消えんとして光を増すバイデン

The White Houseより

表題は「灯火消えんとして光を増す」との語を捩った。「ろうそくなどが燃え尽きようとする前に、一度明るく輝くことをいう。病人が息を引き取る前に、容体がちょっと持ち直したり、事が滅亡したりようとする前に、一時勢いを盛り返すことにたとえる」とネットの生成AIは解説する。

バイデン大統領の任期は1月20日までだが、11月の選挙でトランプが勝利して以降の、とりわけここひと月余りのバイデンの行動を見て、筆者はこの語に思い当たった。6月の討論会で醜態を晒し、翌月に党重鎮によってハリスに交代させられてからの沈滞が、82歳を迎えた11月20日辺りから吹っ切れたように感じるのだ。

トランプやその支持者には暴走とも映るバイデンの吹っ切れ振りの一つは、気候変動原理主義の不可逆的な維持策であり、二つ目は恩赦や減刑の乱発であり、三つ目はお手盛りの叙勲である。

先ずは気候変動対応の話。

11月25日の『Newsmax』は、新たなLNGプロジェクトの輸出承認や米国沿岸沖および連邦政府所有地での石油掘削を増やすことを含むトランプ政権移行チームのエネルギー対策パッケージを報じた。ところが『ロイター』は1月4日、連邦管理下にある海域での原油・天然ガスの掘削を禁止する大統領覚書にバイデンが1月6日に署名すると報じた)。

1月6日といえば、米連邦議会の上下両院合同会議は現地時間の昨日、トランプの大統領選勝利を認定した。ハリス上院議長(副大統領が兼任)は淡々と議事を進め、トランプの勝利が認定された。そしてまさに4年前の同じ日、今も尾を引く議事堂襲撃事件が起き、トランプが彼に肯んじないペンス上院議長と袂を分かった

この禁止覚書の範囲は、大西洋、太平洋、メキシコ湾東部の広範囲に及ぶが、メキシコ湾の中部と西部の地域では新たな石油・ガスのリースが可能という。また『ニューヨーク・タイムズ』に拠れば、同覚書の根拠である「大陸棚土地法第12条(a)」は大統領に掘削禁止の幅広い裁量を与えており、将来の大統領が禁止令を撤回できるような文言は含まれていないそうだ。

連邦政府の土地と水域での掘削活動のシェアは、米国の石油生産量の25%、天然ガス生産量の12%を占める。バイデンの禁止覚書が、これらの増産によってガソリン価格を下げ、インフレを抑え、延いてはウ・ロ戦争終結に繋がるロシア窮乏化を目論む、次期トランプ政権のエネルギー対策パッケージの推進にどの程度の影響を与えるか注視したいところだ。

バイデン政権は12月19日にも、米国の温室効果ガス排出量を35年までに05年レベルから61~66%削減するという新たな国別貢献(NDC)を発表した。これは30年までに半減させるという従来の約束を強化するものだ。が、最初の任期中にパリ協定から離脱(バイデン政権で復帰)したトランプ政権は、1月20日以降に改めて離脱する取る可能性が高かろう。

関連してバイデン政権は12月30日、二つの地域の保護措置を発表している。一つはネバダ州ルビー山脈の約264,000エーカーの地域での新たな採掘権を20年間認めない措置であり、他はワイオミング州のグランドティトン国立公園の恒久的な保護と640エーカーの土地の購入だ。第1次トランプ政権はオバマ政権が国立公園に指定したベアーズ・イヤーズとグランド・ステアケース・エスカランテの保護を撤回したが、バイデン政権が保護を復活させた経緯がある。

これらの容易く撤回したり復活したりできる措置の指定は、指定そのものが本来の目的というよりも、次期政権による撤回が国民に与える印象に重きを置いた、ある種子供の喧嘩の類に思われ、やるなら末期でなく政権発足当初にやれよ、と言いたくなる。

そこでバイデン政権発足時のことを思い出すと、バイデンはトランプ肝煎りのキーストーンXLパイプライン工事の認可取り消しと国境の壁建設の停止の大統領令を就任当日に発した。前者は既にパイプなどの資材が売却され、復活不可能とされる。資材売却と言えば『Hill』は12月27日、バイデン政権が国境の壁の資材を処分するのを阻止した、とのテキサス州司法長官の発表を報じた。バイデン政権はまったく油断ならぬ。

