行商への第一歩
最初の行商開始に使った時のバッグは記念に今ももっている。バッグの中には常に40-50社のカタログを入れていた。その後、ほぼ同じサイズのものを壊れる度に変えて合計で4つのバッグを使ったことになる。それに厚みのあるスーツバックを持参して、その中に衣類以外にソファーの生地見本や家具の塗装板見本などを入れていた。それが行商で移動する時に使う商売道具であった。この二つを合わせると重量は常に50キロくらいあった。だから一般に市販されているカートだと長期持たなかったし、引っ張て行くのにより重く感じた。それで最後は80キロの重量に耐えるカートを大阪難波の道具屋筋で見つけて購入。それは今も日本で親戚の倉庫で預かってもらっている。
いつも滞日は2週間から3週間にしていた。スペインと日本の往復で3日は潰れる。
筆者にとっては訪日というよりも内心は常に帰国という意識だ。しかも、心理的には郷里の広島市内の宇品(うじな)の実家に到着した時点で帰国達成というのが常に意識としてあった。そして必ず実行したのが到着した翌日に市内にある白石家の墓参りだった。お袋の実家の方の墓は倉橋島の先端の鹿渡島(かろと)にあり、一日かがりの行程になるので客先訪問が一旦終了した時点で滞在日数に余裕があればスペインに戻る前に鹿渡島まで行って墓参りをした。
訪問先は一日に1社か2社だった。1社は新規のお客になりそうな相手先を表敬訪問した。もう1社とはじっくり商談する。商談が4時間くらいになるのは、筆者が常にもっている40-50社のメーカーのカタログを見せてオファーして行くからである。商談のスピードを幾分でも早める意味で、輸出価格をモデルごとにカタログに直接記載していた。そうすれば、お客はその価格とカタログに掲載されているそのモデルの写真を見ながら売れるか否か即座に判断できる。
勿論、むやみやたらにバッグからカタログを出して行くのではなく事前に筆者の方で明日訪問する相手の取り扱い商品の傾向や筆者が売り込みたい商品について予習することにしていた。そしてバッグの中に入れるカタログもそれに合わせて筆者が出し易いように工夫した配列にしていた。この配列は訪問する相手によって変えた。
カタログの表紙は常に外してバッグの中に入れていた。そうしないと重量が余計重くなるし、表紙はかさむからだ。表紙なしで中身をひもでくくっていた。
スペインのカタログはイタリアでもそうであるが、演出が非常にうまいから重くなる傾向があった。カタログは大きければ大きい程説得力があると単純思考するメーカーもいた。
富山の行商人の銅像
JR富山駅の入り口のところに郵便ポストがある。その上に高さ50センチくらいの銅像がある。伝統ある富山の薬売りの銅像である。頭に傘をかぶり、前には台帳をぶら下げ、背中に大きな袋のようなものを担いだ姿だ。足元のところに「先用後利」と書かれている。「先に用を満たして、あとから利益を頂戴する」という、正に行商の精神を示したものだ。
筆者が幼少の頃に実家に富山から薬売りが定期的に訪問していた。自転車に乗って来ていたと記憶している。実家に置いて行く箱があってそこに薬を入れて行くのだ。その次に実家に来た時に我々家族で消費した薬の代金を支払うというシステムであった。
この富山の薬売りの行商の精神は立派だと思う。売る方と買う方の間で100%信頼から成り立っていた商法である。そして彼らが足でそれを稼いでいたということだ。訪問しないことには商売にならない。昔は今と違って歩行だ。だから客先まで行くのに時間もかかる。それでも根気よく行商を続ける精神に筆者は常々感服している。だから、筆者のデスクの傍には常にこの銅像の写真を置いている。
筆者が行商の本格的始動を始めたのは1993年のこと。それから2011年まで途中台湾も含め日本国内での行商が続くのであった。
これを皮切りに弊社が廃業するまで筆者が訪問した都市は以下の通りである。北から始めると旭川、札幌、函館、青森、弘前、盛岡、仙台、東京、千葉御宿、水戸、茨城下妻、茨城常陸太田、埼玉岩槻、埼玉越谷、群馬前橋、埼玉志木、横浜、神奈川大船、神奈川藤沢、会津若松、富山、高岡、清水、静岡、浜松、豊橋、名古屋、岐阜、京都、大阪、堺、和歌山、神戸、岡山、福山、広島、宇部、下関、高松、愛媛松山、高知、福岡、佐世保、福岡大川、大分、熊本、那覇、それに台湾の台北と高尾であった。
輸出した商品は家具、小物陶器、照明、屋根瓦、100%手つくりテラコッタタイル、タイル、石像、ギター、アパレル、ワイン、カバ、オリーブオイル、ベッドカバー、絵画、革ベルト、民芸雑貨、中古品、などなどで、仕入先は300社程度あった。弊社の取引の主要商品は家具であった。
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