皇位継承問題を具体的な候補者に即して考える

皇位継承問題についての衆参両院の意見とりまとめが正念場を迎えている。中道改革連合が、女性皇族が結婚後も皇室に残る案を「優先的な方策」として、早期実現を求める一方、旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える案も「制度化することも考えられる」とした。また、女性皇族の夫や子を皇族にするかも検討するように求めている。

立憲民主党と公明党の従来の立場をよく調和し、全体的な流れを損なうことなく、一方で野田佳彦元首相らの希望を反映できる余地を残した見事な着地点で、とりまとめに当たった笠浩史代議士の忍耐力とバランス感覚が生きている。

これからの進め方だが、「女性皇族単独残留」と「旧宮家養子」の2つの制度を、今後の状況の進展に応じて、できるだけ柔軟に対応できるように設計し、「可能性を閉ざさず」、しかし、「取り返しがつかない踏み込みはしない」ことが求められる。

そして、これからは、具体的な制度設計に当たっては、関係者個々人の事情も踏まえて、たまたま思いつきで考えた線の引き方で、明暗が分かれないようにしなくてはならない。

また、私がかねがね主張しているように、将来の皇統断絶の可能性を排除するためには、ヨーロッパ諸国の例を見ても最低でも数十人、できれば数百人の予備軍が必要で、それは、旧宮家の男系男子だけでも、狭い範囲の女系だけでも充足できないもので、さしあたって誰を皇族にするかだけでなく、将来の予備軍も用意するべきである。

結婚後に本人だけが皇族であることにこれだけのメリット

まず、現皇族の状況を見ると、天皇ご一家には両陛下と愛子内親王。秋篠宮皇嗣家には両殿下と悠仁親王と佳子内親王。三笠宮家に信子妃、彬子女王(44歳)、瑤子女王(42歳)。高円宮家には久子妃と承子女王(40歳)がおられる。

愛子内親王 宮内庁HPより

悠仁親王成年式関係儀式行事 宮内庁インスタグラムより

佳子内親王 Wikipediaより

このうち結婚後も残留されるかどうかが問われるのは、両内親王のほか、彬子・瑤子・承子の3人の女王である。従来から、結婚後も残留されるのは、また、立憲民主党が主張していたように夫や子どもも皇族にというのは、この5人すべてなのか、愛子さまと佳子さまだけなのか不明確だ。

彬子女王 Wikipediaより

瑤子女王 Wikipediaより

承子女王 Wikipediaより

私はとりあえず、本人のみ残留で結婚していただき、子どもが成人するまでに考えるので遅くないと思う。また、そうすることが、女性皇族の結婚の条件を格段に良くする。

なぜなら、現代の皇室を離れる制度であると、プライバシーがさらされるほか、婚家の負担が大きいわりにメリットがなく敬遠される。三笠宮崇仁親王の内親王は、近衛家と裏千家に嫁がれて、これは受け入れ側に財産もあり箔が付くメリットもあったが、いまやそういう名家はあまりないし、男性自身も相手の家柄を重視しなくなっている。

結婚のときの一時金は内親王で1億数千万円、女王で1億円くらいだが、一般家庭における相続財産の前渡しと思えばたいした額ではない。旧華族などの名家ならば、女性皇族を迎えたら、失礼がない生活をさせないと面目が立たず、持ち出しで年に2000万円以上は必要といわれる。

もちろん、女性皇族が夫とよく似た収入を得られるキャリアウーマンなら別だが、女性皇族はそのような仕事に向くようには育てられていないのが普通だ。

一方、野田佳彦さんなどが主張するように、配偶者も皇族にするとなると、その相手について皇族会議の了承も必要になるし、一般国民から見て相当に立派な家柄と資質の持ち主である必要がある。しかも、いわゆる婿養子に近い立場になるので、跡取りである長男は難しいとか、実家の両親とある程度、関係が薄くなることは避けられない。もちろん、皇族になれるならと喜ぶ男性もいるだろうが、だいたい、その類いの野心家が入ってくることが皇室にとって好ましいとも思えない。

