下院共和党、「J6動画」全4万4千時間をネット公開

27日の『ニューヨークポスト(NYP)』は、ガザのアル・アハリ病院で10月17日に発生した爆発が「パレスチナ武装勢力が一般的に使用するようなロケット弾によるものだった」とヒューマン・ライツ・ウォッチでさえ認めている事実を、『ニューヨークタイムズ(NYT)』が未だに認めていないとして難じる記事を掲載した。

この記事を読んで筆者は感想をいくつか持った。一つは『NYP』が『FOXニュース』と同じマードック家傘下の保守紙である一方、『NYT』は朝日新聞と提携する左派紙であり、関連して『ワシントンポスト(WaPo)』がAmazonのオーナーベゾス所有の反トランプである一方、世界平和統一家庭連合系の『ワシントンタイムズ』が親トランプの保守紙であるという、POSTとTIMESのややこしい関係だ。

もう一つは、こちらが本稿のテーマに関係するのだが、偽旗作戦やフェイクニュース、プロパガンダが横行する目下の「露・ウ」や「イ・ハ」の様な現代の紛争や戦争では、『NYT』が典型だが、一方の側から発信される文字・音声・画像などを、大手メディア(TVのワイドショーなども含む)が検証することなしに垂れ流し、対立する情報には触れないという事態についてだ。

そこで本題。来年の米大統領選に向け共和党候補の先頭を走るトランプ前大統領は、目下、連邦と4つの州での刑事訴訟91件と民事訴訟6件、大きくは4つの訴訟の被告になっている。それらは21年1月6日の議事堂襲撃(以下、J6事件)を中心とする「選挙介入事件」、『WaPo』報道が絡む「ジョージア州選挙妨害事件」、「連邦機密文書事件」そして「口止め料事件」だ。

このうちの「選挙介入事件」の主たるポイントは、J6事件の犯罪性の真相および選挙結果をひっくり返すための陰謀にトランプが関与したか否かという二点。本稿では前者に係る最近のトピックを書く。

Douglas Rissing/iStock

22年11月の中間選挙で下院の過半数を得て各委員会の委員長を独占した共和党は、下院議長に選出しケビン・マッカーシーの下、民主党のペロシ前下院議長が組織したJ6特別委員会の調査を開始した。この調査を主導したラウダーミルク下院行政監視小委員会委員長は、議事堂周辺の警備上の失敗にも焦点を当てた。

こうした取り組みの一環としてマッカーシー議長は本年3月、ペロシ前議長から引き継いだ4万4千時間に及ぶという1月6日の議事堂内外のビデオ画像(以下、J6動画)の独占的アクセス権を、『FOXニュース』の人気アンカー、タッカー・カールソンに許可した。

カールソンが3月中に一部公開したJ6動画には、公務執行妨害で懲役41ヵ月を言い渡された「Qアノン・シャーマン」ことジェイコブ・チャンズリーが、バイキングの角帽子とフェイスペイントで議事堂警察に議事堂内を案内される様子が映されていた。これに対して議会警察側は「都合のよいところを抜き出し」、事件について「侮辱的」かつ「誤解を招く」結論を導き出そうとしていると批判した。

ところが翌4月にカールソンは『FOXニュース』を退社し、マッカーシーも10月に議長を降ろされてしまった。そこでJ6動画の取り扱いがどうなるのか注視していたところ、マッカーシーを継いだマイク・ジョンソン下院議長が11月に入り、全てのJ6動画をオンラインに投稿すると発表した。

J6事件で今までに刑事告訴された者は1100人以上に上る。その容疑内容は、967人が立ち入り禁止の連邦建物や敷地内への立ち入りまたは滞在、372人が警官や職員への暴行・抵抗・妨害、310人が公的手続に対する不正な妨害、115人が政府所有物の窃盗または破壊、104人が武器の所持、そして42人が共謀罪だ(一部の者は容疑が重複)。

前記は24日の『The Hill』の「ニューヨークタイムズがJ6にUターンした理由」と題するリズ・ピークの興味深い記事から拝借した数字だが、75歳のベテラン記者は冒頭をこう書き出している。

ニューヨークタイムズは1月6日の暴徒に甘いのか? あの日の出来事に関する偏った報道を疑い始めているのか? 153年の司法省史上最大の犯罪捜査とされる抗議デモに対する捜査をちょっとやり過ぎだと思い始めたのか? それとも新たに公開された映像によって、トランプ前大統領弾劾に使われた偏向した下院の調査とは異なるストーリーが明らかになることを心配しているのだろうか?