次は恩赦と減刑の乱発の話。

バイデンはアフリカ訪問出発当日の12月1日遅くに、ハンター・バイデンに恩赦を与え、連邦銃器法違反容疑での有罪判決と連邦税法違反容疑での有罪答弁を免除すると発表するや、逃げるように機上の人となった。これまで繰り返し息子への恩赦はあり得ないと述べていたことから、発表は全米に衝撃を与え、共和党員だけでなく民主党員からも批判を招いている。

バイデンは1日の声明で、息子が別の姓を持っていれば銃の罪で起訴されることはなかったとし、息子の事件には「生々しい政治:raw politics」が影響していると述べた。が、この4年間を見れば「司法を武器化」してトランプを「生々しい政治」に引き込んだのは、むしろバイデン政権ではなかったか。

バイデンは12月23日、息子の恩赦を中和するかのように連邦死刑囚40人の内37人を死刑から仮釈放のない終身刑に減刑、他に39人の恩赦と約1,500人の減刑も発表し、1日当りの恩赦新記録を樹立した。同日の『Hill』は息子を恩赦したことで、他の者も恩赦せざるを得なくなったと書いた。また保守派司会者のヒュー・ヒューイットは「X」に、「バイデンがこうした決定を下す精神的能力がないことは誰もが知っている」などと投稿した。

最後は大統領市民勲章と大統領自由勲章の話。

大統領市民勲章は民間人に対する2番目に高位の勲章で「自国や同胞のために模範的な奉仕行為を行った」米国民に授与される。今回叙勲する20名の中にJ6事件を調査した下院特別委員会の民主党ベニー・トンプソン委員長と共和党リズ・チェイニー副委員長がいる。チェイニーの叙勲理由は「公職に就いて20年、声を上げて、党派を超えて、我が国と我々が支持する理想を守ろうとしてきた」ことだそうである。

そのチェイニーについて保守派の論客ジュリー・ケリーは自身のコラム『Declassified』でこう難じている(要旨)。

過去数年間、トランプを刑務所に送るためにチェイニーほど熱心に働いた人はいない。トランプが長年、彼女の父親ディックの「(イラク)大量破壊兵器」の嘘を批判してきたことの復讐心から、J6事件でトランプを投獄することで家族の恨みを晴らすことができると考えた。

彼女は現在、J6特別委員会副委員長としての腐敗した役割に対する連邦と議会の調査に対抗する準備を整えている。その調査をしている下院小委員会バリー・ラウダーミルク委員長共和党下院議員が入手した資料は、彼女が証人であるキャシディ・ハッチンソンと裏で共謀していたことを証明している。

ハッチンソンはチェイニーと連絡を取った後、証言を大幅に変更した。ラウダーミルク委員長は継続中の調査結果に基づき、「リズ・チェイニーは多数の連邦法に違反した可能性が高い」と判断し、FBIに彼女を捜査するよう求めている。

そのせいか、チェイニーがバイデンから勲章を受け取るライブ画像には、彼女が所在無げにバイデンが手にした勲章に手を出したり引っ込めたりする様子が映っている。

もちろんトランプもSNSで二人の叙勲を、次のように口を極めて非難した。

バイデンは昨日、リズ・チェイニーが完全な腐敗が証明されているにもかかわらず、彼女に勲章を授与した。彼女とトンプソン、そしてその他の非特別委員会メンバーは1月6日の不正な調査の証拠をすべて破壊し、削除した。

チェイニーは(中間選挙で)史上最大の差で議席を失った。バイデンが彼女に報いたのは、彼女がトランプ嫌いだからだ。知能の低い戦争屋の彼女がやりたいのは、防衛企業の利益のために人を殺すことだけだ。

他方、米国の国益や安全または世界平和の推進、文化活動その他の公的・個人的活動に対して特別の賞賛に値する取り組みや貢献をした文民に贈られる最高位の勲章である大統領自由勲章は、ヒラリー・クリントンやジョージ・ソロスの他、U2のボノ、俳優のデンゼル・ワシントンやパーキンソンに苦しむマイケル・J・フォックスら19名に授与された。

バイデンは73年に上院議員に当選して以来、半世紀以上の長きにわたり連邦の政治に携わって来た。ここで縷説したことを筆者は「美」とは思わぬが、老バイデンに取っては「灯火消えんとして光を増す」が如き「有終」であるはずだ。それまた4年前のJ6事件の逮捕者の多くがトランプの恩赦で社会復帰することを米国民に受け入れさせることだろう。