もはや台湾や上海より貧しくなった沖縄と沖縄知事選挙

今晩の沖縄知事選挙開票速報を楽しむために、戦後の沖縄の人口と経済の推移と、もはや台湾や上海より貧しくなった沖縄の危機的な状況を解説したい。

内容は主に、拙著『誤解だらけの沖縄と領土』(清談社)からである。

戦後に急増した人口と長寿県からの転落

沖縄県の人口は明治初年は17万人くらいだった。琉球処分後に民生の向上で人口は増えたが、ハワイや南洋諸島などへの移民も多く、1944年では58万人とそれほどの伸びではなかった。

戦争で住民の4分の1を失い、33万人にまで落ち込んだようだが、終戦直後は復員した人や引き揚げ者などもあり50万人ほどで、本土復帰した1972年には95万人で全国30位あたりだったが、現在では145万人で全国25位といったところである。

沖縄は長寿だといわれ、国勢調査にあわせて5年ごとに発表される厚生省の統計では、本土復帰から2000年までは男女とも1位だったが、2020年には男性は43位、女性は16位に陥落している。

食生活については米軍施政権下のほうが全国的にみても洋風だったのだから、洋食化が原因ではない。むしろトップの滋賀県など、肉やパンの消費が多く、最も洋風の食生活である。原因は全国的な健康意識の高まりに乗り遅れていることや、男性の深酒が原因のようだ。

経済については1人あたりの県民所得は最下位ないし46位で推移している。ただし、子供や高齢者が多いので、生産年齢については40位前後ということもできる。

基地・公共事業から観光中心へ変わった沖縄経済

経済では1980年代までは、観光・基地・公共事業がほぼ同等だったが、21世紀に入ると観光が基地の数倍もの規模になっている。

観光客は沖縄返還直後は年間約40万人台だったが、バブル期には200万人、2010年に600万人、2019年には1000万人に達した。うち外国人は200万人ほどで、韓国がそのうち4割くらいを占める。中国は新型コロナ前は2割くらいまで上昇していたが、新型コロナ収束後も十分に回復していない。

観光以外ではなかなか成功分野がないが、健闘しているのはコールセンターである。沖縄の人のしゃべり方がやさしく可愛いのが好評といわれている。

また、沖縄開発の重点事業を年代別にみると、1970年代には沖縄国際海洋博覧会の開催があり、その跡地は国営公園になっている。1980年代には那覇空港の新ターミナル、高速道路、リゾート施設が建設された。1990年代には首里城正殿の復元が実現した(戦災で焼失前より豪華なものにしたことには賛否両論がある)。沖縄コンベンション・センターも設置され、先進国首脳会議も開催された。また、大型免税ショップの開設があった。

2000年代にはモノレールが開通した。2010年代には沖縄科学技術大学院大学(OIST)の開学やクルーズ船対応港湾整備が行われた。2020年代にはテーマパークのジャングリア沖縄や西普天間地区に医療・大学拠点整備が行われた。

台湾や上海より低くなった沖縄の所得水準

沖縄の1人あたりの県民所得は全国平均の7割くらいで推移している。それでも、台湾や中国よりは高かったので、日本にいることは無条件に豊かさを保証してきた。

沖縄は日本、台湾、中国の沿岸部の省などとの1人あたりの所得を比べてみた。もはや九州沖縄は東シナ海の貧困地帯になりはてて、台湾や上海には水をあけられ、江蘇省とほぼ同水準である。

これでは沖縄は独立したほうが豊かになれるのかもしれないようにみえる。実際には、台湾や中国沿岸部にあって沖縄にはないものが多いので難しいのだが、少なくとも日本にいればこそ豊かであるのは自明でなくなっているのである。

玉城デニー氏、古謝げんた氏 公式動画より

日本政府も新しい知事も真剣に考えなくてはならない問題である。


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