には降伏し、薩摩・大隅と日向南部に押し込められた

また、どこまでが領土か、沖縄や蝦夷のような十分に支配が及んでいないところと日本政府との関係はどういうものかとかいったことを、のちの黒船が来た時代ほどではないが、明確化する必要も出てきた。

そして、豊臣秀吉は大陸遠征にあたり、当然のことのように琉球にも軍役を課そうとした。琉球王国の中国人官僚はこれを明に密告する一方で、軍役は拒否はせずに半分だけ送り、半分は島津氏に肩代わりさせてしのぎ、それを踏み倒した。

ともかく、負担をいったん了承してしまえば、もはや、自分たちは明の冊封国だからとか、独立国だからと断る理屈はなくなっているからその場しのぎの方便で墓穴を掘ったわけだ。

また、德川幕府が漂着した琉球船の乗組員を救出送還したのにも聘礼の書状を出さなかった。聘礼の書状を出すと明の機嫌を損ねると中国人たちが主張したのだ。このあたりは、現実に沖縄は天下統一された日本の軍事的勢力圏になっており、朝鮮と違って明が救援することなど最初から無理だということを理解しなかったのだ。

とくに、中国系と留学組の官僚に外交を握られているから現実的な国益も考えなければ、自分たちが日本人と同じ民族だとかいうことに思いが及ばなかったのである。このとき政権を率いたのは謝名親方という中国系の人物で、南京の国子監という官僚養成校に7年間も留学していた根っからの中国絶対崇拝主義者だった。

正史である「球陽」には、「権臣謝名の言を信じ、遂に聘問の礼を失す」とあり、別記録は「(謝名親方が)子供の時から明の南京へ学問に渡り、年久しくして帰国したので、ヤマトの風を知らなかった」「こうなったのも謝名親方ひとりの失敗だし、佞臣だった」とある。

これに怒った幕府は、島津氏による琉球征伐を許可した。第三次朝鮮遠征をすべきという世論をかわすために幕府が琉球を標的にした側面もあった。

薩摩軍はほとんど抵抗らしい抵抗も受けずに本島北部に上陸し、あっという間に首里城を陥れ、国王尚寧は鹿児島に連れ去られた。尚寧は3年間もヤマトに抑留され、将軍に接見させられた。

また、15条の掟を承認した。そのなかには、中国への関係も薩摩の監督を受けることや、国内で不当な扱いを受けた者が薩摩へ訴えでることが可能なことが書いていた。

島津支配を中国が知らなかったのではない

島津氏は役人を常駐させて実質的な支配下に置いたが、同時に、王国は形の上で維持した。徳川家康は、琉球に日中貿易を実現する仲立ちを期待した。薩摩は琉球に明に対して交易を認めるように交渉させ、聞き入れないなら数万人の軍勢を福建省に送って軍事的に攻撃することまでほのめかした。しかも、明は薩摩の支配下に入ったことを怒ってそれまでの2年ごとの進貢を10年にいちどにすると嫌がらせをした。

結局、中国側もだいたい2年に1度の進貢を復活させ、島津氏としてはそれなりのメリットが確保できた。

また、島津氏は奄美群島を直接支配下に置いた。奄美については、古代からヤマトの影響がかなり及んでいたところにもかかわらず、日本が混乱期にあるときに、琉球王国が15世紀に併合した。奄美と沖縄の間にある与論島と沖永良部島はもともと北山王国に服従していたのを併合したが、ついで奄美大島に近い徳之島、さらに、1447年には奄美大島、1466年には喜界島が征服された。

そういう意味では、古くから沖縄の一部だったわけではない。島津氏は奄美を直轄領化したが、建前としては琉球王国の領域であることをやめたわけではなく、大島郡が設置されて大隅国に編入されたのは1879年の琉球処分のときである。奄美大島では18世紀になってサトウキビの生産が盛んになり、この専売制で得た資金は、薩摩藩が雄藩としてのし上がっていくことを支えた。

そして、明治維新まで、琉球国王は明や清に朝貢し皇帝から冊封を受けるが、一方で薩摩藩に支配され、江戸の将軍にも朝貢使節を送るという関係となった。島津氏に支配されている実態を中国側も知らなかったのではない。

沖縄にもペリーはやってきた

アヘン戦争が黒船が東シナ海に姿を現すようになると、琉球王国とは国際公法のなかでいかなる存在かということが問題になった。1844年にはフランスのアルクメーヌ号が来航して通商を要求しました。

島津斉彬は琉球王国を開国させ、そこを通じて貿易をすることで、欧米諸国の開国要求をガス抜きさせられないかと言い出し、幕閣の実力者だった阿部正弘もそれに賛成した。

しかし、琉球王国では、そんなことをしたら、北京に対して島津に支配されていることを公式に認めざるを得なくなり、冊封体制が維持できなくなると反対した。もちろん、北京も実態は知っていたのが、建前が維持されている限りは目をつぶっていたが、薩摩との関係が公になればそれまでの関係を維持できなくなるというわけだ。

この構想は、フランスの政情が乱れて二月革命の騒乱につながる時期になったこともあって沙汰止みになったが、アメリカのペリー提督がサスケハナ号でやってきた(1853年)。

日本に来る前に那覇に立ち寄ったのだが、日本での交渉がうまくいかなかったら沖縄を占拠することも視野に入れていたようだ。

翌年にも再びやってきて来港し、結局、日米和親条約締結のあと琉球との条約締結を求め、薪水の提供、漂流民の救助、領事裁判権などを内容とする「琉米和親条約」が締結された。

薩摩藩の付庸国であり、清と特殊な関係にもある琉球王国が、国際法上の主体となれるのか、また、この条約に有効性があるのか微妙なところだった。

島津氏はこのあいまいな関係をフルに活用し、パリ万博には「薩摩・琉球」として出品を行った。しかし、そういう変則状態をいつまでも続けることは欧米の植民地にされる危険があった。

国際公法を味方につけて琉球王国を併合

アジアでは、大清帝国をめぐって、その領土について、本当に中国が国際公法上の義務を果たせるものなのか、また、冊封関係というのは、国際公法上のいかなる状況なのか整理する必要があった。

冊封関係にあったのは、朝鮮、ベトナム、琉球だった。清国政府では、冊封関係というものをなんらかの形で国際法上で位置づけたいと考えた。たとえば、併合してしまうとか、外交権のない保護国として扱うかである。しかし、清国は西洋の国をどうしたら納得させられるかなどまじめに研究したり工夫したりしなかったので、三つの冊封国ともに、清国との絆はあっさり断ち切られた。

つまり、ベトナムについては、清仏戦争の結果、清国は冊封関係を解消させられてしまい、琉球は日本への編入を日清戦争後に追認。そして、朝鮮についても、いろいろあったが、やはり下関条約でこれを解消することを清は受け入れた。

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Tue, 16 Jan 2018 23:30:15 +0000 Tue, 16 Jan 2018 23:30:15 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030564.html http://agora-web.jp/archives/2030553.html http://agora-web.jp/archives/2030544.html http://agora-web.jp/archives/2030539.html http://agora-web.jp/archives/2030535.html
http://agora-web.jp/archives/2030570.html 子宮頸がん検診をすれば、ワクチンは打たなくて良いのか? http://agora-web.jp/archives/2030570.html  

都民ファースト都議の方が、基本的な「副反応」の定義も分からないまま、反ワクチン運動に絡め取られそうになっていので、以下の記事を書いたところ、多くの方から反響を頂きました。

都民ファーストが反ワクチン脳になりかけている件

その中で、中央区の青木かの区議から「検診を受ければワクチンなんて要らない!」という反論を頂きました。

ありがちな誤解なので、再反論をしたいと思います。

今回もまた正確さを期すために、ワクチンに詳しい内科医の久住英二医師に監修を頂き、その他複数の医師の方からもチェックを頂きました。

そもそも検診って?

子宮頸がん検診は、産婦人科に行くと受けられます。内診台で腟の奥にある子宮頚部の細胞を綿棒でこすり取ります。これによって、子宮頸がんあるいはその前段階である「異形成」を「早期発見」できます。

出典:国立がん研究センター https://ganjoho.jp/public/pre_scr/screening/uterine_cancer.html

「早期発見」したら、その後に病変部分だけを切り取る手術(円錐切除術)等を行えるので、受けた方が良いことは間違いありません。

では、本当に地方議員さんの言うように、「ワクチンよりも検診を」なのでしょうか?

検診は「予防」できない

検診はたしかに「早期発見」できます。けれど、当然ながら「予防」はできません。

ちょっと想像してみてください。全てのガンがワクチンで予防できるようになった時に、「検診で早期発見すれば良い」とあなたは思いますか?

少なくとも僕は思いません。

「発見できたは良いけど、手遅れになったらどうしよう?

「発見できて手術で治るかもしれないけど、手術にリスクはあるよね」

と思います。

ガンにならないなら、ならないに越したことはないですからね。

HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)も同様です。

発見して運良く早期発見で、手術で治る人もいますが、発見が手遅れになる可能性だってあります。

さきほど「もし全てのガンがワクチンで予防できるようになったら」と言いましたが、子宮頸がんだけは、ありがたいことにワクチンで予防できるようになっているのです。

検診の受診率は非常に低い

子宮頸がんの検診受診率は4割です。青木区議の選挙区の東京都中央区はたった 25 % です。

「検診で良い!」と言ってるなら、なぜ彼女は、地元の区民の検診の受診率を上げないのでしょうか?

それは人々を定期的に、しかも数十年に渡って検診を受け続けるように動機づけるのは、非常に難しいためです。

それに比べて、ワクチンは 3 回打てば、約 7 割の子宮頸がんを予防します。どちらが容易か、明らかです。

といっても、ワクチンは7割の予防率なので、後の 3 割のリスクに備える必要はあります。そのために、検診を「重ねて」受けていくことは、さらなるリスクの低減には意味があるでしょう。

つまり「ワクチンも、検診も必要」なのであって、「ワクチンより、検診を」ではないのです。

ワクチン接種率が上がることで検診も受けやすく

HPVワクチン先進国のオーストラリアを見てみましょう。

オーストラリアでは、2007 年 4 月より開始した HPV ワクチンプログラムの成功によって、当時 12~17 歳でワクチン接種を受けた女性の 3 回接種率が約 70 % と高率です。

それによって、子宮頸がん感染率も 3 回接種者の場合は 93 % も下がりました。

引用: 横浜HPVプロジェクトhttp://kanagawacc.jp/vaccine-wr/81/

そうなったことで、定期検診の頻度も、2年に1回から5年に1回に下げることができました。

http://www.cancerscreening.gov.au/internet/screening/publishing.nsf/Content/cervical-screening-1

検診の頻度が下がれば、検診を受ける人たちの負担も減り、より受けやすくなるわけです。

ワクチンを打つ人が増えていけば、より検診も受けやすくなる、という好循環を生み出せるのです。

なぜ今またHPVワクチンなのか?

青木区議は僕に問いました。「なぜ今またHPVワクチンなのか」と。

答えは明確です。人が死んでるからだ、と。

現在、毎年 2,900 人の女性達が子宮頸がんで亡くなっています。

20 代・30 代の女性のがん死亡率の1位は、この子宮頸がんです。

だからこそ、子宮頸がんはマザーキラーと呼ばれているのです。

そして危うく命は助かったとしても、「発見」する時期が遅れて毎年1万人の女性が子宮を摘出されています。子宮がないだけで、普通に暮らせると言うことではありません。リンパ浮腫という下半身がひどく浮腫むような病気も合併しますし、卵巣も一緒に摘出されれば若くして更年期を迎えます。もちろん子宮を摘出された女性はもう妊娠することはできなくなってしまいます。

しかし、このマザーキラーは、本当に幸いなことに、ワクチンで約7割が防げます。現在医薬品医療機器総合機構(PMDA)で審査中の新ワクチン「ガーダシル9」では、その確率は 9 割に上がります。https://www.gardasil9.com/

命を、助けられるのです。

一方で、科学的には決着が付いているにも関わらず、政治運動の結果、HPVワクチンの積極的な推奨は止まり、例えば、札幌市では 70 % までいった接種率は 1 % 以下にまで下がりました。

札幌市のHPVワクチン接種率 http://kanagawacc.jp/vaccine-jp/123/ より

そのツケを払うのは、今の 10 代の子どもたち、あるいはもっと小さな少女たち、そしてこれから生まれてくる子どもたちです。

引用: 横浜HPVプロジェクトhttp://kanagawacc.jp/vaccine-jp/130/

今のまま放っておいたら、今以上に人が死ぬのです。

一刻も早く、ワクチン接種の推奨の再開しなくてはいけないのに。

これが、間接的な「子ども殺し」でなくて、何なのでしょうか。

地方議員の方々が、統計情報にも原文にも専門家の方々にもあたらず、感情と感性だけで政策を決めようとしていることに、強い憤りを感じてなりません。

議員に望むこと

Evidence Based Policy Making(EBPM = 根拠に基づいた政策づくり)という言葉があります。各国では、エビデンスをしっかりと測定して、それに基づく政策づくりをしようという動きがあります。

日本では、この地方議員に見られる通り、Evidenceではなく、Emotion(感情)やEpisode(物語)をベースに政策を語る人が多々いることは、自民党の平将明議員も指摘するところです。


我々市民ができることは、熱い思いを持っているというだけでなく、しっかりとエビデンスを調べる、つまり謙虚に勉強する議員を支持していくことなのだと思います。


編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2018年1月15日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。

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Tue, 16 Jan 2018 23:00:23 +0000 Tue, 16 Jan 2018 23:00:23 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030562.html アサイン、イシュー?その言葉の意味、わかっていますか http://agora-web.jp/archives/2030562.html

書籍画像


専門用語とともに、気になるのがカタカナ語の乱発です。現代のメディアはカタカナ語があふれていますが、知っているようで実はよく知らない、聞いたことはあるけれど意味がわからないという言葉がたくさんあります。

カタカナ語は多用しない

たとえば、アーカイブ、アセスメント、イノベーション、ダイバーシティ、ガジェット、アサイン、エビデンス、イシュー、プライオリティ、コンプライアンスなど……。これらの意味を聞かれて、的確に答えられる人はどのくらいいらっしゃるでしょうか。

時代をあらわすカタカナ語は雰囲気を出すこともできますが、文章に雰囲気は不要です。まずは、使おうとするカタカナ語に対して読者にどの程度〝共感認識〟があるかを
考えて用いるべきです。

基本的に専門用語は専門の場所で使うべき、言葉はTPOによって使いわけるのが原則です。先ほどあげたカタカナ語をわかりやすく言い換えてみましたので、参考にしてください。

<カタカナ専門用語の言い換え例>
アーカイブ → 保存施設、保存記録
アセスメント → 事前評価
イノベーション → 事業革新、技術革新
ダイバーシティ → 多様な人材活用
ガジェット → 小物、道具、仕掛け
アサイン → 指令、任命
エビデンス → 根拠、証拠  
イシュー → 課題
プライオリティ → 優先順位
コンプライアンス → 法令遵守

バランスも書き手のセンスの見せどころです。漢字にすべきか?ひらがなにするか?迷うときも多いと思います。最近はあまり漢字を多用せず、ひらがな表記をすることが多くなりましたが、大事なのはバランスです。

文章をざっと見たときに、漢字が多すぎると堅さを感じて、読む気力が削がれてしまいますし、視覚的に威圧感を与えることもあります。一方、ひらがなは読みやすいのですが、多すぎると逆に読みにくくなります。次の文章を比較してみてください。

<漢字が多い>
子供は比較、即ち〝優劣〟で人を判断します。足が速い遅いといったことから、勉強が出来る出来ない、背が高い低い、歌が上手い下手、更に貧富といった比較を通じて、自分より劣っていると思う者に対して、優越感を持ちます。

<漢字の一部をひらがなに修正>
子どもは比較、すなわち〝優劣〟で人を判断します。足が速い遅いといったことから、勉強ができるできない、背が高い低い、歌がうまいヘタ、さらに貧富といった比較を通じて、自分より劣っていると思う者に対して、優越感をもちます。

一部をひらがなにし、漢字とひらがなのバランスを考慮すると、圧倒的に読みやすくなります。また、ひらがなを活用することで、文章を和らげることもできます。

文章を書きあげたら、全体をよく見直し、途中でつまるところがないか、読みやすいバランスを考えるようにしてください。迷ったときは、見た目を重視!バランス感覚を働かせて変換するようにしましょう。

刺さる文章ってなに?

さらに、誰に向けた文章なのか、どういう行動をうながしたいのか、さまざまなイメージを思い浮かべるのは、文章を書く上で大きな意味を持ちます。文章を書き始めてからも、言葉や表現に迷うこともあるでしょう。そんなときはいったん立ち止まり、ターゲットを今一度明確にイメージすることが重要です。

文章を読んでほしいと思っている相手、または自社の商品を買ってもらいたいと思っているターゲットの顔、体形、生活スタイルなどを細かく具体的にイメージして書くことで、「この言い方は刺さるな」「これはピンとこないかも」と、判断できるようになるはず。こうした作業をすることで、相手にきちんと伝わるようになるはずです。

参考書籍
あなたの文章が劇的に変わる5つの方法』(三笠書房)

尾藤克之
コラムニスト

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Tue, 16 Jan 2018 21:00:45 +0000 Tue, 16 Jan 2018 21:00:45 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030565.html http://agora-web.jp/archives/2030559.html http://agora-web.jp/archives/2030548-2.html http://agora-web.jp/archives/2030555.html
http://agora-web.jp/archives/2030566.html 【映画評】西遊記 ヒーロー・イズ・バック http://agora-web.jp/archives/2030566.html Monkey King: Hero Is Back/ [DVD] [Import]

伝説のヒーロー・孫悟空が、お釈迦様によって五行山に封じ込められて500年。長安の町に妖怪がたびたび現れ、子どもをさらう事件が多発する。修行僧の少年リュウアーは、ある日、妖怪に襲われた女の子・おチビちゃんを助けようとして五行山に迷いこみ、偶然にも孫悟空を解放してしまう。伝説のヒーローを目の前にして大興奮のリュウアーだったが、悟空は本来のチカラを封印され、すっかり自信を失っていた。やがて悟空は、リュウアー、猪八戒と共に、なりゆきでおチビちゃんを助けるが、妖怪の背後には、混沌という悪者がいて、幼い子どもをいけにえにして強大な力を手に入れようと目論んでいた…。

日本でも人気の西遊記の、これまた人気キャラの孫悟空の物語を大胆にアレンジしたアドベンチャー・アニメーション「西遊記 ヒーロー・イズ・バック」。自惚れ屋で暴れん坊の孫悟空が、自分のためでなく、他の誰かを守るために戦ううちに、本物のヒーローへと変わっていく。過去に何度も映画化された西遊記だが、本作では有名キャラを削り、換骨奪胎しているのが大胆だ。それでも物語は、ヒーロー映画としてテッパンの展開なので、安心して見ていられる。何より、この中国映画のアニメーションは、その独特の色彩や動き、キャラクターの造形や脚本など、意外なほど見所が多い。スピード感あふれるカンフー・アクションをふんだんに取り入れながら、中国武術や京劇、雑技などの伝統要素をも取り入れた意欲作なのだ。

新たに生まれ変わった西遊記の孫悟空とはいえ、長く赤い布を首に巻き裾をたなびかせた悟空のりりしいビジュアルはきっちりと再現。悟空が赤と金色をベースにした衣装で“正装”して戦う場面は、思わず見惚れてしまう。敵である混沌さえもその動きはなめらかで美しい。驚異的な力を秘めながら自信を失った孫悟空が真のヒーローとして覚醒するこの物語は、成長がテーマだ。幼く無邪気なリュウアーは後に三蔵法師になるに違いない。

中国出身のティエン・シャオポン監督は、日本、ハリウッド、そしてアジアのさまざまな国のアニメーションのエッセンスを貪欲に吸収しつつ、中国、ひいては東洋ならではの美学を持つアニメーションを目指したそう。中国アニメは技術的にまだ発展途上だが、これからが楽しみと思える1本だ。
【70点】
(原題「MONKEY KING: HERO IS BACK」)
(中国/ティエン・シャオポン監督/日本語吹替制作監修:宮崎吾朗)
(オリエンタル度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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Tue, 16 Jan 2018 21:00:39 +0000 Tue, 16 Jan 2018 21:00:39 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030564-3.html 小泉進次郎を浪費する人たち http://agora-web.jp/archives/2030564-3.html

アレキサンダーと比べる愚

自民党の小泉進次郎氏を呼べば、聴衆は集まるし、テレビに登場すれば、視聴率を稼げるし、出版物に載れば売れます。政治はもちろん、メディアも出版社も識者も将来、政治的な器と期待できるであろう人材を、酷使、浪費しすぎているとの思いを持ちます。

月刊文芸春秋2月号に、著名作家の塩野七生氏が出版した「ギリシャ人の物語−アレキサンダー大王篇」(新潮社)をテーマに小泉氏との対談を文春が企画し、掲載しました。小泉氏については、文春新書で「小泉進次郎と福田達夫」の近刊がありますので、その宣伝も兼ねたのでしょう。

塩野−小泉対談の見出しは、「若きアレキサンダー大王にヒントがある 進次郎は総理になれるか」です。思わずぎょっとしました。紀元前のヘレニズム時代に征服を繰り返し、大帝国を打ちたてた軍事の天才的英雄、アレキサンダー(32歳で没)と小泉氏を並べるとは驚きました。出版社の商魂に読者は仰天します。

