こんにちは。
前編を書き上げてから、ひとつ緊急の話題が入り、先週はお休みをいただいてしまったために、3週間も時間を開けて後編をお届けすることになってしまったことをお詫びします。(前編はこちら)
さて前編は、直接AIの開発に携わっている当事者が「AIは厳重に規制しないととんでもないことになる」と恐怖キャンペーンを張っているけど、彼らはほんとうに人類全体のためにそんなことを言っているのだろうかという疑問を提起したところで終わりました。
続出する開発当事者のAI規制論
最近チャットGPTの急速な普及で話題になっているオープンAIのCEOや、AI開発にも熱心なイーロン・マスクなどが「2~3年のあいだAI開発は休止すべきだ」とか「2年以内に世界共通の規制をかけないと、AIの暴走が悲惨な事態を招く」と主張しています。
AIの開発に消極的、あるいは批判的だった人たちならそれほど不思議でもありませんが、開発当事者が真剣に「AI技術の発展が速すぎると、思いがけない悲劇を招く」と言っているのですから、かなり信憑性の高い話だと思いこみがちです。
こうした主張の典型をコラージュにしてお目にかけましょう。
ちなみに左上の『The Rundown』というのは、AI業界筋の多数意見を代表すると言ってもいいようなウェブサイトです。
「AIはもうデータを放りこめば、グラフをつくるだけではなく、そのグラフの意味まで文章に書いて教えてくれる。だから証券会社のエコノミストとかアナリストの仕事は、全部なくなる。オフィスワークという概念も消えてしまうかもしれない」とか言っています。
本来なら、データからトレンドを導き出すのは食材を用意しただけで、そこから「こういう理由でこのトレンドは逆転する」とか「加速する」とかを論証するのがエコノミストやアナリストの役目なので、彼らの仕事がなくなる心配は当分いらないと思いたいところです。
ただ、アメリカでも日本でも、トレンドをそのまま未来に引っ張っていくだけの「予測」をする人たちのほうが人気があって、ランキングも高いのは困ったものですが。(それは受け取る側の問題であって、AIがいかに強力かの証拠ではないでしょう。)
ハイテク産業の大量解雇は、AI効果の表れか
さて、データをざっと眺め渡すだけだと、ほんとうにもうAIのおかげでハイテク業界に大量首切りが起きているような気がしてきます。
チャットGPT3.5版が無料で一般公開され、だれでも使えるようになったのが2022年11月、ちょうどその11月からテクノロジー業界を中心に、いかにもAIに頼りそうな業界での大量解雇が頻発しています。
ただ、これがチャットGPTのおかげだとしたら、いくらなんでも効果が表れるのが速すぎるでしょう。前編でもお伝えしましたが、2021年にアメリカでは大々的なAI投資ブームが起きましたが、その実績たるや惨憺たるものでした。
2014年にオキュラスというメタヴァース開発ベンチャーを買収していたフェイスブックが「これから弊社はメタヴァース中心で行く。だから社名もメタ・プラットフォームズに変える」と鳴り物入りでお披露目をしたのが、2021年7月でした。
それからほぼ半年で、メタヴァース関連の商品もサービスも惨憺たんる売れ行きで、旧オキュラス社員はほぼ全員解雇、メタヴァース事業も一から出直しとなりました。
現在アメリカ株市場の寵児となっているエヌヴィディアが時価総額4000億ドルから2倍の8000億ドルへ、そしてまた4000億ドル割れと、派手な「行って来い」相場を演じたのも同じころのことです。
主要30業種の中でとくに解雇者数が多かった業界の一覧表を見ると、それぞれに固有の理由があって人員を削減しているのであり、AIがオフィスワーカーを駆逐しているなどという議論は、トンでも理論のたぐいだとわかります。
たしかに、テクノロジーや電気通信部門での今年1~5月を前年同期と比べると異常に多くなっています。
ただそれは、まだ普及しはじめたばかりのチャットGPTがもう人員削減効果を発揮していると考えるより、2021年に業界関係者だけでこっそり盛り上がっていたAIブームに乗って、冗員を雇い過ぎたので解雇しているだけでしょう。
また大手メディアは、この間コヴィッド-19、気候変動、ウクライナ戦争などについて政府や国連、WHOなどの宣伝を丸呑みで横流しするだけで視聴者の信頼を失っているから、とくにニュース報道で高給取りを抱え続けている余裕がなくなったことが大きいと思います。
小売り・消費財はコロナ騒動初期に景気刺激で売れ過ぎた反動、航空/国防はウクライナの戦況も思わしくなく、国民のあいだでもどんどん軍備を拡大することに批判が大きくなっているためでしょう。
金融・金融テクノロジーについても、2022年が株も債券もどちらも大幅値下がりというひどい年だったのが最大の理由で、製薬はワクチン接種回数激減のせいでしょう。
ようするに、景況が悪化している産業で解雇が増えているのであって、AIが人間から職を奪うなどということは、少なくとも今後5年や10年ではあり得ないと、私は考えています。
それでは「AIに核兵器の管理を任せたら、勝手に核戦争をおっ始めて、人類が絶滅してしまう」とか、「AIが兵士ロボットを使って人類殲滅戦争を仕掛けてくる」といった不安や恐怖については、どうでしょうか?
