欧米という概念の終わり

大学院生のとき、フランス出身の留学生へのメールで「欧米」の語を使ったら、”EuropeとAmericaは別だから、自分は欧米もOccident(西洋)も概念として使わない” と返されたことがある。イラク戦争の時代で、欧と米(とくに仏と米)の仲が悪かったのも、背景にあったかもしれない。

さて、ウクライナ問題での対立は序の口で、近日の「相互関税」をめぐる大混乱で、いよいよ欧と米はほんとうに別なんだなということが、誰の眼にもはっきり映るようになった。いま売っている『文藝春秋』5月号では、やはりフランス人のエマニュエル・トッドが、こう言っている。

エマニュエル・トッドと江藤淳|Yonaha Jun
共同通信に依頼されて、昨年11月刊のエマニュエル・トッド『西洋の敗北』を書評しました。1月8日に配信されたので、そろそろ提携する各紙に載り始めるのではと思います。 米国と欧州は自滅した。 日本が強いられる...『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』エマニュエル・トッド 大野舞 | 単行本 - 文藝春秋 ...

トランプ政権の首脳陣が揃って、「欧州への憎悪と軽蔑」を露わにしているのです。

これは何を意味するのか。ウクライナ戦争での「西洋の敗北」が明らかになるなかで、「西洋」が分裂し始めたのです。
(中 略)
歴史を振り返ると、「対外的な軍事的敗北」の後に続くのが「国内での革命」です。ロシア革命もドイツのワイマール革命もそうですし、フランス革命も英国との七年戦争の後に起きています。

トランプも、ウクライナ戦争で米国が敗北したからこそ再選されたのであり、ロシアと交渉しないバイデン政権の方針を一八〇度転換したのは「革命」と言えます。

『文藝春秋』2025年5月号、96-7・101頁
強調は引用者

賛否両論のある人だが、この範囲に関しては、多くの読者に違和感のない叙述だろう。特に歴史家ならではの目線での、後段の指摘は面白い。

で、なにを隠そう、ぼく自身がちょうどほぼ1年前に、それを予告して書いていた。別に、「欧米」の政治家や学者に教えてもらった成果とかじゃなくて、家で寝ながらアマプラで映画見てただけなんだけどね(笑)。

『ローマの休日』で学ぶ保守とリベラル|Yonaha Jun
先日ご紹介した今月刊行の『文藝春秋』5月号には、連載「「保守」と「リベラル」のための教科書」の私の担当回も載っています。1回目は安部公房の短編「詩人の生涯」を紹介しましたが、2回目で採り上げるのは山本おさむさんのマンガ『赤狩り』(全10巻、連載2017~21年)。 同作のストーリーに触れた部分は、実はこちらのリンクか...

『ローマの休日』のペックとヘップバーンのように、アメリカがヨーロッパに自由を教え「庇護」する関係がずっと続くなら、同作も美しいラストシーンで終わることができたのかもしれない。しかし、そのようには映画を終えなかったワイラー監督の直観は、いま正しさを証明しつつある。
(中 略)
日本人はつい「欧米」と言いがちだが、実は「欧と米」が一体であり得たのは、歴史上のごく短い例外期にすぎなかったと、これからは振り返られるのかもしれない。その最も幸せな季節に撮られた『ローマの休日』にすら託されていた不穏を、私たちは読み誤ってきたのかもしれない。

2022年の2月にウクライナ戦争が始まった際、圧倒的に多数の識者が、自由民主主義を掲げる「西側世界の結束」をうたった。僕自身もそう思った。しかしその帰結はいまや、欧と米との分離による「西側世界の解体」になり始めてすらいる。

公開日は2024年の4月15日
強調等も原文のママ

1年前なので、まだウクライナ支援に熱心なバイデンが大統領で、ヴァンスは共和党の副大統領候補に選ばれる前である。なんだけど、当たっちゃうんだな、これが。繰り返すが、『ローマの休日』見てただけなのに。

バンス氏、欧州の「対米従属」に警鐘 もっと自立を
【4月16日 AFP】J・D・バンス米副大統領は、欧米間の同盟関係を称賛し、欧州に対しこれまでよりも肯定的な姿勢を示す一方、もっと自立するよう促した

どうしてそんなことが起きるかというと、「歴史」の存在を、正しく信じているから、だと思う。

正しく信じるとは難しげに言うと、歴史が持つ①被拘束性と相対性とを同時に把握する、ということになる。もうちょいかみ砕くと、②影響力を認めつつも「決定論」には陥らない、的な感じだ。