ギリシャ、ローマの物語は、日本では第一級のブランド力があり、特に塩野氏が題材にすると、ベストセラーになります。一連の著作は歴史書ではなく、小説であっても、歴史の教訓を引き出せると錯覚する人は多いのでしょう。愛読者の一人が小泉氏です。

古代ギリシャからの教訓は無茶

私はかねてから、紀元前4,5百年前のギリシャ、紀元後2,3百年のローマの歴史、それも歴史小説から、現代に向けた教訓を引き出すのは単純すぎると思っていました。

塩野氏は小泉氏に、「政治家は正直でなければならない。正直でない政治家は何をいっても、何か裏があると疑われてしまう」と、語りかけます。そうであればいいと、私も願います。実態はといえば、政治家の要件は「巧妙にウソをつける」、「正直であることより実績を残す」です。米中露のトップは真実を語らないし、日本もそれに近い。

トランプ米大統領は、日常的にウソをついていますね。米国史で、政治家は正直であれと教えたのは、初代大統領のJ・ワシントンが6歳の時、父親が大事にしていた桜の樹を切ってしまい、そのことを正直に告白したとの逸話です。日本では中学生のころに英語の授業に登場した有名な話です。その逸話は今では、創作だったとの説です。

もう一つ。塩野氏は「心すべきは攻めよりまず守り。ペリクレスの例が役に立つ」と、小泉氏に教えます。なぜペリクレスがここで登場するのか。アテネの政治家で、アテネの最盛期を築きました。紀元前400年ころの人で、時代も政治制度も海外環境も全く違います。小説的な興味に浸るならともかく、安易に教訓を引き出せるはずもない。

対談で、塩野氏は「世襲は欠点ではない」とも、世襲政治家の典型である小泉氏に語りかけます。政治家としての本人の能力は、小泉氏に限っていえば、いい意味で政治家の血が生きているといえましょう。さらに「既得権益層に生まれたからこそ、その社会をどう変えるか理解できる」と、塩野氏は述べました。そうでしょうか。

世襲はやはり政治的問題

日本の政治では、「世襲は欠点ではないどころか」、大きな問題になっています。自民党では当選した議員の3割は世襲、閣僚になれた議員の4割が世襲です。親から、地盤・人脈、政治資金、選挙事務所を引き継ぐため、他の候補に比べ、当選も出世も圧倒的に有利です。そのため政治的人材の新規参入が難しく、政界の停滞を招いています。

文春新書の「小泉進次郎と福田達夫」(田崎史郎著)を塩野氏は評価しています。福田氏も三代目の世襲議員です。さらに塩野氏は「著者はきっと人柄のいい人」と誉めていますいいます。どうですか。政治評論家、通信社の解説委員を名乗るこの筆者、むしろ政権のスポークスマンという評価です。

対談で小泉氏は、農業、林業、漁業、それと震災復興についての経験、知見を述べています。それらのキャリアに絶対的に不足しているのが、財政、金融政策です。財政も金融も双子の危機で、社会保障費が今後も急増します。

政治家の有力リーダーとなっていくには、財務相の経験が絶対的に必要だし、過去、その経験者が多く首相になりました。それに、国の将来を決めていくのは圧倒的にAI、ITによる新産業の発展です。農業、林業、漁業にこだわっているようではいけません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。

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Tue, 16 Jan 2018 21:00:24 +0000 Tue, 16 Jan 2018 21:00:24 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030565.html ほとんどの人が犯している間違ったメールの書き方 http://agora-web.jp/archives/2030565.html

「確かに…。しかし…」という用法は、法律文書では頻繁に用いられます。

貸金の返還請求をされた被告が、「確かに100万円は受け取った。しかし、当該100万円は原告からの贈与だった」、「確かに100万円は受け取った。しかし〇年〇月〇日、被告は原告に全額返済した」というのが簡単な具体例です。

「抗弁」として用いることが多いですが、「一部否認」の場合もあります。

貸金返還請求の要件事実は、①金銭の授受と、②返還の約束の2つです。

「贈与だった」というのは①は認めるが②は否認するという一部否認です。

「返済した」というのは抗弁です。「①も②も認める。しかし返済したので支払い義務は消滅した」という構造です。

日常会話だと、「確かに…。しかし…」用法は、曖昧な使われ方がよく見受けられます。

「確かに君の言い分はわかるよ。しかし、相手の気持ちも考えてみたまえ」という表現はとても曖昧です。

この表現を、「君の言い分にも一理ある。しかし、相手の〇〇という言い分には賛成だ」に直すと、「君の言い分には概ね賛成だ。しかし〇〇については反対だ」という意味になり、「一部否認」のロジカルな表現になります。

もっとも、日常会話は角が立たずに曖昧にした方が好ましい場合が多いので、ロジカル表現にこだわりすぎない方が無難です。

厄介なのがEメールです。

紙の手紙を書くときは投函する前に見直すので手直しをする機会があります。

余談ながら、夜書いたラブレターは翌朝必ず見直した方がいいそうです。夜は感情が高ぶってしまうので、冷静な時間に見直すと赤面ものの表現を多用してしまうというのが理由です。

Eメールは、作成してすぐに送信してしまう人が多いようです(誤字、脱字くらいは確認するかもしれませんが)。

また、無意識的にか、「確かに…。しかし…」パターンを用いてしまう人が驚くほど多いのです。

「御社からのご提案はとても興味深いものでありました。…しかしながら、弊社といたしましては○○という理由で採用しかねます」というのが典型です。

個人メールでも、「あなたはとても博識で常日頃から尊敬しています。…しかし、個人的なお付き合いはお断りいたします」というメールです。

私が今まで見てきたネガティブメールは、ほぼ100%このパターンでした。そして、そのほとんどが読後不快感をもたらすものでした。

相手に不快感を与えないメールの鉄則は、最後をポジティブな言葉で締めくくることです。

安易に、「確かに…。しかし…」パターンにはまらないことが肝要です。

「弊社の〇〇の状況を斟酌すると、今回のご提案は見送らざるを得ません。…しかし、いただいたご提案は熟慮され、工夫を効かせた素晴らしいものと感銘を受けました。今後とも新たなご提案をいただければ幸いです」

「私は今は個人的なお付き合いをする気持ちはありません…しかし、あなたの博識ぶりにはいつも驚かされ尊敬の念を抱いております。今後ともよろしくご指導ください」

少々長くなりますが、例文をこのように変えるだけで、受け手の印象は180度変わります。難しいことではありません。

どれだけ美辞麗句を並べても、相手はメールの最後の表現しか記憶に留めないというだけのことです。意識しないと普段の癖は直せませんので、「美辞麗句で締めくくろう」とデスクの前に付箋に書いて貼っておけばいいでしょう。

もちろん、今後一切の関係を断ち切りたい相手に対しては、「キッパリ締めくくる」べきであることは言うまでもありません。善解の余地を残すと、逆恨みされかねませんから。

説得の戦略 交渉心理学入門 (ディスカヴァー携書)
荘司 雅彦
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2017-06-22

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。

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Tue, 16 Jan 2018 21:00:19 +0000 Tue, 16 Jan 2018 21:00:19 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030569.html 東京新聞は、望月記者が現職議員と共著を出すのをよく認めたね http://agora-web.jp/archives/2030569.html

望月氏、森氏新刊「追及力」(光文社新書より)

結果的に「宣伝」になってしまうので、あまり騒ぎ立てたくないのが本音だが、東京新聞の望月衣塑子記者が、自由党の森裕子参議院議員と17日に共著を刊行すると聞いて、「なんでもありなのか」という驚きを禁じ得ず、問題提起の必要を感じて一筆書き置く。

望月記者を巡っては昨年11月、私は二重国籍問題を追及した男性取材者の一人として雑誌での発言に抗議を表明したが、結局、彼女や東京新聞・中日新聞から特に反応はなかった。

今回はそういう過去の遺恨や政治的価値観の違いは一旦脇に置く。疑問なのは東京新聞の対応だ。彼女はフリージャーナリストではなく、東京新聞の社員記者であるわけだから、常識的には、社外のメディアに出ることに関して会社の許可はもらっているはずだ。そうなると、特定政党の政治家と共著を出すということが政治的にどのような意味を社会的に持つのか、東京新聞は何も考えなかったのだろうか。

「不偏不党」を巡る新聞業界のホンネとタテマエ

なにも、ジャーナリストが同じ問題意識を共有する政治家と共著を出すこと自体は構わない。特にフリージャーナリストは組織の都合や論理に縛られず、自らの立ち位置を鮮明にして問題提起していく意義はあるだろう。

また、社員記者であろうが、本来なら、日本の新聞社も「不偏不党」などというくだらないタテマエに縛られず、それぞれの論調の実態が「読売、産経は自民党寄り、朝日、毎日、東京は野党寄り」というホンネがあるわけだから「構わないではないか」という寛容な考えも否定するものではない。筆者も選挙時はアメリカの新聞社のように各新聞社は支持政党を明示するべきだという持論はある。

念のため、よくネトウヨが朝日新聞などを“偏向報道”と糾弾するが、実は誤解であることも付言しておく。放送法で政治的中立を厳格に求められているテレビと違って、新聞は論説が許されている。新聞協会の選挙報道に関する見解にあるように、「政党等の主張や政策、候補者の人物、経歴、政見などを報道したり、これを支持したり反対する評論をすることはなんら制限を受けない」。

ただし、これらが示すように新聞社ごとの政治的な言論の自由がある一方で、特定政党の機関紙(オウンドメディア)ではなく、新聞社は「公共財」(アーンドメディア)を自認しているはずであり、一定の線引きはしてきたことは事実だ。

たとえば選挙報道では、少なくとも国会に議席を持つ政党や一定勢力を確保する情勢が確実な政治勢力に関しては、できるだけ公平に報道し、少なくとも選挙期間中は特定の政党・候補者が著しく有利・不利にならないよう「無難」な報道に現場レベルでは努めてきた。テクニカルな一例でいうと、演説の第一声では均等のスペースで掲載するなどの編集上の配慮が当たる。インターネットがない時代、新聞は“民間発行のニュース官報”とでもいうべき社会的機能があったことも大きい。

アンチ朝日の皆さんには信じられないかもしれないが、朝日新聞もタテマエでは綱領の1番目に次のように不偏不党をうたっている。

一、不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄与す。
一、正義人道に基いて国民の幸福に献身し、一切の不法と暴力を排して腐敗と闘う。
一、真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す。
一、常に寛容の心を忘れず、品位と責任を重んじ、清新にして重厚の風をたっとぶ。

1952年制定

「公共財」を自認してきた新聞業界の姿勢と矛盾はないか?

こういう「公共財」を自認する努力を見せてきたからこそ、新聞社は、再販制度や国有地のリーズナブルな払い下げを始めとする公的優遇策を認められてきたことを思い起こしたい。そして消費税引き上げに伴う軽減税率の適用が有力視されているのも、業界全体として相応の“努力”をしてきた積み重ねが政治・行政に考慮されてきた面があるからだろう。もちろん、日本新聞協会に加盟する東京新聞も同じように考えてきたはずだ。

だからこそ、特定の政党・政治家との距離の取り方については、センシティブになる。どんなに親しくても対外的なタテマエにおいては馴れ馴れしくみせないようにする「一線」がそこにはあった。たしかに、昭和期の政治記者と政治家の癒着の実態は、記者が政治家のゴーストライターを務めたり、野党議員に取材で得た情報を流して国会質問させたりするなど、今では考えられないほどにひどかったが、それでも共著を出すようなことは、社会的には露骨に実態が露見するので控えていたように見える。

望月記者と同じリベラル派からみれば、保守系メディアと与党政治家の密接な関係は厳しく指弾されそうだが、念のため、政権側と近いとされ、知名度のある政治記者たち(時事通信・田崎史郎氏、産経新聞・阿比留瑠衣氏、東京新聞・長谷川幸洋氏など)の著作歴をネットで振り返ってみたが、共著においては現職議員と出したものはなかった。

読売新聞の渡辺恒雄氏は、中曽根康弘氏と共著での翻訳書(ジェイムズ・M・キャノン編『政界入門』中曽根康弘共訳=弘文堂)があるらしく、やや微妙なところだが、1962年刊行とかなり古く、洋書の翻訳だから生々しさは薄れる。少なくとも近年は現職議員との共著はない。

社員記者×現職議員の共著はアリか?幅広い議論を

ここで私が調べ漏らした社員記者と現職議員の共著はほかにもあるかもしれないが、あったとしても希少なはずだ。日本の新聞は世界的にも読者の数は多いので、読売新聞読者であっても世界最大部数だけに野党支持層も読んでいるなど、「少数派」への一定の配慮もある。

ホンネとタテマエを巧妙に使い分け、世界に冠たる新聞大国を築いてきた歴史があるわけだが、東京新聞は、今回の望月記者の共著刊行について十二分に考えを尽くしたのだろうか。業界内でのKYぶりを発揮して新時代を築く気概があるならあるで、同業他社はもちろんのこと、読者にも説明しておく必要があるのではないか。そして、社員記者の言論の自由という観点からも、社会的に幅広く議論いただきたい。

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Tue, 16 Jan 2018 09:30:00 +0000 Tue, 16 Jan 2018 09:30:00 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030557.html http://agora-web.jp/archives/2030452.html http://agora-web.jp/archives/2030432.html http://agora-web.jp/archives/2030424.html http://agora-web.jp/archives/2030404-2.html
http://agora-web.jp/archives/2030564.html 西郷が偉人かどうかの最終結論 http://agora-web.jp/archives/2030564.html

Wikipedia:編集部

NHK大河ドラマ「西郷どん」が始まって、この謎めいた人物について人格者かどうかとか、偉人といえるかなど議論が百出している。

そこで、「『篤姫』と島津・徳川の五百年 日本でいちばん長く成功した二つの家の物語 」(講談社文庫)「最終解答 日本近現代史」 (PHP文庫)など幕末の薩摩についても何冊かの本を書いての、私なりの結論を書いておきたい。

一言で言えば、西郷は「正しい人」ではないが、抜群のリーダーシップを発揮して、彼の決断で歴史が動いた。良い決断も悪い決断もあるが、+-では最後の大失敗を差し引いても疑いなく+だ。さらにいえば、消えるべき時に消えてくれたことも好ましいことだった。

山県有朋が西郷は「刃先三寸を隠せた」といってるが、そこのところが、大胆な決断をするときのキーマンになれたポイントなんだと思う。薩長盟約も、王政復古も、廃藩置県もしかり。

ところが、征韓論では自分がメインプレーヤーになりすぎたし、西南戦争では弟子たちが勝手に西郷の気持ちを忖度して動いたのでドツボにはまった。西郷は人格者でもないし、知恵や見識があるわけでもないが、人間的魅力と行動力で倒幕の最大功労者になった。ただ、情緒的に過ぎて最期は道を誤ったのだ。

西郷は不可解な人物である。信用できる人物であったかといえば、そうでもない。鳥羽伏見の戦いのときには、江戸で無頼漢にあちこち放火などさせて挑発し、無理矢理に戦いに持ち込んだなど、姑息な奸計も厭わない。

恩人である斉彬には心酔していたが、その斉彬自身が「西郷は独立心旺盛だから、普通のものでは使いこなせまい」といった。久光に対しては「貴方のようなジゴロ(田舎者)には中央政界での工作は無理です」と言ってのけたのだから、主君に忠実でもない。しかも、久光は文久の政変で大成功を収めたのだから、西郷の予言はまったくのはずれで大見込み違いだった。

写真が残っていないし容姿もよく分からない。身長180センチ、体重100キロで、たしかに大きかったようだが、大隈重信は「不細工な身軀」といっている。

政治思想がどのようなものかも、まるでよく分からない。彼がどのような政治制度をめざしていたのかについても、ほとんど理解不能である。

「敬天愛人」という西郷隆盛の言葉は、座右の銘として大人気だが、西郷自身の説明を現代風に敷衍したとしても「進むべき道というものは、おのずから定まるものであり、人はこれにのっとって行うべきものである。何よりもまず、天を敬い、天が他人も自分も平等に愛するように、人間も自分を愛する心をもって人を愛することが肝要である」といったようなわけのわからない曖昧なもので、なんとでも解釈できる。

広く受け容れられているのは、当たり前のことを行っているだけともいえるので、言葉のイメージ以上のものをどう解釈するかは、ほとんど自由だ。だから、あれを座右の銘にしている人は原則を持たずに、場当たりで行動し、あとづけで自分のやったことを肯定したいのでそうしているのだろう。ひとことでいって、座右の銘として意味がない。

そうはいっても、西郷の言葉には、人を動かす不思議な力があるし、「一日先生と接したら一日の愛がしょうじ、三日接したら三日の愛が生じる。もうどうしようもない。いまは善悪死生を共にするだけだ」と西南戦争で西郷軍に身を投じた増田栄太郎が言った言葉に示されるように、とてつもない人間的魅力があった。

西郷の言行録として知られる『南洲翁遺訓』は、庄内藩の関係者がまとめたものだが、そもそも、庄内藩はすでに紹介した江戸での放火事件に挑発されて三田の薩摩屋敷を焼き討ちする羽目になって、結局、戊辰戦争で討たれたのであるが、措置が寛大であったと感激して君臣で鹿児島まで教えを請いにいったのである。だが、戊辰戦争において、官軍にあって西郷がとくに寛恕派だったのでない。

江戸無血開城にしても、西郷が突出して強硬派だったのが、最期になって譲歩しただけで、いわばおいしいところをとっただけだ。

薩摩の人は、「議をいうな」とよくいい、理屈先行が嫌いである。思想的な新しい流れをつくるのは苦手だが、正義感で、どちらに大義があるか見極める不思議な力があり、新しい時代をつかみとってそれに乗るのに強く、また、「薩摩の大提灯」というように、優れた指導者について力を合わせるのに秀でている。

その代表が西郷であって、若い時には斉彬の素晴らしく有能な片腕となり、その死後は斉彬の父である斉興の反動政治のなかで抵抗のシンボルであり、久光の下でいったん復権するもののすぐに失脚するが、復権するや禁門の変以降に薩摩が中央政界で主導権を握り、やがて、倒幕に方向転換するについて主導権を握った。

そして、王政復古、鳥羽伏見の戦いを通じて、タカ派的路線の主導者として優れた手腕を見せ、廃藩置県については主唱者ではなかったが、それを支持することで流れをつくった。誰がなんといおうと、西郷は倒幕と維新の最大の功労者なのである。

だが、新政府が向かう合理主義的な割り切り、押しつけ、高官たちの奢侈と驕慢さに我慢できなくなったといって政府を去り鹿児島に帰った。そして西郷は、「抵抗」の精神を失わない人たちのシンボルとなった。

そして、私学校の弟子たちが、政府軍の武器を奪ったと聞いた時、西郷は「しまった」と叫んだというが、おそらく、あの事件がなかったら、西郷はそれまでと同じように、隠退と再登場を繰り返していたのであるまいか。

彼の「抵抗の精神」の具体化が多分に衝動的で取り返しがつかない反乱であったのは、なんとしても惜しまれるところだが、権力の頂点にたったもののそれが似合わない西郷にとって消えるべきときに退場したと結果的にはいえるのである。

 

最終解答 日本近現代史 (PHP文庫)
八幡 和郎
PHP研究所
2016-10-05
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Tue, 16 Jan 2018 03:00:00 +0000 Tue, 16 Jan 2018 03:00:00 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030571.html http://agora-web.jp/archives/2030535.html http://agora-web.jp/archives/2030526.html http://agora-web.jp/archives/2030520.html http://agora-web.jp/archives/2030509.html
http://agora-web.jp/archives/2030563.html 今年のびっくり予想?米国の長期金利の3%台回復 http://agora-web.jp/archives/2030563.html 10日の米10年債利回りは一時2.59%まで上昇した。これは9日に日銀が超長期ゾーンの国債買入を減額したことで、日銀も正常化路線に向きを変えてくるのではとの思惑で米債売りを誘い、それに加えて、中国当局が米国債の購入縮小もしくは停止を検討していると報じられたことで米10年債利回りは2.6%近くに上昇した。

日銀が超長期ゾーンの国債買入を減額したのは正常化ではない。日銀の緩和策において、量の追求が厳しくなったことで、政策目標を金利に変更し、量の買入も長期化出来るように調整しているともいえる。

15日の日銀支店長会議の挨拶でも、黒田総裁は「金融政策運営については、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。」とこれまでの発言内容を繰り返している。

ただし、ECBも量的緩和の修正を検討するなどしており、原油高を受けて物価のさらなる上昇も予想される。このため市場では日銀による金融政策の正常化も今後は意識せざるを得なくなるとみられ、今回の米債の下落はそれがきっかけかと思われる。

中国当局が米国債の購入縮小もしくは停止を検討していると報については中国当局が否定コメントを出している。

このため、米10年債利回りが一時2.6%近くまで上昇した材料そのものはそれほどインパクトのあるものではなかった。ただし、2.6%という水準は実は節目にあたり、この水準に接近したことに意味があった。

米10年債利回りは昨年3月に一時2.6%台に上昇したが、それ以降は低下基調となり、昨年9月に2%近くまで低下した。その後再び上昇基調に転じて2.6%に接近したのである。チャートからは2.6%を抜けてくると次の節目は3%までない。

FRBはすでに正常化を進めており、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標は1.25~1.50%まで引き上げている。しかし、米10年債利回りは2.6%以下の水準で推移を続けるなど米10年債利回りにはそれほど上昇圧力は加わっていない。これは物価がFRBの目標水準まで上がっていないことなども要因となっていようが、その物価についても世界的な景気拡大によって、今後さらに上昇圧力が加わる可能性がある。そうであれば今年の米10年債利回り(米長期金利)は2.6%近辺を上抜けて、3%を目指す可能性はありうると見ている。


