間違った「8割削減」は、なぜ訂正されなかったのか

2026年9月20日、読売新聞が、新型コロナ流行初期に「人との接触を8割減らす」と呼びかけた西浦博・京都大学教授を取り上げた。

記者は今年5月、西浦氏本人に「8割削減の試算は正しかったのか」と尋ねている。

西浦氏の答えは明快だった。

「理論的にほぼ誤りはないと今でも考えている」という。

新型コロナの猛威に「人との接触を8割減らす」と呼びかけたのは正しかったか…第一線で発信を担った専門家は反省を口に
【読売新聞】 「人との接触を8割減らすことが重要だ」。新型コロナウイルスの第1波が猛威をふるっていた2020年4月15日、厚生労働省の専門家班のメンバーで、北海道大教授(現・京都大教授)の西浦博(48)は、省内での記者会見で強調した

だが、6年後の現在、この説明をそのまま受け入れることは難しい。

問題は、2020年に専門家が間違えたかどうかだけではない。

日本社会を大きく動かした「8割」という数字は、本当に8割でなければならなかったのか。

さらに根本的な問題がある。

そもそも「接触を8割減らす」という目標は、何を測って8割達成と判定するものだったのか。

「8割でなければならない」は崩れている

東京大学名誉教授の岩本康志氏は2026年4月、アゴラで「接触8割削減」を前後編にわたって検証した。

前編のタイトルは「『接触8割削減』に科学的根拠はなかった」である。

コロナ政策の徹底検証(前編):「接触8割削減」に科学的根拠はなかった
「根拠と言えるものではない」のはしご外し筆者は、昨年『コロナ対策の政策評価』を上梓した。拙著の帯には「接触8割削減の科学的根拠を問う」と書かれており、6年前の2020年4月7日に緊急事態宣言が発出された際に、感染症数理モデルの分析に基づき感...

岩本氏が問題にしたのは、政府内での検討に使われたモデルの内的整合性だ。

接触を削減すれば新規感染も減る。それが政策の前提だった。

ところが岩本氏によれば、モデルでは接触削減時点での接触と新規感染の関係が整合していなかった。

さらに標準的な考え方を入れて8割削減と7割削減を比較すると、7割削減でも1か月以内に新規感染者数を目標水準まで低下させることが可能だった。

少なくとも、「8割でなければならない」という結論にはならない。

岩本氏は、西浦氏自身が2025年のインタビューで、当時の政策シナリオを「厳密には根拠と言えるものではない」、一定の仮定を置いた「トイモデル」による計算だったと説明している点も取り上げている。

それでも2020年4月、「8割」は日本社会を動かす数字になった。

後編では、7割という代替案の扱いなど、8割削減を社会に説明した過程についても検証している。

コロナ政策の徹底検証(後編):「接触8割削減」のずさんな説明
代替案を不利に扱う操作前稿で、8割削減が必要との主張の背景にあるモデル分析は、内的な整合性を欠くものであることを説明した。じつは、8割削減が必要との主張には、モデル以外のところにも、どのように説明されたかの部分に、科学的助言としての信頼性を...

「8割」は昔のエピソードではない。

巨大な社会介入に使われた政策数字として、検証対象なのである。

そもそも「接触8割減」は測定できたのか

ここで、さらに根本的な問題にぶつかる。

人流は比較的測りやすい。

携帯電話などの位置情報を使えば、「駅周辺の人出が何%減った」といった数字をほぼリアルタイムで把握できる。

ところが「接触削減率」は違う。

社会全体の人と人との接触を直接数えて、「今日は73%減った」「明日は81%減った」と測ることはできない。

実効再生産数Rtなどから事後的に推定する方法はあるが、その計算にはモデルやパラメータについての仮定が入る。R0などの置き方によっても結果は左右される。

つまり2020年春、国民は「接触を8割減らしてください」と求められながら、自分たちが実際に何%を達成しているのかを直接確認する物差しを持っていなかった。

この問題を早くから追ってきたのが、Xで活動するsarkov28氏である。

sarkov28氏は、西浦氏が2020年4月24日に行った説明をもとに、「接触8割減」と人流削減との関係を再構成した。

人流がp倍になれば感受性人口もp倍になり、接触率も約p倍になると仮定する。

すると全体の接触は、おおむねp×pになる。

接触を0.2倍、つまり8割減らすなら、p×p ≒ 0.2である。

pは約0.45となり、人流削減率は約55%となる。

ただし、ここを誤解してはいけない。

「では55%が正解だった」という話ではない。

sarkov28氏自身、この計算には年齢群ごとの人流削減率を同一とみなすなどの仮定が必要であり、人流から接触削減率を推定するロジックそのものにも限界があると指摘している。

重要なのは、むしろそこだ。

人流という観測可能な数字を、「接触」という直接観測できない数字へ変換する確立した物差しがなかった。

しかも、西浦氏自身の説明を一つの方法で数式化すると、人流8割減とはまったく異なる約55%という数字が出てくる。

では、「接触8割減」とはいったい何を測って8割と判定する政策だったのか。

測れない数値目標を社会に課した

これは数理疫学だけの問題ではない。

政策設計の問題である。

具体的な数値目標を掲げるなら、その達成度を「誰が」「何を使って」「いつ」測るのかを同時に示す必要がある。

売上を8割増やすなら、売上を測ればよい。
体重を8%減らすなら、体重計で測ればよい。

ところが「接触を8割減らす」と言われても、接触削減率を直接測れないのであれば、国民には達成度が分からない。

政府側にも同じ問題がある。

人流を見るのか。
Rtを見るのか。
感染者数を見るのか。

これらは同じものではない。

測定方法が定まらない数値目標は、厳密な政策指標というよりスローガンに近づく。

しかも、そのスローガンが日本社会全体に巨大な行動変容を求める根拠として使われたのである。

科学は間違える。問題は訂正できないことだ

未知の感染症が出現した2020年春に、完全なデータなど存在しなかった。

専門家が仮定を置き、不完全なモデルで政策判断を支援すること自体は避けられない。

科学は間違える。
モデルも間違える。

それ自体は科学の敗北ではない。

問題はその後である。

新しいデータが出た。
外部から疑義が示された。
別の研究者がモデルを再計算した。
接触削減と人流削減の関係にも疑問が示された。

それでも、社会を大きく動かした「8割」について、どこが正しく、どこが誤っていたのかを整理した公的な検証結果が見えてこない。

ここに、日本のコロナ政策検証の弱点がある。

政策に使う数字ほど「監査」が必要だ

私は先日、アゴラで「政府を動かす『専門家のグラフ』は誰が検証するのか」と書いた。

政府を動かす「専門家のグラフ」は誰が検証するのか
今回、一枚の少子化政策グラフが注目されることになった発端は、少子化問題ではなかった。東京大学の本田由紀教授による、三笠宮彬子女王をめぐるX投稿である。本田教授は2021年のオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」の呼びかけ人でもあっ...

政策に使われた数字が、SNS上の市民による検証や、数年後の研究者による再計算で初めて疑問視されるようでは困る。

企業の決算なら監査がある。
医薬品なら承認後にも安全性を監視する。
学術論文なら他の研究者が追試し、批判する。

ところが、国民全体の行動を変えるほど強力な政策モデルについて、誰が独立して再計算し、数値目標の妥当性を監査するのかが制度化されていない。

それでは「専門家が言った」という事実そのものが、品質保証になってしまう。

科学とは本来、逆だろう。

社会への影響が大きい主張ほど、検証可能でなければならない。

6年後に必要なのは「反省」ではなく検証結果だ

今回の読売新聞の記事を読むと、西浦氏はいまなお「理論的にほぼ誤りはない」と考えている。

その見解を持つことは自由だ。

しかし、政策の検証を当事者自身の自己評価だけで終わらせることはできない。

岩本氏はモデルを再構成し、「8割でなければならない」という結論にはならないことを示した。

sarkov28氏は、それより何年も前から「接触8割減」と人流削減との関係そのものを問い続けてきた。

ならば、行政や専門家側も答えるべきだ。

8割削減のどこまでが正しかったのか。
どこが誤っていたのか。
7割ではなぜいけなかったのか。
接触削減率は、何を使って測定する想定だったのか。
人流削減と接触削減の関係は、どのようなモデルで定義されていたのか。
そして次に同様のモデルが政策に使われるとき、誰が独立して再計算するのか。

「8割削減」をめぐる教訓は、専門家でも間違える、という当たり前の話ではない。

測定方法さえ脆弱な数字が政策目標として使われ、その後も十分に検証・訂正されなかったことである。

6年後に必要なのは「反省」という言葉ではない。

何が正しく、何が間違っていたのかを確定する検証結果である。

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コメント

  1. yuzo.seo より:

    この「8割削減」は、最初からラフな数字だということは説明されていましたよ。算出根拠も説明されていたのですが、なぜか、ほとんどの人はこの部分を気にされなかったようです。
     
    まず、新型コロナに感染する原因は、100%が人から人への感染だということ。これは、渡り鳥などからの感染を無視できない、インフルエンザとは大きく異なる点です。
     
    第二に、何の対策も打たれない場合、一人のコロナ患者は2.5人に感染させる、ということがヨーロッパの実績から判明しておりました。この数字(自然再生産数)は、日本では異なることも十分考えられたのですが、日本での数字がないため、ヨーロッパの数字を使ったのですね。
     
    患者数が、感染の世代ごとにn倍になる場合、患者数の推移は等比級数で与えられます。そしてnが1より大きければ、患者数は増加の一途をたどる。これは、簡単な数学モデル(西浦氏いわく「トイモデル」)なのですね。
     
    自然再生産数に対して、実際に一人が何人に感染させるかという実効再生産数は、感染が人と人との接触に限られることから、これを減らすことによって減少させることができます。
     
    これを式で表せば【実効再生産数=自然再生産数 × (1 – 接触削減率)】となり、実効再生産数を1未満とするためには、自然再生産数2.5の場合、接触削減率は0.6より大きくしなくてはいけない、と計算されます。
     
    この0.6という数字は、8割削減目標が発表された直後にも、多くの人が把握しており、「西浦氏は水増ししている」との批判も寄せられたものです。これに対する西浦氏の回答は、「政府が目標を掲げても、これに従わない人がいるため、目標は必要な値よりも高く掲げなければいけない」でした。これは、技術の世界では「安全率」として普通の考え方で、納得する人も多かったように、私には思われました。
     
    接触率8割削減という、コロナ対策の目標は、新型コロナ患者急増の初期に出された目標であることを理解しなくてはいけません。この当時は、コロナ感染に関する情報は極めて限られていた。感染の数理モデルは、種々存在しており、特に多数に感染させる「スーパースプレッダー」の影響が大きいということも知られていたのですが、現実の世界でこれを排除することも難しかった。だから、普通の人にもわかり易い簡単なモデル(トイモデル)で目標を設定する、というのは、わかり易い戦略だと思います。
     
    もちろん政府がやっていたのはそれだけではなく、むしろそれ以外の対処が多くなされておりました。これらの個々の効果について、その有無を論じることは無駄ではないかもしれませんが、結果として日本のコロナ対策はうまくいったことは否定できない。その一つとして接触の8割削減目標もあった、そう理解するのが妥当であるように私には思われます。