16日に開票されたチェコ共和国下院の総選挙は、衝撃的かつ歴史的な結果となった。ボヘミア・モラヴィア共産党(KSCM)と中道左派の社会民主党(CSSD)が議席を失ったのだ。KSCMのヴォイテック・フィリップとCSSDのヤン・ハマチェクの両トップはその夜のうちに辞意を表明した(10日Euronews)。
200議席を争った結果、与党ANOが72議席(-6)を占め第一党を維持したが、SPOLU連合が71議席(+31)、PIR-STAN連合が37議席(+9)を得て、両連合が連立政権を組むと見られる。残りの20議席(+1)は極右のSPDが占め、15と14の議席を持っていたKSCMとCSSDは議席を失った。
年初に結成した中道右派SPOLU連合は、ODS(市民民主主義党)が34議席(+11)、KDU-ČSLが23議席(+13)、TOP 09が14議席(+7)を獲得し、4議席(-18)のパイレーツ党(PIR)と33議席(+27)の市長・無所属党(STAN)の連合との「自由民主主義ブロック」の形成を予め合意していた。
選挙前はこれらの外に少数政党3党が6議席を持っていたが、KSCMとCSSDの29議席共々消滅し、反自由主義のANOと極右のSPD、そして自由民主主義ブロックとに3極化した格好だ。それにしても30年ほど前まで共産主義国だった国家で、共産党と社会党が議席ゼロとは驚天動地ではないか。
が、ANOから「自由民主主義ブロック」へ政権移行がすんなりと行く訳ではない様だ。その理由は、首相の任命権を持つゼマン大統領が「最大同盟ではなく最大政党の党首に首相の役割を与える」と選挙前に述べていたこと、そして目下そのゼマンが重病で集中治療室に入っていることだ。
目下の「最大政党の党首」はANOのハビス現首相だが、ゼマンがハビスを指名しても、SPDと合わせても92議席、信任投票では自由民主主義ブロックの108議席に負ける。そこでハビスが、首相を下りる条件でODSに連合(106議席)を持ち掛けて、ANO主導の維持を企てるとの見方もある。
まるで自民党総裁選での決選投票の事前予想の様相だが、筆者は仮にハビスが提案してもODSがそれに乗る可能性はないと予想している。その理由は後述する。
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KSCMの源流は、コミンテルンの支援で1921年に設立されたチェコスロバキア共産党(KSC)で、KSCはナチスドイツに占領されるまで10%内外の得票率を維持していた。ナチスはチェコをボヘミア・モラビア保護国に組み込んだので、KSCはナチスに協力したとの非難を受けずに済んだ(11日のEuronews)。
ソ連はチェコスロバキアを解放するとKSCを権力の座に置いた。46年の戦後初の選挙でもKSCは得票率31%で第1党となった。「自由で公正な選挙において、ヨーロッパの共産主義政党の中で最も高い得票率であったと一般的に考えられている」と前掲記事には書いてある。
68年に起きた党内の自己改革ともいえる「プラハの春」がモスクワに潰され、ソ連が崩壊してもKSCは第2位を維持していた。93年のチェコスロバキア連邦の解体後にKSCM(ボヘミア・モラビア共産党)に改組、その後も10%以上の支持率を得ていた。
ところが2010年代に入るとKSCMやCSSDのような古い政党に代わって、一方ではリバタリアンのPIRや緑の党などの新しいポピュリスト政党が、また一方では極右のSPDをはじめとする過激派政党が台頭し、かつて共産党を支持していた有権者を惹きつけている(前掲記事)。
同記事は「投票者の大半が年配者」とのシンクタンクの談話や「フォロワー数はTwitterが3,237人、Facebookでは約15,000人」などとKSCMを腐し、汚職疑惑の絶えない国内2位の億万長者ハビス率いるANOを18年に非公式に支持したことがKSCMのコア支持層から大批判を受けたとする。
さらにチェコの多くの有権者が、ロシアや中国との同盟を望むKSCMの外交政策に賛同していないとし、チェコ人の57%が中国に否定的との19年のピュー・リサーチの調査を報じている。この辺りは昨今の中東欧の中国離れの一端を表しているのではなかろうか。(参考拙稿「マクロンの対米妥協の裏に見える「一帯一路」の凋落」)
KSCMの高齢化は、同様の現象で足腰が衰えつつある日本共産党をまさに髣髴させ、チェコの台湾接近が共産中国を嫌うチェコ国民の民意であることと合わせて、チェコ国民の共産党離れの様子が、この選挙結果を報じる2本のEuronews記事に横溢している。
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最後にODSがハビスの持ち掛けに応じないと筆者が予想する理由だが、それには台湾が関係する。チェコは中国に苛められる台湾を見かねワクチン3万回分を寄贈した。北京が威嚇する中、台湾を訪問して議会で演説したビストルチルはODS(市民民主主義党)所属の上院議長だ。(参考拙稿「台湾国産ワクチンのフェーズⅢ入りをめぐる騒動の中身」)
つまり、「自由民主主義ブロック」大躍進の背景には共産中国を嫌う多くのチェコ国民の民意があると思われる。だのに、台湾を訪れた上院議長を擁するODSが同ブロックとの合意を裏切ってまで、汚職疑惑の絶えない党首を戴くANOと組むような自滅行為に走るとはまず考えられないということだ。
目下、総選挙さ中の日本も、こうした国際社会の潮流に逆行して、共産主義の政党と手を握った立憲民主党をここで勝たせるようなら、西側諸国から相手にされなくなること請け合いではなかろうか。
日本共産党は中国共産党とは違うという、だが共産党を名乗り続けるその本質が、中国共産党と異なる訳がない。立憲枝野も自ら中枢にいた悪夢の政権から「学んだ」という。が、鳩山が「学んだ」はずの辺野古に関する主張を蒸し返す浅薄さは、中国共産党の国民党乗っ取り劇をご存じないからか。
中国共産党はコミンテルンが指示した国共合作で国民党の体内深く徐々に浸透し、やがてその身体を食い破った。すなわち、軍や地方組織、武器弾薬から医薬品まで根こそぎ奪いし、地主などから強奪した金品や物資で農民を釣って味方につけ、とうとう国民党を台湾に追いやった。(参考拙稿「習近平が訪問した湘江で93年前に何が起こったのか」)
そしてまた今、その台湾をも奪おうとしている。かつて共産主義に支配され、そこからの改革努力をもモスクワに軍事力で踏み躙られた経験から「学んだ」のチェコ総選挙の結果を、「悪夢の民主党政権」から「学んだ」はずの日本人は、今回の総選挙で見習うことが必要だ。