編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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Tue, 16 Jan 2018 02:30:47 +0000 Tue, 16 Jan 2018 02:30:47 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030561.html 金正恩氏と文大統領の「平昌五輪」 http://agora-web.jp/archives/2030561.html

南北高官級会議が今月9日、約2年1か月振りに南北軍事境界線がある板門店の韓国側施設「平和の家」で開催され、北がその場で平昌冬季オリンピック大会(2月9日から25日)の参加を発表した時、最も喜んだのは韓国の文在寅大統領であり、最も大笑いしたのは北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長だっただろう(大喜びと大笑いの違いは後で説明する)。「大喜び」の文大統領と「大笑い」の金委員長の南北首脳会談の開催は織り込む済みかもしれない。

分断国家の南北間の対話を正面から批判する声はあまり聞かない。ただし、北の冬季五輪参加表明は、核実験や弾道ミサイル発射で世界から糾弾され、孤立した北側が対話の意思を世界にアピールする一方、韓国との対話を重ねることで経済支援を得る一石二鳥の外交に過ぎないだろう。北が南北間の統一を真剣に考えたうえでの対応でないことは明らかだ。ましてや、朝鮮半島の緊張緩和、非核化などのテーマは金正恩氏の眼中にないはずだ。

北側は選手団、応援団だけではなく、芸術団からテコンドー演武団まで総数400人を超える大代表団を派遣するという。それを聞いた時、「なぜ北はそんな大規模な代表団を派遣するのか」といった素朴な疑問が沸いた。当方が住むオーストリアはウィンタースポーツのメッカだ。アルペンスキーのマルセル・ヒルシャー選手など金メダルを狙える有力選手が多数いるが、そんな大規模な代表団を送らない。一方、北は、冬季五輪大会でメダルを狙える国際級選手はほぼ皆無なのに、オーストリアを凌ぐ大代表団を送るというのだ。少々不自然だ。

北はフィギュアスケートのペアが五輪参加基準をクリアしているが、メダルを狙えるレベルではない。アルペンスキー競技ではメダルどころではない。選手を支援するために大規模な応援団は本来不必要だ。北は2005年9月の仁川アジア陸上大会の時、女子高生・女子大生約100人から成る応援団(通称・美女軍団)を派遣したが、喜んだのはメディア関係者だけだ。

芸術団やテコンドー演武団の派遣は冬季五輪とは無縁だ。南北間の対話ムードを高める狙いからだろうが、冬季五輪大会は4年に1度開催される純粋なスポーツの祭典だ。北側は冬季五輪開催に乗じ、対韓世論操作を展開させようとしているわけだ。

それだけではない。大規模な北代表団が宿泊するホテルや移動手段、滞在費はばかにならない。制裁下にある北側の代表団に帰国の際、韓国製商品を贈呈するといった案も聞くが、韓国が滞在費用を負担するのは止むを得ないとして、それ以外のプレゼント贈呈などは対北制裁に引っかかる恐れがある。

実際、韓国外交部報道官は11日、「北の平昌冬季五輪参加と関連し、国際社会で対北制裁違反などの論議が発生しないようにすることがわが政府の基本立場だ」(聯合ニュース)と述べ、国際社会からの批判に神経質になっている。

五輪史上、初めてアイスホッケー女子の南北合同チームが結成されるという話が報じられている。それに対し、韓国の選手から「カナダ出身の監督の指導の下で選手たちが数年間にわたりチームワークを高めてきた状態で、突然北の選手たちと合同チームを組めと言うのは、チームワークが重要なアイスホッケーという競技の特性を無視したものだ」(聯合ニュース)という批判の声が出ているという。当然だ。南北合同チーム結成案は、南北間の和解を演出する政治的効果を優先し、スポーツ選手の意向をまったく無視した実例だ。

韓国メディアによると、北代表団の規模は後日、国際オリンピック委員会(IOC)と南北の協議で最終的に決められるという。それに先立ち、平昌五輪に関する南北実務会談が17日に開催される。

最後に、「大喜び」と「大笑い」の違いを少し説明する。先ず、前者だ。政治の師匠、故盧武鉉大統領(任期2003~2008年)のように、南北首脳会談実現を祈願する文大統領は、自国開催の冬季五輪に北側チームが参加を決めただけで大万歳だ。北側が何を考えているか、といったことを慎重に分析する必要性を感じていないから、大喜びできる。一方、後者の金正恩氏は、自分との会談を願う初老を迎えた韓国大統領(64)の姿をみて、笑いを禁じ得ないのだ。書斎の机上の核ボタンを弄びながら、大笑いしてしまうわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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Tue, 16 Jan 2018 02:30:37 +0000 Tue, 16 Jan 2018 02:30:37 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030508.html 食べたいものも決められないメガ銀行 http://agora-web.jp/archives/2030508.html

リスクアペタイトフレームワークは、2013年11月に金融安定理事会(Financial Stability Board)が公表した「実効的なリスクアペタイト枠組みに係る原則」(Principles for an Effective Risk Appetite Framework)において提示されたもので、金融機関としての健全なるリスクへの食欲、事業目的遂行のために自覚的にとるべきリスクを前面にだした経営の枠組みである。

金融庁は、2015年9月に公表した「金融行政方針」において、リスクアペタイトフレームワークについて、「自社のビジネスモデルの個別性を踏まえたうえで、事業計画達成のために進んで受け入れるべきリスクの種類と総量を「リスクアペタイト」として表現し、これを資本配分や収益最大化を含むリスクテイク方針全般に関する社内の共通言語として用いる経営管理の枠組み」と説明している。

メガ銀行においては、2014年度あたりから、リスクアペタイトフレームワークの構築がなされてきているが、形だけで中身なしといっても過言ではないのが現状である。では、中身の充実にとって、何が一番重要なのか。

リスクアペタイトフレームワークの中核は、金融庁が説明しているように、「自社のビジネスモデルの個別性を踏まえたうえで、事業計画達成のために進んで受け入れるべきリスク」の定義にある。「進んで受け入れるべきリスク」だからこそ、リスクに対する能動的な食欲が問題になるのである。

「金融の常識、世の非常識」とされる金融界では、「進んで受け入れるべきリスク」などといわれると新鮮なのだが、世の常識からいえば、どの事業においても、事業目的の遂行のためにとるべきリスクは必ず自覚的にとるのだから、「進んで受け入れるべきリスク」は、事業目的そのものとして、自明である。

ところが、メガ銀行のリスクアペタイトフレームワークの公表されている記述をみる限り、どこにも、能動的に「進んで受け入れるべきリスク」の具体的記述はない。そこに書かれていることは、現に受動的に受け入れているリスクの管理態勢にすぎないのであって、その管理態勢のあり方を、リスクアペタイトフレームワーク上の用語により、リスクカルチャーの醸成と呼んだところで、せいぜい、技法上の改善にとどまることであって、本質的なガバナンスの改革にはならない。

金融庁は、事業目的の再確認を前提として、「自社のビジネスモデルの個別性」といっているはずだが、メガ銀行の公表されているリスクアペタイトフレームワークからは、ビジネスモデルの個別性、即ち、事業目的における差別性をみてとることはできないのである。さても、日本のメガ銀行の場合、ビジネスモデルの個別性など、考え得ないのであろうか。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
twitter:nmorimoto_HC
facebook:森本紀行

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Tue, 16 Jan 2018 02:30:18 +0000 Tue, 16 Jan 2018 02:30:18 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html http://agora-web.jp/archives/2030563.html http://agora-web.jp/archives/2030549.html http://agora-web.jp/archives/2030527.html
http://agora-web.jp/archives/2030559.html 18歳投票率1位は山形。低投票率の指摘より改善策を http://agora-web.jp/archives/2030559.html 18歳投票率衆院選は▲3.4P、1位は山形県、2位は山梨県、3位は新潟県

2017年末に、7月に実施された第48回衆議院議員総選挙年齢別投票者数調として、各都道府県別の18歳19歳の投票率の全数調査結果なども公表されました。

18歳選挙権実現後初となった2016年の参議院議員選挙の際との比較で見ると、全世代の投票率は54.7%から53.7%へと▲1.0Pだったのに対して、18歳投票率は全国平均51.3%から47.9%へと▲3.4Pも下がってしまった事は、18歳選挙権を一時のブームにしないためにも大きな課題と言えそうです。

衆議院選挙では初の18歳選挙となったこの第48回衆議院議員選挙において、18歳の投票率が最も高かったのは山形県の58.3%でした。

全国平均47.9%との比較で10%以上高いという結果です。
2位は山梨県の57.6%、3位は新潟県の56.7%、4位は岩手県の55.4%、5位は長野県の55.2%…と東北の県など地方の自治体が多く並びました。

21位の東京都の49.2%まで1都3県の自治体が1つも出て来ない事が大きな特徴と言えます。
2016年の参院選の際には上位が、東京都、神奈川県、愛知県、奈良県、埼玉県…だった事と比較するとその違いは顕著です。

19歳投票率が問題視されるが、上位は参院選と変わらず愛知・東京・神奈川

18歳選挙権実現による新たな課題として、18歳投票率が一定の高さを示せた一方で、19歳の投票率が低い事が指摘されています。

2016年の参院選の際には18歳投票率51.3%に対して19歳投票率42.3%とその差は▲9.0Pでしたが、2017年の衆院選では18歳投票率47.9%に対して19歳投票率33.3%とその差は▲14.6Pにまで広がってしまいました。

こうした中、注目したい事がいくつかあります。

1つ目は19歳投票率が高かった自治体です。
19歳投票率がトップだったのは40.9%の愛知県、2位は39.7%だった東京都、3位は38.6%だった神奈川県です。
愛知県は、19歳投票率のほか10代投票率でも2位、全世代の投票率と18歳投票率の差の少なさも1位、全世代の投票率と19歳投票率の差の少なさも3位、全世代の投票率と10代投票率の差の少なさも1位と、今回作成した数字のほとんどが上位に位置付けられました。

19歳の投票率が高かった東京都や神奈川県も同様に全体的に上位に位置付けられています。
2016年の参院選のデータと見比べてみると、参院選挙時にはこの3都県が18歳投票率も19歳投票率もトップ3だった事が分かります。

今回の衆院選では18歳投票率の高い件は大きく入れ替わったものの、19歳投票率は参院選の時と全く変わらずに都市部の自治体が高いという事が見えてきます。

むしろこの19歳の低投票率問題解消のヒントの一つがこうした自治体の取り組みなどに見えてくるものがあるのかもしれません。

参院選から投票率が伸びたのは18歳が高知、19歳の減少幅最小は熊本

もう1つ注目したのが、参議院選から衆議院選で投票率が伸びた自治体です。
参院選から衆院選で18歳投票率が伸びた自治体は意外にも半数以上の26もあり、最も18歳投票率が上がったのが+8.7Pの高知県だった。

2位は本当に僅差で+8.7Pの新潟県、3位は+8.3Pの長崎県と続きました。
逆に最も東保湯率が下がったのが▲13.0Pの東京都でした。

19歳投票率は18歳投票率と異なり、参院選から衆院選に向けて投票率が伸びた自治体は1つもありませんでした。
この事自体に大きな課題を感じます。

ちなみに19歳投票率の減少が最も少なかったのは、熊本県の▲0.9P、次いで北海道の▲2.1P、高知県の▲2.9%でした。
最も低下したのは、こちらも東京都で▲14.1Pでした。

こうした点からも各自治体でどのような取り組みをやってきた結果などは、今回の数字では見れない検証を行って行く必要を感じます。

調査し評価すべきは、年代別投票率の上下ではなく、何をやった事で上下したか

今回の衆院選の年代別投票率が公表された事で、マスコミは一斉に「18歳投票率が下がった」「19歳投票率が低かった」と報道しているが、重要なのは、むしろ「18歳選挙権」が実現してからこれまでに「何をやってきたのか」「何ができたのか」という事と、今回、衆参の別は置いておいて比較できる数字がようやく出ました。
自治体における様々な違いも出てくる中で、それぞれの自治体レベルで行なってきた「何に効果があったのか」を検証し、効果が見出せるものをより発展させると共に、全国に広げて行くべきなのではないかと思います。

私自身も昨年11月に市川市長選挙に出馬をしましたが、投票率は30.8%と極めて低いものでした。

まだ世代別の投票率などは公開されていませんが、こうしたデータについて、地方選挙においても同様に検証して行く必要を強く感じます。

 

図表1: 18歳19歳投票率等(2017年衆議院総選挙)

 

図表2: 18歳19歳投票率等(2016年参議院選挙)

 

図表3: 18歳19歳投票率等(2017年衆議院総選挙と2016年参議院選挙の比較)

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Mon, 15 Jan 2018 21:30:37 +0000 Mon, 15 Jan 2018 21:30:37 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030562.html http://agora-web.jp/archives/2030564-3.html http://agora-web.jp/archives/2030555.html http://agora-web.jp/archives/2030550-2.html
http://agora-web.jp/archives/2030548-2.html クロージングを台無しにする「悪魔のトーク」が存在する http://agora-web.jp/archives/2030548-2.html

写真は書籍画像

ビジネス心理学をご存知だろうか。よく知られているものに、アサーティブ、フレーミング、バーナム効果、コールドリーディングなどがある。心理学は「人問心理を解き明かすもの」だが、知っているだけでは役にたたない。大事な場面で、「使える」という実践的なレベルにまで高めておかないと、中途半端な知識で終わってしまう。

今回は『売れすぎて中毒になる営業の心理学』(すばる舎)を紹介したい。著者は、神岡真司さん、ビジネス心理学の専門家として知られている。ビジネス心理学に関する著書も多く、主要著書として30万部ベストセラー『ヤバい心理学』がある。

「ご決断!」を焦ってはいけない

営業活動に従事する人は、お客様へのニーズを発掘のための質問からスタートしなければいけない。満足や不満足、改善点などを丹念に聞いていく。そして、お客様のニーズを把握して、不満足を満足にする提案が具体的にイメージできる瞬間がやってくる。

お客様「ほぅ、御社のサービスでは、そんなことまでやってくれるの?」
営業A「もちろんです。当社では、当然のサービスとして認識しております!!」
お客様「ふーん、それはありがたいねえ。おたくがそこまでやってくれるとは」
営業A「いかがでしょう!サービス万全です、ご決断を!!!」
お客様「そうねえ、てか、おたくの営業拠点からうちは遠いけど、大丈夫なの?」
営業A「えぇ、もちろんです。ご心配はごもっともですが、お任せください!!」
お客様「できなかったら途中解約できるの??」
営業A「えっ?いや、あのー、てゆうか、2年ごとの契約ですから!」
お客様「契約してから、満足できない状態だったら困るじゃない。でしょ??」
営業A「うちは大丈夫ですから、信用してください!!」
お客様「では、検討しておきますね。必要になりましたらまた連絡しますねー」

一旦、お客様が、乗り気になったが商談は決裂する。その理由は、営業担当者がお客様の反応に慢心して無防備になったことにある。このケースでは信頼関係で構築できていない段階で、早々に契約を迫った点が好ましくなかった。「ご決断を!」は「決断を迫るトーク」として考えられているが、これは「悪魔のトーク」にも成りうるので注意が必要だ。

余裕と人徳を漂わせるトーク

あなたは、お客様が他社製品を使用していたらどのように対応するだろうか。ネガティブトークで誘導し、他社製品をこき下ろしたくなるが、それも「悪魔のトーク」になる。次に2つのトークの事例を紹介する。どのように感じるだろうか。

トークA
「安心商事さんの製品をお使いですか。安心できて素晴らしい製品ですね。すごく便利な機能がついていますよね。かなり評判みたいですよ」

トークB
「安心商事さんの製品をお使いですか。壊れやすいとか、使い勝手がイマイチとかの評判を聞きますよ。使い勝手はどうでしたか?良かったんですか??」

お客様がその製品を気に入っている場合、人格を損なうことになる。「トークB」は、まさにそれだ。では、「トークA」はどうか。「余裕と人徳を漂わせている」ように聞こえないだろうか。お客様がその製品を気に入っている場合、何とかその思いを断ち切りたくなるが、これはNG行為になる。自分を否定されていることと同じだからである。

なお、本書に取上げられたケースはリアリティがあることから、日常のビジネスにも転用可能である。楽しみながらビジネス心理学を理解できることだろう。

尾藤克之
コラムニスト

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Mon, 15 Jan 2018 21:00:59 +0000 Mon, 15 Jan 2018 21:00:59 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html http://agora-web.jp/archives/2030576.html http://agora-web.jp/archives/2030562.html http://agora-web.jp/archives/2030565.html
http://agora-web.jp/archives/2030555.html 「ウチに甘くてソトに厳しい」という社会規範の弊害 http://agora-web.jp/archives/2030555.html

大阪大学が昨年2月に実施した入試ミスで、本来合格していた30人が不合格になっていたことが明るみに出ました。

報道によると、過去2回の指摘を大学側が跳ねつけ、3回目でようやく認めたという極めて悪質なものです。

30人もの受験生の人生を変えてしまった責任はというと、総長が役員報酬の10%を3か月自主返納し、他の理事も一部報酬を自主返納するというものです。

総長の役員報酬がいくらかはわかりませんが、仮に月100万円だとしたら合計30万円。人生を狂わされた受験生1人に対して、たった1万円の謝罪で終わりということです。

大阪大学だけでなく、日本の社会には「ウチに甘くてソトに厳しい」という社会規範が根付いています。

大昔、かなりの人数の司法修習生が、司法研修所の卒業試験(「二回試験」と呼ばれています)でカンニングをしたという事件がありました。

自分の六法に書式等の形式的な記載方法を書き込んで試験中に閲覧したのが発覚したとのことでした(ザッと検索しても出てこなかったので私の記憶です)。

カンニングが発覚した全員が、2か月遅れの6月終了という「大甘」の処分で済まされたそうです。司法試験の最中にカンニングが発覚すれば、理由の如何を問わず即刻受験資格を失います。

試験委員に試験問題を教えてもらった女性受験生には、5年間の受験資格を失うという厳しい行政処分が課せられました(「期待可能性」という観点から、個人的には厳しすぎる処分だと思います)。

この処分の違いは、司法試験受験生というのは、ソトの人間であるのに対し、司法修習生というのがウチの人間だからだと私は考えています。大阪大学の受験ミスも、受験生はソトの人間で、総長や理事長はウチの人間ということで天地のような差が生まれたのでしょう。

会社も同じです。入社する前の就活生はソトの人間ですが、内定後入社してしまえばウチの人間です。

内定を出すまでは厳しい目でチェックされますが、内定を出して入社してしまうと滅多なことでは処分や解雇はされません。

厳しい解雇規制の存在もありますが、同僚を切り捨てるのは忍びないという心理作用も大きいと思います。

サークルやクラブでも、新規に加入するときには厳格なチェックがあっても、一度加入してウチの人間になってしまうと滅多なことでは除名されません。

公的な組織である弁護士会が、依頼者のお金を横領した言語道断の弁護士を除名処分にしないのも同じ原理が働いているのでしょう。

このように、「ウチに甘くてソトに厳しい」という社会規範は、血縁関係を重んじる中国や韓国にも(もしかしたら日本よりはるかに強く)存在するかもしれません。

今年度(昨年4月から今年3月まで)に二十歳に達する新成人のうち、東京23区内では約13%の新成人が日本国籍を持たない外国人だそうです。

新宿区の外国人新成人割合が最高で、45.9%に達するそうです(ジャパンタイムズ 1月11日号より)。

外国人コミュニティーの平均年齢は日本人よりはるかに若いのです。

あと10年もすれば、東京23区の若年層における外国人の割合が3~5割くらいになるかもしれません。

多様性が生まれることは国や社会の発展には概ねプラスです。しかし、多様性を維持するためには寛容性が不可欠です。「ウチに甘くてソトに厳しい」社会構造は、寛容性と正面から矛盾するのではないかと私は危惧しています。

ウチとソトというダブルスタンダードが強固なままだと、日本社会は排他的な小集団の集合体になってしまう恐れがあります。

集団内だけで通用するローカルルールはあってしかるべきですが、みんなが従うべき骨太のグローバルルールの存在が不可欠でしょう。

各地のゴルフコースには様々なローカルルールがあるそうです。しかし、「3回までは手で投げても構わない」というローカルルールを作ったのではゴルフでなくなってしまいます。

不公平感を払拭できるレベルであり、かつ透明性のあるグローバルルールの存在が、寛容性を維持するためには必須だと考えています。

中学受験BIBLE 新版
荘司 雅彦
講談社
2006-08-08

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2018年1月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 21:00:56 +0000 Mon, 15 Jan 2018 21:00:56 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030557.html 死と直面しての報道に生きるメキシコのジャーナリスト http://agora-web.jp/archives/2030557.html

殺害されたジャーナリストの一人、グマロ・ペレス氏(EL PAISより:編集部)

メキシコの最近7人の大統領の政権下で殺害されたジャーナリストの数は以下のようになっている(出典:sinembargo.mx)。

エンリケ・ペーニャ・ニエト(2012から現職)56人

フェリペ・カルデロン(2006-2012)83人

ビセンテ・フォックス(2000-2006)29人

エルネスト・セディーリョ(1994-2000)20人

カルロス・サリーナス(1988-1994)38人

ミゲル・デ・ラ・マドリード(1982-1988)34人

ホセ・ロペス・ポルティーリョ(1976-1982)15人

これ以前の大統領政権下では各大統領の元で1人から4人が殺害されていた。

1952年から289人のジャーナリストが殺害されているという。

2006年から麻薬組織カルテルの動きがより活発となり、当時のカルデロン大統領はカルテルの撲滅に取り組んで、彼らと軍隊と連邦警察とで激しい戦いが繰り広げられた。ペーニャ・ニエト大統領は今年任期を終えることになっているが、現在までの殺害ペースから判断してカルデロン大統領の政権下に近い数字になりそうだ。

