ニューイングランドジャーナル掲載論考によるオミクロン株対応2価ワクチンの評価

河野太郎デジタル大臣はツイッターを積極的に利用しており、フォロワー数は260万人を超える。大臣が、今年の元旦に発信した以下の内容のツイッターが炎上している。

思ってもいなかったが、この反ワクのデマゴーグに筆者も含まれているということで、新潮社からコメントを求められた。

新潮社には、

河野大臣のワクチンに関する発言は、ワクチン接種を推進する医師や研究者の意見を元にしているものと思われます。政治家が、NatureやNEJMなどの海外論文を自分で読んで理解できるとは思えません。ぜひ、ワクチンに関して問題となっている点について、河野大臣が情報を得ている研究者や医師と、ワクチン接種に慎重な研究者や医師との間で議論することができればと思います。その模様をユーチューブ等で公開し、国民の判断を仰ぐことが、今の混乱を解決するのに最も有効な方法と思います。

と意見を述べた。

Lubo Ivanko/iStock

筆者は、アゴラに新型コロナに関する論考を継続的に投稿しているが、その内容を振り返る機会がこれまでになかった。筆者のオミクロン株対応2価ワクチンに関する論考が、これまでに2回、アゴラに掲載されている。1回目が昨年の8月24日に掲載された「オミクロン対応ワクチンの実力」、2回目が今年の1月11日に掲載された「オミクロン株対応2価ワクチンの発症予防効果は71%?」という論考である。

オミクロン対応ワクチンの実力
オミクロン対応ワクチン わが国で10月に導入が予定されているオミクロン対応ワクチンが話題を集めている。 英国は、モデルナが開発したオミクロン対応ワクチンを8月15日に承認している。オミクロン株の流行が収束する気配の見えない現在、...
オミクロン株対応2価ワクチンの発症予防効果は71%?
昨年12月27日までのわが国におけるオミクロン株対応ワクチンの接種人数は4,412万人に達する。全年代の接種率は35%であるが、65歳以上の高齢者に限れば58.9%で、G7諸国の中でも最も高い。発症予防効果も71%と、高い有効性がみ...

2回目の論考がアゴラに掲載されたのと同じ日に、臨床医学の分野では最も権威ある雑誌であるニューイングランドジャーナル(NEJM)に、「2価ワクチンからの教訓」というタイトルでオミクロン株対応2価ワクチンの評価に関する論考が掲載された

執筆者はフィラデルフィア小児病院感染症科の教授でFDA(米国食品医薬品局)のワクチン諮問委員会のメンバーでもあるPaul Offit博士である。Offit博士の論考と筆者のアゴラの論考とを比較することで、筆者の執筆した論考の内容がデマと批判されるべきものかを検証した。

【NEJM】

2022年6月28日に開催されたFDAのワクチン諮問委員会で以下の審議が行われた。BA.1株対応2価ワクチンで得られる平均中和抗体価は、武漢株の遺伝情報をもとにした従来型1価ワクチンの平均中和抗体価と比較して1.5〜1.75倍程度で、臨床的な効果の向上を期待できるレベルではない。米国ではすでにBA.1の流行は終息しているので、BA.1株対応2価ワクチンでなく、BA.4/BA.5株対応2価ワクチンを認可すべきである。

審議の結果は政策に反映され、9月1日に12歳以上の全員にBA.4/BA.5株対応2価ワクチンの使用が緊急許可された。10月12日には、緊急使用許可は5歳以上に拡大された。

10月24日にコロンビア大学のDavid Ho博士らは、従来型1価ワクチンとBA.4/BA.5株対応2価ワクチンのコロナ変異株に対する平均中和抗体価を比較した研究を報告したが、両者に差は見られなかった。その原因として 免疫刷り込み現象の存在が考えられる。免疫刷り込み現象とは、従来型ワクチンの接種によって刷り込みが起こり、武漢株とBA.4/BA.5株とに共通の抗原決定基には反応するが、BA.4/BA.5株に新たに出現した抗原決定基には反応しない現象である。

11月22日に、CDC(米国疾病予防管理センター)はBA.4/BA.5株対応2価ワクチンの発症予防効果を発表した。1価ワクチン接種2〜3ヶ月後、8ヶ月以降の相対予防効果は、それぞれ、28〜31%、43〜56%であったが、効果の持続期間は短いと考えられた。

11月15日の時点で、米国におけるBA.4/BA.5株対応2価ワクチンの接種率は、10%程度である。12月には検出された変異株のうちBA.5株の占める割合は25%未満に低下した。以上から、健康な若年者には、今後数ヶ月での終息が予想されるBA.4/BA.5株の流行に対応した2価ワクチンの追加接種は中止すべきである。

