突然ですが、性犯罪の再犯予防プログラムをご存知ですか?
性犯罪は「魂の殺人」と呼ばれる何よりも許しがたい罪の一つです。絶対に、この世から撲滅しなければなりません。
日本の性犯罪対策は危険な状況?
ですが、再犯率が高いのです。
特に加害者の人権や更正の可能性も考慮する現在の日本の司法は、性犯罪に甘いと言われています。次の資料を御覧ください。
10か国調査研究 性犯罪に対する処罰 世界ではどうなっているの?
この資料で指摘されているように性犯罪者の罰則だけでなく、そもそも性犯罪として認定されるはずのものが見過ごされる状況もあるのです。
そのため、同一加害者による、第2、第3の魂の殺人が繰り返される実態があります。
この実態、被害者自身やその心のケアを行う立場から見ると、非常に残念です。厳罰化によって必ずしも全ての性犯罪が防げるわけではありませんが、抑止力の一つになると期待できます。しかし、犯罪者の人権を考慮する現在の制度では限界があるようです。
そこで、厳罰化に変わる再犯率を下げる施策が議論されてきました。その一つの切り札として導入されたのがこのプログラムです。
性犯罪の再犯予防プログラムとは?
2006年からはじまったこのプログラム、2020年にこれまでの成果の効果検討が行われました。このプログラムには2つの柱があります。一つは性犯罪を促すリスクが高い「誤った考え方の修正」です。専門的には認知療法と呼ばれる技法のアレンジです。
そして、もう一つは被害者の「心の痛みへの共感を促す心理教育」です。被害者の心の痛みへの共感は自分自身の痛みにもなります。これが狙い通りに作用すれば抑止力になりえるのです。このプログラムは性犯罪を促す要因、抑止する要因がコラボした戦略的な設計だったと言えるでしょう。
実際、2020年の効果検討では一定の成果が上がっていると評価されています。筆者も導入して間もないころ、保護観察官のみなさまのプログラムの実施をお手伝いさせていただきました。このような成果が出たことは嬉しく思います。
依存症系性犯罪にも効果があったのか?
しかし、細部を見ると成果が出ていないところもあります。それは常態化してしまっている痴漢行為や子どもを狙う性犯罪です。効果があった性犯罪と何が違うのでしょうか?
これはプログラムの効果検討チームの公式見解ではありませんが、心理学的には本人の自覚不足で起こってしまった性犯罪と、本人の自覚ではコントロールが難しい依存症とも言える性犯罪との違いのように見えます。依存症としての性犯罪について、詳しくはこちらの本を参考にして下さい。
実は現在行われている再犯予防プログラムは促す要因と抑える要因をかけ合わせた優れたものではありますが、ベースになっている認知療法も心理教育も「自覚」する意志がなければ効果が得られにくいのです。
「自覚」は幼児には乏しく年齢と共に徐々に育つことから、進化のプロセスでは比較的最近獲得したものと考えられています。脳と心は古いものほど生存本能と深く結びついているのでよりパワフルです。例えば、より古い脳を巻き込んだ強い衝動性に押されてしまうこともあるのです。
「自覚<報酬系」の法則?
そのため、認知療法も心理教育も強い衝動性に対しては効果が薄くなりがちです。現在の再犯予防プログラムの効果が限定的だったのも、この仕組から考えるとある意味では当然の結果と言えるでしょう。
ではなぜ、依存症には自覚を促す方法が効きにくいのでしょうか?実は依存症は脳の報酬系と呼ばれるネットワークが関わっています。このネットワークは快楽をもたらすもので古くてパワフルな脳を巻き込んでいます。そこで、ときに自覚を圧倒する強い衝動性をもたらします。したがって、依存症になってしまっている性犯罪には認知療法や心理教育ではない、更に踏み込んだ予防プログラムが必要なのです。
性犯罪は「病気」と定義すべきではないが…
ここまで読むと、私が「性犯罪は罪ではなく病気である」と主張しているように見えるでしょうか。
いいえ、そうではありません。誤解がないように言葉を足させて下さい。
私は社会的に性犯罪を「病気」としてしまうことには慎重になりたいと思います。仮に性犯罪が依存症であったとしても被害者がいる限り、罪に問われるべきだからです。
ただ、再犯予防プログラムは実態に即した効果的なものであるべきです。性犯罪につながる快楽は必ずしも性的なものではなく、ストレスフルな現実からの逃避という快楽もあるようですが、依存症のメカニズムを踏まえた新しい予防プログラムの開発を期待したいところです。みなさまにも関心を持ってもらえたら嬉しいです。
可能であればあらゆる犯罪で傷つけられる人がいない社会を目指して、ご一緒に犯罪者処遇の問題に注目しましょう。
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杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
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