この取り締まりが容易でないのは殺害が多発しているカルテルの根城のあたる地域では政治家や警察までもカルテルに癒着してお金を貰っている場合が往々にしてあるからである。その為、殺害事件が起きても、その犯人が検挙されることは殆どない。よって犯行者が処罰されることがないのである。無処罰の比率は99.7%とされている。殺害されても誰が犯人か不明という場合が殆どだということなのである。

メキシコ誌『Artículo 19』 は、最近426件の暴行事件の内で53件は国家警察によって齎されたものだと指摘している。

この6年間にジャーナリストが危害を被った例は2020件。その調査報告は800のファイルに収納されているが、事件の解決を見たのは僅かに3件だという貧祖な状態にある。

12人のジャーナリストがメキシコ国立自治大学と協力してドキュメンタリーを制作しているが、その中で一人のジャーナリストが次のようなことを語っている。

「外出するのは非常に辛いことだ。そして家族から離れることも同じだ。小さい頃からジャーナリストになることを望んでいた。いつも好奇心が旺盛だった。ある日、私のレポート記事を取り下げるように(カルテルが)要求して来た。その中に何を見たのか不明だ。でも私はまだ生きている。私の唯一の盾はラップトップと携帯電話だけだ。脅迫を受けてから私はもっと強くなった。人生への新しい取り組みもできた」と。

昨年12人目の犠牲者となったグマロ・ペレス(35)は彼の子供が学んでいる教室にクリスマスのフェスティバルということで居合わせていたところを銃を持った数人の男が教室に乱入して彼を殺害した。この事件が起きたベラクルス州は最も犯罪の多発している州である。

メキシコでジャーナリストを志すのは恐怖とお金のジレンマの中にあるという。恐怖に負けず勇気をもって犯罪を記事にして暴いて行けば死と直面することになる。犯罪組織に癒着して彼らが望んでいる記事内容にすればお金がもらえる。そのような事情があることを知っている読者にとって報道内容への信頼度は20%だという。

それには理由がある。ジャーナリストの目から見れば、彼らを守るべき政府は頼りにならない。そのような庇護の存在しない中で事実を暴き報道して行くのは勇気がいる。多くのジャーナリストは結局差し障りのない程度の公式見解を主体にした記事内容に収めていることから読者からの信頼度が低くなるのである。

そのような事情の中で、敢えて勇気を奮って真実を暴き報道しているジャーナリストもいる、シナロア州で僅か3000部しか発行していなかった『La Paret』の発行者マルティン・ドゥランだ。彼は信頼していたジャーナリストのハビエル・バルデスが殺害されてから、彼の忠告に従って現在スペインのバルセロナに逃れている。小休止といった所で、新しい報道の仕方を練っているという。戦争下の従軍記者のように戦場のあり様を伝え、同時に平和な面も報道するような形にすべきだろう。これまではカルテルと向き合って彼らの悪行を喧伝することを強調して来たきらいがあった。そのような変化を彼は内心感じているという。

ジャーナリストの死と同様に一般市民も多く殺害されている。昨年は11月までにメキシコで殺害された人の数は23,101人という異常さであった。その為、隣国の米国ではメキシコへの旅行は出来るだけ控えるように勧告しているという。

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Mon, 15 Jan 2018 21:00:49 +0000 Mon, 15 Jan 2018 21:00:49 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030560.html 世界初!水素燃料電池 LUNA SEAコンサートが何故⑨(完) http://agora-web.jp/archives/2030560.html

「新・水素燃料電池LUNA SEAコンサート完成版が開催!」

2017年5月29日に「世界初!水素燃料電池LUNASEAコンサート」が武道館で開催され、興奮が冷めない頃、実行委員会「Team Hydro」の反省会では、12月23日・24日に行われるコンサートを「新・水素燃料電池LUNA SEAコンサート完成版」と位置づけようと誓いをたてたのです。

半年を切る状況下で、何処まで出来るのか、何が出来るのか、具体的な検討に入りました。コンサートを通じで、地球環境を考え、水素エネルギー社会に関心を持ってもらいたい。「Team Hydro」の思いは立場は異なれど皆同じなのです。

前回はSUGIZOのギターアンプと物販の野外テント照明を水素燃料電池からの電気でまかないました。再生可能エネルギーからつくられたCO2フリー水素を使い、燃料電池で酸素と結合させ電気をおこす。その電気をギターの演奏に使った結果は「最高にクリアな音」と評価をされたのです。その上で12月のコンサートはどうするか、SUGIZOとLUNASEAメンバーとの話し合いが行われました。話し合いの結果、SUGIZOのギターに加え、RYUICHIのボーカルマイク、INORANのギター、Jのベース、真矢のドラム、LUNASEA全てのアンプに水素燃料電池でつくられた電気を使うという事になったのです。これで、正に水素燃料電池コンサート完成版と言っても過言ではなくなりました。

LUNASEA全体の楽器を水素燃料電池からの電気でまかなうということは、失敗したらコンサートが成り立たないということです。このコンサートも武道館同様にトヨタMIRAI、ホンダクラリティの2種類のFCVに搭載されている水素燃料電池で電気をつくることになりました。自動車会社であるトヨタ、ホンダにとって、コンサートの主体になるわけで、相当なプレッシャーになったものと思います。もしかすると自動車レースより緊張感を持ったかもしれません。特にトヨタは前回の武道館コンサートでは屋外物販会場の照明用電気をMIRAIで供給していて、楽器のアンプには使っていなかったのです。

今回のコンサートは埼玉県庁にも協力頂きました。埼玉県庁にはホンダの太陽光発電から水素をつくり供給するSHSが設置され、外部給電器、クラリティが納入されています。さいたまスーパーアリーナ正面入り口には、痛車となったトヨタMIRAI、ホンダクラリティ、水素社会に関するパネルが展示され、埼玉県庁職員が説明員として協力してくれたのです。埼玉県の水素社会に対する思いは本気ということです。

実際にアンプ用電気を供給するためのFCVは、それぞれ予備車1台づつを含めてバックヤードにMIRAI2台、クラリティ3台が運び込まれました。1台のMIRAIからRYUICHIのボーカルマイク、INORANのギター。1台のクラリティからJのベース、真矢のドラム。もう1台のクラリティ(太陽光発電からのCO2フリー水素以外の水素を入れたことがないクラリティ)からSUGIZOのギターという利用形態で、2日間のコンサートとリハーサルでFCVの水素は半分強くらいの使用量です。環境を意識し、本物の音を提供する「水素燃料電池コンサート」はFCV数台で十分まかなえるのです。将来、これが当たり前のコンサートになることを望んでいます。

正面入り口とバックヤードの視察を終えて、いよいよコンサートです。関係者用のバルコニールームに案内されて待っていると部屋にシャンパンが運び込まれてきたのです。するとLUNASEAの会社のSさんから「今日はYOSHIKIが一緒ですが良いですか?」と。「もちろん良いです」と。SUGIZOはX JAPANのギターリストでもあり、仲間のコンサートを見に来たということなのでしょう。そして、水素燃料電池コンサートの完成度を聴きに来たということでもあります。コンサートの合間には、YOSIKIと水素社会についていろいろ語りました。FCVとEVとの関係、水素発電の必要性、水素が医療や健康にも使われていること等、そして世界に1つしかない水素調理レストラン「リベロ」に一緒に行こうと誘いました。発信力のある人が一人でも多く、水素社会の必要性について理解し、発言してくれることは大切です。X JAPANのコンサートも水素燃料電池で行われることを望みます。

前回の武道館では、コンサートの最中にSUGIZOが水素について話してくれるかどうか心配でドキドキしていましたが、今回はその心配をしていません。忘れずに必ず語ると確信していたからです。そして、その時がきました。SUGIZO「水素から最高にクリアな音を提供出来ている。こうした水素によるコンサートが当たり前の時代になる」と。ファンからも大きな拍手が沸き起こり、準備にあたった「Team Hydro」のメンバーもこれで安どのため息が出たことでしょう。そして、あっという間にクリスマスイブに行われた「新・水素燃料電池コンサート完成版」も終了することになるのです。新しい曲、思いで深い曲、多くの曲が演奏され感動を与えたはずです。その中で僕のベストは、やはり「I For You」。今後の人生で、この曲を聴くと「水素燃料電池コンサート」を思い出すことになるはずです。

このシリーズブログ「世界初!水素燃料電池 LUNA SEAコンサートが何故」は今回で終わりとなります。安心で環境の良い世界を次世代に届けるのは簡単ではありません。CO2を削減していくためにエネルギーの質を変えていかなければなりません。水素エネルギー社会をつくりあげるには、まだいくつものハードルを越えなくてはなりません。そのためには、一人一人の理解、世界中の人の理解が何よりも大切です。今後も理解促進のために何でもやっていきたいと思っています。LUNA SEAのメンバー、「Team Hydro」に感謝します。そして環境を大切にする思いが結束した事実は歴史に残るはずです。

次は欧州に水素社会を伝えるために、英国ウェンブリー・スタジアムでU2のコンサートをやりたい。ボノどうですか?


編集部より:この記事は元内閣府副大臣、前衆議院議員、福田峰之氏のブログ 2018年1月16日の記事を転載しました。オリジナル記事をお読みになりたい方は、福田峰之オフィシャルブログ「政治の時間」をご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 21:00:27 +0000 Mon, 15 Jan 2018 21:00:27 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030556.html 谷亮子さんの柔道界復帰を歓迎する http://agora-web.jp/archives/2030556.html

谷亮子氏公式ホームページより:編集部

三段跳びではなかったが、4段から6段に2階級昇格されたのだから、おめでとうと言ってあげるべきだろう。

何はともあれ谷亮子さんが苦手な政治の世界から柔道界に復帰されたことはよかった。

小沢さんの傍で嬉々としてマスコット人形のようなことをしていた時はなんだかなあ、と思っていたものだが、柔道界に復帰すれば谷さんは“柔ちゃん”というれっきとした名前を持つビッグネームであり、誰からも愛されるスターである。

政治の世界では残念ながら谷さんが大きく羽ばたく状況にはなかったのだから、思い切って政治の世界から足を洗われたのはよかった。

これで、谷さんはゴールドメダリストとしてのかつての名声を取り戻すことが出来るはずである。

永田町は、しばしばスポーツや音楽の世界で有名になった人を永田町に引き摺り込もうとするが、大体はご本人の将来に傷を残してしまうような勿体ない使い方しかしない。

谷さんが使い捨てにならなかったのは、柔道界にとってもよかったかも知れない。

永田町は、人使いが荒いところである。

それぞれの人を見て、その人に相応しい仕事を割り振ればよさそうなものだが、大抵の場合は選挙の際の広告塔や人寄せパンダぐらいの役割しか割り当てられない。芸能界から政治の世界に転進した人の場合も、大体はそうである。

勿論、何にでも例外はある。

その例外的なポジションを獲得するためには、相当の覚悟と勉強、そしてそれなりの運が必要である。
運は自分ではなかなか掴まえられない。

まあ、運のいい人の傍にいることですね。

谷さんは、政治の世界から離れることで運を掴まれたようだ。
結構なことである。


編集部より:この記事は、弁護士・元衆議院議員、早川忠孝氏のブログ 2018年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は早川氏の公式ブログ「早川忠孝の一念発起・日々新たに」をご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 21:00:23 +0000 Mon, 15 Jan 2018 21:00:23 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030554.html 韓国人はなぜ90年代から日本を憎むようになったのか http://agora-web.jp/archives/2030554.html 慰安婦問題をめぐる日韓合意は事実上、白紙に戻った。日本にまた謝罪を求める文在寅大統領は異常だが、これは昔からの問題ではない。80年代までは、こんなに強い反日感情はなかった。韓国政府が戦時賠償の話を蒸し返すようになったのは、1990年代に軍事政権から民政に移行した後である。

歴史的に、朝鮮民族は分裂に悩んできた。日本の植民地時代には「日本国民」としてのアイデンティティを与えられたが、それに満足しているわけではなかった。それが戦後、民族として自立するチャンスを与えられたと思ったら、南北に分断されてしまった。

これは東西ドイツに似ている。伝統的にドイツの中心だったプロイセン地方もベルリンも東ドイツになり、西ドイツは求心力を失った。彼らを統合したアイデンティティは、ナチスの戦争犯罪を徹底的に追及して「ナチスは悪かったがドイツ人は悪くない」と主張することだった。

分断国家では、ナショナリズムは単なる思想ではない。いつ攻撃してくるかわからない隣国と戦争するとき、どっちの国のために命を捨てるかという切実な問題である。1993年までの軍事政権では、国民を統合したのはあからさまな暴力だったが、民政に移行すると、自由と民主主義では国民を統合できなくなった。

慰安婦問題をこじらせたのは韓国初の文民大統領、金泳三だった。彼は日韓基本条約で決着していた補償問題を蒸し返し、1993年の河野談話をいったん了解したが、またカネを要求したので、日本政府が「アジア女性基金」をつくった。

その後も慰安婦問題は、和解したようにみえて蒸し返された。それはドイツ人が地球の果てまでナチスを追いかけたのと同じく、わかりやすい悪を作り出すことで国民的なアイデンティティを維持する負のナショナリズムだった。

だがホロコーストに比べると、慰安婦問題は悪としてのインパクトが弱く、証拠もなかった。2000年代にそれを再燃させた最大の原因は、朝日新聞である。分断国家では、同胞を非難するより隣国を非難するほうが政治的に安全だ。日本人がみずから「私はナチスです」と名乗り出たのだから、これをたたかない手はない。

韓国人の反日感情は、ある意味では分断国家の宿命ともいえるが、国家=国民の境界が自明な日本人にはわからない。それは朝鮮民族の問題なので、日本が解決することもできない。最終的に解決するのは、分断国家が終わるときだろう。

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Mon, 15 Jan 2018 09:30:15 +0000 Mon, 15 Jan 2018 09:30:15 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030573.html http://agora-web.jp/archives/2030561.html http://agora-web.jp/archives/2030557.html http://agora-web.jp/archives/2030547.html
http://agora-web.jp/archives/2030553.html 組織票で乗っ取られる危険性 ⁈ 都民による事業提案制度の課題 http://agora-web.jp/archives/2030553.html こんばんは、都議会議員(北区選出)のおときた駿です。

●都民提案事業を初めて予算(ホウドウキョク)

年明けから都庁では知事査定による予算策定プロセスが進んでいるわけですが、これまで何度かブログでも取り上げてきた「都民による事業提案制度」で9件・約8億5千万円分の採用が決定されたようです。

まだ財務局公式サイトでは発表されていないものの(私が発見できないだけ?)、最多得票の自転車整備新事業や、不妊治療体制を整備した企業に奨励金を出す事業などが採用されたとのこと。

過去記事:
あなたの一票で、都の政策が決まる!「都民による事業提案制度」ネット投票を受付中

ただ気になるのが、18歳以上の都民を対象とした「ネット投票」の投票数です。

東京新聞の記事によると、投票総数は4,185票で、最多得票を獲得した自転車整備事業でも851票の得票しかないようです。

…うーん。。これだと、ちょっと気合を入れて組織票を動かせば予算を獲得できるレベルです。

本事業には「一部の都民の声だけで予算を決めて良いのか?!」との批判が当初よりありました。

18歳以上の有権者は約1100万人ですから、投票率にしてわずか0.037%程度。実際の選挙よりずっと敷居の低い「ネット投票」ができたにもかかわらず…です。

もちろん投票結果は政策決定における1つのファクターであったとしても、これで10億円近い予算が決定されてしまうことには、懸念を感じる人が多いでしょう。

ただ、私は当初からこの「オープンガバメント」を目指す試み自体には非常に肯定的です。投票の輪が広がらなかったことは残念であり、私自身ももっと周知に力をいれるべきだったと反省しています。

今回の投票数の結果は真摯に受け止め、次年度以降に拡大するためには、都民をもっと巻き込む仕組み作りが必須といえます。

もちろん、今回採用された事業が効果を発揮することも何より重要ですので、2月以降の議会でしっかりと採用された事業の中身や金額についても精査していきたいと思います。

それでは、また明日。


編集部より:この記事は東京都議会議員、おときた駿氏(北区選出、かがやけ Tokyo)のブログ2018年1月15日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はおときた駿ブログをご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 08:00:55 +0000 Mon, 15 Jan 2018 08:00:55 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030552.html 河合塾広告「自分の夢まで、自己採点しないでください。」に疑問 http://agora-web.jp/archives/2030552.html

全国紙各紙にセンター試験の問題と回答が。もうすぐ新テストに移行するんだな。

共通一次試験からセンター試験に移行したばかりの世代だ。当時から、センター試験前後の新聞で、予備校の高校を見る度に首を傾げていた。何かこう、嫌らしいな、と。「落ちたらウチに来てね」と言っているようなものではないか、と。

札幌では、代々木ゼミナールが札幌駅北口にあり。当時は浪人することを「北口コース」と言っていたような。あぁ、北口に行くのか、と思ったり。

いや、気持ちも意図もわかる。別に「落ちたら来てね」と言いたいわけではないし。だいいち、最近では浪人してまで大学に行く率へ私が受験生だった頃に比べて減っているわけで。予備校も「落ちてから行くところ」ではなく、高校に通いながら通うところでもあるわけで。

さらに、この手の広告を見るのは受験生とは限らないわけで。新聞という媒体特性を考えると、その親や、今後、子供が受験をするという親が対象だろう。

とはいえ、今日の河合塾の広告「自分の夢まで、自己採点しないでください。」には首を傾げてしまった。えっと、どういう意味なんだっけ。自己採点の結果がどうであれ、夢を追いかけろという話なのだろうか。

もっとも、大学進学=夢の実現への一歩とは限らないわけで。なんとなく大学に行くという層もいるだろう(それはそれで、否定してはいけない)。第一、夢なんてものは誰もが持てるわけではない。それは個人の能力・資質・意欲だけの話ではなく、社会の問題でもあるわけで。

あと、夢は誰かに評価されるわけではなく、あくまで自己採点でもいいのではないか、と。

というわけで、感動させる気、満々の広告のようで、色々、考えてしまった。

私個人の話で言うと、「夢」とか「希望」という言葉についつい熱くなってしまい。あぁ、実力はともかく理想高いかもとか、だから疲れるんだなと思ったりし。

「村上春樹さんのような、小説家になりたいですぅ」


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2018年1月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 08:00:41 +0000 Mon, 15 Jan 2018 08:00:41 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030550-2.html 品性というもの http://agora-web.jp/archives/2030550-2.html 森信三先生いわく、「人間のネウチというものは、その人が大切な事がらにたいして、どれほど決心し努力することができるかどうかによって、決まるといえる」とのことであります。

あるいは、「人間の真のネウチというものは、一、その人がどれほど自分の仕事に忠実であるかという事と、もうひとつは、二、心のキレイさにある」とか、『人間の真の値打ちは、その人がどこまで「人のお世話」が出来るかどうか、という一事に帰する』とも先生は述べられており、人間の値打につき他にも色々な言い方をされています。

当該テーマで私見を申し上げますと、これまで私は『人間の真の値打ち』(15年10月15日)や、『人間の価値とは?』(16年8月9日)等と題したブログを書きましたが、とどのつまり品性こそが最も大事な人間の値打であり、そこに尽きるのではないかと思っています。

例えば嘗て幾度か御紹介したように、ピーター・F・ドラッカーもその著書の中で「経営者が為さねばならぬことは学ぶことが出来る。しかし経営者が学び得ないが、どうしても身につけなければならない資質がある。それは天才的な才能ではなくて、実はその人の品性なのである」という表現をしています。

御先祖様から脈々と受け継いできている「血」、どのような環境の中で育ってきたかという「育ち」、そして「学問修養」が人間を形成する三要素です。「血」や「育ち」を変えるのは非常に難しいことですが、「学問修養」によっては変えることも可能となり、そしてまた、自分の品性を高めて行くことが出来るようになります。

森先生も「人間の修養上、最大の難物」と述べておられる通り、人間としての品性を高位に保つのは大変難しく、だからこそ平生の心掛けを大事にすると共に、必死になって学問修養をして行かねば、品性というものは決して磨かれ得ないのです。

先生の言葉を借りて言えば、「気品を身につけるには、依然として修養によって心を清める以外に、その途のないことが明らかなわけ」で、「人間の人格的価値を言い表す上において、この気品という言葉ほど適当なものは、外にはない」でしょう。様々な事柄の結晶がそこに凝縮され結果として、品性ということで全人格的に集約されるのだと思います。

BLOG:北尾吉孝日記
Twitter:北尾吉孝 (@yoshitaka_kitao)
facebook:北尾吉孝(SBIホールディングス)

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Mon, 15 Jan 2018 06:38:22 +0000 Mon, 15 Jan 2018 06:38:22 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030551.html ビットコインをクレジットカードで購入したアメリカ人に、驚愕の事実 http://agora-web.jp/archives/2030551.html

