米7月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は、市場予想を下回りました。それだけでなく、労働参加率の改善を一因に、失業率は3ヵ月連続で上昇し2021年10月以来の高水準に。平均時給は前年比で市場予想以下となり、伸び減速が鮮明となりました。パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は7月FOMCで、インフレ率や労働市場の減速を確認すれば、9月利下げ開始を「検討する」と発言しましたが、FF先物市場を始め、マーケットは0.5%利下げを催促するような展開を迎えています。
FF先物市場は実際、NY時間午後12時35分時点で、9月17ー18日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.5%の利下げを73.5%織り込む状況です。それもそのはず、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のFed番記者、ニック・ティミラオス記者によれば、少なくとも現時点でシティグループとJ.P.モルガン・チェースが、①9月の0.5%利下げ、②11月の0.5%利下げ、③12月の0.25%利下げーーへ予想を変更しました。当然ながら、年内も3回利下げどころか、複数の0.5%利下げ予想に傾き始めています。半導体大手インテルがQ2決算発表に合わせ、従業員の15%以上、約1.5万人の人員削減を表明し市場に衝撃を与えましたが、他企業がこれに続いてもおかしくありません。
画像:FF先物市場、9月利下げを73.5%織り込む
画像:FF先物市場の反応、年内3回利下げどころか、複数の0.5%利下げを織り込む。
ドル円は米7月雇用統計の結果を受け、一時146.42円とまで1月以来の水準まで急落しました。米株相場も大荒れで、ダウは一時900ドル以上の下げ幅を記録し、ナスダックに至っては3%超えの下落率を記録する有様。米債利回りは急低下し、まさに阿鼻叫喚といった様相を呈しています。
1分足チャート:ドル円は米7月雇用統計後に急落、米10年債利回りは緑線(左軸)
今回の雇用統計のポイントは、以下の通りで、ことごとく弱い材料が目立ちます。
(労働市場にポジティブ)
・労働参加率は小幅改善
・フルタイムの雇用、3ヵ月ぶりに増加
(労働市場にネガティブ/ニュートラル)
・NFPが市場予想や前月を下回る
・NFP、過去2カ月分は2.9万人の下方修正
・平均時給の伸び、前年同月比で鈍化(インフレ抑制の観点ではポジティブ、購買力の観点でネガティブ)
・民間部門の総賃金(雇用者数×週平均労働時間×時給)、前年比は2021年3月以来の5%割れ
・週当たり労働時間、2020年4月以来の低水準
・失業率、前月から0.2%上昇し2021年10月以来の高水準
・失業率の上昇を受け、サーム・ルールで景気後退のサインとなる0.5ポイント超え
・失業者のうち失職者は2021年11月以来の高水準、レイオフ(一時解雇)も100万人を超え2021年9月以来の水準へ急増
・就業率、2022年11月以来の水準へ低下
・不完全就業率は2021年10月以来の水準へ急
これまで、8月に予定する年次改定の暫定値発表を受けて8月22ー24日開催のジャクソンホール会合で利下げの地均しを行う見通しとお伝えしていましたが、その前にパウエルFRB議長が市場の混乱を抑えるべく、発言の機会を作ってもおかしくありません。
以下は、今回の雇用統計の詳細。
〇非農業部門就労者数
米7月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は前月比11.4万人増となり、市場予想の17.6万人増を下回った。前月の17.9万人増(20.6万人増から下方修正)を下回り、3カ月ぶりの低い伸びとなった。
