いったい誰がなぜ、SNSで学問を「ポピュリズム化」したのか

3/5の文藝春秋の配信でも述べたが、トランプのイラン攻撃はいよいよ『西洋の敗北』を決定づけたようだ。西側の最大の売りだった「ルールに基づく国際秩序」を自ら放り出したのだからあたり前だが、実態はよりひどかった。

米国での報道によると、プーチンは「イランの濃縮ウランをロシアが引き取る」形での戦争回避をトランプに提案し、断られていたそうだ。イランの側も蹴ったようだが、これだと誰が “平和勢力” なのかも逆転してしまう。

プーチン露大統領、イランが貯蔵するウランのロシア移送を提案か トランプ米大統領は断る
米ニュースサイト、アクシオスは13日、ロシアのプーチン大統領が9日のトランプ米大統領との電話会談で、イランが貯蔵する高濃縮ウランのロシアへの移送を提案していた…

プーチン氏は電話会談で、高濃縮ウランのロシア移送を含む複数の紛争解決策を提示した。ロシアは米国の対イラン攻撃開始前から繰り返し同様の提案をしていたが、米国とイランのいずれも受け入れなかったという。

2026.3.14
強調は引用者

そして、イランを爆撃し中東産の原油を暴騰させれば、代わる供給元としてロシアは息を吹き返す。延々言われた「ロシアもそろそろ継戦は苦しい」論もいよいよお陀仏で、ウクライナが池乃めだかになっても不思議ではない。

ウクライナ侵略支える石油・ガス収入持ち直し、中東情勢の緊迫化はロシアの追い風に…エネルギー供給源として存在感高まる可能性も
【読売新聞】 ロシアのプーチン政権は、米国とイスラエルによるイラン攻撃に伴う中東情勢の緊迫化を追い風ととらえている。ウクライナ侵略に必要な戦費を支えてきた石油・ガス収入が、資源価格の上昇を受けて持ち直すことを期待しているためだ。ロシ

中東の混乱が長引けば、軍事的支出によって圧迫されるロシアの予算の収支改善につながる。事実上封鎖されているホルムズ海峡を通過しないエネルギーの供給元として存在感が高まれば、ロシアはウクライナ侵略をやめないまま、制裁の全面解除を米欧などに迫る可能性もある。

2026.3.14

公平に言って(ぼく自身も含めて)、2022年2月にウクライナ戦争が始まった際、こんな展開を予想した人はいなかった。むしろあらゆる “専門家” が、いまこそ「西側の正義と力」を示す時だと、意気盛んだったのが懐かしい。

…と、ぼくが言っても、一部の業界人には、

ある編集者への手紙|與那覇潤の論説Bistro
以下は2024年12月23日に、ある編集者に送ったメールの全文である。とくに返信のないまま1週間が経ったため、目次と強調を附して公開する。 1. 今年を閉じるにあたって 爾来ご無沙汰しています。世界が大きく動いた2024年も終わりつつありま...

「ウクライナなんてもう『今はホットイシューではないので』、そんな反省はクソどうでもいいんですね~。それよりイラン! ホルムズ! うおおおお新しいセンモンカをバズらせてこっからも外為特会みたいにホクホク!!」

と、あしらわれるらしいが、この現状について篠田英朗さんが、示唆の深いことを書いていた。

戦争に興奮する学者・評論家たち
アメリカ・イスラエルの攻撃に端を発するイラン危機が深刻化する中、日本では奇妙な現象が起きている。戦争の現実を冷静に分析するはずの学者や評論家が、むしろ戦争に興奮しているのである。威勢のいい言葉遣いにかかわらず、日本の閉塞的な状況を示している...

眉を顰めざるを得ないのは、学者や評論家という肩書を持つ人々が、国内の人間関係の対立図式にそって現実を勝手に脚色して一方的に「マウントを取る」場面や、アメリカなど紛争当事者の一方に肩入れし過ぎて根拠不明で現実と整合しない情報を流布して特定のファン層だけを喜ばせているような場面が目立つことである。
(中 略)
SNS時代になって旧時代の評論活動は不可能となり、学者や評論家といえば、刹那的な発言で人気者となっている人たち、のことになってしまったようである。SNSの登場によって、専門家の言論は「知識の提供」から「感情の動員」へと変質した。SNS空間では、分析の正確さよりも、支持者を興奮させる言説の方が拡散されやすいためだ。

