中国朝鮮族の韓服姿に憤る韓国民のお粗末な歴史認識

朝鮮半島の南北二国と共産中国が、目下の日本にとって「厄介」な国であることには多くの者が首肯しよう。が、この三国もどうやら互いを「厄介」と考えているらしく、何かというと軋轢を起こす。

Barks_japan/iStock

南北朝鮮では、朝鮮戦争の終戦宣言を退陣の手土産にしたい文大統領が米中や北に送った秋波はほぼ無視され、北がこのところ頻繁に撃っているミサイルはどう見ても南向けだ。北と中国では、武漢発の流行病を警戒する北の鎖国で、金一族は困らないが、国民は餓死に向かっているようだ。

中韓はといえば、THAAD配備のお返しに酷いイジメに遭っている韓国は、国民の大半が中国嫌いになっているのに、文在寅は相変わらず中国へのお追従姿勢を続けている。そこへ北京冬季五輪の開会式でも、韓国民の中国嫌い、あるいは「ウリジナル」に起因する騒動が起きた。

中国内の各民族が中国国旗を掲げる場面で登場した韓服姿の女性に、韓国のネット民が「中国が韓国の文化を盗んだ」と反発、本格化した大統領選の候補まで「我々の自尊心を深く傷つけた」(李在明)とか、「主権国家に対する明らかな文化的侵略だ」(尹錫悦陣営)などと批判しているのだ。

筆者は、中国東北部には朝鮮族が住んでいるのだし、北京がそういう演出をする以上、韓服(チマチョゴリ)姿の女性の登場は当然なのに、と思いつつ産経「緯度経度」(2月14日)を読むと、さすが韓国駐在歴が長くこの国を知悉する黒田勝弘が次のように書いていた。

今回の韓国の非難は客観的には言いがかりに近い。なぜなら中国は開会式に多くの少数民族を登場させており、その中にチマチョゴリ姿があっても不思議ではないからだ。中国には「朝鮮族自治州」が存在する。

同じ産経が21年4月25日から5月16日まで21回連載した、龍谷大学教授李相哲の「話の肖像画」の第1回で、かつて朝鮮族だった李教授は長戸雅子記者の取材にこう述べている。

故郷はロシアと国境を隔てる中国・黒竜江省の三江平原北部の紅旗村というところです。1930年代に韓国の慶尚道から農業を営むため集団で移住してきた人たちが後に中国籍を得て、朝鮮族と呼ばれる少数民族になりました。

北朝鮮と国境を接する「延辺朝鮮族自治州」には200万人を超える朝鮮族が暮らしているそうだが(Wikipedia)、筆者は長年「50万人」と思っていた。20年ほど前に草思社から出た「朝鮮戦争の謎と真実」(A.V.トルクノフ著)の記述が強く印象に残っていたからだ。

著者は当時、ロシア外務省付属モスクワ国際関係大学学長、同書は90年代に公開された機密公文書から、朝鮮戦争に係るモスクワと平壌・北京の駐在大使との間や、スターリンと金日成・毛沢東との間の暗号電報や書簡を詳細に分析した著作で、ソ連共産党中央委の膨大な文書の分析と解説も含む。

朝鮮戦争の関係では21年9月末に中国で公開された「長津湖」(朝鮮戦争の戦闘の一つ“長津湖の戦い”を描いた)が、「国慶節」の連休(10月1~7日)で32.1億元(約562億円)の興行収入を記録したそうだが、同書はそういったプロパガンダの類と違って、極めて信憑性が高い。

以下に同書から「満洲の朝鮮族」に関係する記述を要約する。

1949年5月14日、北朝鮮駐在ソ連大使シトゥイシコフは、金日成との会談内容をモスクワに報告した。即ち・・

金一(中央委委員・朝鮮人民軍政治総局長)は4月末、相互理解と人民解放軍の一部である朝鮮人師団(在満洲朝鮮人で編成)に関して意見交換するため訪中し、奉天で会談した高崗(党中央東北局第一書記・東北人民政府主席)の仲介で、北京で朱徳・周恩来と4度、毛沢東と1度会談を行った。

