トランプ米国大統領の停戦調停努力が進む中、蚊帳の外に置かれた形の欧州諸国が危機意識を強めている。そこで出てきた反応の一つが、「欧州軍」なるものの「平和維持軍」構想だ。
イギリスとフランスが、いわば存在感をかけてメディアにアピールしているので、特にトランプ大統領を毛嫌いするメディアで、頻繁に重大ニュースであるかのように取り上げられている。

スターマー首相(英国)SNSより
しかし中身が曖昧模糊としている。語り合っている方々の間で、理解の統一が図られているのか、かなり怪しい。参加国も、イギリスとフランス以外には、明らかになっていない。「会議に来てくれ」と言われれば、もちろん多くの欧州諸国が会議に参加するだろうが、それと実際に兵力を提供することとは、次元が違う話になるのは、言うまでもない。
ところが曖昧模糊としているのをいいことに、日本で気が早い方々が、「参加すべきだ」という論陣を張っている。

今この件が特徴的なのは、日本の自衛隊制服組及び自衛官OBを中心とする軍事評論家層などが、かなり強い心情的なコミットメントを見せていることだ。2017年に南スーダンから撤収してから、国連PKOがアフリカその他の地域に広範に展開していることを知っていても、国際平和活動の参加に関心の高まりが起こったことはなかった。ところが今、ロシアに対抗するウクライナへの派兵に関心が表明されているのは、日本社会あるいは関係組織の組織文化を物語る様子として、印象深い。
しかしメディアで見られる記事のように、論旨として、35年前の1991年「湾岸戦争シンドローム」を参照する、というのは、いただけない。古すぎるし、まるで無関係な事例である。いくら日本が少子高齢化で平均年齢が異様に高い国だからといって、これでは真面目な政策論にならない。
そもそもウクライナ政府の要請にしたがって派遣される諸国の兵力は、通常われわれが用いる「平和維持活動」ではない。
有名な国連文書『平和への課題』の定義では、「平和維持」とは、「関係する全ての当事者の同意に基づいて, 通常は国連軍事要員と(又は)警察要員を含み、しばしば文民も含むような現場での国連の展開」である。
日本の外務省を参照すれば、平和維持の定義は次のようなものだと示されている。
「伝統的には、国連が紛争当事者の間に立って、停戦や軍の撤退の監視等を行うことにより事態の沈静化や紛争の再発防止を図り、紛争当事者による対話を通じた紛争解決を支援することを目的とした活動」
国連平和維持局が2008年に公刊して現在でも権威的に参照される『United Nations Peacekeeping Operations: Principles and Guidelines』(いわゆる『Capstone Doctrine』)は、平和維持活動の三原則として、紛争当事者の同意、不偏不党性(impartiality)、任務(mandate)遂行以外の武力の不行使、をあげている。
イギリスのスターマー首相が語っている「平和維持軍」には、「国連」も「紛争当事者の同意」も「不偏不党性/中立性(neutrality)」も安保理が授権する「任務」も何もない。ただフワッと「平和のために活動する」のような決意表明があるだけだろう。サンダーバード軍のようなものでも何であれ、皆「平和維持軍だ」という発想のようだ。
これは従来の国際的な「平和維持」概念の使用から大きく逸脱している。事実として、スターマー首相が、実務家級の検討を命じたところ、まずもって概念構成のところに苦情が出てきたようだ。
「防衛・外交筋は、派遣されるかもしれない部隊について、『平和維持軍』ではなく『保証軍』として説明されるべきだとしている。」と報道されているが、全くその通りである。

目的設定のところから曖昧模糊あるいは単なる混乱が見られる活動について、政治家から「そこをとにかくうまい具合にやれる計画だけ作れ」と命令されても、担当者には困惑しかないだろう。
率直に言って、イギリスとフランスの勇み足で、メディア向けニュースが先行しすぎている。他の欧州諸国もついてきているようには見えない。
もちろんロシアの再侵攻を防ぐ抑止策は必要である。イギリスとフランスの貢献を、意味ある形で位置付けられるのであれば、それは意義深いだろう。だが今スターマー首相とマクロン大統領が語っていることは、混乱、あるいは控えめに言って曖昧模糊としたものでしかない。
「欧州軍」が「国連平和維持活動」によって代替されるかもしれない、とマクロン大統領が語った、という報道もある。 しかし両者は全く別のものだろう。代替関係にはならない。併存はありうるだろう。

ロシアの再侵攻を防ぐ抑止を目的とする「保証軍」の展開は、「集団的自衛権」を根拠にした活動をふまえたものであるはずだ。それ以外の枠組みはない。これはいわば日米安全保障条約を根拠にして日本に駐留する「在日米軍」に近い存在になるはずだ。イギリスとフランスは、必死にこれを「平和維持軍」と取り繕おうとしている。しかし無理だ。
国連平和維持活動は、国連安全保障理事会決議を根拠にして展開するものだ。ロシアが中国の平和維持活動への参加は歓迎だと言ったり、インドも関心があるようだといったりしたことが指摘される場合、想定されているのは、こちらの本物の「平和維持活動」のことである。
なおトルコも関与に関心を持っているとされるが、現在OSCEの事務総長がトルコの元外相であることから、OSCEの枠組みを用いることを当然考えているだろう。OSCE展開の場合にも、国連安保理決議が採択されて、国連平和維持活動の代替あるいは連動した活動として位置づけられる可能性はある。
少子高齢化が著しい日本が、「欧州が世界の中心であり、イギリスとフランスが世界の指導者だ」などと時代錯誤的なこと考えてしまうのは、勝手ではある。しかし世界の現実は、ついてこない。
万が一にも、思い込みや誤解、あるいはウクライナ同情・ロシア糾弾・トランプ侮蔑の感情論で凝り固まっている国内世論に乗っかった形で政策論を進めてしまったら、大変なことになるだろう。
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