ところが、女性皇族の本人だけが皇族のままであると、年に1500万~3000万円(課税されない)の皇族費が給与代わりにもらえ、赤坂御用地などの中に住居ももらえる。そうなると配偶者は、非常に裕福な女性と結婚できて、豪華な家ももらえたうえ、仕事はそのまま続けられ、姓も変える必要がなく、跡継ぎも普通に得られるのだから、とてもおいしい縁談だ。

もちろん、あまり困った配偶者は困るが、女性政治家の配偶者として困らないような人なら構わない。日本人である必要も私はないと思う。女性皇族の配偶者は、内外の行事に一緒に出席するかどうかは、政治家の配偶者と同じで、ケースバイケースで考えればいい。また、住まいも、問題を起こしたら赤坂御用地からは出て官舎を流用するとか(三笠宮信子妃は官舎流用)、民間住宅を借り上げたらいい。

三笠宮彬子さま・瑤子さま・高円宮承子さまもこういう枠組みなら、いまからでも結婚しやすい。お子さまを得るのは難しい年齢に差しかかっておられるが、旧宮家男子を養子にとられて三笠宮や高円宮の名跡を継がせることができれば、亡き両殿下も喜ばれるだろう。

逆にこうした女王さまが結婚して子どもができたら、男女を問わず何人でも皇族にするというのを国民は支持するのだろうか。

愛子さま・佳子さまについても、「単独残留」なら結婚相手を探すことは容易になる。愛子さまは体調が十分に回復しない皇后陛下のそばにいていただきたいということもある。佳子さまは、アン女王がいま英国で兄のチャールズ国王に対して果たしている役割を担っていただける。

皇位継承との関わりについては、仮に悠仁さまに男子がなかった場合にあって、旧宮家からか女系かという議論になるが、王位継承について女系を認める場合の順序は、悠仁さまの子、佳子さまの子孫、愛子さまの子孫の順になる。

したがって、現在の両陛下の血筋で帝位を引き継ぐというのは、原則を何重にも壊さないと無理なのである。

旧宮家の誰を養子にとるのかシミュレーションする

次に旧宮家から皇族が養子を取る場合にどんな男子がいるのかについて、考察してみよう。

旧宮家というのは、昭和22年に臣籍降下した伏見、山科、賀陽、久邇、梨本、朝香、北白川、東久邇、竹田、閑院、東伏見の11宮家をいう。このうち、山科、梨本、閑院、東伏見の各家は男系ではすでに断絶している(養子をとって祭祀が続けられているものもある)。

このうち、悠仁さまと同世代以下の男子がいるのは、賀陽、久邇、梨本、東久邇、竹田の各家である。その正確な数は、公式の発表の場などないから確実なものはないのだが、私が入手した旧華族の集まりである霞会館の令和年初の名簿に記載されているのを確認できるのが、賀陽2、久邇2、東久邇4の8人である。

そのほかは伝聞によるしかないが、東久邇に2人、竹田に2人がいる可能性が強い。名簿に載っていないのは、年少であるとか、父親が会員でないとか(旧華族子孫の当主が会員なのでその次男以下は載るが、次男の次男は載らないとか、あえてプライバシー保護のために掲載していないとか)いう事情による。これをポストセブン電子版が系図にしている。

添付図は私が監修した「系図でたどる日本の皇室」(宝島社)所収の系図に4人を加筆したものである。

常識的には、この11人が有力な候補になりそうに見える。そのうち誰を選ぶかといえば、次のような要素がある。

まず、家柄も大事だが優劣はつけられない。幕末の伏見宮邦家親王の子のうち、長幼の順で山階宮、久邇宮、伏見宮、閑院宮、東伏見宮が創立された。このうち本家を貞愛親王が継いだのは、母親が鷹司家出身の正妻格だったからだ。しかし、伏見宮家当主の博明さんには男子がない。