NFPの内訳をみると、民間就労者数は前月比9.7万人増と市場予想の14.8万人増を下回った。前月の13.6万人増に届かず、2カ月ぶりに低い伸びとなった。民間サービス業は7.2万人増と、前月の12.5万人増(11.7万人増から上方修正)を下回り2021年1月以降の増加トレンドで最小となった。
チャート:NFPは増加トレンドを維持するも伸び鈍化、失業率は2021年10月以来の高水準
チャート:民間サービスの雇用、2021年1月に開始した増加トレンドで最小
5月分0.2万人の下方修正(21.8万人増→21.6万人増)と合わせ、過去2ヵ月分では合計で2.9万人の下方修正に。2023年以降では、18回のうち速報値ベースで15回目の下方修正を迎えた。以前から筆者が指摘し2023年7月に入ってウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙も記事で取り上げたように、NFPは労働市場を過大評価している可能性が引き続き意識される。5月分:21.8万人
チャート:NFPと修正幅(グレー枠は2023年以降の修正幅)
サービス部門のセクター別動向は11業種中で6業種で増加し、速報値ベースでの前月の9業種を下回った。今回最も雇用が増加した業種は10カ月連続で教育・健康、次いで夏季休暇シーズンとあtて娯楽・宿泊、政府が並んだ。一方で、情報、その他サービス、金融、専門サービスは減少。公益は横ばいだった。
(サービスの主な内訳)
財生産業は前月比2.5万人増と、3カ月連続で増加。業種別をみると、建設が増加トレンドを維持し、製造業も増加に反転。ただし、鉱業・伐採が減少した。
チャート:業種別、雇用の増減
チャート:20年2月との比較、民間サービス部門は前月の4.8%増→4.7%増と28ヵ月連続でプラス圏をたどると共に上げ幅を広げた。政府を含めたサービス部門の11業種中、当時の水準を超えた業種は10業種と、前月の10業種から減少した。輸送・倉庫、専門サービス、情報、金融、公益、卸売、教育・健康、小売、政府、娯楽・宿泊となる。その他サービスのみ、マイナスをたどった。
財部門は前月の3.5%増→3.6%増と、こちらも伸びを広げつつ27ヵ月連続でプラス圏を守った。建設が前月の8.3%増→8.5%増と伸び拡大に寄与したほか、製造業は前月の1.3%増→1.4%増も伸びを広げた。鉱業・伐採は引き続きマイナスをたどり、前月の7.3%減→7.5%減とマイナス幅が拡大した。
〇平均時給
平均時給は前月比0.2%上昇の35.07ド ル(約5,160円)と、市場予想と前月の0.3%を下回った。2021年2月以降の上昇トレンドを維持した。前年同月比は3.6%、市場予想の3.7%と前月の3.8%(3.9%とから下方修正)を下回り、2021年5月以来の低い伸び。生産労働者・非管理職の前年同月比も3.8%と、2021年5月以来の4%割れを迎えた。
チャート:平均時給、生産部門・非管理職と合わせ前年比で2021年5月以来の低い伸び
〇週当たり労働時間
週当たりの平均労働時間は34.2時間と、市場予想と前月の34.3時間を下回っただけでなく、2020年4月以来の低水準に並んだ。2006年以来の最長を記録した2021年1月の35時間を下回り続けたままだ。財部門(製造業、鉱業、建設)が39.6時間、2023年2月以来の水準に並んだ前月の40.0時間から大幅に短縮し、6カ月ぶりの低水準。引き続きコロナ禍で最長となった2022年2月の40.3時間以下が続く。全体の労働者の約7割を占める民間サービスは3カ月連続で33.2時間と、低迷が続く。2006年以降で最長を記録した2021年5月の33.9時間以下のトレンドを保つ。パートタイムの雇用増加が短縮の一因と言えよう。
チャート:週当たり平均労働時間、財が押し下げ2020年4月以来の低水準
〇総労働投入時間、民間の総賃金
総労働投入時間(民間雇用者数×週平均労働時間)は就労者数の伸びが前月を下回っただけでなく、労働時間が前月比で短縮したため、前月比で0.2%減と3ヵ月ぶりに減少した。