かつてのマルクス史学が典型だけど、階級闘争が歴史を動かすことに決まっている! と断定しちゃうと、まちがえる。欧米ないし西側で、かつてソ連と対峙したリベラリズムも同じことで、自由と民主主義は拡大してゆくに決まっている! と思い込んだ結果、いまその誤りが露呈しつつある。

一方、だからといって歴史なんてなんの拘束力もない、俺らは好き勝手やり放題できるんだうおおおおNew Normal! と思い込んでも、まちがえる。ちょうど、本人は自分の意志ですべてを決めたつもりでいても、実は過去のトラウマ(歴史)からの影響を無意識に受けているのと同じだ。

WW1・WW2・Cold Warと三戦全勝で世界の覇者になったアメリカは、文字どおり「なんでも好き放題できる国」に見えた。近年はAlt-rightからIT・AI未来主義まで、「過去なんて忘れちまえ!」と唱える思想も人気で、実際に政治を動かしてきた。

イーロン・マスク「ナチスの過去など忘れろ、誇りをもて」と独極右政党と国民を応援
<トランプの右腕「マスク副大統領」はどうやら2月23日のドイツ総選挙の日まで、極右AfDを支援して選挙に介入するつもりらしい、その狙いはナチ党復活なのか?> テスラCEOで億万長者イーロン・マスクは1...

だけどそうして驕っていると、どこかで躓きが起きて、原因を振り返ったときに「やっぱり歴史に拘束されていた」と気づく。世界戦争を通じて、ダントツの国力(たとえばマーシャル・プラン)で欧と米を一体化させたつもりでいても、いつか「……あの~、そのふたつ歴史的には別ですよね」と、現実からツッコミが入るわけだ。

そうしたセンスをもって眺めれば、大昔のモノクロ映画だって、現在を正しくとらえる入り口になる。逆に歴史感覚がないままで語られる、いま「世界の潮流はこうだ!」「専門家がこう言ってる!」みたいな話は、後から歴史に躓いてまちがえるので、それまでの間つなぎにしかならない。

トランプは関税で「アメリカのスターリン」の夢を見るか?|Yonaha Jun
今月に入ってから、まじめな政治経済のニュースはトランプの「相互関税」で持ち切りだ。相互もなにも、一方的に米国の側が関税を増額し、文句あんなら相互にしてみろやゴラァと言ってるだけだから、無茶苦茶である。 輸入品に課税しても、その分は販売時の価格に転嫁されるから、結局は米国内の消費者が負担する。そもそもインフレだから廉価...

上記のnoteもきっかけとなり、昨晩はBSフジのプライムニュースで、先崎彰容さんと「欧と米が分裂し、もうアメリカが正しさの基準にならない時代」をどう迎えるべきかを、じっくり議論することができた(例のトランプ・サプライズがあったため、冒頭では宮家邦彦さんの解説も聞ける)。

急に決まったため事前に告知しそびれたけど、早速、ダイジェストが公式のYouTubeに上がっている。いつまでも役立たずの「歴史学者」と異なり(笑)、いま歴史をどう役に立てる、立たせるかの実践が、多くの人の目に触れるなら嬉しい。

参考記事:1つめは前回出演時

テクノ・リバタリアニズムのどこが「居心地が悪い」のか|Yonaha Jun
昨晩のBSフジ「プライムニュース」では、久しぶりに先崎彰容さんとじっくり話せて楽しかった。早くも公式なダイジェスト動画が、YouTubeに上がっている。スタッフの皆様、改めてありがとうございます(ヘッダー写真はその後編より)。 個人的に意外だったのは、むろん「警戒せよ」という趣旨なのだけど、先崎さんがテクノ・リバ...
ぼくらは税ではなく、「歴史を無視するコスト」を払い過ぎている。|Yonaha Jun
3/29の『朝日新聞』夕刊に、歴史学者の成田龍一先生との対談記事が掲載されました。紙面に入りきらなかった部分も補足して、より充実させたWeb版(有料)も出ています。 訂正(3月31日 22:00) リンク先を、増補された版に差し替えました。 歴史のつまみ食いは陰謀論への道 対談・成田龍一さん×與那覇潤さん:朝...
歴史の恩師の葬儀を終えて|Yonaha Jun
中学・高校と、自分の日本史の恩師だった人が急逝し、お別れの会に出てきた。逝去もお通夜も、先月末のことである。 ご本人にも確認したが、同月に対談した成田龍一先生とは大学院が同窓で、面識もあったそうだ。わずか数日の差で、記事を目にしてもらえなかったと思うと、いっそう悔やまれてならない。 昨年夏の同期会にも、担任として...

(ヘッダーはThe Week誌より。リンク先にオチもあります)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年4月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。