国際政治学者の方々がメディアに登場して、「中国の認知戦」に対抗する体制を向上させなければならない、といった威勢の良い主張を続けている最中、自衛官の中国大使館侵入事件が起こった。かなり固い思想を持っている人物であるようだ。誰もこの人物を擁護はしないだろうが、反中国の世論が強い現在、高市政権としては中国に弱みを見せることを避けたい一心の力学も働いているようだ。
果たして、「中国の認知戦」に打ち勝つ、といった異論を封じ込める路線は、日本の国益を長期的に増進していくだろうか?
気になるのは「認知戦」が、中東の石油という社会機能の根幹に関わる問題にも及んでいることだ。イランは、交戦国であるイスラエルとアメリカの船舶以外は、ホルムズ海峡の通行を妨げない、としている。なお、この立場は戦時国際法の考え方にそっているところがある。
論拠や推論の筋道を示さず、ただ結論だけ断定的に述べるのが現代日本の「専門家」。交戦国が、特定(敵性国)の国籍の船ないし出入りする船に対し、公海上で強制的に立ち入り警察・経済・軍事活動する「臨検」は、戦時国際法の海戦法規(海上捕獲法)に基づく行為。中立国の通行は妨害しない宣言してい… https://t.co/FwwAwpQ9Z9
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) March 24, 2026
これに対して日本の「専門家」たちが「いや、ホルムズ海峡は封鎖されている、イランは邪悪な国家だ、封鎖は国際法違反だ、イランの言うことを聞いてはならない」といった宣伝戦を行っている。
日本政府はひたすら「封鎖をとけ」とイランに要請しているというが、イランは最初から封鎖などしていない、という立場なので、これでは交渉どころか、会話にもならない。
自民党議員や「専門家」の方々は、とりつかれたかのように自衛隊のホルムズ海峡派遣を主張し、「9条だけでは日本を守れない」と相変わらずのサヨク攻撃に熱を入れているが、現在、ペルシャ湾には、米海軍ですら近づけない状態だ。自衛隊を送って何をするのか。全くの机上の空論、あるいは国内のサヨク攻撃をする理由を見つけたいだけの議論だと言わざるを得ない。
すでに多くの国籍の船舶がホルムズ海峡を通過している。同じアメリカの同盟国で隣国の韓国なども、交渉を進めているようだ。果たして日本政府は、どこまで「封鎖をしていないという貴国の言い分を否定し、封鎖をしていると主張する、だから封鎖を止めると言え」、という非生産的な、アメリカ向けパフォーマンス以上の意味のない、態度を取り続けるつもりだろうか。
2024年以降首脳会議が開催されていないクアッドの友人であるインドは、すでに自国籍のタンカーをホルムズ海峡を通過させている。いずれはインドなどに頼る必要もあるのではないかと思われるが、高市首相がインドに関心を見せている姿を見たことがない。
そもそもイランを非難し続けないと、アメリカから見離される、という恐怖から、いたずらにイランを邪悪化する「認知戦」に熱心になっているようだが、果たしてそれは国益を見据えた態度か。たとえば「FOIP」「クアッド」の生みの親と言える安倍首相であれば、こうした事情が発生することもふまえてのことだろう。イランと緊密なコンタクトも持っていた。以下は、安倍首相が会談したイラン高官のリストである。
1. ハサン・ロウハーニー(大統領)
会談時期:2014年9月:国連総会(ニューヨーク)で会談

安倍首相とハサン・ロウハーニー大統領 外務省HPより
2019年6月:安倍首相がテヘランを訪問し会談(日本の首相として約41年ぶりのイラン訪問)
2. アリー・ハーメネイー(最高指導者)
会談:2019年6月 テヘラン

安倍首相とハーメネイー師 ハーメネイー師Xより
日本の首相がイラン最高指導者と直接会談するのは極めて異例。
3. モハンマド・ジャヴァード・ザリーフ(外相)
会談:2019年5月 東京訪問、その前後にも複数回接触(外相会談・表敬など)

安倍首相とモハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外相 政府広報オンラインより
イラン核合意(JCPOA)交渉で知られる外交官。
安倍政権期の日本・イラン外交で最も頻繁に接触したイラン高官。
4. アリー・ラーリージャーニー(国会議長)
会談:2019年6月 テヘラン
イラン政治の実力者の一人で、国家安全保障政策にも影響力を持つ人物。