貞愛親王の庶兄は晃親王で山階宮家を創立したが、すでに断絶している。それに次ぐのが、朝彦親王の系統で久邇宮を名乗ったが、長子は賀陽宮を名乗り、久邇宮は次子が継いだのでこちらが嫡流になるが、どちらが格が高いのか難しい。

さらにその弟たちから出ているのが、梨本宮、朝香宮、東久邇宮だが、梨本宮はすでに断絶し、朝香宮にも若年の男子はいない。北白川宮家は断絶しそうだが、その分家の竹田宮は多くの子がいる。閑院宮家と東伏見宮家は断絶している。

次に過去の皇位継承の歴史を見ると、女系においてそのときの天皇一家と近いことは大事な要素として扱われてきた。

それでいうと、北白川、朝香、竹田、東久邇の各家には明治天皇の皇女が降嫁している。さらに、東久邇家には昭和天皇の皇女が降嫁した。また、久邇宮家は昭和天皇の香淳皇后の実家であるが、賀陽家にはそうしたつながりはない。つまり東久邇がもっとも現皇室に近く、竹田と久邇はそれよりは遠く、賀陽は劣後する。

こうしてみてくると、昭和天皇の血を引く東久邇家が最有力にみえるが、だからといって、複数の養子をとるのに、東久邇家だけから取るのは、宮家の歴史からいって難しいものがある。

さらに、東久邇家には成子内親王を母とする3人の男子、5人の孫、現在のところ曾孫は6人で増え続けている。成子内親王の3人の男子のうち次男は壬生家に養子に出ており、この系統を対象とするかだが、有識者会議の報告では除外するような文言は避けられている。せっかくの昭和天皇の血脈を減らすことは避けたいと誰しもが思うからだろう。

次に何歳くらいの子を養子にするかだ。これについてはいろいろな意見があるが、関係者は、15歳から25歳までの間くらいが適切と考えている。なぜなら、本人の意向確認、資質についての見極めがつくからだ。それでは遅すぎるという人もいるだろうが、妃殿下たちが皇室入りするのもそのころだし、もともと旧宮家の人たちはそれなりの自覚を持って育てられている。以前はそうでもなかったが、小泉内閣のときに復帰の可能性が論じられるようになり、意識が変わっている。

ただ、養子を迎えるほうの都合もあるので、養子になるほうの都合ばかりで決められない要素もある。

養子を取る側についていえば、誰しもが常陸宮殿下がご健在のうちに常陸宮系の継承者となる男子を養子にすることをもって第1号にするのが適切だと考えている。その場合には、殿下の姉に当たる東久邇成子さんの曾孫が有力ともいえるが、年齢的に若すぎる人が多い。そうなるとこのケースでは例外的に孫世代から家族ぐるみで受け入れる選択肢もないとはいえない。

養子の数は皇室では4宮家体制の時代が多いから、3~5であろう。常陸宮、三笠宮、高円宮の継承者を優先するのだろうか。さらに、三笠宮瑤子さまが養子をとられて、秩父宮や高松宮を復活させるとかいうこともあり得るだろう。

ただ、たとえば、3~5を一度に成立させることは、養子になる側の年齢も考えると難しいだろう。私はたとえば、2家くらいをまず決めて、あとは様子を見ながらでいいのではないかと思っている。

いずれにせよ、さしあたって養子になって皇室に復帰という対象にならない旧宮家の人々も、いずれ思し召しが来るかもしれないという自覚のもとで暮らされることが望ましいと思う。

いずれにせよ、大事なことは、皇族の数を多すぎず、少なすぎずの水準に保つには、かなり柔軟に対応できる仕組みを構築しなくてはならないことだと思う。


系図でたどる日本の皇族


日本の名門高校

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