金は毛に、必要な場合に朝鮮人師団の派遣を要請する朝鮮労働党からの書簡を手渡した。毛は、朝鮮人師団は三個師団、二個師団が奉天と長春に配置され、一個師団は国民党軍への攻撃作戦中だが、満洲の二個師団を完全武装の状態で朝鮮政府のために派遣する準備ができていると答えた。

また作戦中の師団は南方から戻るのに1ヵ月は掛かりそうだとし、三師団は常備軍ではなく準備が不十分なので、朝鮮側が将校に軍事訓練を施すことを勧めた。金が、朝鮮人師団が装備している日本製武器に中国は弾薬を供給できるか尋ねると、弾薬は中国で製造しているので供給できると答えた。

そこで日本製武器だが、日本軍が終戦時に武装解除したものだろうか。日本軍は9月2日の「GHQ一般命令第一号」で満洲はソ連軍に、他は国民党軍に降伏した。が、中国の義勇軍(実は人民解放軍)の装備について毛は、50年11月7日にスターリンに銃器類の供給を依頼している。即ち・・

銃器類は大部分が国民党軍からの戦利品で口径がばらついているため、特に小銃、機関銃の薬莢の製造に支障が生じている。よって51年1月から小銃14万丁(薬莢58百万個)、自動小銃2.6万丁(薬莢8千万個)、TNT火薬1千トン(以下略)の供給が可能かどうか検討願いたいと。

閑話休題。49年5月17日、中国共産党中央委のソ連共産党代表コウリョワは、毛沢東がコウリョワに伝えた、金一の中国訪問についてスターリンに報告した。即ち・・

北朝鮮に士官や武器を含めた支援が必要になった場合、満洲には50万の朝鮮人がおり、朝鮮人師団(各師団兵員は1万名)が二個編成されている。うち一個師団には、満洲で国民党軍との戦闘で勇敢に戦った実戦経験もある。これら部隊はいつでも北朝鮮に派遣できる。

今のところ必要ないだろうが、これらの部隊全員に補給と教育も行う。他に200名の将校が訓練を受けていて、1ヵ月後には朝鮮に派遣できる。もし南北朝鮮に戦争が勃発した場合、我々の力の全てを与える準備が出来ている。

斯くて50年6月25日、北朝鮮人民軍が南侵して始まった朝鮮戦争のことは、別稿「…朝鮮戦争の発端とソ連の関与を考えた」や日韓両国に仕えた官僚任文恒の回想についての拙稿などをお読み願うとして、当時の満洲には50万人の朝鮮族がいて、3万人が人民解放軍朝鮮人師団を構成していた。

その50万人が70年経って200万人余りになっているのは、台湾で、終戦時の本省人600万人に蒋介石に同行し外省人100数十万が加わった人口が、今や2,350万人になっていることから推して、不自然でない。その中国の朝鮮族が韓服を着ることもまた不自然なことではなかろう。

韓服に憤る韓国民の不明は、歴史の事実を知らないことに起因しよう。真面目一徹そうな李相哲が「恋している」と言って憚らない朴槿恵は、左傾化し過ぎた歴史教科書を質そうとして文在寅に引き摺り下ろされた(拙稿「再燃した韓国歴史教科書問題が証す、文在寅の“反韓従北”ぶり」)

台湾の民主化と台湾人アイデンティティーの醸成には、98年に李登輝総統が、それまで大陸中心だった中学歴史教科書を、台湾を中心に置いた「認識台湾」に改めたことの果たした役割が大きい(拙稿「台湾を変えた中学歴史教科書「認識台湾」、「認識日本」はまだか!

トランプが設立し、バイデンが就任早々に大統領令で廃止した「1776委員会」は、行き過ぎた「批判的人種理論(CRT)」などの風潮を正す米国版「認識台湾」のベースだった。習近平は論外として、文在寅といい、バイデンといい、自虐史観を子供に植え付ける指導者を戴く国の行く末を、筆者は案じる。