国連安全保障理事会は9日、非公式の緊急テレビ会合を開いた。ドイツが要請したもので、世界各地で新型コロナウイルス(covid-19)の感染で多くの死者が出ていることを受け、国際社会が結束して「第2次世界大戦後、最大の人類の危機」(グテーレス国連事務総長)を克服するために開催された。
国連安保理は15カ国から構成されているが、米英仏露中の5カ国は常任理事国だ。10カ国は非常任理事国で、地域別に選出される。常任理事国には拒否権がある。そのため、国連安保理は世界の紛争問題で一致して対策を打ち出すことがこれまで難しかった。「米英仏の3国」と「ロシアと中国両国」の間で常に対立が繰り返されてきたからだ。
残念ながら、世界全域で9日現在、160万人が感染し、9万人以上の犠牲者が出ている新型コロナへの対応でも米国と中国の対立は大きい。米国は中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼び、中国共産党政権が武漢近郊の「中国科学院武漢病毒研究所」で人工的に製造、それが管理の落ち度から外部に流出した。中国共産党政権がそのウイルス流出の事実を隠蔽したため、初期対応が遅れ、中国を含む世界各地で大感染(パンデミック)となったという主張だ。それに対し、中国は米国が新型コロナウイルスを中国に持ち込んだという説を捏造して、米国側の中国責任論に反撃してきた経緯がある。
米中の新型コロナ危機への対立に対し、本来は中立の立場で意見を述べ、専門的な対応を提示すべき世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は中国詣でで習近平国家主席を「その指導力は稀に見るものがある」と称賛し、中国側の対応を評価する一方、中国批判を強める米国を意識して「新型コロナ危機を政治化すべきではない」と警告している有様だ。
当方はこのコラム欄で国連が中国の支配下に置かれる危険性を警告してきた。「米国の“国連離れ”はやはり危険」(2018年7月31日参考)、「国連が中国に乗っ取られる日」(2019年2月3日参考)、「中国共産党の国連支配を阻止せよ」(2019年6月10日参考)、等の記事を書いてきたが、その恐れが次第に現実化してきている。
米国ファーストを標榜するトランプ米大統領は就任以来、国連を軽視し、米国の国益に反する国連専門機関への拠出金、支援金をカットするなどの政策を続けてきた。それに反し、中国は積極的に国連に関与し、国連専門機関のトップのポストを次々と奪っていった。トランプ氏は今、自身の国連無視政策の代償を払わされているわけだ。
国連安保理やWHOが「第2次世界大戦後最大の危機」に効果的な対応を取れるかは不確かだ。グテーレス事務総長は、「パンデミックは平和と安全を脅かし、社会的不安と暴力を生み出す恐れがある。国連安保理の結束と決意の意思表示は不安が充満する時代にとって大きな意味がある」と述べ、国連の最高意思決定機関である安保理の結束を訴えている。
現在の国連は、国連憲章に明記されているような世界の紛争解決の責任を果たしていない。「国連」は193カ国の加盟国から構成された機関であり、「国連」という国家や世界政府が存在するわけではないので、加盟国間の利益の対立、いがみ合いは当然出てくるが、21世紀の人類が直面している諸問題はもはや一国レベルで解決できるテーマではない。地球温暖化、そして今回の新型コロナ危機だ。国連の抜本的な機構改革が急務となる理由だ。
今回のコラムを書く直接の契機は、グテーレス事務総長が過激テロ組織が新型コロナウイルスのような細菌を利用する「生物テロの危険性」が高まってきたと警告を発していたからだ。核兵器や大陸間弾道ミサイルなどの大量破壊兵器は、無政府機関が製造し、それをテロに利用することは難しいが、新型コロナウイルスのような病原体は生物学の知識を有する者ならば製造でき、なおかつ、核兵器以上の被害をもたらすことが出来る。これほど恐ろしい兵器はないのだ(「生物・化学兵器は核兵器より怖い!」2020年3月6日参考)。
生物・化学兵器の製造、使用を禁止する多国間条約は既に施行されている。生物兵器禁止条約(BWC)は1975年3月に発効済みだ。問題は、化学兵器や生物兵器を使用した国に対して制裁と検証が実施されていない、という現実だ。
朗報は、ハーグに本部を置く化学兵器禁止機関(OPCW)が8日、2017年3月下旬、シリア中部のハマ県でアサド政権が3回にわたり、化学兵器を使用したと断定した報告書を公表したことだ。報告書の中で国名を明記し、その責任を指摘したことは今回が初めてだ。
新型コロナ危機でも明らかなように、防疫など平和的目的以外で秘かに製造された病原体や毒素などが人為的ミス、管理ミスから外部に流出するワースト・シナリオを常に想定して、その対策を練っておかなければならない。中国全土ばかりか、世界全土に莫大な被害をもたらした新型コロナがテロ組織の手に入った場合、世界は文字通り最大の危機に直面することになる。繰り返しになるが、病原体・毒素の保安管理などバイオ・セキュリティは、核査察協定(核セーフガード)と同様、一層の強化が急務だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。