「ものがたり」産業政策に沈黙する嫌中らの御都合主義

2026年8月20日、2つの報道が並んだ。

1つは、累積赤字540億円を抱えたクールジャパン機構について、政府が廃止方針を固めたこと。
2013年の設立から12年での撤退である。

クールジャパン機構廃止へ 巨額の累積損失、概算要求も見送り | 毎日新聞
巨額の累積損失を抱える官民ファンド「海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構、CJ機構)」について、政府が廃止する方針を固めたことが20日、明らかになった。経済産業省は2027年度予算の概算要求を見送ることも判明した。CJ機構は第2次安倍政...

もう1つは、経済産業省が「エンタメ・クリエイティブ産業戦略2026」を公表したことだ。
副題は「ものがたり大国5か年計画」
日本発コンテンツの海外売上を2024年の6兆1000億円から2033年に20兆円へ引き上げるという。

「エンタメ・クリエイティブ産業戦略2026」を取りまとめました(METI/経済産業省)
経済産業省は、2033年までに日本発コンテンツの海外売上高を20兆円に拡大するという政府目標の実現に向けて、2025年度に「エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会」を開催しました。この度、本研究会での議論を踏まえて、「エンタメ・クリエイティ...

12年分の失敗を畳んだその日に、より大きな旗が立ったのである。
SNS上では、アゴラ執筆陣を含めて批判が殺到した。

こういった産業政策がなぜ批判の的になるかは、アゴラではここ数日の記事だけでも論じ尽くされており、私が屋上屋を架す必要はないだろう。

クールジャパン機構はなぜ失敗したのか:ファンドが「公益」に投資してはいけない
日本のアニメ、ゲーム、食、観光などを後押しするため2013年に設立された官民ファンド、クールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)の廃止が決まった。経済産業省が概算要求に関連予算を要求しないことを決めたからだ。2025年度末の累積損失は540...
官民プロジェクトに学ぶ「失敗の本質」:第五世代コンピュータからクールジャパンまで
高市政権の「370兆円の成長投資」は、第五世代コンピュータ、BTRON、シグマ計画、JDI、クールジャパンなど、政府が技術・企業・投資先を選んで失敗してきた産業政策の歴史を繰り返す懸念がある。 官民プロジェクトが失敗しやすい本質は、政府が市...
大赤字で解散するクールジャパンの次は「ものがたり大国」:また電通と吉本の食い物か
経済産業省が、巨額の累積赤字を抱える「クールジャパン機構」を廃止する方向で調整に入ったが、そのニュースとほぼ同時に登場したのが、ものがたり大国5カ年計画である。名前は変わったが、アニメやゲームなど日本のコンテンツを国策で海外に売り出すという...

私が引っ掛かったのは、批判の中身ではなく分布である。

アゴラ陣営の言説から強調したいのが、池田信夫所長による、

日本は中国の国家資本主義をまねられない

という指摘だ。

これら「日本版・中国モデル」という繰り返された批判について、いわゆる「ネトウヨ」に代表される、普段から中国の統制経済を厳しく批判してきた層が、この件については静かなのだ。
※もっともこれは管見の限りの観察に過ぎず、私の見落としもあり得る。

これを少数例として片付けてよいものかと資料を辿るうち、もっと奇妙なものに行き当たった。
中国の「五か年計画」とされる産業政策を検証していたのが、他ならぬ経済産業省だったのである。
ネットの誰かだけでなく、役所自身が自ら書いた分析に黙っているのだ。

先に、私の立場を明示しておく。

  1. 私はリバタリアンであり、中国共産党の統治体制は思想的に好まない
  2. 「資本の過小な途上国という条件では国家主導が機能した」という池田信夫所長の論考には賛成する

ただし、問いたいのは上記の是非ではない。
中国の国家資本主義を批判してきた我が国が、なぜ和製のそれには同じ物差しを当てないのか、そしてこの非対称はどこから来るのか。

その考えから、本記事を認めるに至った。

経産省は中国をどう分析していたか

昨年公表された通商白書2025で、経産省は中国の産業発展メカニズムを分析している。

第2節 中国の産業発展メカニズム:通商白書2025年版 (METI/経済産業省)
経済産業省通商白書2025年版

白書は丸川知雄氏の『中国の産業政策』(2025)を引きつつ、次のように記している。

丸川は、五か年計画の重点分野に指定された産業の営業収入・労働生産性の伸びが平均を上回ったかを検証すると、直近の第13次五か年計画の成功率は半分程度まで下落しているとしている。

重点分野に指定しても、半分は外れる。
役所自身がそう書いたのだ。

そして今年8月、同じ役所が「ものがたり大国5か年計画」を掲げた。
ここには誰の沈黙も必要ない。
公文書が2つあれば足りる。

※なお「5か年計画」という語の出自について、私から言うことは特にない。

鏡写しの5ヵ年計画

ChatGPTにて出力(文字は筆者加工)。 登場する人物はフィクションであり、実在の人物とは関係ありません。

「産学官」という免責装置

この5か年計画と並行して進む、「累計370兆円を超える官民投資」の旗を振る高市総理は、7月21日に日本成長戦略の取りまとめにあたってこう述べた。

経済財政諮問会議・日本成長戦略会議合同会議 | 総理の一日 | 首相官邸
高市総理は、総理大臣官邸で令和8年第11回経済財政諮問会議・第7回日本成長戦略会議の合同会議を開催しました。