アリー・ラーリージャーニー氏 Wikipediaより
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【参照記事】
- トランプ大統領に踊らされている日本 篠田 英朗
- 日本駐留米軍が中東の戦争に派遣:日本人が知っておくべきこと 篠田 英朗
- 戦争に興奮する学者・評論家たち 篠田 英朗
- 宗教戦争の様相を呈するアメリカ・イスラエルのイラン攻撃 篠田 英朗
- イスラエルと米国のイラン攻撃を見て日本人が考えるべきこと 篠田 英朗
- 野党は「穏健」勢力として生き残れ 篠田 英朗









コメント
篠田氏の議論は鋭く、傾聴に値する。
しかし右派的な「認知戦」言説への反発が強すぎるあまり、イランの外交的レトリックと海峡の現実の運用環境を混同している。ホルムズ海峡は少なくとも2026年3月時点において、平時の自由な国際通航路とは到底いえず、JMICとReutersが示す実態は「事実上の封鎖」と呼ぶ方が正確である。
インドの事例をそのまま日本に当てはめることにも無理がある。インドの通航確保は例外的な成果であり、日米同盟を基軸とする日本が同じ立場に立てる保証はない。高市政権の現実の対応は、盲目的な対米追随でも無条件の軍事派遣でもなく、法的制約を前提としつつ、エネルギー調達の多様化と経済安全保障の強化に重心を置くものとして理解するのが最も実態に近い。
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氏は、イランが国連安保理および国際海事機関(IMO)に対し「非敵対的な船舶はイラン当局との調整のもとで通航できる」と伝えていることを重視しているようだが、外交的レトリックだけで現場を判断するのは危うい。実際、JMIC(Joint Maritime Information Center)は2026年3月24日時点で、アラビア湾・ホルムズ海峡・オマーン湾の海上脅威環境を「CRITICAL」と評価しており、ホルムズ通航量も平時の約138隻/日から直近観測では6隻/日程度にまで落ち込んでいる。Reutersもホルムズ経由の石油・LNG輸送は「ほぼ停止した」と報じている。この実態を前に「封鎖ではない」と言い切るのは、少なくとも現状認識として無理がある。現実のホルムズ海峡では、民間船舶が極度の危険と不確実性のもとでしか動けない状態が続いている。JMICは3月1日以降の確認済み海事インシデントを21件とし、GNSS・GPS・AISへの干渉、スプーフィング、ジャミングが継続していると警告する。だから「封鎖されていない」と結論づけるのは誤りである。
イランは、非敵対的な船舶であっても当局との調整と安全規則への服従を条件に通航を認めるとしており、これをもって「通常の意味での自由な国際通航」とは到底いえない。Reutersが報じたインド船の通航は「例外的」な扱いである。さらに、イランが「友好国」と示唆した中国船でさえ、実際にはホルムズ通過を試みて引き返したという。現状は「通りたい船が普通に通れる海峡」ではなく、「イランの裁量と交渉、そして軍事情勢に左右される海峡」なのである。報道ベースでは、こうした選別的な通航許可に高額な支払いが伴った可能性も指摘されている。Lloyd’s Listによれば、承認された船舶には通航審査や支払いが求められ、少なくとも1件で200万ドル規模の支払いが報じられている。
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篠田氏が示唆するように、日本が米国の対イラン路線から距離を置きさえすればインドのような扱いを受けられる、という想定も楽観的に過ぎる。Reutersも、米国がインドを長年「歴史的に非同盟の国」として扱ってきたと報じている。対して日本は日米同盟の中核に位置し、外務省の記録でも高市・トランプ会談は「日米同盟を更なる高みに引き上げる」と明示されている。両国の対外戦略上の立ち位置は、そもそも同列ではない。
その違いは、今回のホルムズ危機にも鮮明に現れている。Reutersはインド船2隻の通航を「例外」と報じ、別稿ではその背後にイランとの具体的な取引・交渉があったと伝えている。インドの通航確保は単なる「友好国待遇」ではなく、戦略的自律性を土台にした個別交渉の産物である。日本が日米同盟を基軸としつつインド太平洋での安全保障協力を深めながら、中東だけを切り離して「純粋中立」と見なしてもらおうとするのは、構造的に無理がある。インドと日本の間には、越えがたい戦略的差異が厳然として存在する。
したがって、高市政権が米国に怯えて盲目的に追随し、インドのような重要国との連携を軽視しているという篠田氏の政治的批判も、そのままでは成り立たない。高市首相は2025年11月にモディ首相と対面会談を行い、「今後10年の日印共同ビジョン」に基づき安保・防衛・経済・人的交流を推進することを確認したうえで、半導体・AI・経済安全保障分野での具体的協力強化においても一致している。両首脳は「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」に向けた連携も確認しており、「インドを無視している」という評価は事実に反する。