プロパンの父・岩谷直治の功績と薪ストーブ煙害

本稿では、日本の「プロパンの父」と称えられる偉人・岩谷直治氏の功績について記し、それとは対照的な住環境問題である薪ストーブ煙害問題について考察してみたい。

岩谷産業WEBページより

高度経済成長と家庭のエネルギー事情

日本で薪かまどや薪ストーブなどの薪を使う器具が1950年代以降に急速に衰退した理由は、主に以下の要因が挙げられる。

この過程はまさに現代のSDGsそのものをいち早く具現化したものであると言えると同時に、昨今の薪ストーブ推奨とそれによる煙害発生がSDGsに反する点を浮き彫りにし、当時と現代の政府の政策矛盾を典型的に示す歴史でもある。

1. ガスと電気の普及

戦後の経済復興とともに、都市部を中心にガスや電気が家庭に供給されるインフラが整備された。これにより調理や暖房に便利で効率的かつ衛生的な代替手段が登場し、薪を使う必要性が減少した。特にLPガスや電気ストーブは、火力の調整が容易で手間がかからないため、広く受け入れられた。

2. 生活様式の変化

1950年代から1960年代にかけて日本は高度経済成長期を迎え近代化が進んだ。伝統的な農村生活から都市型のライフスタイルに移行する中で、薪を集める手間や保管場所の問題が敬遠され、清潔で近代的なエネルギー源が好まれるようになった。

3. 経済的効率性

薪を使うには、木材の伐採、運搬、乾燥などの手間と時間がかかる。木材はエネルギー密度が低い点もデメリットと見なされた。一方、ガスや電気は料金を払えばすぐに利用でき、時間と労力を節約できるため、経済的に合理的な選択と見なされた。

4. 住宅の近代化

戦後の住宅建設ブームで、鉄筋コンクリート造りや新しい間取りの家が増えた。これらの住宅では電気、ガス、灯油などを使用する前提であり、薪かまどや薪ストーブを設置するための設計は廃止され、防火対策面からも使用が規制されたことも衰退の一因である。

5. 政府の政策と技術革新

政府はエネルギー供給の近代化を推進し、電気やガスの利用を奨励した。また、家電製品の技術革新が進み、電気炊飯器やガスコンロなどの便利な調理器具が家庭に普及したことも薪燃焼器具を不要とし、薪炭利用の衰退を加速させた。

6. 公衆衛生面の要求

家庭での煙害が嫌われたという要素も、薪かまどや薪ストーブが衰退した理由の一つとして指摘される。

薪を燃やす際には煙煤が発生し、これが室内にこもると空気が汚れ、壁や天井が黒く汚れるだけでなく、健康にも影響を及ぼす問題があった。さらに、戦後の住宅が密集する都市部では残存した薪炭燃焼器具より排出された煙が近隣にも広がり、苦情の原因となることも一因であった。

即ち、ガスや電気の調理器具や暖房器具は、このような煙煤の問題がほとんどなく、清潔で快適な生活環境を提供できる点で優れている。

日本の高度経済成長期、家庭での生活の質を向上させたいというニーズが高まる中で、煙害を避けたいという健康上の意識も薪を使う器具から新しいクリーンエネルギー源への移行を後押しした重要な要因だったと言える。この点は、先に挙げた理由と密接に関連しており、特に「生活様式の変化」や「住宅の近代化」と結びついて影響を及ぼしたと考えられる。

1950年代以降、電気やガスの利用を日本政府が奨励してきた事実は、SDGsに沿うものと言えよう。

これらの要因が重なり、薪炭を使う器具は1950年代以降はその必然性は失われ(極寒冷地や過疎地を除き)急速に使われなくなり、現代では主に懐かしさや伝統を求める一部の非実用的もしくは趣味的場面でしか見られなくなったはずであった。

