こんにちは。
アメリカ大統領選の投票日も2週間後に迫ってきました。最新刊の拙著『米国株崩壊前夜――詐欺まがいの循環取引疑惑でアメリカ金融市場は壊滅する!』では、選挙戦終盤でマグニフィセント7各社を一網打尽にするような粉飾決算疑獄が表面化するのではないかと申し上げました。
この見方の根拠としてはユーチューブ映像でかんたんにご紹介しておりますので、ぜひご覧ください。
ですが、どうやら現民主党政権の首脳陣はこの奇襲作戦とも言うべき巨大疑獄事件によって劣勢を一挙に挽回する方針を諦めた模様ですので、今回はこの点について詳述します。
始めから民主党政権維持の展望は暗かった
アメリカの大手メディアはほぼ全面的に民主党リベラル派を支持する人たちで固められていて、日本の大手マスコミもその主張を請け売りするだけですから、今回の大統領選でも当初はバイデンが、そして8月以降は現副大統領のカマラ・ハリスが有利との報道が優勢でした。
ですが、過去の大統領選の実績からどんな要因が勝敗を分けてきたのかを客観的に分析すると、選挙運動が活発化する前から民主党にとっては非常に不利な戦いとなることが予想されていました。
次の図表は、過去の大統領選の結果を左右した2大要因とその結果としての民主・共和両党の戦績が要領よくまとめてあります。
2大要因とは「4年前に比べて自分の家族の暮らし向きが良くなっているか」と、「アメリカ経済全体について信頼感を持っているか」です。
このうちどちらかひとつでも数値が悪いと、政権与党にとってかなり不利な選挙戦になります。両方とも低いと、通常はすんなり当選することが多い現職大統領が2期目に挑む選挙でも、現職が敗退することが多くなっています。
1992年がその典型で、再選を目指した共和党のジョージ・H・W・ブッシュ(父ブッシュ)大統領が、中央政界ではほとんど無名と言ってもいいほど知名度が低かった民主党のビル・クリントン候補に敗れています。
今回、2024年の集計では1992年ほどではないにしても、暮らし向きも経済信頼感も低い数字で明らかに現職にとってむずかしい選挙になることはわかりきっていたのです。それぞれどのくらい悪かったのかについては、次の2段組グラフをご覧ください。
上段の「暮らし向き」を見ると、「良くなっている」との回答は39%で、たった1ポイントですが1992年の38%よりマシだと感じます。ただ、「4年前より悪くなっている」との答えは1992年では46%にとどまっていたのに対して、今年は52%と過半数に達しています。
つまりアメリカ中の世帯の過半数が「自分の家族の暮らし向きは4年前より悪くなっている」と感じているのです。
さらに下段のほぼ毎月実施されている「経済信頼感指数」調査では、バイデン大統領が当選した(ことになっている)2000年の春、つまり第1次コロナ騒動が勃発して以来、経済信頼感は3回0をかすめたことがあるだけで、あとは一貫してマイナスにとどまっていました。
このうち、2000年春のコロナ騒動勃発による経済信頼感急落だけは2016年の大統領選で番狂わせの当選を果たしたトランプ政権時代のことです。でも、2021年1月に大統領に就任してから後のバイデンは、巨額の一時金支払いのための国債大増発を始めとして、経済を回復させるよりむしろ足を引っ張っていた印象が強いようです。
これだけ冴えない実績を引っさげての2期目への挑戦ですから、たとえバイデンの認知症がかなり進んでいるとバレてしまうようなことがなかったとしても、かなりきびしい選挙戦になっていたでしょう。
経済への見方が金融業界と国民全体では真逆
金融の世界では株価が上昇しつづけているかぎり経済は好調ということになっています。ですが次の2つの質問への回答で、国民がアメリカ経済について抱いている不安感をもう少し具体的に捉えることができます。
上段は複数回答が可能な設問なのでパーセンテージは低めに見えますが、トップ4に挙げられたのはどれも経済問題です。
なお、マスメディアは「移民問題」を治安の角度から見る傾向が強いようです。しかし、米国民の中でも低学歴・低賃金の人たちにとって非合法移民激増の最大の脅威は、アメリカ人なら敬遠するほどの低賃金でも喜んで仕事をする人が増えて自分の職が奪われることです。
また7月から8月にかけて「政府の政策」という選択肢の得票率が急落しています。これは民主党大統領候補が高齢で衰弱の激しいジョー・バイデンに代わってずっと若いカマラ・ハリスになったので「政策にも変化が期待できる」という理由で下がったようにも見えます。