19世紀半ば、アメリカ人は一攫千金を夢見て西海岸を目指しました。

2010年代も後半に差し掛かり、いまアメリカ人は仮想通貨へ向かっています。

アラバマ州証券委員会のディレクターであるジョセフ・ボーグ氏は2017年12月、ビットコイン購入のために持ち家を担保にホーム・エクイティ(住宅の正味価値(評価額マイナス残債)を融資限度とし、融資を受ける仕組み)やクレジットカードのキャッシングを使用していると警鐘を鳴らしました。こうした状況を踏まえ、「狂乱期にある」と付け加えることも忘れません。以前に「ビットコインをクレジットカードで買う」との検索ワードが急上昇中とお伝えしましたが、遂にホーム・エクイティに手を出すアメリカ人まで飛び出すとは、恐るべしです。

ローン調査会社LendEDUが672名のビットコイン投資家を対象に行った調査では、別のリスクが見えてきました。全体の18.2%がクレジットカードでビットコインを購入していたというではありませんか。

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(出所:LendEDU)

さらに驚愕すべき点がございます。クレジットカードで購入した22.1%が「未払い」だったのですよ。

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(出所:LendEDU)

米11月消費者信用残高は前月比280億ドル増(年率換算の前月比では8.8%増)と、実に16年ぶりの高い伸びを記録していました。そのうち、クレジットカード動向を表す回転信用が112億ドル増と年初来で最高を記録し、全体を押し上げています。デレバレッジを背景に暫く落ち着いていたクレジットカード債務残高の急増が、まさかビットコイン購入が一因となってもたらされるなど、誰が想像したでしょうか。

クレジットカードでビットコインを購入するにあたって、落とし穴が潜みます。その手数料にあり、例えば最大の取引所であるコインベースの手数料は3.99%なんですね。手数料を気にせずにクレジットカードでビットコインを購入する皆様は、ビットコインのリターンで取り返せる自信がおありのようです。

(カバー写真:CafeCredit.com/Flickr)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2018年1月14日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 06:00:36 +0000 Mon, 15 Jan 2018 06:00:36 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030550.html 10人に小さな発見を与えれば1000万人が動き出す http://agora-web.jp/archives/2030550.html

山口哲一さん著「10人に小さな発見を与えれば1000万人が動き出す」。
コンテンツとITのプロデューサにして、なんつーベタなタイトルですか。
と思いつつ読むと、音楽、テレビ、書籍、ニュース、IoTを横断して、コンテンツとデジタルとのこれからを解く。コンテンツからテクノロジーを見るという視線が同じなので、ぼくには読みやすい本です。

音楽はCD中心の市場。TVはNHK民放体制による非ネット囲い込みビジネス。書籍はマンガが中心。新聞は1000万部もの部数の宅配網。日本のコンテンツは特殊なガラパゴスです。

これを活性化するため、山口さんはコンテンツ系起業家支援の「Start Me Up Awards」を主催しておられる。ぼくも協力しています。デジタル特区CiPとの連携も強めたいと考えています。

そんな業界の中でも、山口さんは特に音楽とITとの乖離を懸念します。日本での音楽とITとの乖離は、米オースティンのイベント、サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)が30年かけてインディーズ音楽からIT系へと進化・拡大してきたのを見ると危機感が募ります。

かつてソニーがCBSを買い、東芝とEMIが一体化するなど、ハードとソフトは蜜月でやってきました。AppleもGoogleもAmazomも、ハード+コンテンツで覇を競います。ところがいま日本は録音録画補償金を巡り音楽業界とメーカが裁判で対立。互いに余裕がありません。

山口さんは、人の定義は「ホモ・コネクシャス」つまりネットにつながっている動物だとします。なるほど。ぼくをSXSWに呼んで「ヒューマニティの拡張」というお題で一席設けてくれたのは、このことだったんですね。今わかりました。

SXSWに呼ばれたぼくは、ヒューマニティの拡張とかけて「超人スポーツ」と解きました。そのココロは。AIとロボットでヒマになる人類に残されるものはスポーツで、それら技術に人類が求めるのは身体と精神の拡張だから。

そして本書は、次はウェアラブルだと期待しています。ぼくも期待し続けているんですが、これも課題はコンテンツですね。

最後に「コンテンツの価値は経済性だけでは測れない」「音楽が人を救ってもCDアルバムは3000円」と問いかけます。そう、そこが今日的なテーマです。

技術でコンテンツは生産も流通も消費も爆発的に量的な拡大をみせました。だが産業としては縮小傾向です。ではコンテンツの価値は下がっているのか?いや、量的爆発に伴い、世の中での重要性も増している。だがそれを測るすべがまだありません。

ITの価値をGDPで測ることへの異議をMITブリニョルフソン教授らも唱えています。総務省でもその疑問に応えるべく手法の開発に(たぶん世界で初めて)取り組んでいます。ただ納得のいく結論を得るのは簡単ではありません。

コンテンツと技術。この近くて遠い「と」が問題。MITメディアラボが属する学科はArt&Science。この「&」が問題。しばし問いかけ続けましょう。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年1月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 02:30:56 +0000 Mon, 15 Jan 2018 02:30:56 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030549.html 世界的な株高と原油高でデフレ脱却もイメージか http://agora-web.jp/archives/2030549.html 2018年の東京株式市場はまさにロケットスタートとなった。米国株式市場の上昇などを材料に大発会の4日には700円を超す上昇となり、昨年末に付けそうで付けなかった23000円を突破してきた。

日経平均株価の最高値は1989年12月末大納会につけた38915円となる。ここがピークとなり、いわゆるバブル崩壊が始まる。そのバブル崩壊後の安値が、2009年3月10日の7054円となった。38915円から7054円下落の半値戻しが、22984円となる。つまり日経平均で抜けそうで抜けなかったのは23000円というよりも、この半値戻しの水準と言えた。

相場の格言によれば「半値戻しは全値戻し」とされる。つまり格言通りとなれば、年内の高値予想の25000円どころか30000円台、さらには40000円すら見えてくることになる。今の勢いがこのまま継続するとなれば絶対にないとは言えない。米国株式市場ではすでに株価指数は過去最高値を更新し続けている。

米国を中心とした日本を含む世界的な株価の上昇の背景には、世界的な景気の拡大がある。2度の世界的な金融経済危機が後退するなか、日米欧の大規模な金融緩和は続いており、過去に例のない過熱感なき過剰流動性相場と業績相場が同時進行しているような構図となっている。

もちろんリスクについても目を配る必要はあるが、そのリスクも見えなくなりつつある。例えば北朝鮮リスクについては、韓国で2月に開催される平昌冬季オリンピックに北朝鮮が参加する意向を示している。この目的もいろいろと推測されようが、少なくとも懸念された軍事衝突の可能性は後退している。中東情勢なども無視はできないものの、世界的な危機を迎えるような状況でもない。

それよりも日本の株価に好材料となりそうなものがいくつか存在している。たとえば新元号のスタートや東京でのオリンピック開催などの大きなイベントである。これらをきっかけに、なかなか伸びない個人消費が今後上向いてくる可能性もある。雇用もタイト化しており、企業業績の改善が続けば、賃金等にも反映され、個人消費が拡大を示す可能性がある。

あまりに楽観的な見方も禁物ではあるが、ひとつのシナリオとして日経平均の3万円台回復を挙げても良いのではなかろうか。さらにここにきて原油価格が上昇しつつあり、こちらもチャート上ではWTIの100ドルあたりまでの上昇の可能性が出てきた。これは物価に直接反映されることで、デフレ脱却もイメージされる可能性がある。そうであればさすがに金利も動意を示すことも予想される。日銀の物価目標を柔軟化させる機会が訪れる可能性もあるかもしれない。


編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2018年1月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 02:30:48 +0000 Mon, 15 Jan 2018 02:30:48 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030548.html なぜ、金(ゴールド)よりも「2つのコイン」にすべきなのか? http://agora-web.jp/archives/2030548.html

昨日は2つのセミナーの掛け持ちでした。午前中はオウチーノの不動産投資フェアのゲストとして登壇。午後からは、ユニバーサルコインズの新春フェアーで投資家の皆様に資産運用全般のお話をしました。

アンティークコインのフェアでのセミナーでしたが、来場者の1番の関心は、なぜか仮想通貨でした(笑)。

表は、当日のセミナーで使った3つの資産を比較したものですが、これを見ると金を保有するよりは、アンティークコインと仮想通貨という「2つのコイン」を保有した方がメリットがあることがわかります

アンティークコインは、きらびやかで保有することに喜びを感じるという点で金と似ていますが、発行枚数が限られていて希少性があるという点と、相続税の節税メリットがあるという点で有利です。また、持ち運びが簡単で、資産を自分で持ち出すことも可能です。

仮想通貨は、他の2つの資産と比べるとバーチャルな存在でリアリティーが無いというデメリットがあります。しかし、金と比較するとやはり希少性という点でメリットがあります。資金の移動手段としては、3つの中では一番優れていますが、問題は価格の変動率が大きく、資産の置き場所としての安定感に欠けることです。

このように整理をしていくと、金はアンティークコインや、仮想通貨と比べて投資対象としてのメリットが相対的に小さいというのが私の考えです。私は、金だけは今まで保有したことは1度もありません。

資産運用で活用すべき資産は、単に高いリターンが望めると言うだけではなく、税制や流動性など多面的な比較を行い、自分に合った資産を選択することが重要です。

これは今回比較した3つの資産に限った話ではなく、全ての対象を相対比較して、ベスト資産を見つけ、それらを組み合わせてアセットアロケーションを作っていくことで、投資の成果を最大限に高められるのです。組み入れる資産が変わっても、アセットアロケーションの重要性は変わることはありません。

■ 毎週金曜日夕方に配信している無料のメールマガジン「資産デザイン研究所メール」。メールアドレスとお名前を登録するだけで、お金の不安を解消するための具体的な方法をご紹介します。

■ 新刊「初めての人のための99%成功する不動産投資」、シリーズ累計19万部となった「初めての人のための資産運用ガイド」など、今までに出版された書籍の一覧はこちらから。

※内藤忍、及び株式会社資産デザイン研究所、株式会社資産デザイン・ソリューションズは、国内外の不動産、実物資産のご紹介、資産配分などの投資アドバイスは行いますが、金融商品の個別銘柄の勧誘・推奨などの投資助言行為は一切行っておりません。また、投資の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。


編集部より:このブログは「内藤忍の公式ブログ」2018年1月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は内藤忍の公式ブログをご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 02:30:46 +0000 Mon, 15 Jan 2018 02:30:46 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030547.html 独「大連立」は国民の支持得るか http://agora-web.jp/archives/2030547.html ドイツで12日、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)のメルケル首相とその姉妹政党、ミュンヘンの地域政党「キリスト教社会同盟」(CSU)のゼ―ホーファー党首、そして「社会民主党」(SPD)のシュルツ党首の3首脳が大連立政権発足の予備交渉を終えて記者会見に臨んだ時、CDU/CSUとSPDの大連立政権の再現はほぼ確実となったと受け取られた。3党首からは昨年9月24日の連邦議会選(下院)後続いてきた「新政権空白」の政治危機を乗り越えたといった満足感すら感じられたほどだ。その1日後の13日、SPDのザクセン州党大会は大連立政権に反対を表明したのだ。

▲大連立交渉で楽観的な見通しを語るシュルツ党首(2018年1月11日、SPD公式サイトから、写真ドイツ通信)

▲大連立交渉で楽観的な見通しを語るシュルツ党首(2018年1月11日、SPD公式サイトから、写真ドイツ通信)

ドイツのザクセン=アンハルトルト州党大会で同州青年部が提出した大連立反対の動議が52票対51票の微差ながら採択された。同州SPD青年部はCDU/CSUとの大連立発足に反対を宣言し、「他の選択肢を探すべきだ」と主張している。

ちなみに、同州党大会にはガブリエル外相が招かれ、大連立交渉の支持を訴えたが、成果はなかったわけだ。大連立反対派は、「大連立交渉でわが党の政策は余り反映されていない」と主張し、難民政策でCDU/CSUの難民受け入れ最上限導入を容認したことに批判が集まった。

SPD党幹部会は12日、賛成多数で大連立交渉に「GO」を出した。それを受け、SPDは今月21日、臨時連邦党大会を開催し、予備交渉の結果を報告し、大連立交渉を支持するか否かを最終決定することになっているが、その矢先にザクセン州SPD大会で反対が多数を占めたわけだ。シュルツ党首はショックを隠し切れない。

もちろん、党大会でのサクセン州党代表は7人だ。党全体(600人)への影響は少ない。しかし、大連立に反対しているのはザクセン州だけではない。「メルケルCDUとの大連立はもうコリコリだ」といった声がSPD内左派から急速に飛び出してきている。

最大の党員数を誇るノルトライン=ヴェストファーレン州のSPD内でも大連立に対して懐疑的な意見が多い。ヘッセン州SPDでは13日、予備交渉で合意した内容に追加要求の声が出てきた。メクレンブルク=フォアポンメルン州のマヌエラ・シュヴェーズィヒ州首相(SPD)は「大連立の再現には懐疑的だ」とメディアとのインタビューに応えるなど、大連立発足の見通しは不透明感を帯びてきたのだ。

党内の大連立反対派に対し、シュルツ党首は、「交渉では基本年金の見直し、短時間労働者の権限強化などの要求を貫徹した。難民政策では年間18万人から22万人の受け入れで一致したが、最上限導入を受け入れてはいない」と反論し、「予備交渉では党が要求した80%の内容は受け入れられた」と説明、党大会で理解を求める考えを明らかにしている。

CDU/CSUとSPDの大連立交渉がスタートできない場合、メルケル首相に残された選択肢は少数政権を発足するか、新たに選挙を実施するかの2通りしかないが、両者のシナリオは「政治の安定」というメルケル首相の期待に応えるものではない。結局、新鮮味に欠けるが、政治の空白を克服するために大連立政権の発足以外にない、というのがドイツの現状だ。その際、閣僚に若手を投入するなど人事面で新風を吹き込むなどの対応が必要だろう。

世論調査によると、ドイツ国民は大連立の繰返しより、新たな選挙の実施を願っている。メルケル首相のCDU/CSUは昨年9月の総選挙で第1党の地位こそ維持したが、前回2013年の得票率を8・6%減少させた。一方、SPDは前回比で得票率では5・2%減に留まったが、20・5%の得票率は党歴代最悪の結果だった。その両党の大連立政権の焼き直しに国民は納得するだろうか。CDU/CSUとSPDが越えなければならないハードルは高い。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 02:30:24 +0000 Mon, 15 Jan 2018 02:30:24 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030546.html 解雇規制が緩和されると困る人たち http://agora-web.jp/archives/2030546.html

先日、解雇規制緩和に対する非常に分かりやすい論評を読んだので改めて紹介しておこう。

【参考リンク】なぜ日本で「解雇規制の緩和」が進まない? 倉重弁護士「硬直した議論はもうやめよう」

ポイントは、筆者が常々言っているように例えば一年分の基本給を支払うことで解雇が可能となるような金銭解雇ルールは、労働者の過半数を占める中小企業の従業員にとっては事実上の規制強化だという点だ。従来そんなものなしに「あのさあ、今月でクビだから」とか言われて数万円でクビになることも珍しくなかった中小の従業員は、これでおいそれとクビを切られなくなる。

一方で、そうなってしまうと困る人たちも存在する。まずは、一般的に早期退職募集で2年分以上の年収が退職金に上乗せ支給される大企業の正社員(=連合)がそうだ。そういう大企業正社員にとっては「たかが年収1年分程度のはした金でクビになる金銭解雇ルール」なんて悪夢でしかない。ちなみに筆者が知る限り最高の早期退職募集案件は天下の朝日新聞社の「年収の5割相当を10年間支給」というもの。もちろん、朝日新聞は社をあげて解雇規制緩和には否定的なスタンスだ(笑)

【参考リンク】早期退職で年収の半分を10年間支給 朝日新聞の制度にネットは「うらやまし~」

くわえて、クビにする従業員にまとまった金額を払わねばならなくなる中小企業の経営者も、金銭解雇ルールには猛反対だ。

そして、意外な人たちも反対している。それは、主に労働者と仕事をする労働弁護士だ。この人たちは解雇されたり不当な扱いを受けた労働者と組んで、会社からお金を引っ張るというビジネスモデルで稼いでいる。それ自体どうこう言うつもりはないが、彼らは金銭解雇ルールが実現してしまうと貴重な飯の種を失うことになる。まして労基法に金銭解雇が明記され「十分な金額が払われずにクビにされました」と労働者が労基署に駆け込むだけで労基署が摘発に動けるようになってしまったら間違いなく仕事激減だろう。だから彼らはせっせと情報弱者の啓蒙活動に励むことになる。

【参考リンク】「お金さえ払えばクビにできるようになる」 連合や弁護士らが「解雇の金銭解決制度」の危険性を指摘

あのさあ、手切れ金が年収10年分って、それ朝日新聞でしょ。中小でそんな払う会社なんてあるわけないでしょ(苦笑)
リベラル面して、社会的に立場の弱い中小企業労働者の保護に反対するんじゃないよ。

というわけで、こと解雇規制緩和問題については普段あまりお付き合いのない、というかむしろ仲の悪い3者がタッグを組んでいる状態だ。

中小経営者「使えない社員クビにするのに1年分の基本給とか笑わせんじゃないよ」
連合   「中小企業の人たちと同じ扱いなんて冗談だろう、てか頑張ってマトモな会社入らなかった奴らの自己責任」
労働弁護士「勝手にオレの仕事無くすんじゃないよ」

それにしても、住んでる世界も価値観もてんでバラバラな上記3者ががっちり握手してるわけだから、おカネの力ってすごいね。おカネに比べたらイデオロギーなんてゴミみたいなもんだ(笑)


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2018年1月15日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。

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Mon, 15 Jan 2018 02:30:24 +0000 Mon, 15 Jan 2018 02:30:24 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030543.html 浜ちゃんは“フラットフェイス”だ http://agora-web.jp/archives/2030543.html

騒動後に妻の小川菜摘さんのインスタ投稿が話題になった浜田雅功さん(インスタグラムより:編集部)

大学を卒業した私は、スポーツライターとなった。小学校教員となるまでの7年間、オリンピックやサッカーW杯など様々なスポーツイベントを取材する機会に恵まれた。なかでも最も力を入れて取材をしていたのがプロ野球。暇さえあればグラウンドに足を運び、選手やスタッフの方々にお話を聞かせていただいた。

各チームの監督に取材させていただく機会も多くあった。電動車椅子に乗った手足のないスポーツライター。取材を受ける側にとっても、恐らくは初めての体験だろう。さぞ戸惑わせてしまったことと思う。

私に対する監督たちの対応は、大きく3つのタイプに分けることができた。どう接したらいいのかわからず、表情を硬くする監督。「障害者なのによく頑張って」と過剰な評価をしてくださる監督。そして、私の障害にまったく気を留めることなく、淡々と野球の話だけをする監督。

3つ目のタイプには、「ファンのみなさま、おめでとうございます」という、ほんわかした名言でも知られる若松勉監督(当時ヤクルトスワローズ監督)や、野球界きっての理論派である野村克也監督(当時阪神タイガース監督)がいた。

先に断っておくが、どのタイプの監督からも障害者を差別する気持ちは感じられなかった。ただ、障害を抱えるスポーツライターとしてもっとも居心地が良く感じられたのは、若松監督や野村監督をはじめとする3つ目のタイプの方々だったことは間違いない。彼らには差別する心はもちろん、区別や遠慮という“心の壁”も感じなかったからだ。

一方、私はこれまで数多くのバラエティ番組にも出演してきた。『五体不満足』が出版されて数年後のこと。今や多くの番組で司会を務めるほどの人気者となったあるお笑いコンビと共演させていただく機会があった。

普段は毒舌で鳴らす彼らであったが、この日の収録では私に対して明らかに戸惑いの表情を浮かべ、どういじったらいいのか、それともいじってはいけないのかと対応に苦慮している様子だった。そう、監督でいえば、1つ目のタイプの方々だったのだ。

この番組を観たネット民は辛辣で、「いつもの毒舌はどうした」「まるで借りてきた猫じゃないか」といつもの芸風を発揮できなかった2人をなじるコメントが相次いだ。

私はこのお二人に心から申し訳なく思った。いくらお笑い芸人といえども、それぞれが育ってきた境遇は異なる。これまで障害者と接してきた経験がなければ、いくら話芸のスキルが高くても、私のような“イロモノ”をいじることはそう容易いことではないはずだ。

それ以来、バラエティ番組に出演することに多少の戸惑いを抱えていた私だったが、スポーツライターをしていたことから、当時の人気番組『ジャンクスポーツ』から出演オファーをいただいた。これならバラエティ番組といえどもスポーツ色が強い番組だ。ありがたくオファーを承諾させていただいた。

ところが、ここで私の悪癖が顔を出す。真面目にスポーツの話だけをしていればいいものの、ついつい小ボケを挟みたくなる性分なのだ。そんなどうしようもない私に容赦ないツッコミを繰り出したのがメイン司会を務める浜田雅功さんだった。

「乙武、おまえアホか!」
「おい、いい加減にせえよ!!」

それらのツッコミは、バラエティ番組に出演することに躊躇を感じていた私の心を見事に解きほぐしてくれた。若松監督や野村監督と同じように、浜田さんのツッコミからも、差別の心はもちろん、区別や遠慮も感じられなかった。それが何より私には心地良かった。

年明けから議論を巻き起こしている“ブラックフェイス”問題。「差別する意図はなかったのだから問題ない派」と「国際的な視野に立てば完全にアウト派」が意見を戦わせている。今後、国内での番組づくりにおいては、こうした議論に注意深く耳を傾けていく必要があるだろう。

