WIPOトップに中国人は不適格だ:知的財産盗みへの世界的危惧

長谷川 良

スイス・ジュネーブに本部を置く世界知的所有権機関(WIPO、加盟国192カ国)は今年3月5日、6日、フランシス・ガリ現事務局長の後任を選出する。オーストラリア出身のガリ事務局長は2008年10月、第4代事務局長に就任して今年で2期目、12年の任期が終わる。

▲ジュネーブにある世界知的所有権機関(WIPO)本部(WIPO公式サイトから)

▲ジュネーブにある世界知的所有権機関(WIPO)本部(WIPO公式サイトから)

WIPOの主な業務は、知的財産に関するルールの策定、国際出願制度の運用管理、知的財産分野での新興国支援などだ。事務局長選はWIPO加盟国のうち、83カ国により構成されるWIPO調整委員会で実施され、各国が1票ずつを有し、投票が行われる。事務局長の任期は6年。

次期事務局長候補に7人が立候補を明らかにしている。有力候補としてWIPOのブランド・デザイン部門で部長代理を務めている中国出身の王彬穎(Wang Binying)氏の名前が挙げられている。

中国の王毅外相が昨年11月、王彬穎氏の擁立を発表すると、「中国は欧米企業から知的財産を盗む国として知られている。その国の出身者がWIPO事務局長に就任するなんて、悪い冗談だろう」という声が聞かれたほどだ。王彬穎氏はWIPOに勤務する前は中国国家工商行政管理総局に勤めていたから、中国共産党メンバーと見てほぼ間違いないだろう。

当方はこのコラム欄で国連が中国の支配下に置かれる危険性を警告してきた。「米国の“国連離れ”はやはり危険だ」(2018年7月31日参考)、「国連が中国に乗っ取られる日」(2019年2月3日参考)、「中国共産党の国連支配を阻止せよ」(2019年6月10日参考)、等のタイトルで記事を書いてきたが、ここにきてその恐れが次第に現実化してきた。WIPOの次期事務局長に王彬穎氏が選出されるようなことがあれば、国連は文字通り、中国共産党の下部組織となっていく。

中国は15ある国連の専門機関で既に4つの機関のトップを掌握している。①国連食糧農業機関(FAO)の屈冬玉事務局長、②国連工業開発機関(UNIDO)の李勇事務局長、③国際電気通信連合(ITU)の趙厚麟事務総局長、④国際民間航空機関(ICAO)の柳芳事務局長だ。

中国が国連で影響力を拡大できる原因の一つは、トランプ米大統領の国連軽視がある。トランプ米大統領はホワイトハウス入り後、対中国政策を重視し、中国の世界支配の覇権を壊滅するために力を入れてきたが、国連に対しては軽視、ないしは無視する傾向が続いてきた。中国はトランプ政権の国連軽視政策を利用して、国連内の基盤を拡大してきたわけだ。

ただし、WIPO事務局長の行方は米国にとっても重要だ、年間数百億ドルとみられる知的財産が中国側に窃取されている米国にとって、WIPOのトップに中国人が就任することは何としても避けなければならない。

トランプ米政府は中国通信機器大手ファーウェイ(華為技術)が中国のスパイ活動を支援しているとして米国市場から追放する一方、カナダや欧州諸国にも同様の処置をとるように働きかけてきた。トランプ大統領は昨年9月の国連総会で、米国のメモリメーカー、Micron社の機密が中国企業によって窃取されたことを挙げて、中国を批判したばかりだ。米中貿易戦争の背景には、中国による米国企業の最新技術・情報の窃盗問題が絡んでいる。

中国共産党員の王彬穎女史がWIPO事務局長に就任すれば、「鶏小屋にキツネを招くようなものだ」から「盗人に家の鍵を預けるようなものだ」といった声すら聞かれるのだ。

ポンぺオ米国務長官はファーウェイがスパイ活動やハイテク技術の窃盗に関わった事例を挙げている。米政府が中国の先端技術、情報の窃盗を防止するために様々な手を打ち出したことを受け、中国側は最近、欧州に目を付けだしてきたという。例えば、ベルギー政府は2018年、欧米の航空業界の重要技術情報を盗もうとした中国人工作員の男の身柄を米国に引き渡している。

ところで、ウィーンに本部を置く国連薬物犯罪事務局(UNODC)のフェドートフ事務局長(ロシア)の後任選びが昨年行われたが、中国公安部国家麻薬監視委員会副長官の曽偉雄氏(61、Andy Tsang)が有力候補者と見なされていたのだ。

曽偉雄氏は2011年1月から2015年5月まで香港警察長官だった。香港の警察長官時代、2014年の反政府デモ(雨傘運動)の取り締りで、強硬な警察力を行使し、平和的に行われたデモに対し催涙ガスなどを投入するなど、強権を発動した。香港の市民ならば同氏の名前を聞けば苦々しい思いしか出てこないだろう。その同氏がUNODCのトップに選出されたならば大変だということで、米共和党のテッド・クルーズ上院議員はトランプ米政権に「中国にUNODC事務局長ポストを手渡すな」と檄を飛ばし、トランプ政権の対応を求めた経緯がある。

幸い、米国側の外交努力もあって、UNODC事務局長に中国人が就任するという「醜怪な決定」(a hideous Appointment)は避けられた(「米共和党クルーズ上院議員の『警告』」2019年9月16日参考)。

海外中国メディア「大紀元」は2日、中国共産党中央組織部が実施するハイレベル人材招致「千人計画」を報じている。「千人計画」とは、共産党政権が科学発展、経済繁栄、国家安全保障を前進させるため、海外から、先駆的な技術を持つ科学者や研究者を厚遇で招き入れる。そして迎え入れた外国研究者に対して、海外での研究成果や技術情報を中国側に渡すことを要求するというのだ。すなわち、中国共産党政権が国家ぐるみで知的財産と技術の窃盗を行っているわけだ。米メディアによると、米捜査当局はこれまで米国71機関で、千人計画に関する180件の知的財産窃盗の調査を行っている。

WIPOの次期事務局長選で中国人候補を破るためには欧米諸国の結束だけでは十分ではない。日本はWIPO特許協力条約法務・国際局上級部長を務めている夏目健一郎氏を擁立している。

いずれにしても、WIPO事務局長選は米中貿易戦争にも影響を与えるだけに、その行方が注視されるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。