最新版のAIって、何ができるの?
ここで改めて、現在話題になっている生成AI(Generative AI)とはいったいどんなものなのか、どう進化してきたのか、おさらいしておきましょう。
コンピューターの歴史をひも解くと、初めは教えられたとおりの演算を正確・迅速・大量に処理するだけでした。続いて、「データの中からこういう特徴を持ったものを拾い出してくれ」と指示するとそれができるようになりました。パターン認識ができる認知型AIです。
現在のAIは文章や画像や映像、そして音声などを自分がストックしておいたデータの中から、自分で生み出すことができるようになったと言われています。それが生成AIです。
でも、具体的にはいったい何が変わったのでしょうか。じつは、驚くほど単純な変化が起きただけなのです。
これまでのAIは、プログラム言語という人工的な言葉を覚えて、その言葉でプログラムを書けなければ、だれかがつくったプログラムを使うだけで、自分の注文どおりの答えを出してくれるとは限らなかったのです。
スクリーン上の特定の場所をクリックしたり、パネル上の特定の場所を触れるだけでさまざまなアプリが使えるようになったのは大きな進歩ですが、プログラム言語を修得しなければコンピューターに自分の思いどおりの指示を出せないことは変わりませんでした。
ところが、過去2~3年で自然言語(と言ってもほぼ英語だけでしょうが)でコンピューターに指示を出すことができるようになったのです。「なんだ、たったそれだけのことか」と思われる方は、自然言語がいかに精妙で強力な道具か、ご存じないのだと思います。
自然言語でコンピューターと対話をくり返していくうちに、プログラム言語ではどうしても伝えきれなかった微妙なニュアンスを伝え「こういうものではなく、ああいうものが欲しい」といったやり取りもできるようになりました。
その結果、コンピューターに蓄積されたデータを加工する技術も飛躍的に高度化して、文章・画像・映像・音声を、まるでコンピューター自身が考えて紡ぎ出したように生成することが可能になったのです。
ですから、生成AIは手に入れた瞬間から自分の思いどおりの答えを出してくれる魔法の杖ではありません。何度も対話をくり返して徐々にピントの合った答えが出るように調整を重ねていって初めて使いこなせる道具なのです。
ただ、できること自体は、ストカスティック(厳密には違うそうですが、ランダムと考えても大きな間違いではないでしょう)に分布しているデータに確率論的な推計を施すという作業だけです。ただ、それを正確・高速・大量にやってのけるのです。
当然、使い手の知的能力を超えた答えを出せるわけではありません。人間なら思いこみや錯覚で見落としてしまいがちな答えも、きちんと指摘してくれるという利点はありますが。
「チェスや将棋や囲碁で、世界ランキングがナンバーワンのグランドマスターや、名人や、本因坊を負かすことができるのは、人間より知的能力が高い証拠ではないか」との疑問を感じる方もいらっしゃると思います。
ですが、あれはルールも手駒も有限個で、互い違いに1手ずつという非常にシンプルな動作のくり返しの中で優劣を競うので、消費電力に糸目をつけなければ、ありとあらゆる指し手をしらみ潰しに何十手、何百手先まで読む膨大な労力をかけて優位を得ているだけです。
現実社会は、ルールや持ち駒やだれがいつどんな手を使うかがまったく不確定な世界ですから、マンガ的に大幅な単純化をしなければ生成AIを企業の経営戦略策定に使うことは非現実的です。まあ、きっとだれかがやってみて大けがをするんでしょうが。
こうして見てくると、なぜAI開発の実務に携わっている人たちが、核戦争だの、ロボット兵士による人類殲滅だのといった大げさな恐怖心を掻き立てようとするのか、ますますわからなくなってきたという印象があります。
恐怖キャンペーン最大の理由は先行者利益の確保
最大の理由はすでにかなり巨額の投資をして、なんとかものになる生成AIシステムを開発してしまった企業が、これ以上競合企業の数を増やさず、居心地のいい寡占状態を維持できるように「監督官庁」に圧力をかけたいということでしょう。