【アゴラ】

モデルナBA.1株対応2価ワクチンによる平均中和抗体価は、従来型1価ワクチンの1.6倍で期待する増加は得られなかった。以前に感染したウイルス(A)と一部同様の抗原決定基を持つウイルス(B)に感染すると、A,B共通の抗原決定基に対する抗体は迅速に産生されるが、Bには存在するがAには存在しない抗原決定基に対する抗体は産生されにくい抗原原罪という免疫現象が存在する。

Cellに掲載されたアカゲザルを用いた実験で、従来型ワクチンとオミクロン株対応ワクチンの免疫反応を比較したところ、コロナワクチンにおいても抗原原罪が見られることが判明した。なお、抗原原罪は先に述べた免疫刷り込み現象と同義語である。

国立感染症研究所(感染研)はオミクロン株対応2価ワクチンの発症予防効果は、71%と高い有効性が見られると発表したが、71%という数字は未接種者を対照とした絶対予防効果である。オミクロン株対応2価ワクチンを接種するには、従来型ワクチンを2回以上接種していることが条件であることから、絶対予防効果でなく、1価ワクチン接種者を対照とした相対予防効果を重視すべきである。

感染研からの発表では、相対予防効果は30%に過ぎなかった。感染研の研究は症例対照研究の手法で行われたが、感染率が高い場合には症例対照研究で得られた結果とコホート研究で得られた結果とは大きく乖離する。感染率が50%に達する今回の研究では、その結果の解釈に注意を要する。

米国のCDC、VISION Networkが行ったオミクロン株対応ワクチンの相対発症予防効果は、それぞれ、30〜50%、36〜46%であった。追加接種率が世界でトップでありながら、BA.5による感染者数が世界でも最多であるわが国の現状を直視すれば、オミクロン株対応2価ワクチンで71%の高い発症予防効果が得られるとする感染研の発表はにわかには信じられない。ワクチンの追加接種を最重要視するわが国のコロナ対策は、再検討が必要ではないか。

NEJMに掲載された論考とアゴラの論考とを比較して、アゴラの論考をデマと取るかについては読者の判断に委ねたい。アゴラにとって、世界で最も権威のある医学雑誌とほぼ同じレベルの内容が、同時に掲載されたことは誇ってもよいと考える。

それでは、オミクロン株対応2価ワクチンの効果について、ほかのメディアはどのように伝えているだろうか。

12月14日に共同通信は、”BA・1対応品の発症予防効果は73%、BA・5対応品は69%で、全体では71%だった。“と簡潔に、感染研の研究結果を報道している。71%というのは、未接種者を対象にした絶対発症予防効果で、従来型ワクチンの接種が前提の日本では、実情にあった数値ではないことには触れていない。

12月17日にNHKは、従来型ワクチンを2回以上接種した上で、オミクロン株対応ワクチンを追加接種した人での発症を防ぐ効果は71%と報道している。感染研の発表では、従来型ワクチン接種後の相対発症予防効果は30%である。絶対発症予防効果と相対発症予防効果の違いを知っていて報道したのか、あるいは知らなかったのかはわからないが、NHKの報道は明らかに間違いである。

有効率が71%あるというので接種したが、30%なら思い止まった人もいるに違いない。わが国では、オミクロン株対応2価ワクチン接種後の死亡例が、すでに2人報告されているほか、多数の副反応報告があることを考えると、NHKの誤報の罪は重い。

一方、海外のメデイアとして、Timeの記事を紹介する。TimeはNEJMの記事をもとに、1月11日に、「大部分の人にとっては、2価ワクチンの追加接種は効果がない」というタイトルの記事を掲載している

Data Doesn’t Support New COVID-19 Booster Shots for Most, Says Expert
It’s time to rethink the blanket recommendation for giving the new Omicron booster to everyone

重症化リスクのある高齢者に接種することは意味があるだろうが、健康人にとって追加接種は、次の変異株が出現するまでの短期間に予防効果があるだけで妥当とは言えない。オミクロン株対応2価ワクチンは、軽症のコロナの発症や感染も予防するというのが謳い文句であるが、それを支持する証拠はない。2価ワクチンと従来のワクチンの予防効果が変わらないのは、抗原原罪という免疫現象が働いているからである。

CDCは、コロナによる入院患者におけるワクチンの接種状況を含めた詳細なデータを開示すべきである。他の病気で入院したのに、たまたまウイルス検査が陽性だったのでコロナ患者とした症例は分けて考えるべきである。得られたデータを分析することで、本当に2価ワクチンの追加接種が必要なグループを明らかにすべきである。

日本でも必要な提言である。

厚労省や感染研の発表しか伝えないわが国の大手報道機関と海外のメデイアとの落差は激しい。