政策というものは、あるべき社会像を実現するために、法律、予算、税制、執行、広報など、性質や効果の異なるツールを組み合わせたものであることはこれまでも(第1回:そもそも「政策」とはなにか)説明してきたとおりです 。
コロナ禍の政策を例にしてみましょう。
新型コロナウイルスワクチンを無料で受けるための費用を支出したとしても、そのワクチンを打つ医療者やワクチンを医療機関まで運んでくれる手段も同時に確保しなければなりません。また、新型コロナウイルスワクチンの副作用が怖くてワクチンを受けない、という方も多くいます。その不安を解消するために、ワクチンを打つとどんな効果があり、どの程度の副作用が発生するのか、ということを周知しなければいけません。
この政策の中には
予算(ワクチンを無料で受けるための費用)
執行(医療者や運搬手段の確保)
広報(ワクチンの効果・副作用の適切な周知)
が含まれています。
このように、解決したい社会問題に合わせて、ツールを適切に組み合わるのが政策なのです。
今回取り上げる政策ツールは議員提出法案です。
聞いたことがないという方もいるかもしれませんので少しだけ初めに解説します。
法律を作るには2つのルートがあります。一つは内閣提出法案といって、政府の官僚が法案を作成し、各省の大臣などを構成員とする内閣が、閣議決定(※)して国会に出した法律案のことをいいます。閣法とよばれることもあります。
※閣議決定とは
内閣が意思決定のために開く会議。政府の方針を定める会議としては最高レベルです。定例閣議として火曜と金曜、その他重要案件に対応するための臨時閣議やサインだけ集める持ち回り閣議があります。全会一致が原則ですがあくまで慣例とされています。
参考:首相官邸リンク
もう一つは今回取り上げる議員提出法案です。
内閣の意思として法案を国会に提出するのが閣法ですが、議員提出法案は、議員のグループの意思により、法案を国会に提出するものです。議法ともよばれます。
実はこの閣法と議法のプロセスの違いにより、同じ法律をつくる場合でも閣法に適した内容と議法に適した内容がそれぞれあるのです。
また、国会での議論タイミングも、与党内のプロセスも、与野党の立ち位置も大きく違うのです。つまり、閣法にはできない政策提案が議法だとできることもあるのです。
議法を最大限活用するテクニックを今回は学んでいきます。
議法が成立するために必要なこと
204回通常国会で提出された議員立法について、閣法と比較しつつ、経過を確認してみます。
閣法は204回国会に63本提出され、成立したのは61本です(成立率96.8%)
議法はどうでしょうか。
衆議院に提出された議法は45本、そのうち成立したものは19本です(成立率42.2%)。
参議院に提出された議法は37本で成立したものは2本でした(5.4%)
参考:衆議院HP
閣法に比べて、その成立率が低くなることが分かります。
閣法は与党議員からなる閣僚が閣議決定を行いますが、閣議決定前に与党の了承を得る事前審査という手続があります。その閣議決定の後、内閣から国会に法案が提出され、審議されます。与党議員は事前に内容を確認しているので、国会では賛成することになっています(いわゆる党議拘束です)。
国会で多数を占めている与党の了承を得て国会に提出されている法案なので、その 成立率が高いのはいってみれば当たり前です。
※閣法については、
第13回:法案の内容に影響を与えるには‐国会提出前‐
第14回:法案の内容に影響を与えるためには ‐国会提出後-
で詳しく説明しています。
一方で議法は、国会議員が立法の必要性を感じたときに、衆議院・参議院それぞれの法制局(議員の依頼に応じて条文作成の支援をする部署。閣法の場合は内閣法制局という部署がこの作業を担います)と協力して条文を作成し、各党の手続きを経て、法案を国会に提出します。
衆議院では議員20人以上、参議院では議員10人以上(予算を伴うものは、衆議院50人以上、参議院10人以上 )の賛成があれば、法案を国会に提出することができるので、人数を満たせば野党単独でも提出することができるという意味で提出へのハードルは高くはないのですが、大きな問題があります。法案を出しても議論してもらえない可能性が高いのです。
法案をどの委員会で審議するか、いつ本会議で審議するかは、与野党の議員からなる議院運営委員会の理事会で決定されますし、また委員会での審議時間を決めるのは各委員会(厚生労働委員会、財務委員会など)の理事会です。いずれの場合でも、水面下で与野党の国会対策委員会で調整が行われます。
日本維新の会の音喜多衆議院議員がHPでこのように記しています。
「本会議や委員会でその法案を審議するのかは…(筆者注:中略)国会対策委員会という会議体で話し合いが行われますが、ここで与野党が一定の合意を見なければ、議員立法は審議にすら入れません。閣法を通さないために、野党が日程闘争をして「時間切れ引き分け」を狙うようなことをやっている限り、優先順位が低い議員立法はさらに後回しにされるわけですね…。」
つまり、議法の提出自体は野党だけでもできるものの、議員立法を成立させるためには、議法の優先順位を高め、国会会期中に審議してもらうところまでもっていかないといけないことが分かります。
成立のタイミング
議法と閣法は成立のタイミングに違いがあるのでしょうか。
以下は204回国会で61本成立した閣法の公布(成立した法令を官報にのせること)月です。2月以降、審議が進む5・6月にかけて公布が集中していることが分かります。
2月 5本
3月 11本
4月 7本
5月 22本
6月 16本
議法はどうでしょうか。204回国会で19本成立した衆議院の議法の公布月です。ほとんどの法案が会期末月の6月に公布していることが分かります。
3月 3本
4月 2本
5月 0本
6月 14本
先ほどの音喜多議員の考えを裏付けるように、閣法の成立が優先されていることがデータからも想像できます。閣法の成立目途がたった会期末に駆け込みで議法の成立を図っているという構図が浮かんできますね。
このことについて、自身も議員立法に関わった自民党の山下貴司衆議院議員がこのように説明しています。
「内閣提出法案は、内閣ひいては政権与党にとっての優先課題になるので、政府与党としては、議院内閣制の中で、内閣提出法案を成立させることが最優先です。そこで、議員提出法案は、内閣提出法案の審議日程に大きく影響しないように、原則、全会一致になるよう根回しをしなければなりません。」
会期末に駆け込みで法案を成立させるとなると、審議時間はできるだけ短くする必要があります。
先ほど、委員会での審議時間は委員会の理事会や国対が決めていると説明しました。
与野党で大きな意見の対立がない法案については、審議時間が短くとも野党も大きく反発しませんが、逆の場合は野党も審議にもっと時間をとることを要求します。つまり、与野党の対立が激しい議法については、審議時間が限られている会期末に滑り込みで成立させることができず、議論されないことになってしまうのです。
だから、議法を成立させようとする場合 には、全会一致となることが原則求められているのです。
とはいえ、政党の主張は様々ですし、全会一致で法案に賛成するというのはとても難しそうです。どのような議法を成立させるにどんな工夫ができるのでしょうか。これまでの成功事例をもとに考察してみました。
(執筆:西川貴清、監修:千正康裕)
(執筆:西川貴清 監修:千正康裕)
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編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2022年3月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。