2026.3.11

SNSで発信する学者の増加が、かえって学問の内実をポピュリズム化したとの指摘だ。が、現実性はまるでないが、刹那的にはキモチよくて興奮できる快楽の供給者には、ふさわしい名前がある。

はいっ、“売人” ですねぇ(笑)。そんな人たちが2020年からいかに世の中をおかしくしたかは、これまで再三書いてきた。

「専門家の時代」の終焉|與那覇潤の論説Bistro
いま連載を持っているので、送っていただいている『文藝春秋』の4月号が届いた。すでに各所で話題だが、「コロナワクチン後遺症の真実」として、福島雅典氏(京大名誉教授)の論考が載っているのが目につく。タイトルが表紙にも刷られているので、今号の「目...
高市自民の圧勝を生んだ、リベラル派の "読むゾンビ麻薬" 汚染|與那覇潤の論説Bistro
衆院選での史上空前の圧勝に、いちばん驚いているのは解散した高市首相本人だろう。当初は維新と足して過半数という "底辺ギリギリ" の目標を掲げ、敗北の可能性まで言及したのに、ふたを開ければ自民だけで3分の2だ。 現実が予想を裏切ったとき、注意...

とはいえドラッグだって、売れるのは「買う人」がいるからだ。そちらの側――供給ではなく需要の側にいるのは、どんな人だろう? むしろ、そちらにこそ、SNSが学問と社会の結びつきを歪めてしまった原因はないか。

この問いに気づかされたのは、目下の資本主義は消費者を依存症にして物を売る、病的な段階に入っているとする、刺激的な見取り図を示す著作で紹介されていた、ある心理学の実験だった。

アディクションと金融資本主義の精神

第一のラットはボタンを押すたびに、静脈へのコカイン注入を受ける。第二のラットは自分ではボタンを押すことなく、第一のラットがボタンを押した時だけ、同じタイミングで同量のコカイン注入を受ける。したがって二匹のラットのコカイン血中濃度の時間変化は同一に保たれる。

ところがコカインに対するアディクション行動は、第一のラットの方に、より顕著に観察されたという。その違いは、血中濃度の変化によってではなく、自発的行為の有無から生じているはずだ。……自発的な行為選択による能動的学習(positive learning)が大きな役割を果たしているということだ。

鈴木直氏、45-46頁
段落を改変

ヒトに限らず動物的な本能のレベルで、ぼくらには「自分の選択や行動」が快感をもたらした(と認知される)とき、その快楽をいっそう最大化して感受し、ヤメられなくなる特性がある。そこにこそ、依存に陥る罠がある。

依存症と聞いてつい、自立できない「頼りない人」がなると思い込むのは偏見で、かつ最大のミスリードだ。むしろ「私は」こんなにやってる! という自意識を毎日PRするタイプの方が、実はよほどなにかに依存しやすい。

メンタルヘルスの “専門家”(経験者としてだけどね☆)でもある、ぼくが前からこだわってきた言い方に直すと、能動性主体性とは違うのだ。ところがSNSほど、両者をごちゃまぜにして錯覚させやすいメディアもない。

【対談】不安な時代こそ「時間をかける」ことを見直そう
ネットを使って効率的に情報を入手し、SNSで自分の気持ちや考えをいつでも発信できるようになった現代。だが、誰ともつながっていないと孤独を感じたり、何かを深く理解する機会が減っているような気がした...

自らボタンを押しまくって中毒になった第一のラットの行動を、「主体的」と呼ぶ人は誰もいない。が、ヒトが使うSNSでは、自分はセンモンカの発言をリポストしまくってるから「意識高い!」と思い込む人が山ほどいる。

思い込むだけではない。同様の行動をしない――真に「主体性」を持って多様な言論を吟味している(かもしれない)第二のラットに対して、「コイツらはなぜ中毒にならないんだ、意識が低い!」と驕り始める例もある。

…いやいやアイドルの推し活じゃあるまいし、「学者をそんな風に消費する人とかいないでしょ?」と思うかもしれない。でも、いるらしいよ(笑)。あまりにうってつけなアイコンまで目に入ったので、一例をご紹介。

東野篤子先生にファンレターを書く|胡桃最中(くるみもなか)
ファンレターというか、お礼ですね。 この話の続きです。 札幌での友人たちとの再会はとても嬉しかったし、楽しかった。 けれども、ステージ4のがんを抱えた人のお見舞いは、やっぱり単純に遊びに行ったのとは違います。 「楽しかったぁ!じゃあまたね!...

