広島に対する国際的な関心:そして潜在力のある復興史研究の蓄積

8月6日は、広島の原爆忌であった。広島市の平和記念式典で、高市総理大臣が就任後初めての挨拶をした。国際情勢も緊張しているが、日本も、防衛費の2倍増を経て、さらに安全保障三文書改訂などの軍事増強路線に入っている微妙な時期での開催となった。小泉防衛大臣が「非核三原則の見直し」に言及したばかりの時期である。高市首相は、日本が「『非核三原則』を堅持しており」と述べたが、将来にかけて堅持していく、という趣旨の発言は控えた。

こうした状況で、広島への国際的な注目度は高い。式典には、過去最多となる121の国と地域の代表が参列したという。広島平和記念(原爆)資料館は、過去三年間にわたり、史上最高の来館者数を記録し続けている。

広島平和記念(原爆)資料館を訪れた高市首相 首相官邸HPより

資料館の来館者数の第一のピークは、冷戦終焉時の1991年の159万人だった。実はその後は減少傾向が見られて、2000年には107万人にまで下がった。ところが、2001年の9・11テロ後、対テロ戦争の時代になると、再び来館者が増加し始め、2009年には140万人にまで回復した。2010年代には伸び悩みがあったが、オバマ米国大統領が来訪した2016年は173万人の最高来館者数を記録した。この記録がリニューアルオープンとなった2019年の175万人で一度塗り替えられた後、コロナ禍の2年間の落ち込みとなったが、2022年に100万人台を回復し、2023年は198万人、2024年は226万人、2025年は258万人と、勢いよく最高来館者数を更新し続けてきている。(広島平和記念資料館統計)

R7総入館者数及び外国人入館者数等.pdf

資料館側の受け入れ体制に応じて来館者数が増減する傾向もあるが、世界情勢の変転に応じて来館者数が増えるのも特徴だ。現在の急激な来館者数の伸びは、2022年のロシアのウクライナ全面侵攻の開始や、2023年のガザ危機の勃発、そして2024年の日本原水爆被害者団体協議会のノーベル平和賞受賞などの効果によるものと推察できる。

来館者数の増加を支えているのは、外国人来館者数の増加だ。1991年の最初の来館者数のピーク時には、外国人来館者の比率は、わずか4.6%に過ぎなかった。しかし増加に転じた2001年の時点では、8.4%となった。その15年後のオバマ来訪時の2016年には21.1%、コロナ禍直前の2019年には29.7%にまで上昇した。そして連続して最高来館者数を記録した過去3年間では、33.8%、32.2%、36.6%という比率になっている。今や、来館者の3人に1人以上は外国人なのである。

なお、1991年の時点で全体の32.3%を占めていた日本の学校生徒の修学旅行来館者数は、2025年には12.5%にまで落ち込んでいる。絶対数で見ても、51万人から32万人への著しい減少である。
広島の原爆資料館といえば、修学旅行で訪問する場所、という昭和のイメージは、完全に過去のものだ。むしろトリップアドバイザーなどのサイトの調査で、外国人観光客が日本を訪問して訪れたい場所のトップを争う位置づけとなっているのが、広島の原爆資料館だ。

現在、資料館は、オーバーツーリズムの状態と言ってよい。8月に資料館訪問の予約を取るのは至難の業だ。予約があっても、長蛇の列に並んだあと、人ごみで展示物を十分に見られないような状態が多い。

子ども向けには見せる資料を限定する選択制を導入する案があるというが、熱心に日本を訪れた外国人訪問客を満足させるには、むしろスペースを拡充して、展示物等を充実させる方策が必要だろう。普及のために200円という低価格に抑えている入館料は、円安の今日では、外国人訪問客にとってはあり得ない安価だ。入館料を数倍程度に引き上げて、施設を充実させてほしい、という自然な声をよく聞く。

2019年リニューアルでは、悲惨な被爆者の姿を模した人形の撤去とあわせ、被ばく前の「軍都」広島の歴史を振り返るところから展示が始まる仕組みを撤去するなどの措置がとられた。様々な議論を経て決められたことではあるが、丹下健三氏設計の平和記念公園の全体像を尊重するあまり、資料館の容量が限定されたままになっていることも、実は展示物が取捨選択されすぎる大きな要因の一つだ。

外国人訪問客は、いわゆる「被爆の実相」にも関心があるだろうが、戦前の「軍都」広島の歴史や、「奇跡の復興」を遂げた広島の歴史にも、やはり関心を持つ場合が多いと思われる。国際情勢に連動した重要性を持っているからだ。

市販されている書籍の中では、研究書としての重みがある、西井麻里奈『広島復興の戦後史―廃墟からの「声」と都市』(人文書院、2020年)などは、広島の復興史に関する既存の研究の成果を十二分に反映したものだ。苦難の生活を強いられてきた多数の広島市民の声も、丹念な資料読み込みを通じて、拾い上げている。

手塚プロダクション (著)・青木健生 (原著)『まんがで語りつぐ広島の復興: 原爆の悲劇を乗り越えた人びと』(小学館クリエイティブ、2015年)は、コミック仕立ての歴史書としての完成度が高い。若年層向けに普及が望まれる。

もちろん中沢啓治『はだしのゲン』(汐文社)(全10巻)が漫画では不朽の名作だが、『Barefoot Gen』として英語版が公刊されていることも、広島で十分に活用されていないように見えるのは、惜しいところである。

広島市の初代公選市長で、4期にわたって市長を務めて、「平和記念都市・広島」の復興の発案から実施までの一連の政策を主導した濱井信三の著書『原爆市長』も、『A-bomb Mayor Warnings and Hope from Hiroshima』として、英訳がなされている。ただし、資料館の売店で販売されているとはいえ、購入は簡単ではない。日本語版ですら、2011年の東日本大震災の後に「復刻版」が出されたが、入手は困難だ。シフトプロジェクトという地元の努力で成り立っている。濱井の手記の内容は非常に興味深く、資料としての価値は高い。私は、広島を訪問する外国人の世話をしたりするたびに購入を促している。だが、誰かにもう少し広く、普及の努力をしてほしいところである。

僭越ながら、私自身も、広島大学に勤務していた2008年に、『平和構築としての広島の戦後復興』という日本語小冊子を、英語版でも、『Post-war Reconstruction of Hiroshima as a Case of Peacebuilding』という題名で公刊いずれもオンラインで読めるようにしてある対応した内容のYoutube動画も作った。

こうした研究の蓄積などを活かして、日本が国際的に貢献できる知的資産としての広島について、さらにいっそう普及させていきたいものである。それを共有しながら、関心を持つ外国人との対話も深めていけると、政策をめぐる議論にも、国際的に通用する波及的な効果が期待できると思う。

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