日米韓の試練⑦:関係正常化を急ぐあまり「徴用工」問題で残った「禍根」

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だいたい「松川るい議員解説」の通りだったが

韓国政府は3月6日、「元徴用工」の訴訟問題に関する解決策を発表した。この公式発表より前の段階では憶測に基づく様々な懸念が表明されたが、蓋を開ければ内容はおおむね日本側の要望した通り(”満額回答”)であり、(後述する)2点を除いて松川議員がテレビ番組『日曜報道THE PRIME』(2月5日放送)で解説した見通しに沿ったものだった。

その解決策の正式発表からわずか3日後の9日、今度は日韓両政府が「尹大統領が初来日し(3月16日~17日)、岸田総理と首脳会談を行うこと」を発表した。

水面下で調整を続けていた両政府は、「解決策(“宿題”)の韓国側からの提示(“宿題提出”)」を嚆矢として、日韓関係正常化にむけて矢継ぎ早に関係修復策を打ち出してきた。

詳細に確認して行く。

韓国側が発表した解決策

6日に韓国政府が発表した解決策について日本国内では、おおむね次の通り報じられた。

元徴用工訴訟、韓国政府が解決策…日本企業の賠償分を「自発的寄付」で肩代わり

韓国財団が日本企業の賠償肩代わり、「元徴用工」解決策発表…朴外相「悪循環の輪を断ち切るべき」
【読売新聞】 【ソウル=溝田拓士】韓国の 朴振 ( パクチン ) 外相は6日午前、日韓間の最大の懸案である「元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)」の訴訟問題について、韓国大法院(最高裁)判決で確定した被告の日本企業の賠償を、韓国の財団が

韓国財団が日本企業の賠償肩代わり、「元徴用工」解決策発表…朴外相「悪循環の輪を断ち切るべき」
韓国の 朴振(パクチン)外相は6日午前、日韓間の最大の懸案である「元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)」の訴訟問題について、韓国大法院(最高裁)判決で確定した被告の日本企業の賠償を、韓国の財団が肩代わりする解決策を発表した。

(略)2018年、元徴用工らが新日鉄住金(現・日本製鉄)と三菱重工業を相手取った計3件の訴訟で勝訴が確定した。2社は原告計14人に1人あたり8000万ウォン~1億5000万ウォン(約840万円~1600万円)の賠償金を支払う義務を負った。解決策は韓国行政安全省の傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が、遅延利子を含む賠償金相当額を原告側に支払う内容だ。(読売新聞より引用)

この解決策に関する日本政府の公式見解は次の通りであった。

日本政府の反応

韓国側の発表を受けて日本政府は同日(6日)の会見で、次のような発表を行った。

令和5年3月6日 旧朝鮮半島出身労働者問題についての会見

旧朝鮮半島出身労働者問題についての会見
(旧朝鮮半島出身労働者問題についての受け止めと、日韓首脳会談、日韓関係の歴史認識について)
本日、韓国政府は、旧朝鮮半島労働者問題に関する措置を発表いたしました。今回の韓国政府の措置は、日韓関係を健全な関係に戻すためのものとして評価しております。韓国の尹(ユン)大統領との間においては、ニューヨークにおける懇談、カンボジアにおける日韓首脳会談を始め、様々な場で意思疎通を図ってきました。日本と韓国、国際社会における様々な課題に向き合う上で、重要な隣国関係であると思っておりますし、現下の国際情勢を考えたときに、また、戦略環境を考えた際に、日韓、あるいは日米韓の連携は重要であると認識していますし、さらには、自由で開かれたインド太平洋、こうした取組を進めていく上においても、韓国と連携していくことが重要であると認識いたします。今後とも、尹大統領との間においては、緊密に意思疎通を図っていきたいと思っています。(首相官邸ウェブサイトより引用)

その会見において上記発表に加え、メディアとの質疑で次のような問答(要旨)もなされた。

(日韓首脳会談について)
今後の日韓関係において、具体的な外交日程はまだ何も決まっていない。

(歴史認識について)
1998年10月に発表された日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場、これを全体として引き継いでいる。これが政府の立場である。

(日韓の輸出管理政策対話について)
韓国向け輸出管理の運用の見直し、これは安全保障の観点から輸出管理を適切に実施するために行ったものであり、労働者問題とは別の議論である。
輸出管理に関する日韓の懸案事項について、双方が、2019年7月以前の状態に戻すべく、韓国がWTO(世界貿易機関)の紛争解決プロセスの停止を表明したことを踏まえて、関連の二国間協議を日韓当局間で速やかに行っていくこととした、こうしたことについて報告を受けた。

(不可逆性の担保について、覆される懸念は払拭されたということか)
仮定に基づいた御質問には答えない。

要するに、「日本企業の賠償金支払い・資産の現金化はない」「日本政府は新たな謝罪はしない」など、問題を再燃させた韓国側が問題解決を図ったことで、国民感情を除いて日韓関係を正常に戻す条件が整いつつあると考えられる。

「縁の下の」米国

またこの日韓の動きの背景には、米国の意図があったことが伺われる。

3月8日には、米政府が日韓両政府に対し核抑止力を巡る新たな協議体の創設を打診したと報じられ、続く9日には米国のラーム・エマニュエル駐日大使が「元徴用工」訴訟問題を巡る両政府の対応と岸田首相の指導力を評価する声明を新聞に寄稿した。

また10日には在韓米国商工会議所が当該財団へ寄付(金額未定)することを決定したと報じられたが、これなどは取りまとめにかかる時間を考えれば、相当用意周到に“根回し”していたことが推定できる。