現在、比較的よく知られている生成AIシステムの一覧表をご覧ください。
上から3つは、オープンAI社のチャットGPTのさまざまなバージョンで、次がマイクロソフト、下から2段目がグーグルの開発したシステム、いちばん下のアンスロピック・クロードというシステムだけが、新参者という感じです。
なんとなく上から5つは信頼が置けて、新規参入者は不安なところが多そうな気がします。でも内容に立ち入ってみると、もうこの業界で大手にのし上がりつつあるオープンAI社やマイクロソフト、グーグルのシステムに問題が多く、新参者がいちばん良さそうなのです。
失礼ながら、こういうウェブサイトを主宰するAIオタクなら、自分の質問にみょうちくりんな答えが返ってくることには慣れているはずなのに、「異様」とか「でっち上げが多い」とか不穏な指摘が目立ちます。
つまり、この業界は他の業界にもましてまだまだ斬新でいいシステムを提供する新規参入者が登場するチャンスが多く、それを古参の大手は恐れているのだと思います。
次の表にも、実際に使ってみた感想とSNSでの評判はそうとう大きく違っていることが表れています。
2022年11月に公開されたばかりのチャットGPTはいちばん下の行に登場しますが、一般公開からたった1ヵ月半ほどでSNS認知度52%と非常に高くなっています。
よほど利用者の好感度も高いのかと思うと、好感した人の比率から否定的だった人の比率を差し引いた純好感度は32%と、いたって凡庸という評価です。
逆に1年間一貫して好感度の高かったAlphaCodeというシステムは、第1四半期の2%が最高であとは1%以下という低い認知度にとどまっていました。また、第4四半期に96%という驚異的な純好感度で登場したAlphaTensorもSNS認知度はわずか1%でした。
この2つのシステムを開発したDeep Mind社はグーグルの親会社であるアルファベット社の完全子会社になっているので、資金力で大きな不利があるとも思えないのですが、SNS認知度の低さは普及に対する大きな壁となっているようです。
なお、前の表でもっとも評価が高かったアンスロピック・クロードは、今年3月公開のシステムであるため、ここには紹介されていません。
ただ、アンスロピック社の主要提携先は、利用者からタダで入手したデータを広告主に売るというビジネスモデルを拒否した検索エンジン、DuckDuckGoを主宰している企業であまり巨額の利益が出るビジネスモデルではないため、知名度の競争はきつそうです。
こういう手ごわい競争相手が続々出てきては困るので、すでに大手の座を確立した企業としては、監督官庁がなるべくきびしく新規参入を制限してくれることを望んで、恐怖宣伝をくり広げるわけです。
AI開発の当事者が「AIは怖いぞー」と言って消費者をおじけづかせるもうひとつの理由は、恐怖宣伝はコストパフォーマンスが高いということです。
「これがいい」「あれがいい」「これは絶対お買い得」といった宣伝は、もう耳にタコができるほど聞いている消費者も「こんなに怖いモノは、規制なしに使わせちゃダメだ」という宣伝には敏感に反応します。
危険を未然に防ぐためにも「まず、どんなものなのか知っておかなければ」と思う人も多いのでしょう。
さらに、かなり落ちぶれてきた大手メディアでも、さすがに「この製品はいい」とか「このサービスはいい」とかの情報はそのままニュースとして掲載してくれません。料金を払って広告として出稿しなければなりません。
ところが、恐怖宣伝だとわりといい加減な内容でもそっくりそのまま記事にしてくれることもあるのです。
手ごわい競争相手のシステムは市場に出回らせないような規制を監督官庁につくらせて、自社製品は安全で無害だと潤沢な宣伝費を使って売りこむ。これは、贈収賄が合法化されているアメリカでは、どんな産業でも業界をリードする寡占企業が堂々とやっていることです。
AI恐怖はまったくの杞憂か?