民間部門の総賃金(雇用者数×週平均労働時間×時給)は前月比横ばいにとどまり、増加を2カ月で止めた。なお、4月分は同0.1%減に下方修正されたため、2020年5月以降の増加トレンドに終止符を打っていた。前年同月比は4.8%増と、2021年3月以来の5%割れ。3カ月平均も5.1%増と、こちらも2021年3月以来の5%割れが近づいた。
チャート:民間部門の総賃金、2021年3月以来の5%割れ
〇失業率、労働参加率、就業率、不完全就業率、長期失業者
失業率は4.3%と市場予想と前月の4.1%を上回り、2021年10月以来の高水準だった。労働参加率は前月の62.6%から62.7%と3ヵ月ぶりの水準を回復したため、失業率の上昇につながった。また、失業者数は前月比35.2万人増、就業者数の同6.7万人増を大きく上回ったため、失業率を押し上げた。
自発的離職者数は85.5万人と2ヵ月連続で増加し、2019年平均を上回った。自発的離職者数に占める失業者の割合は11.9%と、3ヵ月ぶりの水準へ上昇した。
チャート:自発的離職者数は、2カ月連続で増加
自発的離職者数が2カ月連続で減少した一方で、失職者数(一時的な解雇ではなく再編やM&Aなど会社都合での解雇者、派遣など契約が終了した労働者)は、前月比6.5人増の42.7万人と増加に反転、2021年11月以来の高水準だった。失職者数の割合は他の増加幅が大きかったため前月の35.1%→33.9%へ低下しつつ、失業者のシェアで1位を維持した。失職者のうち、完全解雇者が労働人口に占める割合は1.0%と、2021年11月以来の高水準をつけた5月の1.05%ににじり寄った。その他、レイオフ(一時解雇者)は106.2万人と、2021年9月以来の水準へ急増した。結果、前月の12.1%→14.8%へ上昇し、2021年8月以来の高水準に。一方で、再参入者と新規参入者は、それぞれ前月の31.1%→30.2%、前月の10.5%→9.1%へ低下した。
チャート:失業者に占める失職者の割合は低下も、レイオフの急増が一因
チャート:失職者は2021年11月以来の高水準
チャート:労働人口に占める完全解雇者の比率は2021年11月以来の水準へ上昇した前月の1.01%から低下も、引き続き2019年平均を上回る
チャート:レイオフ(一時解雇)は7月に2021年9月以来の水準へ急増、失業者に占めるシェアも2021年8月以来の高水準
解雇者数の増加などが失業者数を押し上げるなか、サーム・ルール(失業率の直近3ヵ月移動平均と過去1年間での最低水準の差が0.5pt以上なら、1年以内に景気後退入りするとの説)を確認すると、7月は0.53ポイントへ上昇し、景気後退入りのサインとなる0.5%を突破した。なお、7月FOMC後の会見で、パウエルFRB議長は作家マーク・トウェイン氏も名言を引用し「歴史は繰り返さない、韻を踏む… 統計的な規則性というのは、経済的なルールではない」とサーム・ルールを重視していない姿勢を強調していた。
チャート:サーム・ルール(直近3カ月の移動平均と過去1年間の最低水準の差)、コロナ禍後の回復期で最も0.5ptに近付く
労働参加率は前述したように、前月の62.6%から62.7%へ改善し、3ヵ月ぶりの水準を回復。20年2月(63.4%)以来の高水準を回復した2023年11月の62.8%をに近づいた。
就業率は過去2カ月間の60.1%を経て、60.0%と2022年11月以来のの低水準。2020年2月(61.1%)以下が続く。
チャート:労働参加率は小幅改善、就業率は低水準を維持
経済的要因でパートタイム労働を余儀なくされている者などを含む不完全就業率は前月の7.4%から7.8%へ急伸、2021年10月以来の高水準だった。家計調査でパートタイムが再び増加するなか、予防的利下げを行った2019年平均の7.2%を上回ったままだ。
チャート:不完全就業率、2021年10月以来の高水準
