高市訪米:緊急避難としては成功でもあとが恐ろしい

高市・トランプ会談について大成功だという人がいるのは不思議だが、さしあたっての大災難を切り抜けたという意味では正しい。大災難とは、高市氏がトランプに乗せられて自衛隊派遣という軽はずみな約束をしてしまうということだ(もしかすると、法律の拡大解釈でできるぎりぎりまでやることを約束している疑いは残るが)。

日米首脳会談2026年3月20日 トランプ大統領と高市首相 首相官邸HPより

しかし、その代わりに、高市首相は、米国がイスラエルと組んでの爆撃や要人皆殺し作戦の実行という、国際法に明確に違反する戦争を肯定した。この戦争が、世界のすべての国にとって大災難であり、しかも、どの主要国より日本にとって打撃となる馬鹿げた戦争であるにもかかわらずである。

さらに「世界に繁栄と平和をもたらすのはトランプ大統領だけだということを世界に伝え、応援したい」と、エスカレートを後押しすることまで約束した。

ヨーロッパ諸国が戦争そのものを批判し、それを理由に非協力とするなかで、日本は戦争は肯定しつつ、法律上の制約でいますぐの自衛隊派遣はできないとしたのだが、それはカネで償うことを意味するし、さらには、憲法を改正して海外派兵が容易にできるようにすることの口実に使われるのだろう。

また、自分から抱きつきに行くという、いささか品性に関わる過度の親しさアピールまでしてトランプに気に入られようとする捨て身の大胆さは、なかなかの精神力ともいえるが、メローニなど他国の女性政治家がトランプに対して毅然とした態度で国家の威厳を体現する姿と比べ、落差がありすぎだ(メローニの動画や写真を検証すると、メローニは自分からトランプに身体を近づけることをしていないことが分かる)。

欧米人はハグすることが多いから不自然でないと勘違いしたのだろうが、品が悪く見られないためにはどうすればいいかくらい、外交官にでも聞けば分かることだ。

日本はイラク戦争のときにも、英国以外の世界中が批判するなかで、小泉首相が戦争を支持することをいち早く表明してブッシュの間違った決断をあおった。あの時も私は同じような感想を書いたのだが、短期的には日米同盟を強化したかもしれないが、世界を悪くすることの片棒を担ぐのは道義的にも許されないことだった。そのため、あとでイラクにかけられた嫌疑が嘘だったことが明らかになると、英国ではそれまであれだけ評判が良かったブレア首相があの戦争に参加したことで糾弾され、すべての名誉を失っている。

それなのに、日本では小泉元首相への批判が十分になされているとはいえない。私は今後のためにもそれが必要だと言い続けてきたが、今回の高市首相の判断への批判は継続的になされねばならない。

まして、これほど目の前の危機を切り抜けるために大義を軽視する首相のもとでの憲法改正やスパイ防止法などの制定に、危なくて賛成できるはずがない。とくに、高市応援団には、高市首相を批判する人に、中国の工作員だなどとレッテルを貼る人が多い。そういう応援団を高市首相が泳がせているのが残念だ。これでは反高市を唱えたら、スパイ防止法で処罰されかねない。

戦前の治安維持法も、最初は普通選挙の実現にあたって、ロシア革命後の政治状況のなかで共産主義革命の波及は抑えねばならないという限定した趣旨だったはずだが、反政府言論一般を取り締まるために使われ、多くの獄死者を出した。創価学会の牧口会長はその1人であるし、吉田茂も治安維持法違反容疑で拘束されている(起訴はされなかった)。岸信介に対しても、その辞任で倒閣に追い込まれた東条英機は復讐を意図していたので、同じ扱いを受ける可能性が大きかったのである。治安系の法律は、悪用される可能性を前提に是非を論じねばならないのである。

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コメント

  1. 早川蒼真 より:

    八幡氏の今回の論考には、いつもの「切れ味」が見当たらず、少し残念に感じた。
    氏はロシアのウクライナ侵略について、「ロシアが100%悪い」と断じながらも、NATO東方拡大という構造的背景を「攻撃的現実主義」的観点から丁寧に分析し、「ウクライナのNATO接近がロシアにとって生存圏を脅かすレッドラインだった」「停戦にはウクライナの領土的妥協が避けられない」という踏み込んだ考察を展開していた。賛否はあれど、あの深みある分析こそ八幡氏の真骨頂だったはずだ。
    ところが今回のイラン攻撃をめぐる論考では、なぜこの戦争に至ったかという経緯の考察が乏しく、停戦のためにイランが何を妥協すべきかという視座も見えない。高市首相批判、スパイ防止法への警戒、治安維持法の歴史的教訓――いずれも重要な論点だが、それだけでは国際情勢の分析としては「半身」に映る。
    人類の歴史は戦争の歴史でもある。戦国時代も、二度の世界大戦も、単純な善悪二元論では語り切れない複雑な構造を抱えていた。「アメリカが悪い、対話さえすれば解決する」という単純図式で片付けられる話ではないはずだ。
    今回のイラン情勢についても、ウクライナ論考と同様の深度で、紛争の構造的原因と出口戦略の両面から考察いただける続編を、ぜひ期待したい。