
(前回:自動運転まで10年、誰が運ぶのか:ライドシェアをタクシー利権から切り離せ)
前稿では、台風や事故で鉄道が止まり、タクシーだけでは需要をさばけないときこそ、ライドシェアが有効ではないかと論じた。

では、実際に本格的なライドシェアがあったとして、料金はどうなるのか。
9月21日、台風25号の影響で首都圏の交通は大きく乱れた。東京・品川駅では午後5時すぎ、タクシー約20台が待機する一方、約200人の行列ができ、2時間で列は約2倍に伸びていた。千葉駅でも90~100人ほどが並び、先頭の人は約3時間待ってようやく乗り場の先頭まで来たという。


鉄道が止まれば、乗客は一斉にタクシーへ向かう。しかし需要が10倍になったからといって、その瞬間にタクシーも10倍にはならない。
2,000円で3時間待つか、1万円ですぐ帰るか
普段ならタクシーで2,000円程度の距離だとする。
鉄道が止まり、駅前には数百人のタクシー待ち。一方、ライドシェアアプリを開くと、需要急増によって料金は1万円になっている。
「5倍なんて高すぎる。私は待つ」という人がいて当然だ。しかし「子どもが家で待っている」「明朝から仕事がある」「1万円でも今すぐ帰りたい」という人もいる。
ならば、その人には1万円を払って帰る選択肢があっていい。
ここで1万円を「普段2,000円なのに5倍も取る暴利」とだけ考えると、ダイナミックプライシングの重要な機能を見落とす。
高い料金には車を呼ぶ機能がある
台風の夜、2,000円しか稼げないなら、わざわざ自家用車を出したくない人は多いだろう。冠水、強風、倒木、飛来物。平時にはないリスクがある。
では1万円ならどうか。
「この地域ならまだ走れる。この報酬なら車を出そう」と判断する人が出てくる可能性がある。
需要が急増する。価格が上がる。その価格なら走るドライバーが増える。一方、高すぎると思う利用者は待つ。供給が増え、需要が減り、需給の逼迫が緩めば価格には下落圧力が働く。
これがダイナミックプライシングの基本的な役割である。
Uberのデータを用いたChenとSheldonの研究でも、サージ価格が高い時間帯ほどドライバーは稼働を延ばし、供給するライド数が増えることが示されている。
Chen & Sheldon, “Dynamic Pricing in a Labor Market”
もちろん、台風時に必ず供給が増えるわけではない。道路が冠水していれば1万円でも走れない。危険だと思えば走らなければいい。
重要なのは、どの報酬ならリスクを引き受けるのかを、各ドライバー自身が判断できることだ。
1万円を払わない人にも利益がある
ここが重要である。
駅前で200人がタクシーを待っているとする。そのうち50人が「私は1万円払ってライドシェアで帰る」と列から抜ければ、タクシー待ちは150人になる。
つまり、ライドシェアに乗らない人の待ち時間まで短くなる。
さらに一般車が追加供給されれば、地域全体の輸送能力そのものも増える。
「1万円を払える人だけが得をする」という批判は分かりやすい。しかし1万円を払う人がタクシー列から退出すれば、2,000円のタクシーを待つ人にも利益が生まれる。
高価格の選択肢を増やすことは、低価格の選択肢を奪うことではない。
固定価格でも「3時間」という価格を払っている
そもそも「2,000円のタクシー」と「1万円のライドシェア」を比較してはいけない。
比較すべきなのは、「2,000円だが3時間待ってもいつ乗れるか分からないタクシー」と、「1万円だがすぐ乗れるライドシェア」である。
価格を2,000円に固定しても希少性は消えない。金銭価格で調整しなければ、行列と待ち時間で調整するだけだ。
利用者は金ではなく、「3時間」という時間を払っている。
しかも3時間並んでも、タクシーは1台も増えない。一方、高い料金は「今ここでは車が不足している」とドライバーに伝え、追加供給を促す。
固定価格だから安いのではない。待ち時間という見えない価格を払わせているだけなのである。
危険だからこそ価格と情報が必要になる
「台風なら危険だから、一般ドライバーは車を出さない」という反論は間違っていない。
しかし「危険だから供給が減る」ことと、「価格を上げても意味がない」ことは同じではない。
むしろ危険だから通常料金では供給されない。2,000円では走らない。5,000円でも走らない。1万円なら、自分の地域の道路状況を確認して走る。あるいは1万円でも走らない。その判断を本人に委ねればいい。
もちろん、通行止めを突破したり、明らかな危険区域へ入ったりしてよいという話ではない。
そしてライドシェアには、プラットフォームという利点もある。
乗車地と目的地を最初から把握し、交通規制、気象情報、GPSによる車両位置や走行速度を経路選択に利用できる。さらに他車の走行実績やドライバーからの冠水・倒木情報を共有すれば、一台一台の車を「移動する道路センサー」にすることもできる。
5分前に通れた道路が今も安全とは限らない。テクノロジーで災害リスクをゼロにはできないが、情報を集約することで軽減する余地はある。
日本版ライドシェアは需要急増に即応できるか
国土交通省も、雨天や災害時にタクシー需要が増えること自体は認識している。
現行の日本版ライドシェアでは、1時間5mm以上の降雨が予報される場合に使用可能時間帯や車両数を拡大できる。また、地震や台風などの災害時、あるいは自然災害や事故で鉄道等が運休した場合にも、日本版ライドシェアを活用する運用が用意されている。
制度は改善されている。
しかし、海外型ライドシェアのように、需要と価格を見た一般ドライバーが、その場で自由にオンラインになる仕組みとは違う。
現在の日本版ライドシェアはタクシー事業者の管理下で運行される。例えば日本交通では、通常シフトは原則4時間単位で、当日のシフト追加も開始1時間前まで。始終業はスマートフォンでオンライン実施できるまで柔軟化されているが、開始時間を自由にずらすことはできない。
国交省も、日本版ライドシェアを「タクシーが不足する地域・時期・時間帯を特定し、不足分を供給する」制度と位置付けている。2026年2月の運用改善では、一定の地域で需要の繁閑に応じて協議運賃を一定範囲で変動させることも可能になった。
それでも、海外型のサージプライシングのように「鉄道が止まった」「価格が上がった」「なら今から走ろう」という数分単位の需給調整とは別物である。
台風や事故による鉄道停止では、需要は制度の判断を待ってくれない。数分、数十分で駅前に数百人があふれる。
需要はリアルタイムなのに、供給は制度の枠内でしか反応できない。
ここに現在の日本版ライドシェアの限界がある。
「安い。でも車がない」は安いのか
2,000円のタクシーを3時間待つ自由はあっていい。
1万円を払って今すぐ帰る自由もあっていい。
そして、1万円なら車を出すという人がいてもいい。
災害時に守るべきなのは、平時と同じ料金ではない。必要な場所へ、どうすれば追加の輸送力を呼び込めるかである。
「高いから使わない」という選択肢は利用者に残る。
しかし、「安い。でも車がない」では、そもそも選択肢になっていない。
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