失業者とは、①失職中、②過去4週間に職探しを行なった、③現在、勤務が可能――の3条件を満たす必要がある。失業期間の中央値は9.8週から9.4週へ短縮した。2022年2月以来の水準に長期化した。また、27週以上にわたる失業者の割合は21.6%と、2022年5月以来の高水準だった前月から低下した。ただ、米新規失業保険申請件数の継続受給者数の増加が高止まりするように、小幅な低下にとどまった。
チャート:長期失業者が全失業者に占める割合
チャート:米新規失業保険申請件数と継続受給者数、足元で全体的に高止まり
〇病気が理由で働けないとする人々
「病気が理由で働けない」とする人々は今回、前月比4.3万人減と5カ月連続で減少し93.0万人となり、コロナ前平均の2015‐19年の平均値の93万人を下回った。労働参加率の改善と整合的だ。
チャート:「病気が理由で働けない」とする人々は2015-19年の平均値に接近
〇家計調査の就労者内訳
足元、事業所調査(給与台帳ベース、NFPや平均時給、週当たり労働時間など、CES)と家計調査(聞き取り調査ベース、失業率や労働参加率など、CPS)の就業者数の数字を比較すると、今回はNFPが11.4万人増に対し、家計調査の就業者数は6.7万人増と増加し、NFPの結果と概ね整合的だった。
チャート:NFPと家計調査の就業者数、6月はそろって増加
家計調査の就業者数を雇用形態別でみると、フルタイムが前月比44.8万人増と3ヵ月ぶりに増加、過去8カ月間で2回目のプラスとなった。複数の職を持つ者は同13.3万人増と増加に転じた。一方で、パートタイムは同32.5万人減となり、過去8カ月間で2回目の減少した。
チャート:フルタイムは過去8カ月間で2回目の増加、パートタイムは逆に過去8カ月間で2回目の減少
(出所:Street Insights)
チャート:複数の職を持つ者は7月に増加、高止まりを継続
NFPと家計調査の就業者数の動向の、どちらを信用すべきか悩むところだろう。米労働統計局によれば、NFPを含むCES(他に平均時給、週当たり労働時間が含まれる)は、他指標とコロナ禍を経て同様に回答率が低下してきた。直近のデータをみると、CESは2024年3月に43.5%、雇用動態調査(JOLTS、求人件数などを含む)は33.2%と、それぞれ低水準を保った。失業率や労働参加率などを管轄するCPSは対面と電話での聞き取り調査となるなか、2024年4月に69.7%と、他と比較して高い。こうした違いを踏まえれば、CESの結果よりCPSの方が信頼性が高いように見える、しかし、CESの調査対象は12万2,000以上の会社や政府機関である一方で、CPSは6万世帯に過ぎない。従って、通常は雇用の伸びについてはNFPを扱うCESを重視する傾向が強い。
チャート:雇用関連の調査回答率は低迷
〇起業・閉鎖モデル
これまで筆者は、複数の職を持つ者がNFPを押し上げた可能性を指摘していた。理由は、NFPの場合、賃金をベースにカウントするためで、家計調査と異なるため(i.e. 副業を持つ就業者の場合、NFPなら2つの雇用増とされるが、家計調査は仕事が2つあっても、1人分として集計する)。最近では、NFPを算出する上での起業・廃業モデルにも注目。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙も、2023年7月に同様の記事を配信し、起業・廃業モデルなどを理由に「NFPは労働市場を過大評価している可能性」を取り上げ、筆者以外に疑問視する声の存在を感じさせていた。
今回を振り返ると、起業・閉鎖調整ベース(季節調整前)の雇用増加をみると前月比24.6万人増と、前月の5.9万人増に続き増加。NFPをある程度、押し上げた可能性を示唆した。
チャート:起業・閉鎖調整ベースの雇用増減(季調前)の推移
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2024年8月2日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。