ニッキー・ヘイリー女史のトランプ氏への助言

米大統領選挙が近づいてきた。米共和党のトランプ前大統領と米民主党ハリス副大統領との戦いだ。ランニング・メイトも決まり、いよいよ11月5日に向けて選挙戦はヒートしてきた。

米中西部ウィスコンシン州ミルウォーキーで開催された共和党全国大会で演説するニッキー・ヘイリー元国連大使(2024年7月16日、桑原孝仁撮影)

トランプ氏は暗殺未遂事件を乗り越え、その際の英雄的な振舞で株を挙げた一方、ハリス氏はバイデン現大統領の陰に隠れてそのプロフィールが不明だったが、ここにきて米大統領史上初の女性大統領という王冠を目指して健闘中だ。一部の世論調査ではハリス氏がトランプ氏を抜いてトップを走っている、という結果も報道されている(「ハリス副大統領を侮ってはならない」2024年7月24日参考)

米大統領選は単にワシントンのホワイトハウスの主人を決める4年毎の選挙というだけではなく、世界の政治情勢、経済情勢に大きな影響を与えるだけに、その注目度は断トツだ。イスラエルとハマス間のガザ紛争、ロシアとウクライナ間の戦争の行方も誰がホワイトハウスの主人に就任するかで大きく変わってくる。それだけに、新しい米大統領が選出されるまで、中東紛争、ウクライナ戦争などで突発的な事態が発生しやすい不安定な時期に入っている。

前口上はこれまでにして、米共和党のトランプ陣営で動揺が見られる、というか苛立ちを感じる。トランプ氏はバイデン大統領の高齢問題、それに伴う職務履行能力を厳しく追及する選挙戦略を実施し、暗殺未遂事件直後まではその選挙作戦は一定の成果があったが、バイデン氏が再選出馬を断念し、ハリス副大統領が登場してからトランプ氏に動揺が見られるのだ。自分より20歳余り若いハリス氏の出馬でトランプ氏が追及してきた高齢のバイデン大統領の職務能力問題は賞味期限が過ぎただけではなく、トランプ氏自身(78)がハリス氏(59)から同じ問題(高齢)を追及される状況に陥ってしまったのだ。

トランプ陣営はハリス氏への選挙対策を練ってきたが、メディアを通じて聞こえる声は、ハリス氏は有色出身だ、左翼でリベラルな政治家だといった一辺倒な批判に終始。バンス共和党副大統領候補者の「子供を産まない女性は・・・」といった類の過去の発言まで報じられているが、それ以上ではない。ハリス氏がワルツ民主党副大統領候補者とともに社会的政策、移民問題などで有権者に語り掛けている中、トランプ氏やバンス氏からは民族的な出自や「ハリス氏は馬鹿だ」といった中傷レベルの批判だけしか聞こえない(「バンス氏『家庭の崩壊』に警鐘鳴らせ!」2024年7月30日参考)。

トランプ陣営の選挙戦に危機を感じたのはニッキー・ヘイリー女史だ。元米国連大使で共和党大統領候補者として最後までトランプ氏と戦った女史は「トランプ陣営は選挙戦略を変えるべきだ」と忠告している。ヘイリー女史は右派系テレビ局フォックス・ニュースで、「ハリス氏がどの人種に属するかや、彼女が愚かだと批判することで選挙に勝つことはできない。アメリカ人は賢い人々だ。彼らに対して賢い人々として接するべきだ」と訴えているのだ。

バイデン大統領が11月5日の選挙での立候補を辞退し、民主党がハリス氏を新たな大統領候補として団結した後、トランプ陣営は選挙戦で守勢に立たされてきた。いくつかの世論調査では、ハリス氏がトランプ氏を上回ってる。この焦りがトランプ側にハリス氏への中傷・誹謗発言となってきているわけだ。

ヘイリー氏はフォックス・ニュースとのインタビューで、共和党に対し、選挙戦の変革を訴え、「共和党はハリス氏について愚痴を言うのをやめるべきだ」と述べている。この批判はトランプ氏に向けられたものだ。

ヘイリー氏は「ハリス氏が税金を引き上げようとしている事実を指摘し、ハリス氏との政策論争を求めるべきだ」と注文している。例えば、ハリス氏はワルツ氏を副大統領候補者に選んだが、ポーランドの日刊紙「Rzeczpospolita」は、「ミネソタ州知事である彼は、典型的なアメリカのリベラルとは程遠い存在だ。これにより、民主党の大統領候補であるハリス氏の極左的なイメージが和らぐ。ワルツ氏の選択は、中道派リベラルや中道派保守派の有権者が多い中西部の州、伝統的に共和党候補を支持するこれらの州に向けた賢明な一手だが、ワルツ氏が2008年にこの地域の基盤である重工業への補助金に反対したことを、『ラストベルト』と呼ばれる地域の有権者たちは決して許さないだろう」と報じている。共和党が追及できるテーマは山積しているのだ。

ヘイリー女史は「トランプ氏の選挙運動はあまりにも彼のコアな支持層に偏っている。つまり、Make America Great Againというトランプ氏のスローガンを縮めた「MAGA」運動支持者への偏りだ。MAGA票は確実にトランプ氏を支持しているが、共和党は郊外の女性、高学歴層、独立系、中道派の共和党員、そして保守的な民主党員に対してもその支持を得るために戦わなければならない」とアピールしている。正論だろう。

若いヘイリーさんからの助言をトランプ氏がどのように受け取るかは不明だが、窮地になればなるほど底力を発揮してきたトランプ氏だ。ヘイリー氏らの知恵を借りて選挙戦略を変えるべき時だ。ライバルへの中傷、誹謗合戦から卒業すべきだ(「米共和党は選挙戦のペース奪われるな」2024年7月25日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。