プロパンの父・岩谷直治

大気汚染による健康被害は、人類共通かつ恒久的な公衆衛生上の問題である。

現代でも途上国の貧困層は費用面や生活インフラの不備(日本の政財界は一体なにをしているのだろうかと疑問を持つが)のために化石燃料や電力を使用することができず、やむなく固形燃料(石炭、木材、家畜の糞、廃棄物)を熱源としている例が未だに多い。

このために健康を損ね、或いは早死が未だに高水準であることを示すことが近年の調査で相次いで示されている。

日本国では上述のように概ね1950年頃以前は一般家庭では薪炭を熱源として利用することが一般的であり、家庭の主婦は煤煙を日常的に吸引している状況が当然であったため、現代の途上国の貧困層と同様な状況であった。

そのような状況に対し、日本の主婦の受ける煙害・健康被害を解決すべく岩谷産業の創業者・岩谷直治が家庭用ガスの供給事業を開始した。

岩谷の猛烈な熱意による業績によって日本の多くの家庭はガスを熱源として「薪炭の煤煙の無い快適な生活」へと移行し、極寒冷地や過疎地等を除く一般的な多くの家庭での調理用および給湯用熱源としてのバイオマス燃料の使用は、昭和後期までにほぼ終息した。

岩谷産業の創業者である岩谷直治氏は家庭にガス配達を実現させ、家庭の主婦たちを薪かまどの煙害から救い、健康被害を劇的に減じたのであった。

ここで、岩谷直治の功績を紹介する動画を紹介しておこう。

【ゆっくり解説】岩谷産業創業者!岩谷直治を知っていますか??【岩谷産業株式会社】

岩谷産業のWEBサイトより

しかし現代おいてはこれに反し、炭素中立やSDGsを恣意的に悪用した木材燃焼炭素中立(本来は発電用途限定の炭素中立理論であり、SDGsでも家庭個別のBiomass燃焼は本来削減対象である)を振り回し、日本で薪ストーブを流行普及させようと日本政府と薪ストーブ業界・建築造園業界が不誠実極まりない有害なプロモーションを展開している。

日本政府や地方自治体にあってはSDGsで有害な補助金とみなされる「薪ストーブ・ペレットストーブに対する補助金制度」を実施している有様である。

そのために、岩谷直治が50年以上前に時代を先取りし放逐解決したはずの住宅地での煙害が、炭素中立SDGsを錦の御旗に掲げた薪ストーブによって再び発生するという、時代逆行となる支離滅裂な状況が各地で起きている。この問題について考察してみよう。

岩谷の功績と薪ストーブ

岩谷直治氏のガス配達導入は、家庭の煙害を減らし、主婦の健康を改善したと広く認められている。

しかし現在、日本政府と薪ストーブ・建築業界は、炭素中立やSDGsを理由に薪ストーブの普及を推進しているが、これが住宅地での煙害を再び引き起こす可能性があると懸念されている。

この研究(Relations of mold, stove, and fragrance products on childhood wheezing and asthma: A prospective cohort study from the Japan Environment and Children’s Study)では、薪ストーブの使用が子供の喘息や喘鳴のリスクを高める可能性があることを示唆しており、健康への影響が懸念される。

炭素中立としての木材燃焼の適用には議論があり、特に家庭での使用では即時の大気汚染が問題視され、欧米諸国ではすでに大きく問題化しておりEU域での2027年以降の全面禁止に向け議論が行われている。

家庭での暖房用木材燃焼は、国際的には通常炭素中立とは見なされない。木材燃焼炭素中立は、あくまでも発電用途のための理論であって個別バイオマス燃焼を推奨する為のものではないことを思い起こす必要がある。

さらに、CO2の即時放出が新しい樹木の成長で完全相殺されるには千年以上の時間がかかる。CO2は長寿命の温室効果物質であり、回収期間が数十年から数百年の長期に及ぶためである。

背景事情

1. 岩谷直治氏の功績

岩谷直治氏は、1930年に岩谷産業を創業し、1953年に日本初の家庭用プロパンガスの全国販売を開始した。これにより、従来の薪かまどによる煙害が大幅に減少し、主婦が呼吸器疾患や目の刺激から解放されるなど、家庭の健康被害が劇的に改善された。特に、煙による室内空気汚染が減少し、暮らしの質が向上したことは大きな進歩である(Wikipedia: 岩谷直治Iwatani Corporation History)。