しかし、私が伝えたいのはそのことではない。今回、ブラックフェイスで槍玉に挙げられている浜田雅功という芸人は、つねに差別という問題と隣り合わせで生きてきた私にとって、差別も区別も、そして遠慮も感じることなく接することができた数少ないタレントの一人である、ということだ。

誰にでも分け隔てなく接してくれる浜田さんは、ブラックフェイスというより、本来は“フラットフェイス”なのだ……と、こんな書き方をしたら、今度は「アジア人差別だ」と怒られてしまうのだろうか。


編集部より:この記事は、乙武洋匡氏のオフィシャルブログ 2018年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は乙武洋匡オフィシャルサイトをご覧ください。

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Sun, 14 Jan 2018 21:01:14 +0000 Sun, 14 Jan 2018 21:01:14 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html http://agora-web.jp/archives/2030576.html http://agora-web.jp/archives/2030562.html
http://agora-web.jp/archives/2030534.html 【映画評】目撃者 闇の中の瞳 http://agora-web.jp/archives/2030534.html

2007年。新聞社の実習生シャオチーは、ある嵐の夜、台北郊外の山道で高級車同士の当て逃げ事故を目撃する。シャオチーはとっさに犯罪現場とその場から逃走した車の写真を撮るが、その写真がボヤけているという理由で記事にはならず、犯人もつかまらなかった。それから9年後、敏腕記者になったシャオチーは、買ったばかりの中古の高級車が、9年前に目撃した事故車だったと知り驚く。シャオチーは先輩記者マギーの協力を得て、事故の真相を調べ始めるが、それ以降、シャオチーの周囲では不可解な出来事が起こり始める…。

ある交通事故にまつわる謎とその先に待つ恐ろしい真実を描く台湾発のサスペンス・スリラー「目撃者 闇の中の瞳」。主人公シャオチーが記者魂で粘り強く事件を調べるのだが、浮上する謎の数がハンパなく多い。現場から逃走した謎の加害者、事故直後に失踪した被害者女性、自分が撮った証拠写真の一部が削除された痕跡、逃走車の所有者として浮かび上がった意外な人物、すべての謎の周囲にうごめく不気味な影。さらに事故と同じ日に発生した身代金目的の幼女誘拐事件も何やら関わりがある様子。これだけ謎や伏線があるとその回収に苦労しそうだが、ことごとく予想外の方向から真相が浮き彫りになっていくので、一瞬も気が抜けない。シャオチーが簡単に重要ポイントにたどりつくなど、時にはご都合主義もあるのだが、尋常ならざる緊張感の持続で突っ走ってしまう。

台湾映画といえば、歴史を通じて台湾人のアイデンティティーを追求した巨匠ホウ・シャオシェンや、みずみずしい青春映画が得意のエドワード・ヤン監督の作品群が思い浮かぶ。サスペンスやミステリーは時々登場するが、その印象は薄かった気がする。だが、本作はそんな思い込みをあっさりと覆してくれた。事故車にまつわる謎で、これはもしやホラー映画?と思わせておいて、すぐに物語は陰謀めいたミステリーへと変わる。そこで真犯人の解明と華麗な謎解きならば普通なのだが、本作はそこからの“飛躍”がすごい。そこには、想像を超える恐ろしい闇が広がり、人間が持つどす黒い欲望が露わになる。現在進行形の謎解きと回想シーンが巧妙に入り乱れるストーリー展開、手持ちカメラのリアルな映像が、観客をいやがおうでも“目撃者”にするのだ。一筋縄ではいかないエンタテインメントを作ったのは、これが長編第2作となるチェン・ウェイハオ監督。この人の名前は憶えておこう。
【75点】
(原題「目撃者/WHO KILLED COCK ROBIN」)
(台湾/チェン・ウェイハオ監督/カイザー・チュアン、ティファニー・シュー(シュー・ウェイニン)、アリス・クー、他)
(悪夢的度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2018年1月14日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Twitterから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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Sun, 14 Jan 2018 21:00:56 +0000 Sun, 14 Jan 2018 21:00:56 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030541.html 比較例文でわかりやすく習得できる実践的文章本 http://agora-web.jp/archives/2030541.html 拙著「説得の戦略」P196で、アメリカの行動科学者シーナ・アイエンガーと社会学者のマーク・レッパーが行った実験を紹介しています。

高級スーパーマーケットの中に2か所の試食コーナーを設けました。そのうち1か所は6種類のジャムを、もう1か所には24種類のジャムを置きました。その結果、選択肢の多い後者のコーナーに立ち寄った人の3%しかジャムを買わなかったのに対し、選択肢の少なかった前者のコーナーでは30%もの人が買いました。

これは、選択肢が多くなると選択することにストレスを感じ、選択そのものを放棄してしまうという人間心理を証明した実験です。

あなたが男性で、美人コンテストの審査員になったとしましょう。

10人の美女の中から1人を選ぶのは(よほど好みがはっきりしていない限り)悩ましい状況に陥ることが多いでしょう。

しかし、目にの前に2人の女性を並べられて、「どちらが美人か?」と問われれば、即断できるだけでなくその理由も言えるのではないでしょうか?

「私は右の女性の方が美人だと感じる。目元が美しいからだ」というように。

女性が「イケメン男性」を選ぶ時も同様でしょう。

「キムタクと福山雅治のどっちが好き?」と問われれば、結論と理由がすぐに浮かぶはずです。

このように、最小単位である「2つに1つ」を提示することが、人間にとって最もわかりやすい比較方法なのです。

選択肢が増えてしまうと、即決で選べても理由が曖昧になってしまうものです。

「雰囲気が好きだ」というふうに。

二者択一はいずれかの良否とその理由を考える際に、人間にとって最もシンプルかつ効果的な方法なのです。

それを文章の書き方で実現したのが、「あなたの文章が劇的に変わる5つの方法」(尾藤克之著 三笠書房)です。

本書を手にした私の第一印象は、「二色刷りでとても読みやすく、どこから読んでも使えそうだな〜」というものです。

すべての例文が二者択一になっている訳ではありませんが、短文の例がスペースを空けて比較されていて、ストレスなく読むことができました。

一つだけ例を挙げると、①総務部の田中課長がカッコいい。②総務部の田中課長はカッコいい。の一文字だけを変えた比較文。あなたが田中課長だとしたら、どちらの方が嬉しいですか?

このように、ほんの一文字や一工夫で文章全体のインパクトを変える方法が、具体例をを示しながらふんだんに紹介されています。

著者の議員秘書経験によるものか、丁寧な文章例や相手を思い遣る文例もたくさん例示されています。

不採用のお祈りメールでも「お知らせをお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。採用担当としてもさまざまに顧慮しましたが、力が及びませんでした。」という文章が入っているだけで、会社の誠実さが伝わってきます。

スマホで文字を書くことが多くなったせいか、意味不明の文章や非礼な文章が多くなったように感る昨今、ご一読を強くオススメする一冊です。


編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2018年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。

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Sun, 14 Jan 2018 21:00:26 +0000 Sun, 14 Jan 2018 21:00:26 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030542.html 「国有地売却」その種類と問題提起されるべきもの --- 高幡 和也 http://agora-web.jp/archives/2030542.html

元国有地を含む日本航空高校の敷地(Wikipedia:編集部)

またもや「国有地格安売却疑惑」がマスコミを賑わしている。

山梨県甲斐市の国有地売却について、1月8日付の毎日新聞によると、

…日本航空学園に売られた土地は評価額の8分の1にまで割り引かれ、値引き幅は森友学園にも匹敵する。…

とのことだ。

個別取引の内容について適正かどうかを言及するつもりは無いが、「一般的」には国有地がその評価額から減額されて売却に至ったとしても即座に「格安」であるとは言い切れない。

国有地の売払い方法には二つの種類がある。ひとつは「一般競争入札」で、もうひとつは「随意契約」である。

財務省によると、原則的に国有地は一般競争入札で少しでも高額で売却することとされている。ただし、売却される国有地の全てを一般競争入札にしてしまうと数多くの弊害を招くことになる。

なぜなら売却される国有地には「単独利用可能なもの」と「単独利用できないもの」があるためだ。

例えば、自宅の裏庭に面している土地で、国が所有しているが既に使われていない廃道となった「農道」があるとしよう。そしてこの「農道」は狭小で尚且つ自分以外の第三者が通行したり他の利活用が困難な囲繞地であるような場合、これを一般競争入札とするのは合理性に欠けるし、何よりその土地が第三者の手に渡ってしまうと隣接している自分自身に不利益が生じる可能性もある。

財務局のホームページではこの様な状況を想定した随意契約の詳しい説明がなされている。以下は近畿財務局のHPから引用したものだ。

「随意契約」で一般の方に売払いする普通財産のうち多くは、「旧法定外公共物」です。「旧法定外公共物」とは、かつては田畑や山林はもとより住宅等の中を走る農道、里道、水路・堤塘等の公共的用途に供されていた財産で、現在ではその本来の公共的な機能を失った財産の総称です。これらの財産を隣接土地所有者に売払いするときが「随意契約」となります。これは、このような財産のほとんどが地形狭長で単独利用困難な土地であり、隣接土地所有者しか利用できないことから「随意契約」によることとされています。

この様に「旧法定外公共物」である国有地売却の随意契約には一定の合理性とその必要性が認められている。

では、今回問題の国有地の場合はどうだろうか。冒頭の毎日新聞の同記事内に旧国有地が赤い線で示されている図がある。これを見ると前述の「旧法定外公共物」のいずれかに該当するように見えるし、同記事中に「農道や水路…」との記述もある。だとすればこの国有地売払いが随意契約によってなされたのは妥当だといえるのではないだろうか。

また、特定の国有地売却の価格決定に際しては財務局の「裁量」が働く場合がある。

以下がその根拠となるものだ。

評価財産が、貸付中の財産等、単独利用困難な土地及び堂宇敷地等であって、財務局長が、当該財産の特性を考慮して処分の促進を図る必要があると認める場合には、国の職員が…中略…簡易な評価方法により評定価格を求めることを妨げない。※財務省「財産評価基準 評価の特例」より

この様に一定の条件下であれば、単独利用困難な土地等について「評価の特例」が規定されている。実際の評価の算定については別途(減額譲渡や優遇措置の取扱い等)で詳細に規定されているのだが、この「評価の特例」こそが財務局の裁量範囲を広げすぎていると言われており、これに対する非難の声も高まっている。もちろんその行政担当者の裁量権に「際限」や「監視の目」が必要であることは言うまでもない。ただし、前述したように「旧法定外公共物」の売払いについてはその個別事情と必要性に応じた随意契約や所轄官庁の一定程度の裁量は今後も必要だと思われる。

国有地は国民の財産だ。その売却手続きや売却額には常に「適正さ」が求められる。今後、国有地の適正な売却の為に求められるのは「随意契約や裁量への問題提起」だけではなく、その取引の中身を「可視化」することにこそあるのではないだろうか。「見えること」は疑惑を見つけることも出来るし、疑惑を打ち消すことも出来るのだ。

「ブラックボックス」の中身は思いのほか混沌としたものかもしれないが、逆に案外健全なものかもしれないのである。

高幡 和也    宅地建物取引士

※参考資料 財務省・通達「国有財産評価基準」、同「国有財産特別措置法の規定により普通財産の減額譲渡又は減額貸付けをする場合の取扱いについて」、同「優遇措置の取扱いについて」

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Sun, 14 Jan 2018 21:00:14 +0000 Sun, 14 Jan 2018 21:00:14 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030525-2.html “足なめ男”のニュースをインターネットラジオで解説した http://agora-web.jp/archives/2030525-2.html

写真は番組紹介画像。前列右から時計回り、河野、大類、石川、筆者(敬称略)


最近、インターネットラジオが注目されているようだ。プロトコルを通じて、音声で番組を配信するのでバリエーションも多く、なにより規制がない。さらに、電波ではなくインターネット上にて配信されるため電波法にも抵触しない。主にパソコンやスマートフォンを利用して聴取するので、イマドキのメディアと考えることもできる。

今回、ホンマルラジオの『引出し茂ちゃんの、突っ込み☆ラジオ!』に出演する機会があった。パーソナリティは、河野茂伸さん。他の出演者は、税理士の石川和男さん、女性護身術師の大類織絵さん。石川さんは、新刊「人生逆転! 1日30分勉強法」の紹介、私は、新刊「あなたの文章が劇的に変わる5つの方法」の紹介をした。

石川さん、大類さんに関しては、これまでもインタビュー記事をアゴラで紹介している。また、石川さんは、セミナーのゲストで登壇いただいたこともある。本記事では、今回の番組の様子を簡単にお伝えしたい。

情報源の信憑性とニュース性

リスナーの関心が高いようで、アゴラに投稿しているニュースに話が及んだ。2年ほど前に「足なめ男にご用心!その時あなたはなにを考えるか」を投稿したことがある。

これは、嫌がる女性の足を約35分間なめ続けたなどとして、京都府警生活安全対策課などが、強制わいせつ容疑で、京都市伏見区の配送業アルバイトの男(56)を逮捕した事件である。特異な事件であったことから、お昼のワイドショーや、一部のニュースで大きく扱われた。私は、番組を見ながら少々違和感を感じていた。

テレビのご意見番と言われる方々が、「女性はなぜ逃げなかったのか」「スマホで犯人を撮る時間があれば逃げられた」など、被害者である女性の行動に疑いの目を向けていたのである。「女性はなぜ逃げなかったのか」という点に関して、大類さんは、護身術の専門家として、「ワイドショーなどのテレビ番組は核心を突いていない」と主張した。

逃げなかったのではなく「逃げられなかった」。なぜスマホで撮ることはできたのか。この点は、「恐怖で逃げられなかった。不意の事故や災害に見舞われた場合、70~75%の人が何もできない状況になる」と説明した。私は、イギリスの査読誌『Aviation,Space, and Environmental Medicine』に発表された論文に該当箇所を見つけた。

これは、イギリスの心理学者ジョン・リーチ博士の研究になるが、次のように記されていた。人が不意の災害に見舞われた時、取る行動は次の3つにカテゴライズされる。
(1)落ち着いて行動できる人=10~15%
(2)我を失って泣き叫ぶ人=15%以下
(3)ショック状態になり呆然として何もできない=70~75%

一次情報源の研究論文であることから信憑性が高いと判断し、大類さんのインタビューコメントを採用した。「多くの番組では正しい報道がなされていない可能性がある」「女性は逃げなかったのではなく、逃げられなかった可能性が高い」、この2点を中心にまとめた。結果的にアゴラを含め、転載先のYAHOO!ニュースなどでも読まれた。

その後、「女性はなぜ逃げなかったのか」「スマホで撮る時間があれば逃げられた」という報道が収束したので、それなりの影響力はあったように感じている。アゴラは、ニュースサイトになるので、一次情報源の信憑性とニュース性を重視している。

インターネットラジオの将来性

実は、河野さんは、現役の会社員でもある。どのような理由から、インターネットラジオをはじめようと思ったのか聞いてみたい。

「日々の仕事や、プライベートで知り合った方、ご縁をいただいた方の中で『この人かっこいいな~』『この人の本音を聞いてみたいな~』と思った方にゲストに来ていただきます。生き方、こだわり、『本気』の部分や、普段聞くことが出来ない素顔を引き出して、リスナーに伝える番組をつくりたいなと思ったのです。」(河野さん)

『普段は話さないようなことを、伝えていく番組。異業種交流会みたいな堅苦しいものではなく、どこからでも聞けるようなカジュアルな内容にしようと思いました。ゲストの本音が聞けるまで、掘り下げていきますから大変なときもあります。」(同)

あえて、映像のないラジオにこだわった点は?

「動画TVが流行っていますが、映像がないためラジオは本音が話しやすいという声があります。反響のあったテーマのシリーズ化や、ゲストとゲストをコラボして広がりを持たせることで、面白いことができるのではと思っています。インターネットラジオはまだ未開拓な領域なのでいろいろとチャレンジしてみたいですね。」(河野さん)

既に、インターネットラジオが盛んな米国では、広告市場が1兆円を突破し巨大なマーケットを形成している。日本のインターネットラジオはまさに、夜明けの黎明期といったところだろうか。マーケットの将来展望はどうなるのか?今後の動きに注目してみたい。

尾藤克之
コラムニスト

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Sun, 14 Jan 2018 21:00:09 +0000 Sun, 14 Jan 2018 21:00:09 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030562.html http://agora-web.jp/archives/2030559.html http://agora-web.jp/archives/2030555.html http://agora-web.jp/archives/2030550-2.html
http://agora-web.jp/archives/2030544.html どうなる、今後の小池都政?:3つの負の遺産の処理を終え、巡航モードへ http://agora-web.jp/archives/2030544.html

Facebook「東京都知事 小池百合子の活動レポート」より引用:編集部

小池都政が誕生し、もうすぐ1年半だ。各種報道は、昨秋の衆院選を境に急に批判的になった。しかし都政の現場に足を運ばず書かれた印象論がほとんどだ。知事の仕事ぶりは、人と組織と予算を使っての業績を評価すべきだ。筆者は、経営学者だが都庁顧問、そして都政改革本部の特別顧問として一連の改革にかかわってきた。実体験と現場での見聞をもとにこれまでを総括し、今後について考えたい。

豊洲移転と五輪予算の見直しから出発

2016年夏の知事選。小池氏は3人の有力候補の中で唯一、当時の都庁が既定路線としていた巨額の五輪予算と築地市場の豊洲移転の2つを見直す必要性を明言していた。市場については、なぜ卸売市場に土壌汚染の疑いがある場所が選ばれたのか、なぜ5800億円もの費用が掛かったのか。利権が絡んでいるとの疑惑があった。五輪予算については舛添前知事が最終的に3兆円を超える可能性に言及していた。一方で会場選定の過程や工事計画などの情報公開が足りず、国民の多くが釈然としていなかった。

就任後、小池知事は早速見直し作業に入る。だがいずれも予算化され、ほぼ着工済み(豊洲市場等は完成済み)の公共事業だった。だから当初はこの挑戦を無謀とみる向きが多かった。わが国行政では着工済みの公共事業の見直しは極めて難しい。八ッ場ダムをはじめ、死屍(しし)累々である。しかもこの2つの問題は深く、複雑に絡み合っているうえに知事の前には3つの大きな壁が立ちはだかっていた。

第1の壁は「期限」である。豊洲移転後の築地市場の跡地は五輪の車両基地に使われる予定だった。だからどちらも2020年の五輪開催までに工事を終えなければならない。どちらも見直しに割ける時間が限られていた。

第2に「権限」の壁があった。目の前の行政執行なら知事は絶大な権限を持つ。しかし知事は検事ではないし、職員や外部委員も調査権を持たない。過去に遡って疑惑を解明する手法は限られていた。疑惑解明への都民の期待の大きさと実際に知事ができることの間にはギャップがあった。

第3には議会の「反発」があった。特に都議会自民党は知事選に由来する反感に加え、今まで当局と決めてきたことを次々と知事に否定されることへの懸念が強かった。

それでも小池知事は公約に沿って敢然と見直し作業を始めた。作業には専門家と第三者の視点を入れるべく、私をはじめ数名が民間から加わった(都政改革本部の特別顧問、特別参与として)。

1年半で3つの負の遺産を処理

その後の経過は各種報道の通りだ。まず、豊洲については知事は早々に移転延期を決めた。その直後に汚染地下水の存在などが発覚し、移転延期の決断は大正解と判明した。さらに過去の知事や職員が立地選定や建設過程で様々な不手際を重ねてきた可能性が明らかになった。また議会によるチェックも不十分だったことがわかってきた。一方で豊洲への移転については、いったん白紙に戻して築地を再整備する計画などが出てきた。そのためすったもんだが続いた。また豊洲の環境対策工事の入札も遅れた。だがそれも目途がつき、ついに昨年末に2018年10月の移転予定が決まった。こうして豊洲移転問題はようやく一段落がついた。

五輪予算の見直しについては、国際オリンピック委員会(IOC)および大会組織委員会との調整が難渋を極めた。特にすでに決めた会場の移転や設計の変更については内外の競技団体等の反発が極めて強かった。しかし都政改革本部の調査チームは、最悪の場合、開催費用の総額が3兆円超となるリスクを試算、公表した。またわが国の組織委員会に対し、開催の準備状況を広く情報公開することを迫った。さらに都庁は率先して自ら建設する施設の建設費を約400億円削減すると決めた。やがてIOCと組織委員会も開催予算の軽減や調達プロセスの見直しを打ち出し始めた。対立と混乱を経て、ようやくとめどなく予算が膨張し続ける構造にくさびが打ち込まれた。

以上をまとめると小池知事は、就任4カ月後(16年末)には、公約の一つだった五輪予算問題に決着をつけ、さらにその1年後(17年12月)に2つ目の公約の豊洲移転問題にも決着をつけたことになる。

都議会改革

都民が小池知事に期待したのは上記2つの問題の見直しにとどまらない。この2つの問題の裏にはこれまでの都議会のチェック能力に対する疑問があった。この問題に対しては、小池知事は新規人材を入れた新会派「都民ファースト」を立ち上げ、2017年7月の都議選に打って出た。圧勝を経て、議会改革の礎ができた。一方で知事は公明党との連携関係も構築していた。この2つをもって都議会も知事の改革に協力する体制ができた(但し昨秋の衆院選後の状況の流動化は各種報道のとおり)。