ですがその後の展開から考えると、民主党支持者たちはこの頃から民主党候補が勝てるという希望を失っていて「どうせ次の政権はトランプになるだろうから、あまり政府の政策に注文をつけても意味はない」と思い始めていたのかもしれません。
つまり、「職務に支障を来たすほど老衰の進んでいたバイデンの代わりにもっと有望な候補を立てたとしても負け戦で経歴に傷がつくだけだから、ここは無能なバイデンのもとでさえ指導力を発揮できなかったハリスを敗戦処理候補に擁立した」というわけです。
下段は「いくつかの重要問題のうちでもいちばん重要な問題は何ですか」という質問への答えですが、2022年末に45%強で天井を打ってから下がっていた「経済一般」の比率が、大統領選が近づくにつれて再上昇に転じています。
金融業界やハイテク大手各社のあいだでは「株価が上がり続けているうちは経済は安泰だ」という考え方がまかり通っていますが、実体経済の世界に住んでいる人たちの印象はまったく違います。
現在のアメリカ経済はまだ「景気後退宣言」が出ていないだけで、すでに景気後退は始まっていると見る人が多いようです。低迷色の濃い経済指標の中では、比較的強めな数字になっている「良い仕事の探しやすさ」という質問への答えも、実態は驚くほど暗いのです。
上段を見ると、ロックダウンなどによって職探しが非常にむずかしかった2020年とは打って変わって、2021年後半から2022年初頭には「良い仕事を探しやすい」という回答が70%を超えていました。
現在はその頃に比べてかなり下がっていますが、それでも44%とかなり高い数字に見えます。ですが、その中身は暗澹たるものです。
夫婦共働きは当然のこととして、そのうちひとりが2つ以上の職を掛け持ちしなければ生活が維持できないと考えている就労者が全体の6%近くもいるほど、低賃金の仕事が多い中で「良い仕事が探しやすい労働市場だ」と答えているわけです。
歴史的に見てもかなり実態の伴ったブームだったインターネット普及期の1990年代半ばには、この掛け持ち勤労者比率が6%を超えていて、ブームがバブルに転化した頃になってようやく5.5%前後まで下がったのです。
この事実を見ても、アメリカの勤労者にとって「良い仕事が探しやすい労働市場」の要求水準は当時からかなり低かったであろうことがわかります。
案外非現実的ではないハイテク大手「人民裁判」
純然たる経済問題で考えれば、バイデンに代えてハリスを候補に担ぎ出したところで民主党の劣勢は挽回できそうもありません。
本来であれば「イスラエル軍によるイラン核施設攻撃さえ支持する」と公言する共和党トランプ候補に対抗するには、「イスラエルが非武装・無抵抗のパレスチナ人虐殺を止めないかぎりイスラエルに対する軍事支援を凍結する」と堂々と主張すべきところです。
そうすれば、たちまちイスラエル軍は現在のガザ、ヨルダン川西岸地区、そしてレバノンでの民間人虐殺という戦争犯罪を続けられなくなるでしょうし、アメリカ国内でも若年層の支持率は画期的に上昇するでしょう。
ところが、民主党リベラル派は共和党保守派よりはるかに多額の献金をイスラエルロビーからもらっていて、それはできない相談なのです。
そこで浮かび上がってくるのが、かなり悪辣なやり口がバレてきて人気も凋落しはじめたマグニフィセント7と呼ばれるハイテク大手各社がかかわっている会計不正を摘発して、上下両院での人民裁判的な吊し上げを目的とした証人喚問をおこなうことです。
中堅企業ながらエヌヴィディア第3位の大量購入顧客となっているスーパー・マイクロ・コンピューター社が期日までに決算書類を提出できず、上場廃止を射程に入れた監視期間に入っていることなど、立件する気になれば証拠固めはそれほどむずかしくないでしょう。
これは一見するとイスラエル軍への支援停止以上にむずかしい話のように感じます。とにかくハイテク大手各社は揃って圧倒的に民主党に傾斜した献金をしてきたからです。その実態は、2022年の中間選挙時点での民主党・共和党への献金額比較で一目瞭然です。
ところが、実際にはそれほど困難な選択でもないのです。2022年には献金額が話題になるほど大きくなかったか、それとも企業としての存在が軽視されていたエヌヴィディアという人身御供に最適の新興企業があるからです。