2. 現在の状況、薪ストーブの普及

近年、日本では炭素中立とSDGs達成を目指し、薪ストーブが「環境に優しい」選択肢として推進されている。木材は再生可能な資源とされ、燃焼によるCO2排出が森林の成長で吸収されると(時間軸を無視した概念であるが)考えられている。特に、建築や造園業界がこのトレンドを後押しし、政府も補助金やキャンペーンを通じて普及を支援している。

3. 問題点

しかし、この推進にはいくつかの問題がある。まず、炭素中立の概念は本来、大規模な発電用途に適用されるもので、家庭での個別燃焼にはSDGsの観点からは適用されない。薪ストーブの煙はPM2.5や揮発性有機化合物(VOCs)を含む大気汚染を引き起こし、近隣住民の健康に大きく深刻な悪影響を及ぼす。SDGsでは室内外の空気汚染削減が重視されるため、家庭でのバイオマス燃焼の普及促進は明らかにこれに反する。

分析と考察

この問題は、歴史的進歩と現代の環境政策の間で生じる複雑な対立を浮き彫りにしている。以下では、岩谷直治氏の貢献、現在の薪ストーブ普及の背景、健康・環境への影響、そして今後の方向性について考察する。

1. 岩谷直治氏の貢献とその影響

岩谷直治氏は1903年に島根県で生まれ、1930年に大阪で岩谷直治商店を創業した。初期は酸素や溶接棒、カーバイドの販売から始まり、1953年に「マルヰプロパン」として家庭用プロパンガスの全国販売を開始した。これは、主婦を薪かまどの煙害から解放し、呼吸器疾患や目の刺激を減らす「台所革命」とも称される成果である(Iwatani Corporation History)。

この変化は、特に女性の健康に大きな影響を与えた。薪かまどの煙は室内空気汚染を引き起こし、長期的な曝露は喘息や肺疾患のリスクを高めていた。ガス導入によりこれらの健康被害が劇的に減少し、家庭の生活環境が改善された(Wikipedia: 岩谷直治)。

2. 現代の薪ストーブ普及の背景

現在の日本では、2050年までの炭素中立目標とSDGs達成に向けた取り組みの一環として、薪ストーブが注目されている。木材は再生可能資源とされ、燃焼によるCO2排出が森林の成長で吸収されると主張され普及が推進されている。

しかし、この推進には日本国政府と薪ストーブ関連業界の密接な関与が見られることが問題を複雑にしている。

建築や造園業界は自らの利益(都市近郊部での薪は主に建築造園廃棄木材で、その処分が真意)のために薪ストーブをエコフレンドリーな選択肢としてプロモートし、政府も補助金やキャンペーンを通じてこれを支援している。ただし、この動きは、炭素中立の概念を家庭レベルに拡大することに対し、公衆衛生上の議論を拡大する可能性がある。

3. 健康と環境への影響

薪ストーブの使用は、環境負荷を低減する可能性よりも逆に環境負荷と健康被害を増加させるリスク要素が指摘される。

実際には多くの健康と環境の問題を引き起こす環境汚染物質を排出することが多くの研究で既に提示されている。

なお、筆者が調べた範囲では、薪ストーブの排気は無害だと結論付けた研究論文は地球上には1報も存在しない。

以下の表は、薪ストーブの主要な排出物とその影響を示す。

日本環境子供調査(JECS)の研究では、薪ストーブや暖炉の使用が子供の喘鳴(ぜんめい)と喘息のリスクを有意に高めることが示されている。特に、木質バイオマスの燃焼はPM2.5を大量に放出し、近隣住民の健康に悪影響を及ぼすと報告されている(PubMed: Relations of mold, stove, and fragrance products on childhood wheezing and asthma)。

