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政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏
ロシアによるウクライナ侵略への対応を巡り欧州で戦時体制の整備が進んでいる。顕著なのが欧州随一の大国ドイツだ。
ドイツでは「ナチス」の反省から軍備増強を抑制してきたが、次期首相候補のキリスト教民主同盟(CDU)のメルツ党首が「ドイツは帰ってきた。われわれは欧州の自由と平和を防衛するために多大な貢献をする」と会見で明言するなど、米国の関与後退に対する危機感をあらためて表明した。
またラインメタルのアルミン・パッペルガー最高経営責任者(CEO)は「欧州で再軍備の時代が始まった。我々は多くの事が求められるが、眼前にはこれまでに経験したことのない成長の見通しがある」と主張した。
ラインメタル社は、ウクライナ国内で建設を進めていた最初の兵器工場が操業を開始し、装甲車両と戦車の整備に特化した第二工場も間もなく建設に着手する予定だ。同社は2023年5月にウクライナの国営軍需企業ウクロボロンプロム社と戦車及び戦闘車両の生産及び、修理と整備のための合併会社を設立することを発表している。
ラインメタル社はウクライナに計4つの工場建設を予定しており、最初に稼働した歩兵戦闘車「リンクス」の生産工場、現在建設中の車両の整備に特化した第二工場と第三、第四工場は砲弾と防空システムの製造工場とされる。またラインメタル社は現在開発中の主力戦車KF-51「パンター」のウクライナでの生産も計画しているとされる。なお、生産中の歩兵戦闘車「リンクス」は高い防御力と機動性、強力な武装を誇り、次世代歩兵戦闘車として西側各国が採用を検討している。
このラインメタル社の積極的なウクライナ支援に対し、ロシア政府は「ラインメタル社がウクライナ西部に計画している兵器工場は正当な攻撃目標になるだろう」と警戒心を強めており、2024年には、ロシアによるパッペルガーCEOに対する暗殺未遂事件まで起きている。
第一次世界大戦と第二次世界大戦における欧州の戦時体制
第一次世界大戦は三国同盟(ドイツ、オーストリア、イタリア)と三国協商(イギリス、フランス、ロシア)の対立を背景として、1914年のサラエボ事件(ボスニア・ヘルツェゴビナ州の州都サラエボでオーストリアの皇位継承者であるフランツ・フェルディナント大公が暗殺された事件)を契機として戦争が勃発した。
この戦争は欧州各国のみならず、世界を巻き込んだ大規模な戦争に発展し、航空機、機関銃、戦車などの近代的兵器が登場するなど、被害者は、過去の戦争を大きく上回った。各国は戦争遂行のために行政機関を強化し、徴兵制度や国民総動員体制を導入して、軍需品の生産を優先した資源の配分を戦略的に行った。戦争は長期化し、世界初の総力戦が展開された。
第二次世界大戦は第一次世界大戦の硝煙がまだ冷めやらぬ1939年、ドイツのポーランド侵攻を皮切りに始まった。原因は世界大恐慌による経済混乱とブロック経済、ドイツにおけるヒットラー政権の台頭だった。戦争は世界に飛び火し、主に米英ソを中心とする連合国と日独伊を中心とする枢軸国の二手に分かれて争った。
欧州各国は戦争遂行のために行政を再編成し、国民徴用令や国家総動員法を制定した。例えば、フランスでは500万人を超える兵士を動員し、100億ドル(約1兆4,900億円)以上の戦費を調達した。イギリスでは国防費をGDPの37%まで引き上げ、戦時経済体制を確立して、生活必需品の統制や物資の配給制度を導入した。また日本でも国家総動員法に基づき、国民生活の隅々まで統制が行われた。
戦争は再び総力戦となり、兵士のみならず、民間人の犠牲が急増し、6,000万人~8,000万人が犠牲となった。現代でも通用する大量破壊兵器の原子爆弾が開発され、1945年に日本が降伏するまで続いた。
欧州各国の戦時体制の影響
欧州連合(EU)は2025年3月6日、「再軍備計画」推進で大筋合意した。国防予算積み増しを可能にするため各国で財政規律に関するルールを緩和するほか、1,500億ユーロ(約24兆円)の資金供給の枠組みを創設する。
フォンデアライエン欧州委員長は「資金供給枠組みや財政ルール緩和などを通じ、防衛強化のために総額8,000億ユーロ(約129兆円)の資金確保を目指す」と説明し、トランプ米政権が欧州に要求する抜本的な防衛増強に応える姿勢をみせた。
このEUの決断は今後、欧州全体の様々な分野に影響をもたらすだろう。
例えば、経済面ではGDP比2%以上の軍事費増強を強いられる国が多く、一部の国では社会保障費の削減が懸念されている。軍需産業が活性化し、新たな雇用や技術革新が生まれる可能性がある一方で、民需の製造業や輸出産業が圧力を受ける可能性がある。また軍需に前のめりになることにより国民生活を営む物資の不足が心配されている。
社会面では国民の介護や健康、教育など他の分野への予算配分が減少する可能性がある。また市民生活が変化し、移民に対する排斥運動が激化するおそれがある。
地域間の不均衡が生じることも考えられる。東欧諸国は地理的な要因から防衛意識が高く、軍事費を積極的に増加させているが、西欧諸国では、これまで防衛が米国頼みだったこともあって、社会保障を優先させる傾向が強い。こうした地域間の格差は、これまでEUとして結束してきた経済政策や社会構造に大きな変化をもたらす可能性がある。
まとめ
「平和とは、世界各国が次の戦争のために休戦し、兵士の増加・訓練、軍備の整備、兵器の大量生産や革新に専念して、来るべき戦争に備えている期間に過ぎない」という平和の本質についての考察がある。いみじくも、今回のロシアのウクライナ侵攻はその考察を証明してしまった。ロシアの脅威に対して、今回、EUが再軍備と軍事費増強を決断したのは、これまでの歴史を振り返れば、極めて正しい判断と言える。
一方、ロシアの隣国である日本はどう対応すべきなのだろうか。未確認ながら、ロシアがウクライナ侵攻前に日本への侵攻も検討していたという情報がある以上、無防備というわけにはいくまい。
アメリカが主張するような防衛費のGDP比3%を実現することが難しいのは確かだが、より一層の軍事費増額を図る必要はあるのではないだろうか。加えて戦時体制へシフトするための法整備を行わなければ、日本は緊急事態に対応できず、最悪の場合、多くの国民を犠牲にする可能性さえある。
第二次世界大戦時、日本は知識や能力の不足、偏見から、様々な場で貴重な国民の命を犠牲にしてきた。今の日本では国防は政府がやれば良いという雰囲気があるが、国民が総力を結集しなければ、近代戦は戦えないことをあらためて国全体に周知徹底させる必要があるだろう。
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藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2025年3月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。