それでは、大げさな恐怖宣伝には何ひとつ根拠はないのでしょうか。すでに寡占化しつつあるAI業界大手の意図とはまったく違うところで、私は生成AIの普及には歓迎できないところがあると思っています。
それは、生成AIによって文章、画像、映像、音声などのさまざまな表現手段を使う人が増えると、多種多様であるべき表現が画一化し、平準化してしまう危険があることです。
先ほど「現在出回っている主なLUIシステムの特徴」を引用させていただいた『One Usesful Thing』というウェブサイトの主宰者であるイーサン・モリックはなかなかのアイデアマンで、「もし古今東西の偉人がスニーカーを履いていたら」というシリーズを画像生成AI、Midjourneyを使って作成し、Tweetで公開しています。
次の「ゴッホのひまわりにインスパイアされたスニーカー」は、中でも本人も愛着を持っている傑作だと思います。
単なる模写や模倣にとどまらず、あの大胆な色遣いをみごとにスニーカーというまったく別の表現手段に生かしています。
でも、次の一組はどうでしょうか?
シュールレアリズムの巨匠、ダリのほうは文句なく傑作だと思います。
自分はなんの変哲もない白に近い灰色のスニーカーを履きながら、スーツと完璧に色をコーディネートしたスニーカーを、どうやっても人間の足がこう交差することはないという角度に左右逆に置いています。
いかにもダリならこういうやや過剰な演出をしそうだという気がします。
それに引き換え、ピカソは完全な失敗作でしょう。長い生涯を通じて何度も画風を変えてきましたが、見るからに抽象画ふうな色とパターンの組み合わせ自体を楽しむことは一度もなかった人です。
どんな画風のときでも、繊細なときにはあまりにも繊細に、狂暴なときにはあまりにも狂暴に、そして豊満なときにはあまりにも豊満に、見るものの胸ぐらをつかみ、首根っこを押さえて「見ろ、見ろ。これがオレの言いたいことだ」と叫び続けた人だと思います。
(そんな人がこの世にいるとして)もしピカソの絵を1枚も見たことのない人が見たら「ピカソって、バスキアをおとなしくしたみたいな画風だね」と思うかもしれません。ピカソは墓の中ではらわたが煮えくり返るほど怒るでしょうが。
結局、モリックはピカソのことを「抽象画の大家」と認識していて、画像生成AIにもそう教えこんだのでしょう。そして、AIは膨大なピカソの絵のストックの中から、どこかでこういう「いかにも抽象画ふうな」色とパターンの組み合わせを引っ張り出してきたわけです。
モリックはシュールレアリズムとは意識を共有できるけれども、ピカソのような描くもの自体はあくまでも具体的な抽象画家とは意識を共有できない人なのだと思います。
AIは使い手の知的能力を超えることができないのと同様に、成果物が美を追求するものの場合も、AIは使い手が共感できない美を表現することはできません。
もちろんまだこの世に存在したことのない美を創出することもできませんが、どこかにオリジナルを求めた上で、見立てや、もどきや、判じものといった江戸の文人が好んだようなひねりを利かすことはできます。
そして、生成AIを使った見立てやもどきや判じものが溢れるように「生産」されるにつれて、見るものの感受性もオリジナルはほとんどなく派生的な作品ばかりの世界に慣らされていくのではないでしょうか。
美意識の画一化、平準化がどの程度の被害をもたらすかは、おそらく永遠に金銭に換算することのできない性質の損失でしょう。ですが、その損失が無視できるほど軽いものだとは思えません。
思想や世界観も、使い手の偏狭さを超えられない
生成AIに大量の歴史的データを投入すれば、非常に視野も広く、スパンの長い雄大な歴史叙述が可能だろうという気がします。私の見るところでは、そういう雄大なスケールの歴史哲学を構築しようとしている有力候補にルーク・ミュエルハウザーがいます。
たとえば彼は、次のグラフでご覧いただけるように「計量可能」な6つの指標を使ったマクロヒストリーへの模索をしています。
しかし、この人口に関する大事件を見ると、いいことはすべて西欧と北米で起き、悪いことはすべてそれ以外の地域で起きていることになっています。
15世紀末から19世紀までヨーロッパ諸国とアメリカが、どれだけ大勢の南北アメリカ大陸、オセアニアの先住民を殺し、どれだけ大勢の黒人を奴隷としてアフリカ大陸からアメリカ大陸やカリブ海諸国に送りこんだかは全く無視されています。
非常に断片的に「なぜか、古典古代ギリシャ・ローマや、大航海時代から西部開拓時代のアメリカのように、文明の発展する時期は奴隷制の普及した時期と一致する」という記述はありますが。
そして、さまざまなカーブがいっせいに急上昇して判別しにくくなる1850年以降を切り取った次のグラフを見ると、急カーブの中でもとくに急峻なのが戦争遂行能力だとわかります。