過去の産業政策、官主導と言われました、政府に目利きができるのかと言われましたけれども、今回は、産学官で練り上げた政策でございます

批判を正面から引き取りはしたものの、まるで答えになっていない。
問われているのは「誰が作ったか」でなく、「外れた時に誰が責任を取るのか」であるからだ。

参加者を増やしても、目利きの精度が上がる道理がない。
むしろ「産学官」なる枠組みそのものが温床でもある。
学識者・業界・官庁が同じ卓を囲めば、失敗の検証者と当事者が同一人物になり得る。
アゴラ記事で指摘されている人脈の連続性も、その構造がもたらした帰結に他ならない。

540億円赤字の総括なき「クールジャパン機構」:中村伊知哉氏と経産省の公金ガバナンス
540億円の失敗を「トータルでは成功」で済ませるのかクールジャパン機構が累積赤字約540億円を抱え、廃止の方向となった。2013年に鳴り物入りで始まった官民ファンドだが、巨額の損失を残したまま幕を閉じようとしている。ところが、失敗の責任や制...

成績も既に出ている。
会計検査院によれば、クールジャパン機構が2023年度末までに回収を終えた17案件のうち、投資額を上回ったのはわずか3件。
打率にして1割7分6厘である。

別図表17 令和5年度末までにEXIT実施済みの案件の投資倍率の状況 | 官民ファンドにおける業務運営の状況に関する会計検査の結果について | 検査要請 | 会計検査院
官民ファンドにおける業務運営の状況に関する会計検査の結果について

さらに問題は、官民合計の370兆円という総額だけが先に発表され、そのうち幾らが税金なのかが示されていない点だ。
高市総理は同じ発言の中で、

・累計370兆円を超える「官民投資」が期待されることをお示ししましたが、
・官の投資については、「予算編成過程」において、戦略分野の民間投資を実現するために真に必要かつ効果のある支援策を見極めて、具体化してまいります。

とも述べている。

加えて、要求上限を設けない投資枠まで新設するという。

高市政権の2026骨太の計画は、骨太どころか前提条件が甘すぎる
6月30日の経済財政諮問会議に、骨太の方針2026の原案が出ました。370兆円の官民投資、2040年度にGDP1,100兆円、毎年実質10兆円の追加支出。威勢のいい数字が並んでいます。私はこの文書の数字を一つずつ検算しました。結論から言うと...

内訳のない総額に、上限のない要求の組み合わせ。
民間企業ならこんな提案から決算が通ることは考えられないが、我が国の首相がそれをできてしまう構造こそ悲劇である。

撃つべきは体制ではなく手法である

  1. ガソリンの価格統制
  2. 特定分野への大規模な財政支援
  3. 産業ごとに数値目標を掲げた「◯か年計画」

この3つを他国がやっていたら、我が国の論者は何と呼んだだろうか。

  1. 価格を官が決める
  2. 投資先を官が選ぶ
  3. 目標を官が数字で握る

これら3つが揃った時点で、資源配分の決定権は市場から官へ移る。
そして選ばれる側は、市場に訴えるビジネスよりも、官に訴えるロビー活動に努めるようになってしまうのだ。
このような非生産的活動を、レント・シーキングという。

価格・投資先・目標のどれか1つでも市場から外れれば、必ず歪みが生まれる。
これは経済学の普遍的現象だ。
たとえばゲーム機の値付けを検証した拙稿では、価格を市場水準から大きく下振れさせた結果、長期に渡る品薄と行列が生まれた例を示した。

Switch2を確実に手に入れる方法
4月4日の拙稿「進化するSwitchが次に食い荒らすのは何処か」で紹介したNintendo Switch 2が市場に投入された。結果、Switch2は初動4日で世界販売台数350万台に到達。社会現象となった初代Switchが1ヶ月弱かけて記...

歪めるのが業界であれ国家であれ、経済学的な帰結は変わらない。

では、どうすべきか。
「政府の役割は公共財に限定すべき」という処方箋も、失敗の検証が先だという指摘も、既に前掲の記事群が示している。

あえて付け加えるとすれば、「それでも支援するというなら、事業者の選定を官が行う方式から降りる」の1点だろう。
税額控除のように、誰がいくら使うかを市場側が決める形にすれば、中抜きされる余地はまだ小さい。

ここで、想定される反論にも答えておこう。
「民主的手続きを経た一時的な産業政策と、権威主義体制の恒久的な統制を同一視するな」という指摘は当然あり得るし、それは正しい。

だから私は「体制」が同じだとは言っていない。
資源配分を官が握るという「手法」が同じだと言っている。
手法が同じなら、結果も必然的に似たものとなる。
それは540億円の大赤字と、1割7分6厘の低打率で実証されているはずだ。

ここまでの流れを踏まえて、冒頭の問いに戻ろう。
中国の社会主義や国家資本主義を批判する、ネトウヨや経産省といった「嫌中」が、和製の産業政策にはその結果に目を瞑り沈黙する。
これは自由主義とも資本主義とも呼べない、御都合主義ではないか。

自由と市場を掲げて他国を批判するのは容易い。
しかし同じ物差しを自分たちにも当てて、初めてそれは主義と呼べる。
ここまで読んでこられた方には、もう見えているはずだ。

物語を作るのは民間の仕事であり、国家の仕事はその邪魔をしないことではあるまいか。
もっとも、20兆円の「ものがたり」に取り憑かれているのは、それを書いた作者かもしれないが。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント