企業価値担保権がスタート:「社長の在りよう」が問われる時代へ

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みずほ銀行の第一号は、からあげ専門店だった。

5月25日、事業性融資の推進等に関する法律が施行された。企業価値担保権という新しい担保制度が、正式に動き始めた日だ。

みずほ銀行が選んだ第一号案件は、「がブリチキン。」を展開するブルームダイニングサービス(名古屋市)への融資だ。平塚信用金庫(神奈川県)は、事業再生中のプラスチック加工業者に担保権を設定した。西京銀行(山口県)は、設立1年にも満たない農業スタートアップに行員を出向させ、出資まで行ったうえで担保権を設定した。

片山金融担当相によれば、施行日当日だけで20金融機関・延べ26件が取り組みを実施した。

この連載を始めてから、一貫してこの制度を取り上げてきた。『銀行の覚悟と社長の覚悟:同じ在りようが試される時代』では「バックミラーを見ながら車を運転することはできない」と書いた。

銀行の覚悟と社長の覚悟:同じ在りようが試される時代
日本最大の金融経済専門紙、ニッキン(日本金融通信社)が動いた。3月13日付から「担保と覚悟」と題した連載特集を1面に展開し始めた。事業性融資推進法の施行まで、あと約2ヶ月。本連載で繰り返し取り上げてきた企業価値担保権が、いよいよ金融業界全体...

なぜ企業価値担保権を書き続けるのか:社長のリスクと銀行の現実』では「ABLがそうだった。リレーションシップバンキングがそうだった。新しい制度が来るたびに形骸化させてきた」と書いた。

なぜ企業価値担保権を書き続けるのか:社長のリスクと銀行の現実
この連載で企業価値担保権を何度も取り上げてきた。読者の中には「なぜ経営コンサルタントが融資制度の話をこれほど書くのか」と思った方もいるだろう。今回はその理由を正直に話したい。社長はリスクを取りすぎている私が融資の支援を始めたのは、ある現実を...

前稿『事業計画の「蓋然性」とはなにか?』では、全銀協会長の「蓋然性」という言葉を取り上げた。

事業計画の「蓋然性」とはなにか?
「事業計画は達成率で評価される」——多くの経営者がそう思い込んでいる。あるいは「正確な数字を出すことが重要だ」と信じ、精緻な予測を積み上げることに時間を費やす。しかしこれらはいずれも、事業計画書の本質から外れた思い込みだ。銀行が事業計画書に...

5月25日、それが制度として動き始めた。

リレバンと、何が違うのか

この問いに、私は一つの答えを持っている。

リレーションシップバンキングも、事業性評価融資も、ABL(動産・売掛金担保融資)も、いずれも「融資姿勢を変えよ」という行政指導の域を出なかった。金融庁の方針に従って形式を整える。しかし現場の融資行動は変わらない。検査マニュアルが撤廃されても、慣性で動き続ける。そういう構造だった。

今回は違う。

担保という、法的権利の構造そのものが変わったのだ。

不動産担保も経営者保証も、「過去の確かなもの」を根拠とした制度だ。土地は逃げない。保証人の印鑑は動かない。しかし企業価値担保権は、将来キャッシュフローを含む事業全体の価値を担保にとる。まだ存在しない価値を、法的な権利として設定する。

銀行が動かざるを得ない理由が、精神論ではなく、制度設計の中に埋め込まれた。

施行初日に、平塚信用金庫が融資部内にワーキンググループを組成し、弁護士3人を招いて法律の勉強会を開いたのも、枚方信用金庫が大学と連携してAIによる企業価値評価モデルの開発に着手したのも、「方針に従う」という動きではない。新しいビジネスの作り方を、手探りで始めている動きだ。

しかし、制度は社長を変えない

ここで立ち止まらなければならない。

前稿『事業計画の「蓋然性」とはなにか?』で書いた全銀協会長が「蓋然性」という言葉を使ったことを。達成率でも正確性でもなく、「その計画に至る論理が、社長以外の人間にも伝わるか」を銀行は問い始めるのだと。

事業計画の「蓋然性」とはなにか?
「事業計画は達成率で評価される」——多くの経営者がそう思い込んでいる。あるいは「正確な数字を出すことが重要だ」と信じ、精緻な予測を積み上げることに時間を費やす。しかしこれらはいずれも、事業計画書の本質から外れた思い込みだ。銀行が事業計画書に...

では、社長の側は何が変わったのか。

以前の記事『社長室で起きている静かな断絶:「業績は順調です」と言わせてしまう構造』で描いた場面を思い出してほしい。

社長室で起きている静かな断絶:「業績は順調です」と言わせてしまう構造
社長室に銀行員が来る日は、不思議な緊張感が漂う。自分のオフィスであるにもかかわらず、社長は少し改まった表情をする。革張りの椅子に深く座り直し、応接テーブルを挟んで向かいの銀行員を迎える。ここは確かに社長のホームグラウンドだ。しかし、この部屋...

製造業の社長が銀行員を前にして「おかげさまで、順調ですよ」と言う。本当は、売上が伸びているのに預金が減っている理由がわからない。融資を3回受けても問題が解決しない感覚がある。しかしそれを言語化できない。言語化できないから、問えない。問えないから、また同じ30分が繰り返される。

この断絶は、企業価値担保権が始まっても、消えない。

むしろ深まる可能性がある。

なぜか。担保権の設定後、銀行は月に一度、訪問してモニタリングを行う。コベナンツ(財務制限条項)の達成状況を確認する。事業計画の蓋然性が崩れたと判断すれば、融資の見直しが始まる。

社長が自分の会社の状態を言語化できなければ、この対話は成立しない。記事『AIにできないこと——対話という、最後の経営課題』で書いた「二つの独白が、同じ部屋で起きている」という場面が、月次の定期訪問として制度化されるだけだ。

AIにできないこと——対話という、最後の経営課題
社長こんなことを考えていませんか?多くの社長はこう思うだろう。「コンサルタントが代わりに話してくれれば楽なのに」と。ではひとつ問いたい。自社のことを自分で語れない社長を、銀行は信頼するだろうか。多くの財務系コンサルタントはこう言う。「私に任...

西京銀行が示した本質

26件の第一号案件の中で、私が最も注目したのは西京銀行だ。

農業法人・中森農産阿東(山口市)に対して、この銀行はまず出資をした。行員を出向させた。農地拡大の5カ年計画を共に描いた。非財務コベナンツの一つに「農地の拡大」を設定した。そのうえで、担保権を設定した。

松岡健頭取はコベナンツについてこう語っている。「融資先を適切にサポートするためのきっかけ」だと。

これは「融資の条件として担保権を設定した」のではない。「支援の結果として担保権が設定された」のだ。

銀行の覚悟と社長の覚悟:同じ在りようが試される時代』で書いた言葉を引く。

銀行の覚悟と社長の覚悟:同じ在りようが試される時代
日本最大の金融経済専門紙、ニッキン(日本金融通信社)が動いた。3月13日付から「担保と覚悟」と題した連載特集を1面に展開し始めた。事業性融資推進法の施行まで、あと約2ヶ月。本連載で繰り返し取り上げてきた企業価値担保権が、いよいよ金融業界全体...

銀行員に問いたいのは、「過去の決算書の延長線上に、企業の未来があるとは限らない」という認識だけではない。では未来を共に作ろうとする覚悟があるか、という問いだと。

西京銀行は、その問いに一つの答えを出した。

在りようが問われている、社長の側にも

嫌われた監督・落合博満氏に学ぶ「経営者の在りよう」』で落合博満を取り上げた。

嫌われた監督・落合博満氏に学ぶ「経営者の在りよう」
1. 「ただ野球ができればいい」という病多くの中小企業経営者が抱えている病がある。それは「現状維持」という名の、緩やかな死だ。「借金が返せればいい」「社員に給料が払えればいい」「今の売上が続けばいい」。一見、謙虚で堅実な言葉に聞こえるが、こ...

信子夫人に「アンタはプロ野球選手として一体何を目指しているの?」と問い質されたとき、彼は「三冠王になりたい」と答えた。その瞬間からOSが書き換えられた、と。

企業価値担保権は、社長に同じ問いを突きつけている。

「あなたの会社は、どこへ向かおうとしているのか」

不動産担保や経営者保証の時代、この問いは融資審査に関係なかった。土地の評価額と保証人の資力があれば、社長の向かう先など問われなかった。

しかしこれからは違う。将来の事業価値を担保にとる以上、銀行は「この社長の言う将来は、本当に来るのか」を問わざるを得ない。それが蓋然性の検証という作業の意味だ。

そしてその問いに答えられるのは、数字ではなく、社長の在りようだ。

他人に作らせた計画書には蓋然性がない。社長が語れない計画は、社長の行動に結びつかないからだ。一倉定が言った通りだ。「事業計画を書いた人が社長である」と。

制度が変わった。銀行が動き始めた。残るのは、社長が動くかどうかだ。

「順調ですよ」と言い続ける社長と、自分の会社の本当の状態を言語化できる社長とで、これからの5年間は全く異なる結末を迎える。

企業価値担保権が問うているのは、銀行の覚悟だけではない。社長の在りようそのものだ。

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