たかだか200年で200倍近くまで増加しているのですから、他の指標とは次元の違う伸び方です。
私は、初め長い停滞期を経てようやくここまで増えた人口が歴史的な時間軸で見れば一瞬で消え失せるかもしれないという警鐘として、戦争遂行能力を取り上げているのかと思いました。
ところが、戦争遂行能力はテクノロジー進歩の代理変数として採用しているとのことです。「どれだけ人類が快適に過ごせるようになったかといった基準は、どう頑張っても計量化できない。しかし、どれだけ大勢の人間を殺せるかはきちんと計量化できる」という理由で。
こういう発想の人ですから次の2段組のグラフを比較した上で、唖然とするような感想を述べています。
「結局、紀元1750年ぐらいまではまったくムダで、あってもなくてもいいような時間だった。断片的な文章記述を読むと、どんな時代にもそれなりに楽しいこと、おもしろいこともあったようだが、経済的には底辺をはいつくばってうろついていただけだ」
まあ、こういう人だからこそエネルギーについても、いかに地球の中から、あるいは野生・栽培を問わず植物からエネルギーを奪い取るかを文明の指標とするだけで、いかに限られたエネルギー資源を有効に使うかという文明もあることを想像できないのでしょう。
欧米エリートが感ずる数の力に対する恐怖
欧米エリートたちの「地球人類をリードするのは永遠に我々だ」という固定観念から見ると、次のようなグラフも恐怖に満ちたものとなります。
いわゆる発展途上国では極貧生活に苦しむ人の数は減り、新興国などでも着実に先進国での貧困線である1日当たり30ドルを超える生活費を遣える人たちが増えています。
それなのに先進国での貧困線を上回る人の比率があまり伸びてないのは、アメリカで「中流の消滅」という事態が起きていて、ヨーロッパ諸国もほぼいっせいにたそがれどきを迎えているからです。
でも、欧米エリートは「いつまでも低所得でいるべきアジア・アフリカ・中南米の一般大衆の所得が上がるから、自国の一般大衆にわけてやれる富が減り、欧米で貧困線を超える人の数はこんなに少ない」と考えるのです。
経済活動をプラスサムではなく、ゼロサム、つまり誰かが得をすれば、その分誰かほかの人が損をしなければならないゲームと考えているかぎり、アジア・アフリカ・中南米の人口増加は、欧米知的エリートの恐怖の的です。
「すでに現状でこんなに小さな地域に世界人口の半分以上が密集して住んでいて、今も全体としては人口が増えつづけている。しかも身の程知らずにも、我々欧米人と同じ生活水準に到達しようなどと考えている。そうなったら、我々だって贅沢三昧はできなくなる」
彼らが考える「最終解決」はAIを頭脳として、ロボットを手足にして使役して、自分たちは遊んで暮らす世の中であり、家事はすべて人権問題の発生しない家事万能ロボットに任せることでしょう。
さすがに6~7世代前は盛大に奴隷を使役する文明圏として栄えていた国だけあって、AIに期待することのトップが家事雑用となっています。退屈でわずらわしい家事雑用は全部家内奴隷に押し付ける生活がどんなに快適なものか、民族的記憶でもあるのでしょうか。
AIが種を蒔き、ロボットが耕す経済が実現できれば、人権問題があるので今さら奴隷として使役することはできないアジア・アフリカ・中南米の諸民族にはきれいさっぱり消えていただくことになるのでしょう。
さいわい、狭い室内で行きかう人のあいだを縫って動き回り、数百種類の手仕事を無難にこなすのは、高度な知性と身体能力を必要とします。人間ほど小型で軽量なロボットがこんな芸当をできるようになるまでには、数百年を要するはずです。
欧米知的エリートがAIとロボットの組み合わせに見る夢の底流には、頑迷な欧米中心史観があります。この人たちが使い手となって育てるAIにもまた、欧米以外の諸国民に対する偏狭な差別意識が植えつけられるでしょう。
そういう意味で、やはりAIは恐怖の対象であり続けるのかもしれません。
AI関連ウェブサイト案内
まず大げさな恐怖宣伝と、寡占資本の既得権益擁護論の典型が『The Rundown』です。
次に、比較的穏健で中庸を得た議論をするけど、時おりAIオタクの顔がのぞくのが『One Useful Thing』です。
私としては、もっともラジカル(根源的であり過激)でおもしろく読めるのが『Authentic Intelligence』です。
最後に似ても焼いても食えない欧米エリート主義の見本が『Luke Muehlhauser.com』です。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年6月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。