内弁慶も大概に:首相の「なめられてたまるか」発言

日米首脳会談(2月)での石破首相とトランプ大統領

トランプ関税の目的の一つは貿易収支の赤字解消だ。赤字額たるや、米商務省が公表した24年の貿易統計によれば9178億ドル(前年比1329億ドル増)に上る。これは「財(モノ)」と「サービス」の合計だから、「財」に限れば12130億ドル、145円/USDで計算すると176兆円だ(「サービス」は2952億ドルの黒字)。25年度の日本の一般会計予算の歳出総額115.2兆円と比べればそれが如何に巨額か判る。これは野放図な支出で昨年1.8兆ドルに拡大した財政赤字と共に、無策なバイデン政権の「付け」だ。

そもそも国家は国民が納める租税によって、公共財や公共サービスを国民に提供し国を運営する。究極の物納は徴兵だが、徴兵もなく、物納も相続税しか認められていない日本の納税は専ら金銭だ。日本の国家予算の1.5倍もの貿易赤字を出しながら、米国が国を運営できるのは国債を発行しているからで、その残高は24年12月末で34兆ドル(約4930兆円)、利払い費は年1兆ドル(145兆円)を超えた。

そこでトランプ政権は先般、債務上限額を5兆ドル上乗せするデフォルト回避策を「One big beautiful bill(OBBB)」と共に通した。バイデン政権がこの1月2日に約36兆ドルとした債務上限額を、8月にも超えると予想されたからだ。加えて、米議会予算局(CBO)が、「OBBB」によって、25年から10年間で財政赤字が2兆4000億ドル増加するとの試算を発表していたこともある(ベッセント財務長官はこれを、予算全体を見ない論と難じている)。

その米国国債の大半は、日本14%、中国10%、英国9%など外国に保有されているので、1兆ドルの利払いは海外に流出する。これとは対照的に、日本国債の約9割は日銀と日本の金融期間の保有だから支払利息の海外流出はほぼゼロで、国内に留まる。しかも5割以上は親方日の丸の日銀の保有であり、日銀が受け取った利息の多くは納付金として国庫に戻る(24年度で約2兆円)。石破氏が引き合いに出したギリシャとはまったく事情が異なる。

その石破・森山自民党執行部は目下の参院選に、「消費税を守る」と述べ、言外に「国民の生活は守らない」と宣言して臨んでいる。消費税減税を主張する野党に対し、石破氏は財源を示さないのは無責任だとしつつ「この国の将来に責任を持つ」と宣うた。「この国」との物言いは、悪名高い司馬史観の生みの親が著した『この国のかたち』を彷彿する。「我が国」といわないこと自体が無責任であろう。

国民民主党は参院選の公約に、賃金上昇率が物価プラス2%に安定するまで、との期限付きで消費税率5%を主張、「178万円の壁」打破と合わせ手取りを増やし消費拡大による景気浮揚を目指す。5W1Hが明確で、規模は違えど「OBBB」と似る。財源はガソリン暫定税廃止などとするが、景気回復までは国債で賄えば良い。政府の役割は「消費税を守る」のではなく、効果の見えない歳出のカットと景気浮揚だ。経済が上向いてこそ、4年連続の税収上振れが一層加速し、「将来に責任が持てる」のである。

話を「OBBB」に戻せば、その狙いは、6月7日の拙稿で述べた通り、本年末期限のトランプ減税の恒久化とチップ税廃止などで勤労世帯と中小企業に追加減税を提供しつつ、富裕層や不法移民などへの減税措置を終わらせ、かつ米国における投資と製造業に報奨を与えて景気を浮揚することだ。そのための財源に、当面は関税収入や「DOGE」による歳出削減分、そして国債を充て、然る後に景気上昇に伴う税収増で債務を減らす算段である。

が、このところ減税財源としての国債発行を牽制する論調の目立つ『日経』は7月8日、左寄り経済誌『The Economist』記事の全訳を載せた。中身は「OBBB」の財政規律を無視した大型減税や気候変動原理主義を廃した化石燃料回帰の批判だ。例えば、17年のトランプ減税の恒久化は現状の維持だから景気浮揚効果がないなどとある。が、この減税のお陰でこれまで好景気が維持できたのだから、なくせば来年からその分が増税になって、景気の減速要因になるだろう。

低所得者層に恩恵があるチップ税廃止などにも触れていないし、1千数百万人がメディケイドから外れるというのも民主党と同じ主張だ。が、ベッセントはCNNのインタビューで、その論は貧しい人々を「赤子扱い」するものだと一蹴した。「OBBB」の下でも、週20時間のボランティアと年二回の登録でメディケイドを享受できるのだから、1千数百万人をそれすらできない赤ん坊と見做しているという訳である。彼は何ともスマートだ。

以上で判るように、トランプ政権の「OBBB」と石破政権の政策は真逆である。すなわち、トランプの政策が、メディケイド受給者なども含む米国民の底力を信じ、減税や関税(に伴う製造業の国内回帰)をその力を引き出す原資に充てるのに対し、石破氏のそれは、国民を知恵も力も意欲もない「赤子扱い」し、国民から目先の金銭(=租税)を搾り取るのに躍起になっているのである。これのどこが「将来に責任を持つ」政策か。

トランプから先般発せられた関税に係る書簡ついて、石破氏は「国益をかけた戦いだ。なめられてたまるか。たとえ同盟国であっても正々堂々言わなければならない。守るべきものは守る」と述べた。小野寺政調会長も「トランプ、ひどい人です。あまりにひどい仕打ちだ」といった。「バッカじゃなかろか」といいたい。鉄血宰相ビスマルクすら「政治とは妥協の産物であり、可能性の芸術である」といっている。徒手空拳でトランプと喧嘩できるのか。

それの言い訳に石破氏は、「安保においても、エネルギー・食料においても、米国依存からもっと自立するよう努力しなければならない、ということだ」と現状を認めながら、「『いっぱい頼っているのだから言うことを聞けよ』ということならば、侮ってもらっては困る」と述べてバカの上塗りをした。ならば、面と向かって「なめるなよ」といえるのか。見苦しい内弁慶の遠吠えは大概にして欲しい。

そもそもどうやって「米国依存から自立する」というのか。安保破棄を申し出るつもりか。ならば参院選の公約に加えよ。今般の関税交渉で、経済と安全保障を切り離す愚を早々と犯した張本人は石破氏ではないか。「日米両国の国益」などと御題目を唱えるが、武器購入こそ「究極のWin Win策」だ。これを切り離したら、米国から買って我が国の国益に適う「財」は、「石油・天然ガス」と「コメ」くらいしかなかろう。

かつてオバマは「米国は世界の警察官をやめる」といった。筆者はトランプ関税を「米国は暫く世界の扶養者をやめる」との意思表示と見る。「暫く」は、財政赤字によるデフォルトの危機を脱するまで。血を見るのが嫌いなところを見ると、トランプはレトリックほどには非情でない。「TACO:Trump Always Chickens Out」もその表れだ。つまり「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」で、まして日本は同盟国だ。が、こんな石破氏ではトランプの懐に入れまい。

石破政権はその愚かしさを、選挙戦が進むほど国民に晒している。こうして自民党は参院でも大敗し、野に下る。かつて国政選挙6連覇を果たした安倍自民は、斯く消え去るのか、安倍暗殺からたった3年で。