1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁⑥完

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連載⑤で著作権者の便益と利用者の便益を合計した社会全体の利益が最大化するのは、保護水準が弱すぎも強すぎもしない中間点にある図を示し、米最高裁はオラクルの権利主張を否認することにより社会全体の利益の最適化を図ったと紹介。逆に強すぎる権利主張が社会全体の利益を損なう恐れがある「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」の最近の実例として、音楽教室からの使用料徴収方針をめぐって音楽教室事業者から訴えられ、最高裁まで争われているJASRACの事例を紹介した。

今回は同じく最高裁まで争われた Winny事件を取り上げる。オラクル vs グーグル事件判決同様、イノベーションに関連する判決である。

「10年に一度の傑作」を国家的に葬り去った日本

『Winny天才プログラマー金子勇との7年半』を読む① で紹介したとおり、金子氏の弁護団事務局長を務めた壇俊光氏は「民事事件であればともかく、刑事事件となることはありえないと私は思っていた。将来、巨大な利益を生む可能性のあるプログラムを警察の判断で潰すようなことはないだろうと」(壇 俊光『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』 、インプレスR&D、 「3. あの一言 が 全ての始まりだった」より、3 はKindle 版の節の通し番号、以下同じ)。

にもかかわらず、日本の警察は「将来、 巨大な利益を生む可能性を秘めたプログラム」を自らの判断で潰しにかかった。

よく引き合いに出される例として、殺人に使われるからという理由で包丁の開発者を罰せないように、著作権侵害に使われるからといってソフトの開発者を罰せないはずだが、警察は著作権侵害を幇助したという理由で開発者の金子氏を検挙した。

京都地裁で証言した日本のインターネットの父と呼ばれる村井純慶応義塾大学教授は、「その理屈だったら、日本にインターネットを引いてきた俺が幇助じゃん」「KazzaっていうボロWinnyですらSkypeを生んだんだ。Winnyが何を生み出すかを見たかったんだよ、俺は」などの村井節で弁護側を力付けたが、証人尋問でも下記のとおり歯に衣着せなかった(23 ミスターインターネット」より)。

村井教授は、Winnyの技術の客観面について丁寧に語り、検察のWinnyは著作権侵害ツールとの質問を退け、警察の調書に対して、「これではインターネットにつながりません。こんなの大学1年生の2回目の授業で説明することです」と叩き切った。

日本のインターネットの第一人者によるこうした証言により、「あの時点では、我々は無罪であることを確信していた」(「29 反対質問」より)にもかかわらず、2006年12月、一審の京都地裁は有罪判決を下した。

村井純教授(Wikipedia)

弁護側の控訴を受けた大阪高裁は2009年10月、逆転無罪の判決を下した。最高裁も2011年12月、検察の上告を棄却し、最終的に無罪が確定したとはいえ、壇氏は「刑事罰による萎縮効果は抜群だった」として、次のような具体例をあげている(2009年11月20日、成蹊大学での講演より)。

「P2P関連の予算がつかなくなった」
「技術者が著作権のグレーゾーンにふれる技術開発をしなくなった」

ソフトウェアが悪用されると、その開発者が罪を負わなければならないおそれが出てきたため、研究者の間に不安が広がり、開発したソフトウェアは海外で発表するよう指導した教授もいたようだ。金子氏もそうすべきだったかもしれない。というのも、村井教授が上記のとおり、ボロWinnyと酷評した欧米版 Winny、Kazzaの開発者は億万長者になったからである(『Winny天才プログラマー金子勇との7年半』を読む①参照)。ちなみに村井氏は Winny を「ソフトとしては10年に一度の傑作」と高く評価している。

「栄光なき天才」の悲劇を繰り返さないために

連載⑤で、音楽教室 vs JASRAC訴訟について、「日本にも訴訟当事者以外の第三者が裁判所に意見を提出できるアミカスブリーフ制度があれば、上記のとおり、大物ミュージシャンを含む100万人以上が反対を表明したこの事件では、多くの反対のアミカスブリーフが提出されたものと思われ、東京地裁も時代遅れの過去の判決を墨守するような判決は下さなかったかもしれない」と結んだ。

同じことは Winny事件の京都地裁判決にも言えそうである。逮捕直後に金子氏をよく知るプログラマーから、弁護費用の寄付金口座を弁護士の名前で開設してほしいとの電話を受け、壇氏が口座を開設したところ、

「結局、5月14日 1 日 だけで、105 名から合計123万円にも上る支援金が振り込まれていたのである」。

「支援金は最終的に1,600万円を超えた」(「5. 支援金と2ちゃんねる」より)。

開設初日の例でも一人平均11,700円が身銭を切ったわけである。村井教授のような強力な証人を得たとはいえ、法廷に呼べる証人の数は限られている。連載④ のとおり、60件余りのアミカスブリーフが寄せられ、判決にもインパクトを及ぼしたと思われるオラクル v グーグル事件には及ばないとしても、支援のために身銭を切るような熱烈な支援者の中にはアミカスブリーフ制度があれば、提出したと思われる人々も当然いたはずだからである。

上記のとおり、壇氏は「日本の警察は将来、 巨大な利益生む可能性を秘めたプログラム」を自らの判断で潰しにかかった」と指摘したが、「 巨大な利益生む可能性」については、2ちゃんねる開設者のひろゆき氏が『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』に次のような「発刊によせて」を掲載している。

LINEでの動画共有とかビッドコインなどの仮想通貨とか、P2Pといわれる技術が使われています。その最先端がWinnyでした。金子さんがいれば、日本で発展した技術が世界で使われて、世界中からお金が入ってくるみたいな世の中にできたかもしれなかったんですけどね。

同書には「栄光なき天才の無罪までの道のり」というサブタイトルがついている。栄光なき天才の悲劇を繰り返さないためにも、連載④のとおり、特許法には今年の改正で導入された日本版アミカスブリーフ制度ともいえる第三者意見募集制度を著作権法にも早急に導入すべきである。

 

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