エヌヴィディアだけは粉飾決算の首謀者なので重い刑罰に値するけれども、その他各社は共同従犯に過ぎないから軽い刑で済ますと話をつけておいて、証人喚問などで吊し上げるところをショーアップして、民主党=弱者・貧者の味方という宣伝をするわけです。
また、今年の選挙戦でハイテク大手各社が手のひらを返すように一斉に共和党への献金を増やしていることも、民主党にとってこの作戦を遂行する際の抵抗感を和らげているでしょう。
さすがにここまで露骨に風向き次第で献金額を変えられてしまうと、民主党幹部としても「政権担当与党の力を舐めるなよ」と釘を刺しておこうという気にもなるでしょう。
さらに大学教授を始めとする知的専門職に従事する人たちが圧倒的に民主党支持者に偏っているので、もし民主党の選挙戦略に資するために派手にハイテク大手を叩くとなったら、協力を惜しまない法曹関係者、大手メディアの花形レポーターたちも多いでしょう。
なお、このグラフを見ていても法曹関係の専攻分野は出てきません。日本的な発想ですと「さすがに裁判官や検事は不偏不党でなければ困るから党派分けをしないのだろう」と思いがちです。
ところが、アメリカでは裁判官や検事も2大政党のどちらかに帰属をはっきりさせなければ高い地位には就けない職能です。大統領や州知事に任命される場合も、立法府の議員同様公選で選ばれる場合も、2大政党のどちらにも属していなければ組織の力に頼れないからです。
そして法曹界でも、共和党大統領時代に空席ができて大統領の推薦で最高裁判事になったごく少数の例外的な保守派判事以外は、民主党リベラル派支持者が圧倒的な多数派を形成しています。
ここ1~2年、さまざまなかたちでハイテク大手に対する独禁法違反の事案が続出していたのも、粉飾決算疑獄のための下準備だと見ていたのですが、投票日まで2週間を残すだけになってもこの件について告発などの動きがありません。
どうやら民主党は、ハイテク大手に対する粉飾決算疑獄事件を惹き起こして一発逆転を狙う作戦も諦めたようです。
民主党は今度の大統領選では負けたがっている?
なぜ民主党首脳陣は戦わずして負けを選ぶという選択をしたのでしょうか。私にはそれが謎だったのですが、どうやらその真相がわかってきました。
ウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハサウェイ社が、自社保有株ポートフォリオでアップルに次ぐ第2位の時価総額シェアを占めていたバンク・オブ・アメリカ株を売りまくっています。
つい先日持ち分が当該企業時価総額の10%を割りこんだので、保有株数の異同について即日報告義務がなくなったのですが、その後も売っていて、どうやら完全に売りきるつもりのようです。
ことの発端は、大統領就任直後にバイデンが失業保険額の上乗せを始めとして超大型ばら撒き財政をするために、予定額より2兆ドルも多く国債を発行したことです。この国債大量発行直後から、超低金利で推移していた米国債利回りが徐々に上昇に転じました。
どんな商品でも大量に売れば安くなりますが、国債のような確定利付き商品が安くなるということは、同じ投資額でより多くの金利収入が得られる、つまり利回りが上昇するのと同義なのです。
それと同時に、金融資産ポートフォリオの中に多額の債券類を組みこんでいた金融機関には、金利上昇=債権価格低下による巨額の含み損が発生します。その惨状は、次の2段組グラフでご覧いただけるとおりです。
2022年3月にアメリカの中央銀行である連邦準備制度(Fed)が、連続して急激かつ大幅な利上げに踏み切った頃、金融市場にはさまざまな疑問が生じていました。最大の疑問は、実体経済がそれほど好調というわけでもないのに、なぜ借り手にとって被害の大きな利上げを続けざまにやるのかと言うことです。
このグラフの上下2段を見比べると、答えは明白です。米国債の投資収益率は2021年からすでにマイナスに転じていて、それに伴って銀行業界では2022年第1四半期から莫大な含み損が生じていたのです。
もしFedが2022年3月から相次ぐ利上げをしなかったとしても市中金利はかなり大幅に上昇し、中央銀行には金利をコントロールする力がないという事実が白日の下にさらされていたでしょう。
市中金利を追いかけてどんどん利上げをくり返す以外に、Fedにはこの権威失墜を防ぐ手立てはなかったのです。