読売新聞(10日)紙面に掲載された、小谷哲男教授(明海大、安全保障論)の次のようなコメント「日韓が政治問題ゆえに協力できずにいることは米国にとって大きな負担だった。今後は日米韓の協力が着実に進むだろう。」の見立ては妥当に感じる。

「核の傘」日米韓で協議体創設、対北抑止力を強化…米が打診

「核の傘」日米韓で協議体創設、対北抑止力を強化…米が打診
【読売新聞】 【ワシントン=田島大志】米政府が、日韓両政府に対し核抑止力を巡る新たな協議体の創設を打診したことがわかった。米国の核戦力に関する情報共有などを強化する。北朝鮮が核・ミサイル開発を加速させる中、「核の傘」を含む米国の拡大

「核の傘」日米韓で協議体創設、対北抑止力を強化…米が打診
米政府が、日韓両政府に対し核抑止力を巡る新たな協議体の創設を打診したことがわかった。米国の核戦力に関する情報共有などを強化する。北朝鮮が核・ミサイル開発を加速させる中、「核の傘」を含む米国の拡大抑止に対する日韓の信頼性を確保し、核抑止力を協調して強化する狙いがある。日本政府も受け入れる方向で検討している。

複数の日米関係筋が明らかにした。韓国も前向きとみられる。米国の核抑止力を巡っては、日米間では外務・防衛当局の局次長級による協議があり、米韓間も次官級で同様の協議がある。

元徴用工対応、岸田首相の指導力評価…エマニュエル駐日米大使

元徴用工対応、岸田首相の指導力評価…エマニュエル駐日米大使
【読売新聞】 米国のラーム・エマニュエル駐日大使=写真=は読売新聞に寄稿し、日韓間の最大の懸案である元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)訴訟問題を巡る両政府の対応と岸田首相の指導力を評価した。  ◆ 21世紀のチャンスをつかむ岸田首相の

元徴用工対応、岸田首相の指導力評価…エマニュエル駐日米大使
21世紀のチャンスをつかむ岸田首相のリーダーシップ

日韓は今週、大きな節目となる取り組みを発表した。戦時の労働者問題を解決に導く内容だ。
岸田首相と 尹錫悦ユンソンニョル 大統領は、過去を認識し未来のチャンスをつかむことで、果敢さ、英知、勇気を示した。21世紀の機会を20世紀が奪わないようにしたのだ。両者は未来と同様、過去と率直に向き合った。(略)岸田首相は勇敢な姿勢で合意に向けて力を発揮し、決断力と冷静さを示した。同じく献身的で決断力のある尹大統領の存在は首相にとって幸運であった。(9日読売新聞オンラインより一部引用)

残ってしまった「禍根」とは

それにしても将来に禍の種を残すことになったことは残念である。松川議員が示した路線から外れてしまったのは次の2点である。

一つは「求償権の放棄」まで詰められなかったことある。このために、後日政権交代などで合意が覆される可能性が残ってしまった。5日のテレビ番組で松川議員は次のように強調していた。

(番組MC)求償権の放棄まで今回いけるかどうか?松川議員はどう考えていますか?

(松川議員)いった方がいいし、いかないと政権が代わった時にまたリオープンになったら困りますので。尹政権はもともと考えていないのです。そうでないと肩代わりする意味がないのですから。逆に韓国政府にしても、今頑張って求償権をなくしておいた方が。後からまた国民の皆さんから「求償権持っているはずなのになんで追求しないの?」って言われても困りますし。本来この解決策の中で求償権というのは「無いはずの話」なんですよ。元々韓国は考えていないです。なので、いわゆる“併存的債務引受”ではなくて“免責的な債務引受”なんですよ。要するに「もう無くなっちゃう」という話で考え出した案なのです。

(『日曜報道THE PRIME』2月5日より引用、太字は引用者)

つまり、松川議員の解説によるならば、求償権が残ってしまうと「今回肩代わりする意味がない」ことになるが、求償権の解釈については、7日の読売新聞紙面では次のような解説が展開されている。

財団は日本企業に弁済分の返還を求める「求償権」を持つことになる。この韓国政府関係者は、現時点で日本側に行使することは「想定していない」と語った。ただ、これも4年後に政権交代した場合に覆されるシナリオは否定できない。(7日読売新聞記事より引用、太字は引用者)

必ず炸裂するとは限らないが、韓国の政権交代に伴い、将来左派(親北)政権が誕生した場合、この法律面の穴を利用してくる可能性は小さくないだろう。

もう一つの禍根は「十分なインターバルをおかずに日韓首脳会談を開く」ことである。解決策発表からの間隔が短すぎて前向きな関係を目指したはずの会議が「解決策の一環として首脳会談を行い、韓国側だけでなく日本側も歩み寄った」ものにされてしまう可能性がある。つまり岸田総理の発言内容が、日韓両国の煽情的なメディアに都合よく解釈(歪曲)されて(両国の離反的世論を燃え上がらせる)可能性が残ることである。

まとめ

今回、大きなリスク(求償権)の遮断を先送りしてまで日米韓連携の環境整備を急いだ背景には、中国とロシアに北朝鮮も加えた安全保障環境の想定以上の悪化が推定され、各国責任者の緊張感が伝わってくる。

どうか首脳会談の前に、日本政府は外務省だけでなく、日韓関係の機微を知悉している松川議員をはじめとする有力な識者の考えも大いにその政策判断に反映していただきたい。

いずれにしても、16日(木)から17日(金)にかけて開かれる日韓首脳会談の行方に注目である。

(つづく)

※「日米韓の試練」シリーズは今回で完結させる予定でしたが現実の局面が次々と転回するので補足させて頂きました。

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