創造は価値観の転換だ

近代社会における創造の源泉は欲望である。資本主義経済は、欲望を燃料として成長し、更に欲望を自己増殖させることで飛躍的に進展して、人間の世界を著しく拡大させてきた。

欲望の実現には、合理的な計算と策略が必須である。欲望は、理性からは生まれないが、理性によって実現される。つまり、理性は、欲望を利用して、自己の支配領域を拡大するのである。

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しかし、現代において欲望は飽和する。そのとき理性の支配が完了し、世界は無意味なものになる。現代において、創造は、新たな意味の創造であり、もはや理性化されることがないものとして、理性の外に留まる。故に、創造は狂気である。

マニアは軽い狂気であり、マニアの代表は収集癖である。ワインが大好きな人は、死ぬまでに飲み切ることのできない量のワインを収蔵し、愛書家は、死ぬまでに読み切れないだけの蔵書量を誇る。何の蒐集であれ、蒐集のマニアとは、蒐集しているものの本来の目的に基づく使用や利用を一切考えていない、つまり反論理的で、合理的には無意味だから、軽い狂気なのである。

蒐集は、論理的な意味を否定することで、反論理的な意味を発見することによって、価値を創造するわけである。蒐集に限らず、欲望が飽和し、ものが飽和した現代においては、創造は、現にあるもののなかにおける新たな価値の発見になるほかない。

上高地の風景は江戸時代と同じだが、明治の外国人が訪れたとき、そこに新たな景観美が創造されたのである、利休が外国の生活雑器を茶碗に使ったとき、そこに新たな美が創造されたように。日本の観光産業の価値創造とは、ありとあらゆる場所で、多様な外国人による多様な価値の創造がなされることである。

創造は価値観の転換である。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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