矢板明夫氏襲撃の裏に中国の「民族団結進歩促進法」

AlxeyPnferov/iStock

元産経台北支局長の矢板明夫氏が台中で襲撃された。台湾外交部は6日、逮捕されたのは「中国籍の香港人(33歳)」と発表した。「中国籍の香港人」の意味が判然としないが、国案法施行で多くの香港人には反中国感情があろうから、この犯人は施行後に香港に移住した中国人ではなかろうか。

2年前に『産経』を辞めて台北でシンクタンクを立ち上げた矢板氏は、中国残留日本人2世として中国で生まれ、87年に15歳で帰国後、慶大、松下政経塾、中国社会学院で学び、02年に『産経』に入社した。外信部や10年間の中国特派員、台北支局長を経て24年5月に退社、台湾籍を取得した。ネット番組も持つが残念ながら字幕がないので筆者には珍紛漢紛。

この事件の背後に中国が7月1日に施行した「民族団結進歩促進法」(以下、「新法」)があると筆者は踏む。中国政府の報道官が「義憤に駆られた行動だ」と男を擁護しているし、ネイティブ並みの北京語を駆使し取材する矢田氏の記事は、その長い駐在経験と相まって、中国が触れられたくに暗部を詳細かつ鋭く曝す内容で、異彩を放っていたからだ。

自身もSNSで、「容疑者は十分な準備をしていたようだ」とし、「『民族団結進歩促進法』との関係の有無は調査で明らかにされるべきだと指摘」した。更に「これによって絶対に怯むことはない、引き続き、台湾の民主、自由の為に声を上げていく、と強調した」そうだ(7日の台湾『中央社』)。

その「新法」の名称だが、どう考えても「民族団結促進法」で事足りるのではないか。だのになぜ蛇足というべき「進歩」の二文字を挟み込んだかといえば、台湾の与党「民進党」の正式党名が「民主進歩党」だからだろう。これで台湾人2300万を「お前たちがターゲットだ」と脅すつもりなのだ。

この襲撃事件について、蕭美琴副総統は7日、「台湾は言論の自由を重んじており、いかなる暴力も許されない」とし、民主主義陣営のパートナー国家と共に「こうした『越境弾圧』といえる行為へ対抗していく」と述べた(前記『中央社』)。「越境弾圧」の語には「中国による」との意味が滲む。

『朝日』は親中振りには珍しく、6日の社説で「中国の民族新法 国外適用は容認できぬ」と「新法」を取り上げた。『朝日』を親中紙とするのは、トランプ訪中後の5月18日の社説で、「頼政権が目指しているのは独立の企てではなく、現状維持である」と勝手に決めつけたからだ。

更に「そもそも台湾独立とは、大陸から台湾に移ってきた『中華民国』でなく『台湾共和国』として建国することを意味した。民進党が綱領に掲げたが、現実的ではない。20年以上、封印している」などとも書いている。が、民進党は『朝日』も認める通り、台湾独立を目指して結党した。

台湾人のいう独立とは「北京からの独立」と「国民党からの独立」の2つを意味し、それを「封印している」のは中国が武力で威嚇するからだ。2300万の6割以上が「自分は台湾人だ」としており、「中国人だ」は数%に過ぎない。現状維持派が多いのも中国が脅すせいで、それなかりせば9割方、独立を望むに決まっている。

そこで6日の「社説」の書き振りと「新法」の凡そを見てみる。

冒頭で「国内を締めつけるだけでなく、国外にも影響を及ぼしかねない」とある。後段が「越境弾圧」を指している。また「新法」は「習近平政権が少数民族の権利保障よりも国家統合を優先してきた延長線上にある」とし、「典型が言語政策だ」と述べて、「新法」が標準語教育を義務づけたことを記す。

日本統治下の台湾も田健治郎総督の「内地延長主義」の下、1919年から日本語で教育した。朝鮮も同じだ。が、それが後世の歴史でどう評価されているかを見ることも重要だ。少なくとも台湾では「愛日家」蔡焜燦の『日本精神:リップチェンシン』の「犬去りて、豚来る」に見る通り、「二二八事件」以降は感謝の念で受け止められた。

さらに「社説」は、「新法を中国域外にも適用すること」看過できないとする。国外の組織や個人が中国の「民族団結・進歩を破壊し、民族分裂を引き起こす行為」をした場合、法的責任を追及するというという点だ。これ即ち、台湾政府が矢板氏襲撃事件を「越境弾圧」と見做していることそのものだ。

この辺り「社説」は、「国益を守るため国外の行為に国内法を適用すること自体は国際的に認められている」としつつ、「何が違法とされるのかが曖昧なことが問題だ」と指摘する。まあ曖昧であろうと具体的であろうと、気に食わなければ拘束するのが中国のやり口だから、文言の云々は余り意味がない。

「社説」はまた「中国は人口の約9割を漢族が占め、残る1割を55の少数民族で構成する」とし、「憲法は民族の平等を謳うが、実際は漢族が圧倒的に優位な体制だ」とする。つまり、総勢1億余りの55の少数民族が「圧倒的に優位」ではない状況に置かれているというわけである。

この「55の少数民族」の出典は、「首切ってやる」の薛剣が総領事の在大阪中国総領事館のサイトの「国土・人口・民族」(09年2月UP)なるページと思料する。「人口と民族」の項に05年に全国の1%を対象にサンプル調査した結果、「55の少数民族の人口は1億2333万人」「総人口の9.44%」とある

同サイトの「2000年の中国第五次国勢調査データに基づく」「各民族の概況」には、約12億人の漢族を含む56民族の人口が載っている。漢族以下多い順に、チワン族:1618万、満州族:1068万、回族:982万、ミャオ族:894万、ウイグル族:840万、トウチャ族:803万、イ族:776万、蒙古族:581万人、チベット族:542万で、ここまでの10族が人口500万以上である。

2300万の台湾人は載っていないから漢族に含めているのだろう。が、前述の通り台湾人に自分が漢族だとの自覚があるかどうかは疑わしい。その代わり26番目に、「高山族:40万人、主に台湾省中部の山間地帯と東部の谷間の平野部に住んでおり、台湾島内の主な少数民族である。自民族の言語がある」としいる(台湾原住民は文字を持たなかった)。

因みにチワン族の項には「チワン語、チワン文字と漢字を使っている」とあり、他の民族でも「自民族の言語と文字がある」という記載と、「チベット語とチベット文字を使っている」といった記載が混在し、違いが判らない。が、「新法」の施行で、いずれは全てに「北京語」が強制されるのだろう。

世間には、中国のように人口が多くて他民族・多言語の国家は、一党独裁でないと治められないとの論をいう者がいる。一見もっともらしい。が、それならそれぞれの民族に独立を選択する途を開けば良い。一党独裁下に居続けたい民族はそのようにすれば良い。

オバマと同じく口だけだったが、ウィルソン米大統領は「民族自決」を唱えて、多くの国が独立した。「自由平等」は7月4日に250周年を迎えた米国の独立宣言の基本理念だ。習近平も中国を真の大国にしたいなら、「新法」のような姑息なまねはやめて、こうした人類共通の理念の下、台湾の武力統一を放棄することだ。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント