1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁④

城所 岩生

「1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁」①  投稿後の6月9日、早稲田大学知的財産法制研究所が「パメラ・サミュエルソン教授セミナー」を開催した。講演を聞いて、で紹介した日本版フェアユースの導入の必要性を再認識した。

教授は以前、来日時に同じ早稲田大学知的財産法制研究所主催のセミナーでも講演、その時のテーマはまさにフェアユースだった。日米の著作権法の権威による講演会(その1:米国) (その2:日本) (その3:パネルディスカッション)

オンラインで開催された今回の講演を聞いて、で提案した日本版フェアユースとは別の日本法への示唆を思いついたので、本稿で紹介する。係争中の事件について訴訟当事者以外の第三者が裁判所に意見を提出できる制度である。

米国のアミカスブリーフ制度

米国には、誰でもアミカスキュリエ(amicus curiae:法廷助言者)となって、アミカスブリーフ(amicus brief:法廷助言書)を提出できる制度がある。当事者以外も出せるので、注目を集める事件の場合には、多くのアミカスブリーフが提出される。特に最高裁が取り上げる事件は、それが最終判断となることもあって、人々の関心も高く、多くのアミカスブリーフが提出される。

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日本でも訴訟当事者が学者などに鑑定意見を書いてもらって裁判所に提出する制度はある。しかし、アミカスブリーフは事件関係者にかぎらず、誰でも提出できる。バイアスのかかっていない第三者の意見は裁判所にとっても参考になるはずである。

筆者は2005年に、ファイル交換ソフトの著作権侵害責任が問われたグロッグスター事件の米最高裁での口頭弁論を傍聴したが、この時にアミカスブリーフの効用を実感した。提出された40以上のアミカスブリーフを一通り読んで、口頭弁論に臨んだが、その中に特許法に古くからある理論を適用すべきだとの意見があった。良いアイディアだなと思っていたら、判決もこの理論を採用した。

日本での試行実施

こうした経験から、拙著「著作権法がソーシャルメディアを殺す」 (2013年)で、司法による著作権法改革の具体策として提案したところ、2014年に知財高裁が試行的に採用した。米アップル日本法人と韓国サムスン電子が、スマホの通信技術の特許の使用条件をめぐって争った訴訟の控訴審で、知財高裁は訴訟の争点についての意見を公募した。

日本では初の試みで、判決も約2ページを割いて意見の概要を紹介し, 最後に「これらの意見は, 裁判所が広い視野に立って適正な判断を示すための貴重かつ有益な資料であり,・・・」として, 意見提出者に謝意を表している. 試行実施だったが, 裁判所が広い視野に立って適正な判断を示すには、衆知を集めた方がよいことは米国のアミカスブリーフが実証しているので, 本格的な導入を提言した。

今年の改正で特許については採用

特許については、5月21日に成立した特許法の改正で日本版アミカスブリーフともいえる第三者意見募集制度が導入された。以下は「特許法等の一部を改正する法律の概要 (令和3年5月)」からの抜粋である。

(3)知的財産制度の基盤強化
① 特許権侵害訴訟における第三者意見募集制度の導入

  • 複雑化した特許権侵害訴訟において、裁判所が広く第三者から意見を募集で
    きる制度を導入。
  • 社会的影響の大きい事件において、裁判所が幅広い意見を踏まえて判断できるよう当事者の証拠収集を補完。
  • 弁理士が「第三者意見募集制度」における相談に応じることを可能とする。

上述の「社会的影響の大きい事件において、裁判所が幅広い意見を踏まえて判断できるよう当事者の証拠収集を補完」については、上記、米アップル日本法人と韓国サムスン電子セミナー事件で試行導入した知財高裁判決でも指摘されたとおりである。

今回の特許法改正を提案した、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会の「ウィズコロナ/ポストコロナ時代における特許制度の在り方」と題する報告書(令和3年2月)は、第三者意見募集制度導入の是非について以下のように結論づけた。

AI・IoT 技術の時代においては、特許権侵害訴訟は、これまで以上に高度化・複雑化することが想定され、裁判官が必要に応じてより幅広い意見を参考にして判断を行えるようにするための環境を整備することが益々重要となっている。本小委員会における審議においては、裁判所が必要と認めるときに利用できるような第三者意見募集制度の導入について、大きな異論はなく、残された論点について引き続き議論を深めていくべきとの方針が示された。

今回の米最高裁判決とアミカスブリーフ

改正の背景となった、「AI・IoT技術の時代においては、権利侵害訴訟は、これまで以上に高度化・複雑化することが想定されること」は特許に限らない。著作権侵害訴訟だったグーグル vs オラクル事件の最高裁での口頭弁論時にも、判事達が APIや宣言コードを理解するのに苦慮、グーグルの代理人も説明に悪戦苦闘した。このため、口頭弁論終了時にはオラクル有利の観測が広まった。

以下、こうした状況下でアミカスブリーフが果たした役割について振り返る。

  • 支持するアミカスブリーフの数では両者とも30前後と拮抗しているが、判決ではグーグル支持の9件のアミカスブリーフが引用されている。
  • 公益団体もグーグルを支持した。中でも米国反トラスト協会は、控訴審が排他的権利と競争のバランスをはかることによって、イノベーションと競争を促進する著作権法の目的を考慮せず、競争面を無視した判決を下した点を批判、ソフトウェア市場のイノベーションと競争を遅らせる判決を覆すよう促した。最高裁判決はフェアユース判定の第4要素、「原著作物の潜在的市場に与える影響」(参照)を判断する際にこの考え方を採用し、オラクルが著作権を行使することによって得る利益と、Java APIを学んだユーザーが開発する創造的改良によって得られる公共的利益を比較衡量すると、著作権行使は著作権本来の目的である創造性を阻害するとした。
  • 法学者も97名(うち72名はサミュエルソン教授が代表した知的財産権法学者)がグーグル支持、11名がオラクル支持と圧倒的にグーグル支持が多かった。
  • ライバルでもあるマイクロソフト、IBMなどのIT巨人もグーグルを支持した。
  • 最も強力なオラクル支持のアミカスブリーフは合衆国政府のもの。のとおり、訟務長官はグーグルの侵害を認める連邦巡回控訴裁判所の判決を支持するアミカスブリーフを提出した。これまでの例でも最高裁は訟務長官の意見を7~8割方採用してきたが、今回は採用しなかった。
  • 権利者団体は当然オラクルを支持したが、権利者よりの米国知的財産法協会は結論としては中立だったが、実質グーグル寄りのアミカスブリーフを提出した。
  • 米連邦裁判所の判事は、最高裁を含めて大統領が上院の承認を経て任命するため、党派色がはっきりしている。2020年10月の口頭弁論に参加した8名の判事の構成は保守派が5名、リベラル派が3名だった。ところが、今回は多数意見を書いたブライヤー判事を含む3名のリベラル派に、保守派の3名も加わって6対2の判決となった。

以上から、今回の判決にアミカスブリーフの果たした役割の大きさがうかがえる。次回はわが国最高裁のIT関連判決を紹介しながら、日本版アミカスブリーフ制度の必要性を検討したい。

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