あえて本質課題を掘り下げた

以上、述べてきたように小池知事は就任2年を待たずに過去の知事たちが放置してきた都庁の3つの負の遺産(豊洲移転、五輪予算、議会改革)を処理しつつある。しかも当初からこの3つは公約に課題と掲げ、抵抗の渦巻く中、正面突破を試みてきた。あえて火中の栗を拾い、案の定、随所に混乱が起きた。しかし、事態はようやく収拾しつつあり、この解決の経験が都庁と都議会を前向きに変えていく礎となりつつある。東京都は不幸にして過去2名の知事がいずれも政治とカネの問題で任期途中で辞任に追い込まれた。だがようやく東京都は仕事師、実力派の知事を得たといえよう。

一部には豊洲への移転や五輪の準備が遅れたと批判する向きがある。しかし、見直しは知事選の公約であり、民意に基づく作業である。また見直しには当然、一定の時間が必要であろう。むしろ五輪準備のギリギリの状況下でも妥協を許さず過去の失政とその原因の解明に挑んだ小池知事の胆力とリーダーシップを賞賛すべきだろう。

しかも知事は、将来、都庁と都議会が二度と同じような問題を起こさないよう議会改革と都庁の入札制度の刷新や内部統制の仕組み改革にも着手している。また都政改革本部を設置し、いわゆる行政改革や業務の見直しにも取り組みつつある(都政改革本部ページ)。

特に知事が重視したのは情報公開である。例えば秘密とされていた都庁、IOC、組織委員会の開催都市協定や各種審議会の議事録がオープンにされるなど遅ればせながら随所で変化が起きている。また不備だった公益通報制度も拡充された。こうした空気の変化を感じ、今では巨大な都庁が各局単位で政策を見直し、また職場の随所で職員が自ら取り組む改革が始まりつつある(『各局の自律改革について』)。

都庁は巨大である。それを動かし、組織を律するだけでもたいへんである。小池知事は日常業務の傍らで3つの公約に沿った過去からの3つの負の遺産の処理に挑んできた。当選直後、単身、都庁に乗り込んできた小池知事を支持する議員はわずか数名だった。そこから出発して官僚組織と議会の両方を動かし、ようやく過去からの負債処理にめどをつけた。

重くて大きな組織の改革は難しい。日産自動車の場合はカルロス・ゴーン氏が、日立製作所では川村隆氏がやっと成し遂げた。東京都庁の場合には小池知事がそれを成し遂げつつある。ちなみに私は大阪府と大阪市でも特別顧問として橋下改革にかかわった。大阪の場合にも過去からの負の遺産として3つの不良債権問題があった(関西新空港、WTC、関空ゲートタワー)。橋下改革でも当初からの正面突破を試みた。その過程で伊丹空港の廃止を唱えるなど様々な戦術を駆使し、はた目には混乱が続いた。だが混乱を経て大阪は見違えるように再生しつつある。真の改革には、混乱はつきものである。また抵抗勢力の存在を明らかにする意味もある。大阪に続き、東京でもホンモノの改革が始まりつつあるといえよう。

都庁の改革は単なる自治体改革にとどまらない。激変する国際情勢から遅れがちな日本、停滞する国政、そして厳しい財政状況に目を向ければ、東京や大阪のような都市が主体的に挑む社会構造の改革が唯一の望みである。失敗を恐れず、果敢に物事に挑戦する小池知事にますます期待をしたい。

(注)本稿はあくまでも個人としての見解であり、公職に基づくものではない


編集部より:このブログは都政改革本部顧問、上山信一氏(慶應義塾大学総合政策学部教授)のブログ、2018年1月14日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた上山氏に感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、上山氏のブログ「見えないものを見よう」をご覧ください。

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Sun, 14 Jan 2018 21:00:07 +0000 Sun, 14 Jan 2018 21:00:07 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030540.html 希望の党や民進党がどういう選択をしても、大方の国民は困らない http://agora-web.jp/archives/2030540.html

まあ、無理なことはお止めになった方がいい。

参議院で民進党と統一会派を結成しなくても離党を迫られることがないのであれば、今のままでも一向に差し支えないはずだ。いずれは希望の党と民進党は合体するのだろうから、その時に離党して無所属になるか、自民党が受け入れてくれるようであれば自民党に移籍すればいい。

小池さんも若狭さんもいないのだから、希望の党の参議院議員の方々が希望の党に残留しなければならない義理も道理もないと言えばない。

お好きなように、というところか。

次の参議院選挙にお出になるつもりならご自分の政治信条にあった政党に所属されるのがいいが、ご自分の政治信条に合わないところにいつまでも便々としておられるのはあまり格好のいいものではない。

小池さんのリセット発言で皆さんも居場所を失ってしまったようなものだ。

気の毒だなあ、と思うが、永田町にはそういうことがしばしばあるから、これもご自分の運命だと思ってジタバタされないことである。

皆さんがどういう選択をされても、大方の国民は困らない。

民進党の参議院議員と統一会派を組むことにさしたる違和感がない方は、勿論、統一会派結成に向けて動かれてもいい。

まあ、その程度の問題である。


編集部より:この記事は、弁護士・元衆議院議員、早川忠孝氏のブログ 2018年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は早川氏の公式ブログ「早川忠孝の一念発起・日々新たに」をご覧ください。

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Sun, 14 Jan 2018 21:00:02 +0000 Sun, 14 Jan 2018 21:00:02 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030537.html 日本の医師は、オピオイドを積極的に処方すべき http://agora-web.jp/archives/2030537.html 病気に伴う症状で、もっとも不愉快なものが「痛み」である。

頭痛、腰痛、歯痛、腹痛、排便痛、排尿痛などだ。

急性期だと、病気そのものを治療すれば、痛みも消滅する。しかし、慢性期になると、病気は治らない。慢性期では、痛みの制御がどうしても必要である。

ところが、慢性期の痛みを治療することに、医師は大して関心がない。たとえば、肩や腰や膝の痛みに対して、整形外科医は、ロキソニンを処方するだけである。鎮痛が不十分でも、患者は諦めていて、ロキソニンと湿布で、なんとなく我慢している。

昨年、私は両肩の痛みで苦しんでいた。

最初は、整形外科クリニックに通った。整形外科医は単純X線写真と身体所見を取って、頚椎椎間板ヘルニヤと診断し、ロキソニンを処方し、リハビリを指示した。

しかし、治らない。3ヶ月通院しても治らないのだが、整形外科医はそれ以上何もしなかった。通院させるだけで、他医へ紹介することすらしないのである。

次に、ペインクリニックに行ってみた。麻酔科医は星状神経節ブロックと低周波刺激をやってくれた。施術直後は痛みは軽くなるが、数時間で元に戻る。何度やっても同じである。

手術で根治できるのではないかと思い、脊椎外科を専門とする病院に行ってみた。整形外科医はMRI撮影の結果、「手術適応ではない。自然に痛みは消退する」と言った。リリカとサインバルタを処方してくれたが、やっぱり治らない。

以前から、私は仕事でがん末期患者にオピオイドを処方していたので、自分にも効くのではないかと思い、他の医師に、オピオイドを処方してもらった。フェントステープである。

わずか2.5cm四方のパッチだが、これを1枚貼付するだけで、両肩の痛みは消失した。他に何の副作用もない。これまでさんざん使った、ロキソニン、リリカ、サインバルタとは比較にならないほどよく効いた。

オピオイドは、外科手術では、麻酔薬として、広く使われている。がん患者に使用することも奨励されている。

ところが、大半の医師は、非がん性の慢性疼痛患者にはオピオイドを処方しない。整形外科医はともかく、鎮痛の専門家のはずの麻酔科医すら、外来ではオピオイドを処方したがらない。

麻薬指定されているオピオイドを処方するには、麻薬施用者免許を取らねばならないこと、麻薬処方箋を書かねばならないこと、製薬会社のe-learningを受講して、患者と「確認書」を交わさねばならないことなどが必要であり、めんどうくさいからだろう。

日本人1人あたりオピオイド消費量は、モルヒネ換算で、アメリカ人の15分の1でしかない。

国立がんセンター

トランプ米大統領は、アメリカ人のオピオイド乱用について警告をしている。
ニューヨークタイムズ

アメリカ人はオピオイドを使いすぎだが、日本人は使わなすぎるようである。

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Sun, 14 Jan 2018 13:00:43 +0000 Sun, 14 Jan 2018 13:00:43 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030570.html http://agora-web.jp/archives/2030529.html http://agora-web.jp/archives/2030524.html http://agora-web.jp/archives/2030498.html http://agora-web.jp/archives/2030463-4.html
http://agora-web.jp/archives/2030539.html 先祖が福建省から来た仲井眞前知事の愛国心 http://agora-web.jp/archives/2030539.html

仲井眞弘多・前沖縄県知事(Wikipedia:編集部)

SAPIO2018年1・2月号に仲井眞弘多・前沖縄県知事の「活動家と化した翁長君へ」と題するインタビューが掲載されている。

「一体、沖縄をどうしようとするのか、この人物は意味不明。私の承認手続に瑕疵がなかったことは最高裁が認めた通り。辺野古のテントで反対と叫んでいる活動家と変わりがない。基地問題に労力の8~9割を費やしているそうだが県知事の責任を放棄してる」

といった内容のものだが詳しくはリンクを見て頂きたい。

仲井眞前知事は、経済産業省の先輩である。生まれは疎開先の大阪だが、戦後の那覇で育ち、那覇高校から日本政府国費留学生として東京大学工学部で学び、通商産業省に技官として採用された。

イタリア留学という変わった経歴だが、留学したいが穴場がないかと探した結果だと聞いた。

沖縄総合事務局の通商産業部長をつとめたあと本省に戻り、やがて、沖縄電力の民営化とともに専務に就任した。その民営化問題を議論している頃、私は沖縄総合事務局通商産業部のナンバーツーだったから、頻繁に来沖していた仲井眞氏にお会いする機会も多かった。

その後、保守系の西銘知事から革新系の大田昌秀知事に交代したときに、国との調整役を期待されて副知事となり、その後、沖縄電力の社長、会長をつとめたのち知事に当選した。

知事としては沖縄振興のために非常な業績を残したが、鳩山首相の「最低、県外」発言で普天間基地移転が混迷するなかで、県外移転が現実に可能と期待を膨らませた地元世論と現実の間で苦労した。

健康状態などから気乗りがしなかった3選出馬をほかの候補者が逃げる中でせざるを得なくなり、もともと自民党県会議員だったが、共産党まで含む勢力にのせられた翁長那覇市長に敗れた。

仲井眞氏は先祖が福建省から移住して那覇市の久米というチャイナタウンに住んでいた家系で、中国名は蔡さんである。

明の洪武帝は、中国を統一したとき、琉球に使者を派遣して、朝貢を促した。沖縄は古くから日本の一部とは認識されてきたが、平安時代までは採集経済、つまり縄文時代だったので組織だった統治は行われていなかった。そこに、南九州から農民が移住してきて、それが現在の沖縄県民の先祖の主流だといわれる。琉球王国の始祖が源為朝の子だと正史でされているのはその反映だ。

そして、ようやく室町時代には3つの小王国が成立したが、そこに明の洪武帝が使者を派遣して船も用意するからということで朝貢を進めた。また、読み書きができるものがあまりいなかったので、福建省から華人を送り込み官僚として仕えさせた。その子孫がチャイナタウンの人たちであるので、人数は少ないが上流階級なのである(沖縄の人は平均的には人種的には日本でいちばん中国人から遠いところにある。そのあたりの沖縄の歴史は、拙著『領土問題は「世界史」で解ける』(宝島社)で詳しく書いている)。

父親の仲井眞元楷氏は、沖縄のラジオで「方言ニュース」という琉球言葉による報道番組を長く担当していた人である。

いわば、沖縄ナショナリズムの本家みたいな存在だし、多くの久米の人たちと同様に歌人である先祖について、それを誇りにすることはあっても隠されることはなかったし、福建省との交流にも熱心だった。

そうした先祖への敬意はしっかり持ちつつ、日本人としての愛国心にあふれた方である。というより、自分が華人系であるということから、より明確に日本人という国籍の意味を明確に感じているということだろう。

政治家など公共の仕事につくとき大事なのは、何世代前から日本人かでなく、国民として必要な文化への愛着と国家への忠誠だ。

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Sun, 14 Jan 2018 12:30:44 +0000 Sun, 14 Jan 2018 12:30:44 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030571.html http://agora-web.jp/archives/2030564-3.html http://agora-web.jp/archives/2030559.html http://agora-web.jp/archives/2030553.html http://agora-web.jp/archives/2030544.html
http://agora-web.jp/archives/2030538.html 命をつなぎ、命を果たす:箱根駅伝から教わった大切なこと http://agora-web.jp/archives/2030538.html

四半世紀ぶりに、自宅で迎えることとなった今年のお正月。テレビ中継で見守った箱根駅伝から、大切なことを教えられました。

箱根駅伝では、トップ通過から20分を過ぎると号砲が打たれ、前区間選手のタスキを待たずに次の選手が繰り上げスタートを切らなくてはなりません。チームは棄権扱いとなってしまいます。

運命の20分に間に合うか否かで、今大会、全国の熱い視線を集めたのが、國學院大に進学した作新学院高校卒のK君でした。

9区から10区への中継地点、タスキを待つ後続選手まであと20mと迫ったところ、無情にも一斉スタートの号砲が響きました。

わずか5秒及ばず、國學院大のタスキは途絶えました。

道路に倒れこみ酸素吸入を受けるK君の胸中を思うと、しばらく涙が止まりませんでした。

ただ不思議と、悔しいとか悲しいといったネガティブな感情は起きず、むしろ神聖で清々しい何かが心の中で揺り起こされる気がしました。

駅伝とは、みんなでタスキを「つなぐ」こと。

勝敗やタイムを競うこととは次元を異にした、とても大切で普遍的な何かが駅伝には存在する。

だからこそ人々はこんなにも箱根駅伝に魅了されるのだと、教えられた気がしました。

「つなぐ」と言えば、私たちの生命自体、絶え間ない細胞の入れ替わり、つまり新陳代謝によってつながっています。

肌細胞のターンオーバーは28日周期、胃腸細胞は数日、筋肉や肝臓で約2ヶ月、骨細胞でも約3ヶ月で細胞は入れ替わります。

堅牢でずっと変わらないように思える骨でさえ、成長期だと約2年、成人でも約3年もすれば、全身の骨が入れ替わっています。

つまり物質的に見れば、今の私は数年前の私とはまったく別の存在であるわけです。

にも関わらず、私という存在が、私であり続けられるのはなぜでしょうか。

私を私たらしめている精神や思考といったものは、一体どこに存在して、なぜ物質的に身体が入れ替わっても、変わることなく受け継がれていくのでしょうか。

生物学者の福岡伸一さんは、その著書『動的平衡~生命はなぜそこに宿るのか』の中で、「絶え間ない分子の交換、動的な分子の平衡状態の上に生物が存在しうる」と語る一方、“記憶”について次のように言及しています。

「おそらく記憶は細胞の外側にある。…神経の細胞はシナプスという連携を作って互いに結合し、神経回路を作っている。…たとえ、個々の神経細胞の中身のタンパク質分子が、合成と分解を受けてすっかり入れ替わっても、細胞と細胞とが形作る回路の形は保持される。」

個々の細胞がどんなに入れ替わろうと、神経回路の“つながり”方は維持され、記憶は受け継がれる。

こうした現象は、たとえ物質としての肉体は朽ち果てようと、その精神や魂は営々と時を越え、後世の人々に受け継がれて行く、家族や企業、地域や民族の営みに似ています。

今年、創立133周年を迎える作新学院も、各時代を支える人々は変わろうとも、その精神や志は厳然として受け継がれ今に至っています。

つながっていることの大切さ、つなげられていることの有り難さを忘れずに、何事も感謝して“生命”をつなぎ、“使命”を果たさなければならない。

送り出した卒業生からそう教えられた、平成30年の年明けでした。


編集部より:この記事は、畑恵氏のブログ 2018年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は畑恵オフィシャルブログをご覧ください。

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Sun, 14 Jan 2018 09:30:52 +0000 Sun, 14 Jan 2018 09:30:52 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030535.html 韓国が中国の属国になった経緯を日本人は知らない http://agora-web.jp/archives/2030535.html 日本人、とくに保守系の人は「韓国は中国の属国だった」というようなことをよくいう。しかし、そのわりには、正確な意味と経緯を知らないので困るのである。あげくのはては、「日本も遣唐使とか派遣していたから同じではないか」と反論されても的確に再反論できなくて恥をかいたりする。

そこで、『韓国と日本がわかる 最強の韓国史』(扶桑社新書)ではそのあたりの意味を説き明かしているので、そのさわりを紹介したい。

日本が遣唐使を派遣していたとかいのは、中国がそれ以外の対外関係をもたなかったのがゆえの便宜的なものに過ぎない。たとえば、明治になって日本との外交関係を清は、イギリスなどとの関係と同じということにした。清はイギリスもかつてのローマ帝国もすべて朝貢者と位置づけていたのである。

逆に日本に唐の使節が来れば西蛮からの朝貢使と位置づけられたが、それは唐はいやだから原則として日本には使いを出さないようにしていた(たまに来るとトラブルになった)。

ただし、遣唐使にしても新羅や百済の使いにしても対等の外交とはいえず、上下関係は程度の差こそあれあった。また、新羅や百済は日本に従属しているとみなされた。しかし、その従属度はそれほど高いものでなかった。つまり百済や新羅は唐に朝貢はしていたが属国ではなかったのだ。

ところが、新羅が唐に対して完全な属国になる事件が起きた。朝鮮半島では、高句麗が百済と対立し、日本が百済を支援し、高句麗が随とあらそったときに日本と隋が接近したのが遣隋使の派遣である。

新羅が強くなったこともあって、日本と百済と高句麗が接近した。そこで、高句麗や百済を圧迫していた新羅が孤立することになった。そこで、新羅が独立を犠牲にして、年号や服装も唐の制度に従い、人名も民族的なものからから中国風のものにかえるといったことにして同盟関係を結び、日本・高句麗・百済の圧迫から逃れた外交革命が起きたのである。

このなかで、唐は新羅の援軍も得て、百済と高句麗を滅ぼして領土を奪い羈縻国(自治区のようなもの)とした。さらに、新羅も同様の扱いをして新羅王は王でなく自治区の長官にされてしまった。

しかし、新羅はこれには反発し、日本に対する従属関係もある程度は復活するなどして、唐と争った。

結局、渤海が満州で勃興して日本とも結び、唐にとって深刻な脅威となったので、唐は新羅が渤海との戦争で唐の助太刀をすることを条件に、百済の旧領のすべてと、高句麗の旧領のうち平壌の南を流れる大同江以南を領土として得たのである。

つまり、高句麗、百済、新羅という唐や日本に朝貢はするが独立国としての性格をもった国が割拠していたのが、新羅という唐に従属する半独立国による支配にかわったのが7世紀から8世紀に半島で起きた事件なのである。

そして、その後のコリアン国家は、李氏朝鮮のように、中国の皇帝からの任命行為(冊封)が終わるまでは国王ですらなく、中国の年号を使う半独立国となって日清戦争までそれが続いたのである。

清の時代でいえば、ベトナムと琉球が形式的には朝鮮と似た立場にあったが、ベトナムは周辺諸国に対しては格上の冊封関係をもち、琉球は日本の諸侯である島津の領土であるという変則的な両属関係にあったから、朝鮮王国に比べると清への従属性は弱く同一視はできないのである。

なお、この両属関係は、欧州中世における神聖ローマ帝国とその属邦の関係、また、その属邦とフランスなど周辺諸国の関係と似たもの(フランス王国の領土にして神聖ローマ帝国の属邦という地域もあった)、近代国際法が確立したウェストファリア条約以前の状況とはそんなに差がない。

そして、忘れてはならないことは、コリアン国家が中国の属邦であるという状況は、国際関係が混迷したときには、必ず日本にとっても脅威となってきたことだ。その最たるものは、白村江以降の唐の侵略が危惧された状況であり、脅威が現実化したのが、高麗と元とによる元・高麗寇の襲来であった。

釜山が中国に従属的な国の領地であることを甘く見てはいけない。

韓国と日本がわかる最強の韓国史 (扶桑社新書)
八幡 和郎
扶桑社
2017-12-24
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Sun, 14 Jan 2018 04:30:48 +0000 Sun, 14 Jan 2018 04:30:48 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030571.html http://agora-web.jp/archives/2030564.html http://agora-web.jp/archives/2030526.html http://agora-web.jp/archives/2030520.html http://agora-web.jp/archives/2030509.html
http://agora-web.jp/archives/2030533.html 戦国時代に入った「フェイクの世界」 http://agora-web.jp/archives/2030533.html 人は嘘を言う存在だ、といえば多くの人は少し表情を歪めながら首肯せざるを得ないだろう。これまで一度も嘘をついたことがないと胸を張って言える人はいないだろう。相手を陥れるために嘘をつく攻撃的な嘘から、相手の為につく利他的な嘘もある。いずれにしても、世界は嘘が氾濫している。そこに今日、事実を隠し、情報を操作するために嘘を発信するフェイクニュースが乱入してきた。フェイクの世界は今、戦国時代に突入してきたのだ。

▲わが家からみた新年の朝焼け風景(2018年1月、ウィーンで)

▲わが家からみた新年の朝焼け風景(2018年1月、ウィーンで)

ところで、誰が嘘を創造したのだろうか。嘘の知的所有権問題だ。
まず、人類の始祖アダムとエバまで辿ってみる。旧約聖書の「創世記」を読むと、蛇に象徴される天使は「善悪を知る木」の実を取って食べるようにアダムとエバを誘惑したが、その際、「食べても死ぬことはけっしてないでしょう。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」と巧みに“嘘”をついている。私たちが知る最初の嘘は天使によって発信されたことが分かる。

