なぜ昭和天皇は米軍基地維持を米国に要請したのか

『誤解だらけの沖縄と領土問題(増補改訂版)』(清談社)からの抜粋。今回は戦後から本土復帰までである。

蒋介石が沖縄領有を求めなかった背景

戦後、沖縄が27年の米軍統治のあと日本に戻れたのには、いくつかの幸運があった。沖縄について、アメリカのルーズベルト大統領はカイロ会談で蒋介石に日本への領土要求はないかと打診した。沖縄を欲しければ認めてもよいというシグナルだった。

蒋介石 Wikipediaより

しかし、蒋介石は態度を明確にしなかった。というのは、独立運動もないし、それ以上に、民族分断を日本に要求すれば、満州や内外蒙古の独立阻止や台湾返還主張にマイナスだと考えたためである。日本民族の住む沖縄を自分のものにすると、民族自決の旗を自ら降ろすことになってしまうことを心配したのである。

しかし、国民党は共産党に追われて台湾へ移ったので、幸運にもすべてがうやむやになった。そして、サンフランシスコ講和条約でアメリカ軍の施政権下に置かれた。中国や台湾に干渉されずに、将来の本土復帰の可能性を残すためには、内心忸怩たるものはあるにせよ、アメリカの施政権下に沖縄を置き、アメリカとの2国間交渉で沖縄の地位を変更できるようにしておいたのは、まことに賢明な措置だったといえる。

昭和天皇が示した現実的判断

昭和天皇が、「アメリカ軍による占領は、米国にとっても有益であり、日本にも防護をもたらすことになるだろう」とし、沖縄の占領を、日本の主権は残した状態で、四半世紀から半世紀、あるいはそれ以上の期間の租借という形態に基づくものにしてはどうかとされたのは、そういう意図からである。

昭和天皇 Wikipediaより

昭和天皇が沖縄を見捨てたという人もいるが、すんなりと沖縄が日本に戻ってくるというわけにはいかない状況のもとでは、まことに賢明な現実的判断だったと思うし、そのことの正しさは沖縄の本土復帰で立証されたのだと思う。

米軍統治下の行政と主席人事

沖縄では、戦争で行政組織も壊滅したので、まず沖縄諮詢会が設けられ、これが沖縄民政府となり、1950年には統一機構として臨時琉球諮詢委員会(のちに琉球臨時中央政府)が設けられた。

実際の行政は4つの群島政府に任され、その1つである沖縄群島政府知事には、八高を中退して戦前に沖縄県職員だった平良辰雄が民選で選ばれた。平良は沖縄の地方政党である社会大衆党を結成し、初代の委員長になった。

しかし、意に沿わない民選知事を嫌ったアメリカ軍は、1952年に琉球政府を設け、比嘉秀平を主席にしたが、朝鮮戦争が勃発したことを受けた軍用地接収で騒然とするなか、急死した。

後任には当間重剛が任命された。復帰運動には懐疑的で、離任後に独立運動に理解を示したりした人である。1959年になると、大田政作が、米国民政府が立法院の代表者に諮る方式で任命された。ところが、大田は沖縄の民政に強引に介入する強面のキャラウェー高等弁務官との板挟みになり、辞任に追い込まれた。

後任は、米軍民政府の了解のもとに立法院が任命する形がとられ、電力会社などを経営していた松岡政保が就任した。

初の主席公選では、復帰運動の象徴的な存在で、広島高等師範出の屋良朝苗(1972~76)が当選した。そのときの対立候補は、東京帝国大学法学部で学び、那覇市長を務めた西銘順治だった。

屋良朝苗 Wikipediaより

西銘は、沖縄が自分たちだけでやっていこうというなら貧困を我慢せざるを得ないと、「いも裸足」論を展開し、中央直結での現実的な方針を主張したが、反戦と早期復帰を唱える屋良の勢いの前に3万票差で敗北した。西銘が屋良の教え子であったことで、恩師と争うのかと批判されたことも痛いところだった。

本土復帰運動と佐藤栄作の交渉

このころの本土復帰問題の状況を見ると、保守系では、いずれは返還すべきだと考えるにせよ、早期の返還には経済上の理由から躊躇する人も多かった。そのなかで、沖縄県の教職員組合が最も熱心に無条件の復帰を運動し、日の丸掲揚運動を展開していた。

これに対して、北京政府は、米軍基地撤去への期待もあり、日本復帰運動を支持していた。それに対して、台湾の国民政府は、日本への返還に際しては相談してほしいという立場をとり、独立運動への支援を行ったこともある。

1964年に佐藤栄作が首相に就任したが、その翌年に沖縄を訪問して、「沖縄返還なくして戦後は終わらない」と声明した。佐藤栄作首相は、交渉に国民政府が異議を唱えないように、1967年に訪台して蒋介石総統に仁義を切った。

佐藤栄作 Wikipediaより

アメリカの基地を維持することが台湾にとっていちばん大事なのではないかということを説明し、基地維持を条件に返還に異議を唱えないことを求めた。蒋介石は了解はしなかったが、米軍基地が存続するのであればと黙認することにした。


誤解だらけの沖縄と領土問題(増補改訂版)(清談社)

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