西洋の衰退をユーラシア大陸の地政学で考える

国家の興亡史からわかる現代地政学――西欧の衰退』という新著をさくら舎から刊行することになり、2月3日に発売になる。

地政学という言葉は、英語ではジオ・ポリティックスといい、直訳すれば「地理政治学」であり、国内政治を扱うのを排除していない。

ただ、先駆者だったハウスホーファー(ドイツ)、マハン(米国)などが大国間のパワーゲームの分析を主たる関心にしたため、国際関係を専ら論じる学問だというイメージで捉えられていた。しかし最近では、企業、サプライチェーン、エネルギー市場、都市なども分析の対象になっている。

また、これまで欧米では、日本ほど人口に膾炙した言葉ではなかった。この学問が第一次世界大戦前のプロイセン帝国や、戦前のナチス時代のドイツで重視されていた反動で、戦後の欧米ではこの言葉を避け、国際関係論とか政治地理学といった呼び方にする傾向があった。そこで、著名な「地政学」を日本での出版タイトルに含む著作で、原語版では別のタイトルになっているものもある。

ただ、世界政治を分析するに当たっての古典的な地政学の有用性は継続しているし、日本人が世界を理解し、日本の進路を考える上で有用なツールだと思う。

そして最近は、ヨーロッパ各国のニュースでも地政学という言葉が登場することが多くなっているようだ。

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また、ユーラシア大陸という捉え方も、地政学の成立と同じような時代に生まれた。世界をアジア・アフリカ・ヨーロッパに三分割したのはギリシャ人だが、これは地形でなく文化的な区分だった。それが19世紀に地理や地質についての学問が発展し、一般向けの地図帳も普及するなかで、ヨーロッパとアジアが地形としてはひとかたまりだという意識が高まり、ユーラシア大陸という呼び名も広まったのである。

さて、「西洋の敗北」というフランスの歴史家エマニュエル・トッドの本が、日本でもベストセラーになった。

西欧では識字率向上を背景に、18世紀から民主主義や産業革命が広まり、植民地獲得や貿易を通じて世界市場を制覇し、文化的にも優位を確立した。戦後には、米国や日本も加えた自由主義陣営は、東西冷戦の最終的な勝利者となった。

しかし西洋は、家族観の変化による少子化、技術教育の軽視と産業の衰退、移民の増加、恣意的な人権思想などにより衰退し、中国やロシアにも対抗できなくなっているとする。

新著は、トッドが指摘するような状況を、西洋に敗北したはずのユーラシア大陸中央部の側から地政学的に眺めてみようという試みだ。

地政学では、西洋の時代は七つの海を舞台にしたシーパワーが、大陸での国境を競うランドパワーに優位を見せつけた時代だったとする。しかし歴史的にみれば、中東、ロシア、インドと中央アジア、そして中国など極東というユーラシア大陸のこの地域は、人類文明揺籃の地であり、歴史のほとんどの時代にあって最も豊かな地域だったのである。

四大文明というと、メソポタミア・エジプト・インダス・黄河文明だが、実はこの言葉は、「騎馬民族説」で有名な江上波夫など、戦後日本の歴史家たちが発明した言葉である。中国でも1980年代あたりから人口に膾炙しているが、欧米で使われることはない。

ただ、4000年以上前から、この四つの地域で新石器文化が栄えて農業社会となり、都市が成立して職人が登場し、宗教的権威を背景にした支配階級が生まれて国家が形成されたことは共通している。

この四つの地域で先行して文明が栄えたのは、地政学的な優位性があったからにほかならない。その発生はそれぞれ独立してはいるが、少なくともエジプトとインダスの文明はメソポタミアの強い影響のもとに生まれ、黄河文明にも早い時代から影響が及んでいたことが確認されている。

それ以降、エジプトとメソポタミアを含む中東をはじめ、インド亜大陸、中国など東アジア、そして10世紀から勃興したロシアというユーラシア大陸中央部の四地域では、それぞれの時代に河川を利用した水運を基礎に大国が栄え、しかも遊牧民たちが馬や駱駝を活用してシルクロードを通じて四つの地域のあいだで交易し、ユーラシア文明を発展させていった。

この図式に変化が出たのは、15世紀に始まる大航海時代である。西ヨーロッパで遠洋航海術が発展し、ポルトガル人がインドや極東に到達した。一方、西回りでインドをめざしたコロンブスのスペイン艦隊によって新大陸が発見され、そこからもアジアにやってきた。そして18~19世紀には、産業革命を経た英仏独など西欧諸国は経済的に大発展し、これにロシア、アメリカ合衆国、日本が加わって世界を支配する帝国主義の時代になった。

主たる交通手段は鉄道、汽船となった。ナポレオン戦争では移動速度の速い砲兵隊が活躍した。「坂の上の雲」で知られるように、日露戦争では秋山好古が育てたフランス仕込みの騎馬隊が、世界最強といわれたロシアのコサック兵を破った。しかし第一次世界大戦では本格登場した戦車隊に取って代わられた。同じく第一次世界大戦では航空機が軍事力として初登場し、第二次世界大戦ではミサイルが使われた。また、自動車が普及した。

この二度の世界大戦では、ユーラシア大陸は世界史の主要舞台ではなくなり、世界史は大西洋をはさんだ西洋史が中心になり、付属的に太平洋の向こうの東洋史が語られるだけになった。

しかし、われわれはいま、歴史の大逆転を目のあたりにしている。歴史的に世界一の大国の地位を競ってきた中国とインドのうち、中国が世界第2位、インドが第4位の経済大国として再浮上し、中東が石油のおかげで世界一豊かな地域となり、ロシアも壊滅的な混乱から立ち直ったことで、ユーラシア大陸中央部が世界史の重要舞台のひとつに復帰してきた。

今回はユーラシア史というテーマに挑戦しようと思う。扱う地域は、①アラブ、トルコ、イラン、エジプトを含む中東地域、②ロシアとその周辺、③インド亜大陸と中央アジア、④中華帝国と北アジアからなる極東である。

書き進め方は、まず全体の流れを俯瞰するために、四大文明が栄えた時代から現代に至るまでのユーラシア大陸地図を時代ごとに輪切りにして俯瞰する。ついで四地域の地域史をよりよく理解できるように、その地域の地政学、歴史を理解する上での注目ポイントを、地域特性に応じて少しずつスタイルを変えながら論じ、最後に今後の世界の展望を語っている。

また、もうひとつ付け加えると、今回の執筆ではAIも活用した。というのは、ロシアだとかアラブだとかいう分野において、現地語での情報を探し出すのは、文献でもネットの検索でも難しかったのだが、AIではそのあたりの探索範囲が非常に広がった。このため、これまでなんとなく疑問を感じても突き止められなかったことが、AIと対話していくとかなりクリアに知ることができるからである。


国家の興亡史からわかる現代地政学――西欧の衰退

【目次】
第1章 文明の源流と民族奥亡が紡いだ古代ユーラシアの大地図
第2章 大航海、新帝国、革命が形づくった近代ユーラシアの再構築
第3章 ユダヤ・イスラーム・ギリシアの世界が形づくった中東の文明圏
第4章 ロシアとウクライナを形づくった千年の興亡史
第5章 インド文明を形づくった大地・民族・宗教の多層史
第6章 王朝・民族・地政学で読み解く東アジア世界の歴史構造