ロシアのウクライナ侵攻から2週間経った。正直なところ、24日からの「全面」侵攻に、筆者は心底仰天した。プーチンをトランプや安倍に比肩する存在と考えていただけになおさらだ。が、プーチンの主張する理由がどうであれ、ここまでのエスカレートや核使用の仄めかしには容認の余地はない。
2月21日のドンバス「両国」承認、「友好・協力条約」締結とその要請に基づく平和維持軍派遣まではやむを得ないか、と筆者も思った。08年の南オセチアや14年のクリミアとほぼ同じ手口、即ち、住民投票、国家承認、ロシア系住民保護など手順を踏んだからだ。「併合」とも報道されるが管見の限り国家承認だ。
トランプのプーチン称賛も22日のラジオ番組中のことだから、21日までが対象だった。が、なべて世間では24日の全面侵攻を含めて褒めているように捏造され、批判される。26日のCPACで彼はプーチン批判に転じたが、これも分が悪くなって変節した様に報道される。まあ、世に憚る憎まれっ子の有名税か。
国際社会が挙ってプーチン批判する中、北京の対応が曖昧なのは、天然ガスなどの経済問題やウクライナとの浅からぬ関係よりも、この問題に「民族自決」が絡むからだと思う。チベット、内モンゴル、新疆ウイグルなどが、南オセチアやクリミアやドンバスのように「民族自決」を言い出せば北京は困惑しよう。それが台湾に及べば「一つの中国」が瓦解する。
そこで少し台湾に触れれば、政治体制のみならず台湾と中国は「民族」も異なる。台湾の本省人(終戦以前からの居住者)の85%が原住民のDNAを持つとの台湾血液学の泰斗林媽利博士の研究がある。その辺りを筆者は次のように理解している。
17世紀初めのオランダ統治期に大陸から連れて来られた「苦力」は男だけだった。鄭成功の一団には女もいたが、明代から清の乾隆後期までは倭寇対策の海禁策もあって男しか渡台させなかった。苦力の末裔や成功の一団の生き残りが「三年小叛五年大乱」を起こすのを恐れ、家族を人質にするためだ。
ならば、台湾の人口はどうして増えたか。それは婿取りの風習のある原住民の平埔族(高山族と違って平地で半農半猟した)と混血したからだ。つまり、台湾人、取り分け本省人-蒋介石に同行した外省人に対応し、日治期の本島人の呼称がこう変った-は中国人とは違う民族だ。
とすれば習近平がこれを逆手に取り、プーチンの手口を真似る可能性が少なくない確率であり得る。それは大陸との統一を志向する「統一派」(おそらく外省人の後裔が多い)に「民族自決」を叫ばせて、台湾政府からの分離独立を宣言させ、彼らの人権保護を大義名分に台湾に侵攻するシナリオだ。北京が「台湾の同胞」などと言って来たことと矛盾するが、習近平はそれを気にかける人物ではない。斯く「民族自決」や「内政干渉」が絡む問題は複雑で一筋縄ではいかない。
話を戻せば、プーチンは就任以降ずっと「ソ連邦の解体は20世紀最大の地政学的な大惨事である」との思いを「ミニ・ソ連邦の再興」で晴らそうとしてきている(16年1月の木村汎氏の論考)。「NATO東方不拡大の約束破り」などの主張も、先般のカザフスタンへのCSTO派遣もそれに由来していよう。
昨年7月の論文(目下クレムリンのURLは閲覧不能)でプーチンは、ウクライナの国境の正当性に疑問を呈し、「ロシアは奪われた」と述べてウクライナ併合を示唆、「キエフにドンバスは必要ない」、「私はますます確信を深めている」などと述べた。今般の侵攻時(2/21-24)の演説にも同じ主旨が含まれる。
筆者は「ミニ・ソ連邦の再興」などには“勝手な妄想はやめよ”と言いたい。が、事「NATO東方不拡大の約束」については、多くの識者が持て囃す「袴田論文」よりも、90年前後の統一ドイツのNATO加盟交渉時に約束があったことの諸研究を克明に記述している「吉留論文」に信を置く。
だが、プーチン演説が言う「8年間、ウクライナ政府によって虐げられ、(ネオナチによる)ジェノサイドにさらされてきた人々」が侵攻の口実に過ぎないのか、あるいはウクライナから数日前に戻ったという危機管理コンサルタントの方の、そういう状況があるとの報告が真実なのか、裏付けの取れない者には知る術がない。
TVやネットに、爆撃の瞬間や投降したというロシア兵の画像が垂れ流される。瓦礫の山や壊れた建物はおそらく本物だろう。が、デマは戦争に付き物、ミサイルを撃ったのがロシア軍かウクライナ軍かの判別はつかないし、ロシア兵も実はウクライナ兵の演技かも知れぬ。ウクライナの核疑惑も藪の中だ。
プーチンとゼレンスキーが組んでいると述べる元外交官もいる。その方が言う様に、ネオコンや軍産複合体などがこうした紛争で儲けているのは、コロナ禍の医療・医薬関係者と同じく事実だ。台湾危機を背景にした米国の武器供与もその種の機会に相違なく、起きている現象から帰納した結論の一つではあるだろう。
だがプーチン論文をさらに深読みする人々による、プーチンはそういった勢力に戦いを挑んでいるのだ、との解説もあるようだ。が、そうだとするとプーチンは、戦いを挑むたびに、その種の輩を却って儲けさせてしまっていることになるまいか。プーチンもその類の一員なら筋は通るが。
話が空論染みて来た。プーチンが侵攻の理由にし、北京が台湾侵攻の口実にする可能性のある「民族自決」や「ジェノサイド」の問題では、西側諸国は新疆ウイグルや香港でのことを理由に北京五輪を外交ボイコットした。ならば、プーチンのいう通りならウクライナを制裁せねばならない理屈になる。
だとすれば、国連はロシア非難決議など役に立たないことよりも、この「ジェノサイド」問題だけでも早急に介入して調査すべきだ。それがフェイクなら、NATO東方不拡大の約束がどうであろうと、国際社会は明確にプーチンと彼を擁護する者とを批判できる。また習近平も台湾で真似をし難くなろう。
最後にプーチンが狂ってしまったのかどうかだが、そのリトマス試験紙は、旧ソ連邦だったリトアニアなどのバルト三国にまで侵攻を拡大するかどうかになろう。彼が本気で「ミニ・ソ連邦」を目指すならそれもあり得る。だがそれは「第三次世界大戦」を意味する。バルト三国はNATO加盟国だから。