プーチン大統領が択捉島を訪問した。プーチン氏自身としては初の北方領土訪問となるため、大きなニュースとなった。
ただ、ロシア現職大統領の北方領土訪問は、2010年にメドヴェージェフ大統領が行っている。今回のプーチン大統領の訪問は、この時点のロシア政府の態度に立ち戻るものだと言える。

太平洋艦隊の軍事演習を視察したプーチン大統領 クレムリンHPより 2026年8月12日
プーチン大統領は、訪問にあたり、安倍首相在任中には安倍首相の姿勢を気遣っていたが、日本がロシアに敵対的な政策を取り続けているので、それも終わりにした、という趣旨の発言をしている。
冷戦が終焉した直後の1992年から始まっていた北方領土の日本人元島民とロシア人との間のビザなし交流も、コロナ禍の2020年に停止し、その後の2022年のロシアのウクライナ全面侵攻に伴う日露関係の悪化で、継続的に中断したままになっている。日本は、欧米諸国の政策に同調して、対ロシア経済制裁を導入した。ウクライナに対する大規模な支援も行っている。
国際法上、経済制裁が明確な強制措置として制度化されているのは、国連安全保障理事会の決議に基づく場合である。欧米諸国、およびそれらのアジア・オセアニアにおける同盟諸国が実施している対ロシア制裁は、国連安保理決議に基づく制裁とは異なり、その国際法上の根拠をめぐって議論のある一方的措置である。
ロシア以外にも頻繁に「制裁」を導入して常時数十件の「制裁」を運用しているアメリカやEUは、それぞれ自国の法律にもとづく「国際緊急経済権限法に基づく大統領令」や「欧州理事会の決定による一方的措置」として、正当化を図っている。日本は「外国為替及び外国貿易法」における「我が国が締結した条約その他の国際約束を誠実に履行するため必要があると認めるとき、国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため特に必要があると認めるとき」の措置として正当化を図っている。しかしいずれの場合でも、明文化された条約レベルでの対ロシア制裁の根拠はない。
ロシアの侵略行為に対抗して導入している制裁である以上、政治的な構図としては、ウクライナの自衛権行使を第三国が支援する措置という性格を持つ。ロシア側は自国の行動を合法と主張しているので、ロシアの立場からは、制裁行為の方が違法行為だということになる。いずれにせよ制裁参加諸国とロシアの間には、直接的な交戦関係がないだけで、敵対的な関係が存在していることは疑い得ない。
今回のプーチン大統領の北方領土訪問が、こうした日露関係の緊張化を背景にして起こっていることは間違いない。

プーチン大統領(クレムリンHP)と高市首相(自民党HP)
日本は現在、中国との間にも緊張関係を持っており、レアアースの輸出規制対象にされたりしている。つまり、東アジアに存在する二つの大国と関係を悪化させている。これは「厳しい安全保障環境」と政府関係者が表現するものだが、実際に深刻な事態ではある。
ただ天変地異のような形で起こったものではない。対ロシア関係の悪化は、ロシアの欧州での行動に日本が反応して進んできたものだ。中国との関係の悪化は、高市首相の国会での失言などが発端となって進んできている。いずれも日本が悪意で始めたものではないが、知らないまま進んでいる、というものでもない。いずれもリスクファクターを計算に入れたうえで日本が行っている政策判断の積み重ねの結果として、展開してきている関係悪化である。
その点、気になるのが、日本の国際政治学者の方々が、あたかも高市政権が対ロシア融和政策をとったので、プーチン大統領がつけあがって、今回の北方領土訪問に至ったかのような言説を、SNS等で熱心に流布していることだ。




これは奇異である。確かに5月26~27日に経済産業省などの政府職員数名(荒井勝喜・経産省通商政策局長と石川誠己・外務省欧州局審議官を含む)がロシアを訪問し、13の企業・団体とともに、ロシア側と意思疎通を図るための協議を行った。

これについて赤沢経産相は、「ロシアに残る日本企業の資産保護」「ロシア政府との必要な意思疎通」が目的で、経済協力やエネルギー協力を話し合うものではなく、対ロ制裁を維持する方針に変更はない、と説明した。実際に、協議の前後を通じても、政策レベルの議題が検討された様子はない。ロシア側も、あまり真剣に相手にしなかった様子である。仮にそうしようとしていたら、失望だけを覚えたはずである。
日本の大学生らをロシアに短期派遣する事業を外務省が再開する件も、ロシア語研修の機会を維持するという実務的な目的が大きく、政策的な変更の含意は見られない。鈴木宗男参議院議員がロシアを訪問しているといったことは、かなり属人的な感情的なやりとりの話であり、これも日本政府の政策に影響を持った出来事であったとは思えない。
ロシアとの関係を徹底的にすべて断たなければならない、という原理主義的な立場からすると、いずれも甘い対応だ、ということなのだろうが、ロシア側がそのように受け止めるほどの政策的な意味は、客観的には存在していない。
基本は、日露関係の全般的な悪化の帰結として、今回のプーチン北方領土訪問がある、と捉えるべきだろう。仮にロシアに宥和的な姿勢を持つ人々が日本政府内にいるとすれば、経産省や外務省の地域担当部局であろう。高市政権としてロシアに宥和的な政策を取り始めた、と言える経緯はない。
日本政府は、むしろ安全保障関連3文書の改定などをへて、さらなる防衛力の強化を目指しているプロセスにおいて、中国、北朝鮮、そしてロシアの脅威を明示的に参照している。高市政権は、ロシアを事実上の仮想敵国とみなしているのが現実だ。そのうえでウクライナを見習うべきモデルとして繰り返し参照している。少なくとも防衛省に軸足を置いた高市首相の軍拡路線の基本姿勢を見る限り、そうである。

国際政治学者や軍事評論家の方々は、ロシアの脅威を強調して、軍拡路線に弾みをつけたい、万が一にもロシア融和論が広がることを防ぎたい、という思いが強いのだろう。だが、だとすれば、そのように言えばよい。宥和政策が、プーチン大統領の北方領土訪問を生んだかのような主張には根拠がなく、大衆操作的な言説だと言わざるを得ない。
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