そして、バンク・オブ・アメリカは愚かにも臨時増発債2兆ドルのうち7000億ドルを買い占めて、直後から膨大な含み損を抱えてしまったのです。
2021年から2024年9月までの米国債の累計投資収益は45%の損失となっています。もしバンカメが当時購入した7000億ドルの米国債をそのまま持っていたとしたら、それだけで銀行業界全体の含み損約5500億ドルのうち、3000億ドル強がバンカメ1行の分でしょう。
バフェットならずともこんな危ない銀行の株を持っていたら、手仕舞い売りしか選択肢はなさそうです。
ここまでは、ベア・スターンズとリーマン・ブラザーズが破綻し、その他の大手投資銀行も青息吐息だった2007~09年の国際金融危機とほぼ同様のシチュエーションです。大きな違いは、当時は健全だったFedのバランスシートも、今回は深刻に傷んでいることです。
表現としては「本来財務省に納付するはずだった米国債からの金利収入が入ってこないのでまだ未納になっているだけ」というかたちになっていますが、ふつうの金融機関として見れば1140億ドルの当期損失です。
中央銀行はどんなに自己資本の欠損が大きくなっても、帳尻合わせをして通常のマネーサプライを維持することはできますが、バンカメ級の巨大銀行がにっちもさっちもいかないほどの巨額損失を抱えているという事態への対応策はきわめて限定されます。
その対応策の大部分は、本来そこまで増やしてはいけないはずのマネーサプライを増やしてインフレを加速するという方向に舵を切ることでしょう。
毎年インフレを続けていけば、名目のまま維持されている自己資本の欠損分や保有証券類の含み損も取るに足りないほどの実質負担に圧縮できるという手です。
インフレ加速は非現実的
しかし、その手もあまり大っぴらには使えません。インフレ政策にはつきもののギャロッピングインフレやハイパーインフレを防げるのかという不安もつきまといます。
でもそれ以前に、金融業界やハイテク大手に国富を吸い取られっぱなしのアメリカでは中間層以下が経済的に疲弊していて、比較的マイルドなインフレでも耐えられない世帯が増えているのです。
現在、通常の消費者物価指数ベースのインフレ率は、2024年9月で前年同月比2.4%と、戦後アメリカ経済としては非常に低水準で済んでいます。しかし、中長期的にインフレが加速する条件は揃っています。次の2段組グラフがその証拠です。
上段のグラフ中にも書きこみましたが、スーパーコアインフレ率とは、消費者物価の中から、工業製品とエネルギー資源の価格を除外して、さらにサービスの中でも住居費は除外した物価上昇率のことです。
サービス価格は工業製品ほど商品(コモディティ)価格の上下に左右されないので、一旦上昇するとなかなか下落しないという特徴があります。スーパーコアはそのサービス価格の中でもとくに人件費に直結する物価の集合体で、人件費同様一旦上昇するとなかなか下落しません。
つまり、このスーパーコアインフレ率が4%台に定着すると、個人世帯消費の8割近くを占めるサービス価格の上昇率もそれにサヤ寄せして徐々に上がって行く可能性が高いということです。
さらに下段を見ると食品価格指数が2020年からの4年間で25%も上がっています。年率に換算すると6%弱です。食品価格指数とは加工食品と飼料の生産者物価を指数化したものでして、エンゲル係数の高い低所得層にはとくに過酷な値上がりを招くことが予想されます。
これから2028年までを展望すると、以下のようになります。
トランプは自分が大統領になればイスラエル軍によるイラン核施設の爆撃を全面支援すると言っている。バンカメを筆頭にアメリカの大手都市銀行が何行か潰れそうだが、Fedにはあまり有効な対抗策がない。インフレ率は加速するだけではなく、とくに低所得層にきつい食料品価格が急上昇する気配が濃厚だ。
民主党首脳陣が「これから4年間の政権をトランプに任せて全責任を負わせてやろう」と考えたとしても不思議ではありません。問題は、2028年に次の大統領選が無事実施されるのか、いやそれ以上にアメリカという国が今のままのかたちで存続しているのかということです。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2024年10月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。