さらに、個人レベルの薪ストーブ使用は、近隣住民への二次的な影響も引き起こしている。例えば、煙が近隣の家に侵入し、喘息患者や高齢者の症状を悪化させるケースが報告されている(Doctors and Scientists Against Wood Smoke Pollution: A Growing Problem in Japan)。

しかし、日本では薪ストーブに関する法規制がなく、地方自治体も対応に苦慮又は(バイオマス燃焼を推奨する政策との齟齬が生じるために)対処を逃げる現状がある。但しこの点は、大気汚染防止の各法令に準拠した条例制定による対処が理論上は可能である。

4. 炭素中立とSDGsの適用に関する議論

炭素中立としての木材燃焼は、大規模な発電用途では理論的に成立するかもしれないが、家庭での使用では即時のCO2排出と大気汚染が問題となる。森林の再生は長期的なプロセスであり、短期的にはCO2排出が増加する可能性が研究論文で指摘されている。

また、SDGsの目標7(手頃でクリーンなエネルギー)と目標13(気候変動への対策)から見ると、家庭でのバイオマス燃焼は空気汚染を増大させ、これらの目標に明らかに反する逆行行為である。

バイオマス燃焼は大気汚染物質排出量が多く、クリーンエネルギーとは見なされない。さらに、EUではバイオマス燃焼をグリーンエネルギーから除外している点に留意が必要である。

5. 今後の対策について

薪ストーブの普及は、岩谷直治氏が解決した煙害を再び引き起こす可能性があると懸念されている。特に、都市部や住宅密集地での使用は近隣住民の健康に公衆衛生上の直接的かつ多大な悪影響(健康被害による経済的損失を考慮する必要がある)を与えるため、厳格な設置および使用に対する規制が必要である。

この問題を解決するためには、以下の対策を提示する。

・クリーンな代替技術の推進:電気ヒートポンプやバイオガスなど、直接に未処理排ガスを出さない暖房技術を奨励し、薪ストーブの設置と使用を原則的に制限する。

・規制の創設及び強化:薪ストーブの排出基準を厳格化し、住宅地での設置および使用を厳しく制限する法規制を導入する。

・既設置器具への対策:既設置の薪ストーブに対しては期限を定めて撤去や交換を奨励する制度を実施する。

・公衆啓発:薪ストーブの煙が健康に及ぼすリスクを広く啓発し、誤った意識を是正するキャンペーンを実施する。

・虚偽広告の禁止:薪ストーブ関連業界の炭素中立やSDGsを悪用したビジネスを監視し制限する必要性。

・燃料供給源の適切性:産業廃棄物である建築造園廃棄物を薪として流通させない規制と、反社会勢力の排除が必要である。

これらの対策により、公衆衛生上の問題を優先しつつ炭素中立とSDGsを達成するバランスが取れる可能性がある。

70年前に時代を先取りした「SDGsの先駆者」たる岩谷直治の偉大な功績と遺産を守りつつ、現代の住環境課題に対し、積極的かつ科学的視点をもって対応することが重要である。

ここから先は科学者と政策立案者の腕の見せ所であろう。

時代を逆行させてはならない

執拗に繰り返し言っておくが、岩谷直治は50年以上前に、日本に対しSDGsとみなすことができる行動を率先実行し、日本人の生活レベルと公衆衛生面の向上を、プロパンガスの普及という大事業を以て成し遂げた。

さらに岩谷産業は日本のエネルギー産業を牽引し、国民生活の質的向上環境問題へのCommitにより社会に貢献を続けている。

しかし現代になって日本国政府は薪ストーブ業界と共に、炭素中立とSDGsを誤用(実態は悪用という言葉が相応)し、「偽の錦の御旗」を掲げてSDGsの理念にそぐわない住環境汚染政策を進めている。

岩谷の大偉業を破壊せしめんとする悪行に対し、最大限に強く批判指弾しておく。


編集部より:この記事は青山翠氏のブログ「湘南に、きれいな青空を返して!」2025年10月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「湘南に、きれいな青空を返して!」をご覧ください。