それではアダムとエバはどうだろうか。エバは蛇に誘惑されて神が取って食べてならないといった実を食べた。その後、エバはアダムに蛇と同じように食べるように促した。過ちは次から次へと繁殖していく。しかし、彼らは嘘を言っていない。神から糾弾されたアダムは正直に、「あなたが与えてくれた女(エバ)が食べるように言いました」と自身の過ちを弁明し、責任を転換したが、嘘はついていない。ただし、弁明は嘘が生まれてくる温床となったことが推測できる。弁明を繰り返すことで、人は次第に嘘を言わざるを得ない状況に追い込まれていったわけだ。

イエスは2000年前、神の子、救い主として降臨したが、悪魔の頭ベルゼブルだと吹聴され、律法を破る異端者として当時のユダヤ社会から罵倒され、最終的には十字架で殺害された。その後、「イエスは人類の罪を贖うために十字架で亡くなった。イエスの十字架を仰げば救われる」という教えが生まれてきた。実証的に検証しても明らかなように、誰も救われていない。「イエス(キリスト)殺害」という人類史上最悪の犯罪を隠蔽するために出てきたフェイクニュースだ。

ただし、注意しなければならない点は、イエスを迫害したユダヤ民族、イエスの十字架救済論を主張した聖パウロも当時、自分の言動が正しいと信じていたことだ。恣意的に嘘をついたのでもなく、フェイクニュースを流したわけではない。
それでは誰がイエスを十字架に追い込み、十字架救済論を拡大していったのか。その答えは「エデンの園」で最初に嘘をついた悪魔となった天使の仕業だったわけだ(「ユダヤ民族とその『不愉快な事実』」2014年4月19日参考)。
いずれにしても、イエスは2000年前のフェイクニュースを暴露し、自分が誰で、その使命は何であったかを知らせるためにどうしても再臨せざるを得ないわけだ。

フェイクニュースの目的は、真実が明らかになることを阻止することにある。そのフェイクニュースが社会に溢れてきたということは、“不都合な事実”が明らかになる時が近いことにもなる。

人は嘘をつき、事実を隠すためにフェイクニュースを発信する。フェイクニュースは魅力的であり、説得力に富んでいる場合が多い。私たちは24時間、様々なニュースに取り囲まれた情報社会に生きているが、そこから事実を見出すことは容易な課題ではないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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Sun, 14 Jan 2018 02:30:48 +0000 Sun, 14 Jan 2018 02:30:48 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030532.html 若いうちに専門を絞ることはスポーツでもビジネスでも弊害あり http://agora-web.jp/archives/2030532.html

日本では子どもの頃から野球などに絞り込む慣習があるが…(写真ACより:編集部)

先日、日経ビジネスに「米国で急拡大、ユーススポーツビジネスの不安 ~大学スポーツを凌駕する巨大マーケットの全貌とは?」と題したコラムをアップしたのですが、これが意外に多くの方に読んで頂いたようで、当日のランキング3位まで行きました。

競技の早期専門化(若いうちにプレーする競技を1つに絞ること)による競技レベルの減退は、アメリカでもスポーツ組織の経営者が大きな懸念を示している話題です。このコラムを読んでくれた北米でアイスホッケーのコーチをしている知人(若林弘紀さん)と意見交換する機会があったのですが、現場のコーチの実感としても早期専門化の弊害を肌で感じているということでした。

彼が分かりやすい例として挙げてくれたのはゴーリーの育成で、専門化が進む今では7~8歳までにゴーリーのポジションを固定することが多くなってきているそうなのですが、スケーティングなどの基本的なスキルが身に着く前に専門的なトレーニングを始めてしまうため、かえって上達が遅くなるんだそうです。そして、10歳くらいでプロみたいな動きができるようになるものの、その後急速に伸び悩むんだとか。逆に、他のポジションでプレーしていて10歳以降にゴーリーになった子供の方が明らかに伸びが早く、その後のポテンシャルも高いようです。

こうした早期専門化による弊害はコーチの間でももちろん共有されているようですが、ビジネス化の進展により、これまでコーチが有していたユースプログラムの方針決定権が、育成と事業の双方に責任を持つ施設(スケートリンクなど)のプログラムディレクターに移管されるようになり、歯止めが利かなくなっているようです。つまり、コーチは弊害に気付きながらも口を出せなくなってしまい、ディレクターも知らないわけではないんでしょうが、施設経営の観点から儲かる方向に舵を切らざるを得ない。これがビジネス化の怖いところですね。「ジュニア世代のエリート化」「施設の収益最大化」という短期的な個別最適を志向した結果、集団全体としての育成レベルが下がってしまう。これは「合成の誤謬」そのものです。

ビジネス化が進んでしまうと、どうしても「正しい育成」より「儲かる育成」の方が優先され、それが強力に推進されてしまいますから、競技全体で育成のグランドデザインを考えておく必要がありそうです。実際、米ホッケー連盟は2009年に科学的根拠に基づいた年代別選手育成手法を「American Development Model」として体系化し、一括して導入して成果を上げているようです(詳しく知りたい人は若林さんのこちらのコラムをご覧下さい)。

で、この早期専門化による弊害なのですが、同じことがビジネススキルについても当てはまるのではないかと思います。例えば、スポーツ界で活躍するために、スポーツビジネスを高校や大学で学ぶ必要が本当にあるのか? 僕は必ずしもないと思います。

スポーツビジネスは一見華やかに見えるのでカネになります。こうしたビジネスの論理により、「正しい教育」より「儲かる教育」が幅を利かせているようにも見えます。僕もSBAというスポーツビジネスの教育プラットフォームを運営しているので、この点は自戒したいと思います。

ビジネスパーソンとして活動できる時間は少なくとも40年、今後定年が伸びれば45年かひょっとして50年は働くことになります。将来スポーツ界で活躍することを夢見ている学生さんには、「いち早くスポーツ界に就職する」ことと「将来スポーツ界で活躍できる」ことは必ずしもイコールではないということに気付いてほしいと思います。

これは業界関係者なら皆知っている不都合な真実ですが、スポーツ界は丸腰でいち早く就職して伸び悩んでバーンアウトしてしまう人が非常に多い業界です。言い方は悪いですが、こういうクラスタの人が定期的に入れ替わりながら安価な労働力を提供して現場を回しているのが実態です。

僕もこれまで多くの学生(ほとんどが大学生。稀に高校生も来る)の進路相談に乗ってきましたが、10人中9人、いや100人中99人は「どうしたらスポーツ界に入れますか?」という質問をしてきます。残念ながら「どうしたらスポーツ界で活躍できますか?」という質問をされたことはほとんどありません。「儲かる教育」の餌食にならないためには、目利き力や人生構想力を高めて自衛するしかありません。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2018年1月14日の記事を転載させていただきました(タイトル改稿)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。

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Sun, 14 Jan 2018 02:30:23 +0000 Sun, 14 Jan 2018 02:30:23 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030531.html 雪降る冬のスイカに、熱いまなざしが向けられている理由 http://agora-web.jp/archives/2030531.html

Newsモーニングサテライトより

こんにちは!肥後庵の黒坂です。

1月12日放送のテレビ東京・モーニングサテライトにて、季節逆転フルーツについてお話をさせて頂きました。お客さまや各メディアは季節逆転フルーツへの関心が非常に高く、私も色んなメディアで季節逆転フルーツの魅力について紹介をしています。今回はQA方式で季節逆転フルーツについて、取り上げたいと思います。

季節逆転フルーツにはどんなものがあるのか?

本来の旬とは異なる季節に収穫をする、季節逆転フルーツ。完全に旬の時期と逆転しているのは冬スイカ、冬マンゴーがあり、その他逆転とまではいかないものの、本来の旬ではないフルーツはハウスみかん、初夏の巨峰、冬いちごなどがあります。

季節逆転フルーツ栽培の難しい点とは?

果物は自然に任せて育てると、当然本来の旬に実をつけることになります。しかし、旬ではない季節に栽培するとなると人工的に栽培に適した環境づくりや、季節逆転フルーツの品種を使わなければいけません。

冬スイカについていえば、外が真っ白な雪降る真冬にハウス内に暖房を焚くことでTシャツ一枚に汗をかくくらいの夏さながらの環境を作り出す栽培方法があります。今回、テレビ取材に同行して見せてもらった農家さんは、ハウスを4重に貼って「燃料を使わず、太陽熱を逃がさない温度上昇」を狙う栽培方法でした。また、この農家さんでは、夏のスイカと大きさも味も異なる冬スイカ品種を栽培していました。本来の旬ではない季節に栽培すると、栽培環境づくりやフルーツのケアも旬の時期に比べてコストや手間が増えてしまいます。これが季節逆転フルーツを栽培する上で難しい点です。

なぜ季節逆転フルーツを販売するのか?

肥後庵で冬スイカのような季節逆転フルーツを販売するのは「季節逆転フルーツを求める熱狂的なファン」にお応えするためです。

例えば昨年9月から秋スイカを購入されたお客さまがいるのですが、12月終わりまでに10回以上自宅用にスイカを買って頂きました。法人ではなく個人のお客さまですから、かなりのスイカ好きです。旬の時期であれば、普通に近所のスーパーにいけばスイカを買うことができます。しかし、秋や冬になると流通量が減ってしまいますから、スーパーの店頭から姿を消してしまうわけです。スイカの熱狂的なファンはここで諦めてしまうことはなく、ポケットからスマホを取り出して当店のように冬にスイカを販売しているところを見つけて、そして買っているわけです。

季節逆転フルーツを求めるお客さまがいる限り、今後も季節逆転フルーツを取り扱っていきたいと考えています。

季節逆転フルーツはどんな人が買っているのか?

当店の売上データを分析してみると、秋や冬のスイカは夏には見られない面白い売れ方をしていることが分かってきました。

秋スイカは結婚のお祝い関連需要でよく売れています。結婚内祝いや宅配引出物ギフトなどもそうですし、ウェディング会場のウェルカムボードにカービングしたスイカを置くための注文や、ケーキ入刀の代わりに新郎新婦でスイカ割りをするために注文も入ります。これは春や夏には見られない秋によくある売れ方と見ています。株式会社リクルートマーケティングパートナーズの意識調査によると、結婚挙式が多い月は例年、春と秋(4月・5月・10月・11月)とあります。秋の挙式でスイカを使いたくても近所のスーパーに置いていないために、肥後庵のように季節逆転フルーツを取り扱っている店舗から買われているようです。

冬スイカは法人顧客のサプライズ狙いのお歳暮ギフトで使われています。受け取る側は箱を開けたら大きなスイカが入っているので「なぜ冬のお歳暮にスイカ!?!?」ととても驚かれるとともに、「健康的で甘くておいしいスイカを食べられるのが嬉しい」というお声を頂いています。

季節逆転フルーツの今後はどうなる?

私は今後、どんどん季節逆転フルーツは登場してくると考えています。

種無しでとってもおいしいブラックジャックというスイカがあります。昨年は日テレのおしゃれイズムさんでも取り上げて頂いた、近年彗星のように現れたこのブラックジャックスイカはあいにく7月を前に出荷が終わってしまうものでした。また、ここ数年間で爆発的な人気を誇る種無し皮ごと食べられるシャインマスカットは、秋で姿を消してしまうのでお歳暮ギフトに使われることはありませんでした。

※昨年、おしゃれイズムさんにて紹介頂いたブラックジャックスイカ

こうしたフルーツについて、生産者と話をすると「今後は収穫時期が長くなるよう、品種改良と栽培技術向上に努力をしたい」と力強いお言葉を頂きました。このようにブラックジャックスイカはお中元に、シャインマスカットはお歳暮に使えるよう、努力をして伸ばそうという生産者の動きがあるのです。

しかし、生産者はフルーツ栽培については知識と経験をお持ちなのですが、どうしても消費者ニーズが見えづらく、またせっかく栽培しても販路を持っていません。私たち肥後庵は生産者の栽培する季節逆転フルーツを消費者に届ける橋渡し役となることで、今後は続々とまだ見ぬ季節逆転フルーツが登場してくるものと見ています。

黒坂 岳央
フルーツギフトショップ「水菓子 肥後庵」 代表

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Sat, 13 Jan 2018 21:00:53 +0000 Sat, 13 Jan 2018 21:00:53 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030527-3.html 文字の巧拙は試験の合否に影響するか? http://agora-web.jp/archives/2030527-3.html

マークシート試験では関係ありませんが、論述式の多い中学受験、高校受験、大学受験、はたまた資格試験において、「文字の巧拙」は点数に影響するでしょうか?

私が大学生の時に受講した民法第一部の米倉明教授は期末試験前に、「じっくり構成してから答案を書いてくださいね。じっくり練った後は一気呵成に書く。文字なんて気にしなくていいんです」と言っていました。

当時の問題は教授が手書きで書いたものをコピーしたものでした。

問題文の米倉教授の文字があまりにも下手過ぎて、重要部分を読み落とした学生もいました。

「たしかに、これじゃあ文字のことなんて言えんわな~」と、私たちは呆れたものでした。

その後、とある本に次のようなことが書かれていました(ずいぶん前のことなので書名は不明で内容も若干不完全です)。

米国の大学教授が学生の答案を何人かの研究員に採点させたところ、平均点は50点でした。同じ答案を、文字が上手で有名な教授婦人がそっくりそのまま書き写し、同じように採点させたら平均点が80点に上がりました。

この実験が事実だとしたら、採点にあたった研究員たちは文字の巧拙だけで点数を変えていたことになります。

私自身、司法試験合格後、司法修習生の時にも、司法試験予備校の答案採点のアルバイトをしていました(司法修習生の専業義務違反です…)。

その時の印象としては、書くべきことがきちんと書かれていれば、悪筆でも問題なく高得点を付けました。

しかし、ハズしている不合格答案の場合、丁寧にきちっとした文字で書かれていた答案の方を少し甘めに採点した記憶があります。

丁寧な文字で書かれた答案に対しては、「こんなに一生懸命書いているんだ」という印象を受け、書きなぐったような文字で書かれた答案に対しては、「投げやりでやる気がないのか」という印象を受けたのです。

いずれもハズした内容なので不合格点ですが、合格点25点のうち1点くらい差を付けた記憶があります(かたや23点、かたや22点というふうに)。

文字の巧拙はそう簡単には直りませんし、それに費やす時間があれば内容的に優れた解答を書く努力をした方が圧倒的にコスパは高いです。ちょっとした工夫をするだけに止めましょう。

私の考える、少しの工夫で好印象を与える方法を以下に挙げました。

1 文字が見やすい筆記用具を使う。文字が薄いと採点に疲れた目には厳しいので、濃いめの鉛筆や少し太めのサインペンなどを用いた方がいいでしょう。太すぎて答案が黒く感じると逆効果なので、いくつか使ってみて一番いいのを選びましょう。筆記用具など安いものです。

2 「トメ」までしっかり書く。算数の分数の横線やイコールなど、跳ねるように書かれていると雑な感じがします。文字同様、最後までしっかり書きましょう。

3 句読点をきっちり書く。とりわけ文章の終わりの〇は、〇になっていない答案が多く見られます。Uなのか逆Uなのかと疑ってしまいそうな答案もあります。文章の最後に締りがないと、文章全体がだらしない印象を受けてしまいます。語尾をきちんと発音するのと同じだと心得ましょう。

見やすくて丁寧な文字を書くことは、とりわけ私立受験では意識すべきだと私は考えています。

私立は国公立と違うので、「丁寧な文書が書ける受験生に来てほしい」ということでプラス点を付けても何ら問題ありません。

最も大切なのは内容ですが、形式で合否が分かれることもあります。

ほんのちょっとの工夫で改良することができるので、是非、試してみて下さいね。

最短で結果が出る最強の勉強法 (講談社+α文庫)
荘司雅彦
講談社
2014-02-14

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2018年1月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。

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Sat, 13 Jan 2018 21:00:43 +0000 Sat, 13 Jan 2018 21:00:43 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html
http://agora-web.jp/archives/2030529.html HPV(子宮頸がん)ワクチンから政治は逃げてはいけない http://agora-web.jp/archives/2030529.html こんにちは、都議会議員(北区選出)のおときた駿です。

新年会シーズンは続き、本日は東京都北区医師会の賀詞交歓会に参加しました。

スピーチをする時間をいただけたので、医療政策に関連する話題として村中璃子氏がHPV(子宮頸がん)ワクチンの安全性を検証する論文でジョンマドックス賞を受賞した件に触れながら、

私も自らHPV(子宮頸がん)ワクチンを接種した。正しい医療知識を啓発していきたい

と述べたところ、会場からは「おおっ!」という小さな歓声が上がり、その後多くの医師の方々に「とても期待している」「頑張って正しい発信を続けて欲しい!」との激励をいただきました。

過去記事:
男性議員だけど、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)を接種してきた 

こちらのブログに対しては賛成・反対・推奨・慎重など様々な立場の方からご意見をいただき、最近では駒崎弘樹さんが上梓した「ワクチンと副反応」についての記事が話題を呼んでいます。

反対派・慎重派の方々が示す「副反応」の定義が世界標準と異なり、過剰な不安を誘発しかねないミスリードの要因となっている点を数字や図を用いながら丁寧に説明されており、ぜひご一読いただきたいと思います。

先にタイトルについて触れておきますと、恐らく現時点で「子宮頸がんワクチンは危険なので、推奨すべきではない!」というのが、都民ファーストの会のコンセンサスというわけではないと思います(なので、筆者の駒崎さんも断定はしていません)。

実際、都ファ厚生部会の部会長である桐山ひとみ都議は、ワクチン勧奨再開に肯定的と取れる意見を発信しています。

党の方針として確たるものが決定する前であれば、議員個人が自分の考えを発信することは許されると思いますし、有権者の判断材料にもなります。

党の政策決定を行う役職者の方がこうした考えを持っているという点について、都民・有権者の方々に留意していただき、都政・都議会に対して積極的にご意見を届けていただければと思います。

私個人としてはもちろん、都議会の責任与党・最大会派として、都民ファーストの会には医療的エビデンスに基づいた「ワクチン勧奨再開」の方針を取っていただくことを強く期待するものです。

なお、小池百合子知事は子宮頸がん予防を呼びかける「LOVE49プロジェクト」の賛同呼びかけ人の一人でもあります。

都知事のリーダーシップによって、都政から本件で大きな動きが起こることも期待されますね。

本件に携わって改めて感じるのは「リスク」を冷静に判断することの重要性です。

駒崎さんも記事の中で具体的な数字を上げて論証しているように、ワクチンの「副反応」とされているものを最大限に幅広く取ったとしても、発がんによる死亡を防ぐ効果が弊害を大きく上回ります。

コストベネフィットの観点からは、ワクチン接種を推奨すべきなのは明らかです。

極端な例を上げるなら、痛ましい交通事故が起きたからといって、自動車の利用をすべて禁止しろというのはあらゆる面から合理的ではありません

被害者の救済と自動車の利便性・危険性は、通常であれば切り離して捉える方が大半だと思います。

ただ、大きな事象が発生した際、人間が理性的にリスクを判断できなくなることも確かです。

例えば、9.11の飛行機によるテロが発生した際、飛行機の利用を自粛して自動車を使う人が増えた結果、交通事故による死亡事故が増加したという有名な事例があります。

自動車の長距離運転による死亡リスクは飛行機よりもずっと高いにも関わらず、冷静な判断ができなくなる人が続出したというわけですね。

こうした人の「感情」に向き合うことは極めて難しく、ある意味では政治家の苦手分野とも言えます。

「それを実際に、苦しみ悩んでいる人の前で言えるのか!」

と問い詰められれば、ほとんどの政治家が対応に窮してしまうのが実情でしょう。

目の前で出される訴えに寄り添い、

「◯◯の危険性については、引き続き時間をかけて議論・検証すべきだ云々」

と中立・慎重な立場を取っておけば敵は増えず、評判も下がらない。あるいは、「一人でも苦しんでいる人がいる限り、寄り添い続ける!」といえば、賞賛されることだってある。

それが政治家として生き残るための、最適解なのかもしれません。

しかし、慈善活動家なら良いかもしれませんが、社会のリーダーである政治家がそれでは絶対にいけないはずです。

1を取るために100を失うことを防ぐために、時に「冷徹」とも取られかねない決断をしなければならないこともあります。

いまこのHPV(子宮頸がん)ワクチンを巡る取り扱いは、まさにそのような政治課題の1つではないかと強く思います。

なお、「ワクチン接種などを行わなくても、検診を奨励すれば対策は充分」という意見も多く寄せられました。

もちろん、早期検診が重要なことは論を待ちません。ただ、検診では「早期発見」をすることはできても、「予防」することはできません

検診での発見により手術に踏み切り命をとりとめたとしても、頸部円錐切除が早産の原因となるなどの弊害が残ります。

「ワクチン(予防)と検診(早期発見)の役割は別物」であり、「ワクチンと検診、どちらも重要」というのが正しいメッセージではないかと思います。

本件についてはまた、継続的に取り上げて情報発信を重ねていく所存です。もちろん、議会での提言も行って参ります。

それでは、また明日。


編集部より:この記事は東京都議会議員、おときた駿氏(北区選出、かがやけ Tokyo)のブログ2018年1月13日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はおときた駿ブログをご覧ください。
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Sat, 13 Jan 2018 21:00:29 +0000 Sat, 13 Jan 2018 21:00:29 +0000 http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html