「偏向した下院の調査」とは、共和党リズ・チェイニー(昨年の中間選挙で落選)が副委員長として主導したペロシ前議長肝いりの調査委員会を指す。リズ・ピークは、ジョンソン議長がJ6動画を公開したことで、米国民はその日実際に何が起きたのかを改めて知り、数百人のトランプ支持者が暴力的な暴動を起こしたという民主党に異議を唱える機会を得たとして、これを評価する。

続けてピークは、私たちが知っていることは、その日トランプ支持者が議事堂へと行進し、一部の武装した危険人物がジョー・バイデンへの平和的な権力移譲を妨害することを意図していたことだ。が、他の多くのそうではない人々は、民主党が選挙を盗んだと信じており、それに抗議するために議会に向かった群衆の後を付いて行った。その中には巻き込まれ暴動から逃れたが、後に投獄された者もいたと書く。

この一文を読んで筆者は、J6事件の翌2月20日に本稿に寄せた拙稿で、「議事堂乱入は扇動した過激な少数によるもので、大半は釣られた入った野次馬と見るべきだろう。その過激な少数にも親トランプと反トランプが混在するようだ」と書いたことを思い出した。

J6事件の裁判で検察側に求められることの一つに、トランプが「民主党が選挙を盗んだと信じて」いたかどうかの立証がある。この夏の『CNN』による世論調査で、バイデンの選出を正当と考える共和党員と右派無党派層はわずか29%で、69%がそうではないと考えおり、有権者全体でも38%がバイデンは違法な大統領だと考えているとの結果が出た(前掲『The Hill』)。トランプの内心は判らないが、そう考える者は少なくない。

ピークが記事にリンクを張った「X」には、警官二人に後ろ手の手錠姿で連行される一人の暴徒が、手錠を外されて警官とグータッチする様子が映っている。ピークは、これは群衆の中にFBIや警察が潜入していたことを示唆しており、彼らが国会議事堂襲撃を意図的に扇動したと非難する人もいて、この動画は昨春、ラウダーミルク行政監視小委員会委員長によって提起され、「私服警官(plain-clothes officers)」の存在について尋ねる書簡を当局に送った、と書いている。

カールソンがJ6動画の一部を公開した後の4月、保守系世論調査のラスムッセンが「政府の潜入捜査官(undercovers)が議事堂の暴動を誘発するのに協力した可能性があると思うか」と尋ねたところ、民主党支持者の59%、共和党支持者の62%、無党派層の74%がその可能性が高いと回答した。

同じ『The Hill』でも別の書き手の26日の記事は、ジョンソン議長がJ6動画の全てを公開して「議事堂襲撃事件に明るい光を当てることで政治的リスクも負う」とし、来年11月の選挙で「激戦区の弱い立場にある共和党員はあの日の出来事を再考することに消極的で、民主党の選挙運動員らは既にこの力関係を利用したいと考えている」と書いて、この中道の議会メディアの面目を施している。

4万4千時間の動画といえども、ネットで公開するなら、あっという間に「X」などのSNSであれこれ指摘される事態になるだろう。トランプはジョンソン氏には「J6テープを全て公開する勇気と不屈の精神がある」と「歓声を上げて」称賛した一方、ピークが書くように『NYT』はひっそりと予防線を張り始めたかも知れぬ。

J6動画の全面ネット公開が、トランプに有利に働くのか、それとも不利に働くのかは判らない。が、誰もが1月6日の出来事を検証できる様になったことは、情報操作や偏向報道の溢れる昨今、この上なく好ましい。