そして一方で見せるコメディエンヌさながらのお茶目なところ、グルメやスイーツやコスメ、ファッションの話題、あるいは鶴岡先生に対する厳しい(?)ツッコミなどなど楽しませてもらえて、「先生どんだけキャパでかいんだwww守備範囲広すぎwww」とも思います(笑)
(中 略)
自分を支えてくれる「推し」がいるってだいじなことなんだとつくづく思います。

2024.8.12
著者が何者かはこちら

へぇ(苦笑)。この状態のヒトが「センモンカの仰るとおりに国際政治を扱え!」みたく、毎日叫ぶ場所がSNSなのだ。ヤバいですよね。

もう1年半近く前の記事にも書いたように、SNSの擬似的な近接性を “啓蒙” に役立てる試みは、正反対の結果をもたらした。起きたのは、センモンカの方が「守備範囲広すぎwww」な “俗人” になるだけの逆啓蒙だったのだ。

「読み書き」するほど賢くなくなる人は、どこが問題なのか|與那覇潤の論説Bistro
ぼくも隔月で載せていただいている『文藝春秋』の書評欄で、平山周吉さんが、その月でイチ推しの新書を紹介するコラムを持っている。 もうすぐ次の号が出ちゃうのだが、11月号では「大げさに言えば、「国民必携の新書」」として、佐藤卓己先生の『あいまい...

かねて予告している次回作『専門家から遠く離れて』も、聞き書きの直しが進み、残りは結論部のみとなった。年内の刊行はまず確実で安堵しているが、あらかじめお伝えしたいことがある。

某業界人によると、コロナもウクライナも「ホットイシューではない」らしいが、そうは行かない。それらが明るみに出したのは、ヒトが自らの主体性をラットレベルまで退化させている、まさに最も深刻な今日の問題だ。

なぜ、ぼくらは近代的な “啓蒙” と科学技術の進歩の果てに、そんな場所まで来てしまったのか。

個々のセンモンカや、幾度もの丁重な呼びかけにもかかわらずそちらに寝返った者の実名はしっかり明記しつつ、同書が目指すのは、この普遍的な問いにこそ答えて、処方箋を描くことだ。

「専門家」が大凋落した2025年を偲び、祝い、送る。|與那覇潤の論説Bistro
いまや思い返すのも難しいが、今年が始まったとき、アメリカの大統領はバイデンだった。後に副大統領にすら老衰ぶりを貶される彼の下で、「ウクライナを勝たせる」という不可能な試みへの投資が、だらだらと続いていた。 政権がトランプ(第2次)に替わるの...

ゆえあって去年からぼくは「戦後批評の正嫡」になって、文藝評論が政治思想になる日本の最良の伝統を引き継いだりもしてるわけだが(汗笑)、その意味で次回作は、ぼくにとっての「文明評論」にするつもりである。

言論人にとって「批判」とはなにか?:『江藤淳と加藤典洋』刊行によせて|與那覇潤の論説Bistro
いよいよ本日(5/15)、新刊『江藤淳と加藤典洋』が発売になる。ヘッダーのとおり、上野千鶴子さんが、過分な帯を寄せてくださった。 ……と、殊勝なことを書くと「口先だけで、お前ホントは恐縮してないだろ?」とか絡む人が出てくるけど、そんな次元の...

ぜひ、ご期待を賜りたい。西側ないし近代文明のいよいよの没落を見るいま、日本でものを書く人にできることは、その他にないのだから。

参考記事:

日本列島を、弱く貧しくしてきた「専門家の王国」を取り除こう(朝日新聞とBSフジ出演!)|與那覇潤の論説Bistro
1/3の『朝日新聞』朝刊が、長めのインタビューを載せてくれた。翌日にさらなるロング・バージョンもWebに出たので、(有料だが)以下に掲げるリンクから読んでいただける。 ぼくがここ数年考えてきた "歴史" の社会的な意義を、多角的にお話しした...
アメリカはなぜ、世界の警察官から「ならず者」に転職したのか|與那覇潤の論説Bistro
冷戦を知る世代にとって、ボブ・ウッドワードは「ジャーナリスト」の代名詞である。ウォーターゲート事件の真相をスクープし、ニクソン大統領を辞任に追い込む顛末は映画になり、昨年亡くなったロバート・レッドフォードが演じた。 本人は今も現役で、一昨年...

(ヘッダーは、夏目製作所の商品見本より)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年3月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。

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